足りなかった「勝ち点1」、それでも胸を張ってJ1へ。清水エスパルスが挑む、初のJ1昇格プレーオフの価値
J2・清水エスパルスは11月25日、“百戦錬磨”のモンテディオ山形とのJ1昇格プレーオフ準決勝に挑む。今季J2リーグ最終節で宿敵・ジュビロ磐田と入れ替わる形でJ1自動昇格を逃し、リーグ戦を4位で終えた清水。4月から途中就任でチームを率いた秋葉忠宏監督のもと、順調に勝ち点を積み上げていったその戦いぶりには「あと一歩」何が足りなかったのか?
(文=田中芳樹、写真=アフロ)
釈然としないのはジュビロ磐田に捲くられたこと
まさかのどんでん返しとなった。2位で最終節を迎えた清水エスパルスは、勝てば文句なしでJ1に自動昇格する。対するは、秋葉忠宏監督が昨季まで3シーズンにわたり指揮を執ってきた水戸ホーリーホック。「彼女がいる、いないまで全部わかる」と相手を知り尽くしていた指揮官だったが、試合が始まってみると予想だにしない展開になった。
その前の試合でジュビロ磐田に0-5で敗れたチームとは思えないほどの水戸のプレスに、清水の選手たちが押されていた印象だった。結果的に前半のシュート数は0。「超攻撃的、超アグレッシブ」を謳ってきたチームとしては、あまりにも寂しい出来となった。後半はなんとか巻き返したものの、ミスから先制点を許し、チアゴ・サンタナの豪快なゴールで同点に追いつくのがやっと。終盤に何度も訪れた決定機を決めきることができず、試合はそのままドローで終了。3位・磐田、4位・東京ヴェルディがそれぞれ勝利したことで、自動昇格を逃しただけでなく、一気に4位まで転落することになった。
清水サポーターとして一番釈然としないのは磐田に捲くられたことかもしれない。
長年のライバルということだけでなく、その少し前にシビれる対決をものにしていたからだ。第38節に行われた静岡ダービー。このとき清水は3位、磐田は2位で勝てば順位が入れ替わるという状況だった。試合はホームの清水が序盤からチャンスを作り、41分に乾貴士のゴールで先制。後半に入るとやや磐田に押し込まれる展開になったがなんとかリードを保ったまま終盤に突入。83分から投入された遠藤保仁が直後にFKを蹴ってから、その後CKが6本続くという展開も、サポーターの声援を力に変えて耐え抜き1-0で勝利した。 あの勝利はなんだったのか。磐田には1勝1分、もっといえばヴェルディには2勝。どちらにも勝ち越している。磐田とは総得点で4点多く、総失点では10点少ない。得失点差は14ある。ヴェルディとは総得点で21点引き離し、総失点はヴェルディのほうが3点少ないが得失点差は18ある。しかし何を言おうと、勝ち点1足りなかった。
「もったいない」の代表格はなんといっても…
では、“タラレバ”になるが、その勝ち点1はどこから取るべきだったのか。
やはりシュート数が18対2と清水が圧倒的に攻めていたにもかかわらず0-1で敗れた第21節・ブラウブリッツ秋田戦、その前のザスパクサツ群馬戦では終了間際に怒涛の攻撃を見せるも元清水のGK櫛引政敏に阻まれ、今季最多22本のシュートを放ちながら1点しか奪えず1-1のドロー。第37節の藤枝MYFC戦もどうだろうか。その前の対戦では5-0で勝利したにもかかわらず、アウェイで0-2で敗れて勝ち点を奪えなかった。
もったいない試合はいくつもある。ただ、取りこぼしが多いかといえばそうとも言い切れず、秋葉監督が強調していた同一チームに2連敗、いわゆる「シーズンダブル」はされなかった。
さらに1位・FC町田ゼルビア、2位・磐田、3位・ヴェルディ、そして5位・モンテディオ山形には1勝以上している。逆に22位・ツエーゲン金沢、21位・大宮アルディージャ、20位・レノファ山口FC、18位・いわきFCには2連勝をしている。清水が1勝もできなかったチームは6位・ジェフユナイテッド千葉(1分1敗)、8位・ヴェンフォーレ甲府(1分1敗)、11位・群馬(1分1敗)、13位・秋田(1分1敗)、15位・徳島ヴォルティス(2分)、17位・水戸(2分)の6チームで、中位が多い印象だ。また昨季は終了間際の失点で勝ち点を幾度となく取りこぼしたが、今季を振り返ってみても劇的な結末を迎えたのは第16節・千葉戦、第17節・町田戦くらいではないか。
ただ、「もったいない」の代表格はなんといってもシーズン序盤の7試合だろう。
清水の首脳陣は昨季からゼ・リカルド体制を継続させた。昨季J1第27節・京都サンガF.C.戦に勝利して以来、残りの7試合を2分5敗と真っ逆さまに降格へと落ちていった。その彼を続投させた是非はシーズン後に問われることになるだろうが、とにかくJ2開幕から7試合で5分2敗と勝ち点5しか積み上げることができず、秋葉監督にバトンタッチすることになった。
秋葉監督の就任のあいさつでは、7試合で勝ち点7以上積み上げていないチームが昇格した例がないということに触れ、「7試合で勝ち点5でも昇格できるという事例を作りたい」と、これが一つの反骨心になっていたようだが、シーズン序盤に大きなハンデを背負ってしまったことは間違いない。
“シルバーコレクター”と揶揄され今回も「またか」と
加えて「勝ち点1」足りなかった理由の一つと考えられるのは、とりわけ清水サポーター、それ以外にも広く言われている、このクラブ伝統の「ここ一番での勝負弱さ」だ。
Jリーグ開幕の前年に行われた1992年のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)で準優勝に終わったことから始まり、これまでJリーグカップ、天皇杯ともに5度決勝に進むも、優勝はそれぞれ1回ずつ。Jリーグカップ、天皇杯と4回も準優勝に終わっている。
Jリーグが2ステージ制だった1999年には、2ndステージチャンピオンとしてJリーグチャンピオンシップに出場したが、磐田とホーム&アウェイの2試合とも同スコア、Vゴール勝負となり、最後はPK戦の末に敗れて年間王者もチャンスを逃した。それゆえ“シルバーコレクター”と揶揄されることもある。それらを経験しているサポーターからすれば、今回のような展開は「またか」と思ったことだろう。
冒頭のように最終節、水戸戦に勝利していれば昇格が決まっていた。水戸には今季2分となったが、勝てない相手ではなかっただろう。秋葉監督は「ここの選手たちはたくさんのお金をもらっているし、クラブの規模が違う。それに見合った活躍をして、力を示してくれ」と選手たちに話していたそうだ。単純に個々の能力を比べると、相手より上回っている。であれば勝てない試合ではない、多くはそう思っていただろう。しかし、結果は冒頭に示したように1-1に終わった。こういった場面で結果がともなわないのは何が原因なのか。
秋葉監督は、「やってきたものを大舞台で出すとか、緊迫したゲームで出せるかどうか。ただただ心の問題だと思っている」と言う。土壇場の勝負弱さはメンタルの問題。少なくとも指揮官はそう思っている。最終節の翌週、「心の強さを養っていくということに今週は重きを置きたい。ここで変わらなければ、何をやっても変わらない」と、16日には選手、スタッフ含めて静岡市内の寺院で約45分座禅を組んだ。「これ1回やったから変わるとは思わないが、人間力が育まれたり、違うアクションを起こさなければいけないということにつながればいいと思っている」と感想を話していた。
胸を張ってJ1へ! 何が起こっても不思議ではない一発勝負
清水はもう一度心を整えて、J1昇格プレーオフへと向かう。
クラブとして初めてのプレーオフ挑戦となるが、準決勝で対戦する山形は2014年、2019年、そして昨季と3度の経験がある。山形はプレーオフで6試合経験し、負けは1度だけ。ちなみに昨季は2回戦で熊本に引き分け、レギュレーションの壁に阻まれて決定戦に進むことができなかった。プレーオフの難しさ厳しさに加え、恐ろしさも知っている。逆にいえば清水にはプレーオフのビギナーズラックがあるともいえる。一発勝負ゆえ、何が起こっても不思議ではない。
昨季、最終節でJ2降格が決まった直後、選手たちは強くなってJ1に戻ってくると誓った。
仮に最終節に勝利して2位でJ1に昇格したところで、胸を張って強くなったと言えただろうか。そう考えると、生死を分ける試合を経験することでつかむJ1昇格は、クラブとして成長の糧にはなるはず。この試練を乗り越え、土壇場の勝負強さを身につけ、一回り大きくなってJ1に乗り込みたい。
<了>
J1昇格を懸けたラスト1枠の戦い。千葉が挑む“5度目”の正直「より一層強いジェフを見せつける」
J1初戴冠に邁進するヴィッセル神戸。終盤3連勝で見せた「勝ちパターン」と「齊藤未月の分まで」との強い思い
代表レベルの有望な若手選手がJ2・水戸を選ぶ理由。「クラブのため」と「自分のため」を併せ持つ選手の存在
7シーズン公式戦出場なし。それでもフロンターレGK・安藤駿介が手にした成長。「どっしりとゴール前に立てた」
なぜJリーグで背番号「41」が急増しているのか? 単なる空き番号がトレンド化した源流を探る
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion -
大型移籍連発のラグビー・リーグワン。懸かる期待と抱える課題、現場が求める改革案とは?
2024.10.22Opinion -
日本卓球女子に見えてきた世界一の座。50年ぶりの中国撃破、張本美和が見せた「落ち着き」と「勝負強さ」
2024.10.15Opinion -
高知ユナイテッドSCは「Jなし県」を悲願の舞台に導けるか? 「サッカー不毛の地」高知県に起きた大きな変化
2024.10.04Opinion -
なぜ日本人は凱旋門賞を愛するのか? 日本調教馬シンエンペラーの挑戦、その可能性とドラマ性
2024.10.04Opinion -
デ・ゼルビが起こした革新と新規軸。ペップが「唯一のもの」と絶賛し、三笘薫を飛躍させた新時代のサッカースタイルを紐解く
2024.10.02Opinion -
男子バレー、パリ五輪・イタリア戦の真相。日本代表コーチ伊藤健士が語る激闘「もしも最後、石川が後衛にいれば」
2024.09.27Opinion -
なぜ躍進を続けてきた日本男子バレーはパリ五輪で苦しんだのか? 日本代表を10年間支えてきた代表コーチの証言
2024.09.27Opinion -
欧州サッカー「違いを生み出す選手」の定義とは? 最前線の分析に学ぶ“個の力”と、ボックス守備を破る選手の生み出し方
2024.09.27Opinion