「競技だけに集中しろ」は間違い? アスリートが今こそ積極的にSNSをやるべき3つの理由
新型コロナウイルスの影響を受け、世界の日常はすっかり変わってしまった。スポーツ界においても、東京五輪はしかり、各競技の試合も延期や中止、そして選手や関係者への感染も広がる中で、アスリートたちが新たな自己表現の場としているのが、「SNS」。プレーを通じて世の中へ力を与えてくれる存在であるアスリートたちが、今、何ができるのか。『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』(マイナビ出版)の著者である五勝出拳一氏が、彼らのSNS活用から見るスポーツやアスリートの新たな価値とは――。
(文=五勝出拳一、画像=Getty Images)
スポーツがある日常
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、各スポーツリーグの試合や大会の開催延期・中止が相次いで発表されている。2月25日にJリーグが公式戦の延期を発表したことを皮切りに、Bリーグやジャパンラグビー トップリーグは、その後の2020シーズン全試合中止を発表。3月24日には、東京五輪の開催延期が決定した。コロナウイルスの収束時期次第では、さらなる延期や中止も予想される。
渦中の選手たちはコンディション調整を続けているものの、試合の再開時期が見えないだけに心身ともに休むことができない状況が続く。
最高のプレーを披露しようとトレーニングに励んできた選手たちだけでなく、スポーツ観戦を楽しみにしていたファンや、感動を届けようと準備を重ねてきたスポーツ関係者、スポーツファミリー全員がやり場のないむなしさを感じながら、スポーツがある日常が再び戻ってくる日を心待ちにしている。
人々の暮らしが保障された状況でなければ、スポーツは成立しないことを痛感させられる日々だが、歴史を振り返るとこのことはよく分かる。
夏季五輪のうち1916年のベルリン大会・1940年の東京大会・1944年のロンドン大会はいずれも戦争を理由に中止になっているし、2003年の東アジアサッカー選手権は、中国で発症した感染症SARSの影響を受けて半年以上開催が遅れた。
現状、スポーツがある日常がいつ戻ってくるのかは分からない。ただし、緊急事態である今は、スポーツよりも優先されるべきことがあることに疑いの余地はない。一日でも早い事態の収束と皆様の健康を祈るばかりだ。
注目を集めるアスリートのSNS
毎週末の試合を楽しみにしていたスポーツファンは、心にポッカリと穴が空いたような感覚ではないだろうか。(アーセナルファンの筆者はプレミアリーグの再開が待ちきれない)
しかし、スポーツ界全体がその歩みを止めてしまったかというと、決してそうではない。「する・見る・支える」、あらゆる側面からスポーツに関わる人たちが、その灯を消さぬよう今も動き続けている。
その中でも、アスリートがSNSを通じてファンへ直接メッセージを届けようとする姿は、明るいニュースが少ない今だからこそ、余計に印象的に映る。
3月14日(日本時間)、NBAでプレーする渡邊雄太選手、八村塁選手、馬場雄大選手の3人はInstagramでライブ配信を行い、それぞれの選手が置かれている状況や3人の関係性、趣味や私生活等、1時間以上に渡ってトークを配信し、ファンへメッセージを届けた。
また、多くのアスリートが「#StayAtHome」「#家にいよう」というハッシュタグで外出を控えるようSNSを通じて呼びかけたり、自宅でできるトレーニングを紹介する映像を発信し、スポーツファンのみならず、多くの人が勇気や活力をもらっているように思う。
一方、これまで、アスリートが取り組むピッチ外の活動に対しては「そんな暇があるなら練習しろ」「アスリートは競技だけやっていればいい」という批判がつきまとうことも多かった。無論、SNSについても同様である。
2000~2010年代にスマートフォンとSNSが本格的に普及した結果、メディア環境は大きく変化し、選手個人がソーシャルメディアを活用してファンへ直接的に情報を届けることが当たり前になった。
iPhoneとTwitterの日本上陸が2008年だったことを考えると、この10年で人々の情報取得方法が著しく変化したことが改めて分かる。
以来、アスリートはSNSを活用することで自身をメディア化し、直接ファンとコミュニケーションを取ることが可能に。
昨年、セリエA・ユヴェントス所属のクリスティアーノ・ロナウド選手が、クラブから支払われる給与よりもInstagramから得る収入のほうが上回ったというニュースが話題になったことは、まだ記憶に新しい。その性質上、メリットだけでなく炎上等のリスクも併せ持つが、SNSは正しく活用すればアスリートの強力な武器の一つとなる。
近年では日本スポーツ界でも、選手・ファン(市場)・チームの“三方よし”となるアスリートのSNS活用が注目されており、所属チームのみならず、競技団体やスポンサーもアスリートのSNSに期待を寄せ始めている。
今、アスリートに求められる役割とは
話を戻そう。コロナウイルスの影響で、突如としてアスリートは競技者でいられなくなった。
今後、いつ試合が再開できるのかはまだ見当がつかないが、この状況を前向きに捉えると、東京五輪を前に、改めてスポーツおよびアスリートの価値を考える良い機会なのではないかとも思う。
そもそも、プレー機会を失ったアスリートは今、何を提供できるのだろうか。
アスリートが持つ価値は、競技者としての価値を測る「Player VALUE」、市場価値を測る「Market VALUE」、選手の文脈的価値を測る「Story VALUE」の3つに大きく分類できる。
アスリートが最優先で高めるべきは「Player VALUE」で間違いない。なぜなら、競技力が高ければ高いほどアスリートはより高いステージでプレーすることができ、その分、彼らが手にする報酬や影響力も増えるからだ。
しかし、競技力だけでアスリートの価値は測れない。
ヴィッセル神戸の(アンドレス・)イニエスタ選手獲得は、競技力だけでは測れない市場価値を見込んだ投資であり、横浜FCが53歳の三浦知良選手との契約を延長し続ける理由もまた、「Player VALUE」に加えて「Market VALUE」と「Story VALUE」への期待が含まれている。
「Market VALUE」の高い選手とは、所属クラブのみならずファン(市場)に対してインパクトを与えられる選手のこと。試合の延期や中止が相次いでいる今、スポンサー収入・入場料収入・物販収入・放映権収入といった、スポーツビジネス収益構造の4つの柱は大打撃を受けている。スポンサーを獲得できて、スタジアムにお客さんを呼ぶことができ、グッズが売れる選手はより重宝されていくことだろう。
選手たちは所属クラブや競技団体、協会から「Market VALUE」をより求められるようになる。「Player VALUE」に加えて「Market VALUE」と「Story VALUE」を総合的に高めていくことが、アスリートの生存戦略であるとも言える。この観点からも、プレーができない今の状況でSNSを通じてファンへ楽しみを提供している選手は貴重だ。
アスリートに求められる役割もまた、少しずつ変わり始めている。
アスリートは表現者であれ
アメリカNCAA(全米大学体育協会)アイスホッケーでプレーする、日本代表の三浦優希選手に「何を考えて競技に取り組んでいるのか」を尋ねた際、彼から返ってきた言葉が印象的だったので、最後に紹介したい。
「競技と向き合う時に僕が考えていることは、誰かに勇気を与えること。そのためにアスリートは常に挑戦することが重要だと思っています。ただし、挑戦する方法は選手によってそれぞれ。全てを競技に注ぐ選手がいてもいいし、SNSやビジネス、社会貢献活動に取り組む選手がいてもいい。海外で活動する僕は、自分のプレーを日本の皆さんに見てもらうことが難しいため、SNSを通じて挑戦している姿やストーリーを発信し、誰かに勇気を与えられたらと考えています」
選手がプレーを通じて“表現”できているのなら「アスリートは競技だけやっていればいい」というフレーズもあながち間違いではないのかもしれないと、三浦選手の言葉を聞いて感じるようになった。
重要なことは、「何を表現し、何を伝えようとしているのか」だ。
表現の中身は、選手それぞれでいい。ある選手にとっては勇気かもしれないし、ある選手にとっては地元愛かもしれないし、反骨精神や逆境に立ち向かう姿かもしれない。
アフターコロナの社会では、競技者としてのアスリートの価値は低下していくものと予想する。代わりに、表現者としてのアスリートの価値は高まっていくのではないだろうか。
自らのプレーを、プロセスを、ストーリーを、生き様を、信念を通じて何を表現し、伝えるのか。図らずもプレー機会を奪われたことにより、選手たちの表現の場の一つとして、多くの選手たちがSNSに移行し始めている点は非常に興味深い。
<了>
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PROFILE
五勝出拳一(ごかつで・けんいち)
1993年1月31日生まれ、東京都出身。著書『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』(マイナビ出版)。アスリートをクリエイティブとマーケティングの側面からサポートするRevive Inc.にて、PR managerを務める。NPO法人izm代表理事。東京学芸大学在学時は蹴球部に所属し、大学サッカー連盟にて学生幹事として活動。日本に40人の苗字。
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