「一流ボクサーはワンとツーの間が見える」元世界王者・飯田覚士に訊く“見る力”の極意

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2019.10.26

自身も二児の父である元ボクシング世界王者・飯田覚士は、なぜ目と体の機能を向上させるビジョントレーニングを子どもたちに広めようとの思いに至ったのか? そこには現代の子どもの体力の低下に対して「何かできないか?」という純粋な思いがあった。子どもたちの能力向上はもちろん、プロボクサーの村田諒太などトップアスリートも実践し、さらにはお年寄りまで効果が出るという「見る力」の極意とは?

(インタビュー・構成=木之下潤、写真=Getty Images)

1997年にWBA世界スーパーフライ級王者に輝いた飯田覚士は、引退後ジムを経営しながら目と体の関係に注目し、オリジナルプログラムを開発。多くの子どもたちに向けて、ビジョントレーニングと発育発達に合わせた体づくりを融合させたトレーニングを行っている。

目と体の動きは両輪で高まっていく

飯田さんは、見る力が体の軸と関係していると言われています。確かに自分がゼロ地点で、そこから相手や味方の位置を測るので自分がフラフラしていると正確な距離や方向は認識できません。では、体の軸と見ることと、どのように掛け合わせてトレーニングをするのですか?

飯田:私は揺れ、傾き、回転と言っているのですが、そういう動きをさせることで自分の中の真ん中を意識させています。単に平均台を渡ることもそうです。例えば、「鉛筆」と言って転がったり、でんぐり返しをしたり、「大仏」と言って体操座りをしてゴロゴロと動いたり、さまざまな動きの中で自分の真ん中を知っていく遊びをしています。今、自分がどこの向きに、どの角度で傾いているのを意識すること。それは重力に対して自分がどのくらい傾いているのかを知ることからスタートです。
例えば、これにかけっこを加えます。でんぐり返しをして起き上がったら、一ひねりをしてダッシュ。目標物にカラーコーンを立てておいて、みんなで競争させると子どもたちは楽しそうにトレーニングをします。カラーコーンの位置を変えるだけで、子どもたちからの距離と角度が簡単に変更できます。自分の向かっていく方向を定めてでんぐり返しをして、一ひねりもしたけど、パッと自分の行く位置がわかるのはどのスポーツにも必要とされる能力です。ちゃんとゼロがわかっていて、どのくらいの勢いで回転すると360度に戻るのか。380度まで回ったらロスですし、上手な子は270度あたりから足を出し始めて、360度の段階では踏み出すことができていたりもします。

一見目そのもののトレーニングではありませんが、見る力は上がっているのでしょうか?

飯田:私は、目の動きと体の動きは両輪だと思っています。「ボックスファイキッズ」(※飯田氏が運営するジムで行っている潜在能力活性プログラム)に通っている子たちの成長を見ていると相乗効果を生んでいますし、比例して成長しています。眼球運動だけでもダメですし、体を動かすなら目を使うことを一緒にやったほうが絶対にいい。前転して一ひねりして走るなら、そこに目標物を作ってセットにすれば、見て確認することが入ります。そうすると、体と目の関係になっていますよね。まさに私が子どもに対して行っているビジョントレーニングです。当然、目も大事ですけど、目も体も両方鍛える必要があるというのが、私の考えです。

どうしても「ビジョントレーニング」と耳にすると、眼球運動をイメージしがちです。でも、これまでの話を聞くと、自然に周辺視野や空間認知が向上しているような印象です。

飯田:私も現役時代にいろんなトレーニングをしました。点滅するボタンをタッチするトレーニングを積み重ねると、だんだんとボタンに焦点を合わせなくても点滅する場所がわかるようになります。そうやって周辺視野が広がるのですが、ボクシングの試合でも相手の顔だけでなく、ボディまで見えるようになり、次は足下まで見えるようになっていきました。相手がボディを狙っていて、今なら半歩右に出たら相手の左脇腹を狙ってボディを打てる。そういうふうに相手の目を見ているだけでわかるようなりました。
そのうち、足のつま先まで見えるようになり、そうすると相手がパンチを出す前に相手の動きがわかるようになりました。
「あっ、踏み込もうとしている」と。以前は肩周辺でパンチに反応していたのに、つま先のグッとした反応だけでパンチするのがわかるようになったんです。その先には、もっと複雑なこともあります。例えば、ジャブだけで終わるのか、ワンツーまで仕掛けてくるのか……。パンチの種類によって力の入り具合が違うので、そういうことも相手の顔、目を見ているだけで「この選手は癖があるな。ジャブの時の踏ん張り具合、ワンツーの時の後ろ足の蹴り具合が強くなるな」と気づき、相手がパンチする前に予測ができるようになりました。

そういうことはビジョントレーニングを積み重ねて気づいたことですか?

飯田:はじめは、気づかずにトレーニングしていました。私は大学からボクシングを始めて21歳でプロになりましたが、最近のボクサーは小学校からスタートしている子も多いです。10歳からボクシングをすると、20歳ではすでに10年以上のキャリアがあり、見る力も鍛えられていて自然に備わっていると思うんです。自然に当たり前に身につけたものです。でも、私が短い期間で世界チャンピオンにまでなれたのは、ビジョントレーニングを含めてトレーニングの中で身につけたものだったんだなと、今改めて思います。

それだけ見る力もトレーニングによって身につけられるものなんですね。

飯田:たぶん感覚的に自分の中のスピードが速まっていくんです。そうすると、相手がジャブを打ってくる、ワンツーを打ってくるとわかるようになります。一般の人だと、例えば、ワンツーの間がわからないと思いますが、ボクサーはワンとツーの間が見えるようになるんです。見る力が上がると同時に処理速度が上がるので、スローモーションで見えてくる感じになってさまざまな戦略が立てられるようになるんです。

なるほど。相手がしていること、しようとしていることの認識速度が上がる、と。

飯田:相手がすることを情報として認識し、どうするかと対応するので処理速度は確実に上がります。

見る力ってもともと持っている運動能力とはあまり関係ないですよね。例えば、今は運動能力が劣っていたとしても、見る力で補える部分はあるように思います。

飯田:運動が好きじゃなかった子がだんだん見る力を身につけていくと、ビジョントレーニングをおもしろがって自らやるようになるんですよね。自然に姿勢が良くなっていきますし、見る速度がどんどん速くなってきて見えるようになってくるから、動きたくなるようなんです。個人的にはトップアスリート育成より、そういった子が増えてくれたほうが嬉しいです。

どっちが先とか後とかではなく、まずは子どもの意欲が高まることが大事です。

飯田:どちらからスタートしても相乗効果になりますし、目が動かせるようになると体も動かせるようになるから、結局は両輪なんですよね。例えば、幼稚園や小学校低学年の時にかけっこが速かった子が「球技になると途端に力を発揮できなくなるな」という子もいます。体は動かせるんだけど、結局その後運動嫌いになって、中学生になると運動すらしなくなるということも目が原因の一端になっていることもあると思うんです。すごくもったいないことです。

空間認知力が上がると日常が楽しくなる

話を聞くほど、見る力って奥深いですね。周辺視野ならまだしも、空間認知にまで影響を及ぼすなんて想像もしていませんでした。

飯田:自分をゼロ地点としてそこからの周囲への環境と広がり、何があるのかがわかるわけです。見る力が身につくと距離感、大きさ、形なども認識できるようになります。傾きもすごく重要な要素です。自分が軸だから、傾いているかどうかは味方や相手との関係に影響を及ぼしますし、周囲が傾いている場合もあります。例えば、私は壁のポスターが傾いていることも気になります。でも、わからない人もいます。気になる人は軸がしっかりしているんです。

なるほど。例えば傾きって、バスケットボールだとシュート時に影響がありますよね。

飯田:バスケットボール選手はすごく激しい動きの中で、自分の傾きやひねりがどのくらいなのかを認識していると思います。当然、そういう状態でゴールを見るわけなので、自分もボードの傾きも感じてシュートを打っている状態です。ボールから手を離す瞬間でも、ボールがどの程度の角度でリングに向かうのかも計算できないとシュートが入りませんし。

相手を交わしてパッとゴールを見てシュートを決めているので、そういう一連のことも周辺視野や空間認知を使ったりしているのかなと思います。

飯田:やはり先を見る力、予測につながります。自分がいて、そこから見える形とか大きさとかを認識できるのが一次的な見る力。そこから動きがついて、さまざまなものを情報として捉えられるのが二次的な見る力。そこには、もちろん相手が動くだけでなく、自分が動くことも含まれます。三次的な見る力には、時間的な要素が加わります。予測というか、その先のことがわかるようになります。例えば、サッカーにノールックパスってありますよね。あれは数秒前に状況を確認しているから2.5秒後に「味方や相手がここにいるだろう」と予測していてパスが出せるんです。今の状況を見て、2.5秒後の相手と味方の位置がわかるのが三次的な見る力かな、と。

飯田さんの中では、そういうことをひっくるめて空間認知だとおっしゃりたいわけですね?

飯田:ええ。試合では、状況を予測しながら相手にフェイントをかけて交わすわけですよね。それって、まさに三次的な見え方だと思うんです。そういう予見ができるから、試合で優位な立場を作ることができるんです。私がボックスファイで行っていることは、見ることと動くことを丁寧につないでいく作業です。だから、あまり複雑なことはしません。正直トップアスリートでも目を使えていない選手もいますから、そういう選手を見ると「見る力を感覚的に高めていったら、もっとパフォーマンスが上がるのに……」と思うことも多いです。

根本的な質問ですが、「なぜビジョントレーニングを広めよう」と思ったのですか?

飯田:自分にも子どもがいて、子育てを始めた頃に「子どもの体力の低下」がうたわれ始めたんです。その時に「何かできないかな」と思い、「あっ、目だ」と浮かんで、体づくりと見る力をくっつけて両方を高められたらいいなと考えたんです。だから、私の中では、目と体は別々のものではなく一緒に鍛えるものだという思いがあります。だから、子どもたちには目と体を使うトレーニングをやらせているんです。

最近の子はよく「つまずく」と言われますが、あれは目が原因かもしれませんね。

飯田:子どももそうですが、高齢者も同じことが言えます。見る力が衰えてきたから段差に気づかないということもあるのではないでしょうか。みんなが眼球運動という意味の見る力ではなく、体を使ったトータルでの見る力を養えば軸がしっかりできるので、高齢者にとってもより良い生活につながるはずです。つまずかないとはまさにそういうことか、と思います。

【前編】「目を鍛えると、足が速くなる?」 飯田覚士を世界王者に導いたビジョントレーニングとは?

<了>

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PROFILE
飯田覚士(いいだ・さとし)
1969年生まれ、愛知県出身。1988年にボクシングを始める。1997年にWBA世界スーパーフライ級王座に輝く。1999年の現役引退後、2004年に「ボックスファイ」を設立。ビジョントレーニングと発育発達に合わせた体づくりを融合させたオリジナルプログラムを開発し、ボクシングの底辺拡大のみならず、子どもへのスポーツ振興に力を注ぐ。2015年に日本視覚能力トレーニング協会を設立して代表理事に就任。

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