
なぜ“フラッグフットボール”が子供の習い事として人気なのか? マネジメントを学び、人として成長する競技の魅力
17日間にわたって世界を熱狂させたパリ五輪が閉幕。少し気の早い話だが、4年後のロサンゼルス五輪で正式種目として採用される「フラッグフットボール」を皆さんはご存じだろうか? 本場アメリカでは競技としてはもちろん、教育、レクリエーションとして幅広く親しまれている。アメリカンフットボールからタックルを無くし、代わりにフラッグを用いて安全性に配慮した「頭を使うスポーツ」は、日本でも習い事の一つとして注目を集め始めている。そこで本稿では、『富士通フロンティアーズ・フラッグ・フットボール・クラブ(FFFC)』で指導者を務める今井善教氏と、FFFC出身で現在は8月31日に開幕する「X1 Super」秋季リーグ戦で4連覇を目指す王者「富士通フロンティアーズ」に所属する神優成選手への取材を通し、フラッグフットの魅力を探る。
(インタビュー・構成・撮影=守本和宏)
幼少期から本格的なチームマネジメントが学べる習い事
パリ五輪が閉幕し、国内の各スポーツも再開。日本社会人アメリカンフットボール「Xリーグ」も秋季リーグ戦が今月末から再開し、2025年1月3日に行われる“日本一決定戦”アメリカンフットボール日本選手権ライスボウルに向けて熱いシーズンが続く。
そして今、アメフトを起源とした「フラッグフットボール」がにわかに日本で人気を帯びている。それも、子どもの習い事の一つとして。
アメリカンフットボールからボディコンタクトの要素を取り除き、安全に楽しめるようにしたフラッグフット。もちろん爆発的人気、とはいかないが、小学生年代の競技人口は2019年の1091人に比べて、2023年で1813人まで増加。中学生は403人→651人、女子も83人→214人と、軒並み1.5~2倍以上(参照:NFLフラッグフットボール日本選手権および、日本フラッグフットボール選手権の参加人数:日本アメリカンフットボール協会提供)に増えている。2028年ロサンゼルス五輪の追加種目にも決まった他、東京ヴェルディがフラッグフットチーム立ち上げを発表するなど、気運は高まっているところだ。
その魅力は、どこか。まず、「考える力」を養うことができる戦略性の高さ(競技自体の面白さ)がある。
その上で、最大のメリットは「幼少期から本格的なチームマネジメントが学べる」ことだろう。だが、実際に富士通フラッグフットチーム『富士通フロンティアーズ・フラッグ・フットボール・クラブ(FFFC)』出身で、現在は富士通アメフトチーム「富士通フロンティアーズ」に所属するワイドレシーバー神優成は「大人の礼儀を学ばせてもらった」と多角的に“人間”を教えてもらったとも語る。それら要因を、それぞれ掘り下げたい。
自分一人じゃ何もできない、本当の意味でのチームスポーツ
1990年代後半、日本に伝わったとされるフラッグフット。アメリカンフットボールを起源とするこのスポーツは、タックルの代わりに腰につけたフラッグを取ることで1回ずつの攻撃が終了。決められた攻撃回数が終わると、攻守が入れ替わるシステムだ。各選手の役割分担が大事で、プレーごとに度々作戦会議(ハドル)を行うのも特徴の一つ。作戦を成功に導くため、コミュニケーションをとりながら最適解を見つけていく。そんなスポーツだ。
このフラッグフットを、いち早く育成年代のチームとして発足させた企業が富士通である。
自社のアメリカンフットボール部「富士通フロンティアーズ」の下部組織的な意味合いも込め、1999年にチーム『FFFC』を発足。その前年に女子チーム『マロンティアーズ』を編成した流れもあり、その後FFFCは全国優勝を遂げるほどの力をつけた。
「当時は人数も少なく、学年も分かれておらず、1チームでやっていました。それが徐々にメンバーも増え、全国優勝する世代も出るようになった。今ではチーム卒業後、大人になって富士通フロンティアーズの一員になる選手も出てきています」
そう話すのは、自身も富士通フロンティアーズで16年間ディフェンスバックとして活躍。現在は、FFFCでコーチを務める今井善教だ。チームは現在4カテゴリーに分かれ、キッズ(小学生男女)、ジュニア(中学生男女)、レディース(中学生以上女子)、シニア(高校生以上男子)で活動。小学生男子チームを管轄する今井は、その競技特性は「協調性の育成」だと語る。
「アメリカンフットボールのように戦略を立てて、いわゆる“PDCAを回す”観点で言うと、親御さんたちも人間形成に良いスポーツと、評価している人は多いです。フラッグフットは本当の意味でのチームスポーツで、自分一人じゃ何もできない。チームで同じ方向を向いてプレーしないと勝てない。そのコミュニケーションの中、育成年代が得るものは大きいと思います」
南関東と関西での2極化の現状。「まずは鬼ごっこの延長で…」
一つFFFCの特徴と言えるのは、フロンティアーズが日本トップのアメリカンフットボールチームとして存在していることだろう。毎年、お正月(1月3日)に東京ドームで行われるアメフト日本一決定戦「ライスボウル」には、チーム揃って観戦に出向いている。近年はFFFCの選手が、エスコートキッズとして一緒に入場する取り組みも実施。そんな、国内トップ選手の姿に、未来の自分を重ねるフラッグフットの子どもたちも多い。
「フロンティアーズに入りたいと話すメンバーもいて、『あそこに行くにはもっと頑張らなあかんぞ』などの話はよくします。指導のうえで気をつけているのは、「楽しむ」と「厳しさ」の両立。競技を楽しむため、厳しさは当然必要。結果が出る出ないにかかわらず、「日本一を目指す」という高い目標を掲げることで人は成長する。競技を通じて一流の人間になる、当たり前のことを当たり前にできる人間になってほしい。そこは意識していますね」
アメリカンフットボールでは日本一3連覇。フラッグフットでも強豪FFFCを擁する富士通。だが、今はフラッグフット人気も高まり、競争チームが増えた結果、あまり勝てなくなったそうだ。アメフトとフラッグフット、その両方の発展を願う今井は、現状をこう話す。
「注目が高まっている実感はありますね。ただ、やはり南関東と関西で2極化しているのが現状。競技者自体は徐々に増えていますが、北海道や東北とか北関東にもチームができるといいですよね。アメリカンフットボールより気軽に始められるのが、フラッグフット。まずは気楽に、鬼ごっこの延長で、楽しんでもらえたらと思います」
結果を出すのが難しくなった中でも、高まる人気に、今井は半ば嬉しそうに笑う。
フラッグフットボールが「人間形成の第一歩だった」
今年1月のライスボウルで、日本一に輝いた富士通フロンティアーズ。パナソニックインパルス相手に、同点に追い付かれる展開の中、ワイドレシーバーの神優成へのパスが要所で決まり、試合をリード。見事3連覇を達成した。この神も、富士通フラッグフットチーム『FFFC』卒業生だ。
多くの選手が他競技を経てアメフト選手になるように、神もまた小学1年生で、父の影響もあって野球からフラッグへ転向。最初は、固定のポジションはなかったが、小学校4年生ぐらいでレシーバーとしての地位を確立。小学5年生で、日本一に輝いた。当時を振り返ると、「基本的な人としてのマナーを教えてもらえたことが良かった」と話す。
「ユニフォームを着て活動しているので、 自分が間違いを犯したら、チームに迷惑がかかる。その連帯感は良かったです。あとは環境。厳しく指導してくれる大人が結構いたのは、僕的に大きかった。厳しかった父含めて、自分が間違っているところを正してくれた。今思えば本当に、人間形成の第一歩だったと思います」
そう語る神は、ゴミをその辺に捨てて、「めちゃくちゃ怒られた」記憶を語る。「礼儀正しくというか、人としてやらなければいけないことを教えてもらった気がします」
以降、神は中学ソフトテニス部に所属するも、高校からはアメフトに路線を変えて、以降はワイドレシーバーとしての地位を確立。法政大学でも活躍すると、社会人では富士通への所属を第一希望とした。
「(富士通のチームに)帰りたい。その気持ちは、自分の中でもありましたね。当時はクラブハウスも一緒で、小学生も同じところでミーティングしていました。なんか臭いロッカー(笑)の匂いも、結構覚えてて。その中でミーティングして、練習して。終わったら大人の選手がミーティングしてる。そんな感じだったので、憧れもありましたし、どこか、距離が近い感じがしていたんです」
当時、共に活動していたフラッグフット時代の仲間も同様に、富士通フロンティアーズに戻ってきていた。「僕の上だと近田優貴さん。高津佐隼矢さん。あと髙岡拓稔さんもフラッグで一緒にやっていて、下で言うと野沢研とか北川太陽とか。僕の世代前後で帰ってきている選手は多いですね」。
大学時代は多くの選手が日本代表に選ばれるなど、大人になっても実力的に日本トップクラスの選手を生み出せている。それは「幼少期からの積み重ねは確か大きい」と神は話してくれた。
運動能力がある選手だけが活躍するわけじゃない
当然、野球には野球の良さがあり、サッカーにはサッカーの良さがある。その中でフラッグフットの良さの一つは、「自分なりの活躍の仕方が必ずある」ところだ。それはアメフトも同じで、時代が求める多様性に向いている。
「本当に運動能力がある選手だけが活躍するわけじゃない。それぞれ役割があって、それを全うしてプレーが成立するのは、すごくいいスポーツだと思います。ランプレーなら、ブロックしている選手がいるからプレーが成立する。そのブロックする人間は、足が速くなくても、相手をブロックしていれば大丈夫。だから、褒めるポイントが結構多いです」(今井)
「FFFCの中学生の卒業イベントが毎年あるんですよね。そこで『僕はアメフトをやらずにフラッグを今後もやっていきます』という子どもがいた。アメフトはコンタクトスポーツなので向き不向きがある。それだと難しい人がフラッグをやって、競技レベルが上がれば、どちらも盛り上がっていい相乗効果が生まれるんじゃないかなと思っています」(神)
例えば、フラッグフットの選手の保護者から「運動会でもハイタッチを積極的にして盛り上げていた。そんな姿を見ると、やっぱりフラッグをやっていてよかったです」といった声も聞くらしい。
当然、他のスポーツでも鍛えられるものではあるが、それぞれの個性を考慮したうえで、どう戦うか考える。誰かを置いてきぼりにせず、全員が輝くための戦術を考える。その、会社経営でも最重要な視点は、将来的に社会人となっても役立つスキルであるのは間違いない。
今、ユーチューバーなり、インフルエンサーなり、個人の特徴をどれだけ出せるかがキーになる時代。とにかく目立てば、疎まれようがいずれは正義。その風潮は否定できない。だが、ちょっと待とうじゃないか。チームで戦い、全員で勝ち取った勝利は、何物にも代えがたいことを多くの人たちは知っている。
「アメフトに関して言えば、トップチームだと60~70名ぐらい選手がいます。高校とか小学生年代で、人数が少なくても、やはり統制がとれていないとチームは機能しなくなる。それぞれが役割を果たしたうえで、プラスアルファを出さないと勝てない、それが染みついていく。その意味でも、楽しくプレーするためには厳しさの要素も必要で、礼儀の部分をフラッグから僕は教えてもらいました。それは振り返ると、すごく大切なことだったと思います」(神)
各々の個性をまとめてチームを作りあげる、本質的なマネジメントを学べるフラッグフット。
「3対3とか遊びの中で作戦を考えさせても、低学年の子たちがプレーに絡めるように、高学年の子がリードしたり、すごいなと思いますね。フラッグフットではその思考力が身につく。その意味でいうと、特に子ども年代の他スポーツにはない特徴だなと思います」(今井)
いかがだろうか、やってみたく/やらせてみたく、ならないですか?
<了>
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