深まる「デンベレの謎」。バルサ入団直後から負傷が続くストライカーを巡る「4つの要因」
FCバルセロナに加入して2年半。9度のケガに見舞われ、現在も負傷離脱中のウスマンヌ・デンべレはキャリアの岐路に立たされている。これまで所属した母国フランスのレンヌ、ドイツのドルトムントでは一度も大きなケガの経験がなかったデンベレは、なぜバルサでのみ負傷を繰り返すのか? ある点では自身も反省し、また別の点ではバルサも非を認め、ドーハの研究機関も調査に乗り出した彼のケガの原因とは?
(文=結城麻里、写真=Getty Images)
度重なるデンベレのケガで浮上した「ストライキ影響」説
「コロナウイルスが俺を襲いにこないなら、俺がコロナウイルスを襲いにいく!」。こう言ってロンバルディア州の病院支援に乗り出したのは、頼もしきズラタン・イブラヒモビッチだ。
今のところハイレベルの現役フットボーラーたちは、コロナウイルス感染症による死の脅威には晒されていない。ところが別の理由で長期療養を強いられ、キャリアさえ危うくなるフットボーラーたちがいる。ケガである。打撲から複雑骨折に至るまで、トップアスリートにケガはつきもの。原因がはっきりした単発のケガなら、治療もリハビリもメソッドはほぼ確立されている。だが――。
問題は、何度も何度もケガに襲われるケースだ。22歳のフランス代表ウスマンヌ・デンべレはその典型である。デンベレのケガはこの2年半で9回にものぼり、現在も計6カ月にわたる長期療養を強いられている。しかも謎だらけなのだ。
2018年にフランス代表として世界王者に輝いたデンベレは、キリアン・エンバペと並んで前途を嘱望されていたアタッカーで、そのスプリントとドリブルは見る者を驚愕させてきた。ところがFCバルセロナに入団した直後から、なぜかケガばかり。並べてみると以下のようになる。
①2017年9月17日、左大腿部二頭筋断裂、戦線離脱106日間
②2018年1月15日、左大腿部筋肉腱損傷、同26日間
③2019年1月21日、左足首捻挫、同18日間
④2019年3月14日、左大腿部二頭筋裂傷、同26日間
⑤2019年5月5日、右大腿部腱剥離損傷、同42日間
⑥2019年8月19日、左大腿部腱剥離損傷、同34日間
⑦2019年9月27日、左大腿部筋肉障害、同3日間
⑧2019年11月28日、右大腿部二頭筋損傷、同68日間
⑨2020年2月4日、右大腿部二頭筋腱断裂、同約6カ月間
2019年1月21日の足首捻挫を除くと、すべて太ももの筋肉と腱の損傷である。これは何を意味するのか? 当初しきりに語られたのは、「ストライキ影響」説と「劣悪生活習慣」説だった。
「ストライキ影響」説とは、ドルトムントにいたデンベレがバルサに誘われ、移籍したいあまり、慰留しようとしたクラブに反発して練習をボイコットした時期を指す。その間十分な筋トレができなかったためにケガをした、というわけだ。
デンベレはなぜバルサでのみケガが絶えないのか?
一方、「劣悪生活習慣」説とは、食生活や睡眠などの不摂生だ。18歳で育成クラブのレンヌとフランスを飛び出してしまったデンベレは、大人としてもプロとしても、まだ健全で規則正しい生活を確立できていなかった。
若すぎる外国移籍には「糸の切れた凧」になる危険がつきまとう。デンベレもどうやらバーガーやピザなどのジャンクフード、解凍するだけの調理済み食品や出来合いのサンドイッチを、適当な時間に好きなように食べ、コーラやアルコールを平気で飲み、テレビゲームやビデオ映画で夜更かしし、規則正しい睡眠もとっていなかったようだ。トップアスリートにとってこうした不摂生は直ちにケガに結びつき、種々の意味で命とりになる。
関係者の嘆きの声が報道を通して漏れ出し、実際に遅刻が多いことからみても、一定部分は本当だったのだろう。ドルトムント時代の住居の家主が、「家の中を衛生上ひどい状態にして出ていった」とカンカンに怒ったエピソードも、この説を決定的に広めることになった。
だがドルトムント側は最近、この説には「空想的」尾ひれがついていたとも指摘している。また当時のトーマス・トゥヘル監督(現パリ・サンジェルマン監督)は少年デンベレを保護し、こまめに生活指導していたともいわれている。そもそもデンベレは、レンヌでもドルトムントでも一度も大きなケガをしていなかった。
ではなぜバルサではケガが絶えないのか?
そこで注目されるのがスペインに来てからの生活だ。彼はバルセロナで、男性の親友および伯父と生活している。20歳になっていたため、クラブも本人と取り巻きの自覚に任せたのだろう。こうしてデンベレは、トゥヘルのような生活指導も受けられず、規則正しい習慣を確立できないままになった。本人もバルサに対し、生活の乱れを認めていたという。
ではデンベレの代理人は何をしていたのか? デンベレをレンヌ→ドルトムント→バルサと移籍させた代理人ムサ・シソコ(選手のムサ・シソコとは無縁)は、現在ノーコメントを貫いている。ただメディアの批判を受け、この代理人も対策を採り始めた。ロンドン在住だがバルセロナにも住居を構え、デンベレにもっと付き添えるようにしたらしい。
だが最も重要な進歩は食生活だ。デンベレは今シーズン、みずから料理人アントニー・オドゥボー氏をフルタイム雇用。料理人は「彼の家にはもう冷凍食品も砂糖入り清涼飲料も全然ない。健全で新鮮な食品だけ。ウスマンヌはフット(ボール)に強ければそれだけでいいんじゃないかと思い込んでいたんだ。でも彼も成長し理解している。今では鯛や鱸(スズキ)、若鶏、たっぷりの野菜を食べている」と太鼓判を押す。「出無精な子で穏やかだし、家でパーティーも絶対しない。食事時間もきっちり課した。彼のほうからそれを私に依頼してきたんだ。今ではすべてがプランニングされて、非常にプロフェッショナルになっている」。
もっとも睡眠については不明だ。ある関係者は「今の若い世代の選手はみんな就寝が遅い。午前0時だの1時だのは、彼らにしてみれば早い時間。しかもウスマンヌに限った話じゃない。バンジャマン(メンディ)、リュカ(エルナンデズ)、キリアン(エンバペ)だってそうだ。ウスは本当にそういうことを自覚した。ただ筋肉がついてきてくれないんだ」と分析する。フランス代表のディディエ・デシャン監督が、「ウスマンヌはもっとプロにならねばならない。ただ私生活を始終監視するわけにはいかない」と頭を抱えるのもわかる気がする。
また、睡眠にまつわる問題は夜更かしだけとも限らない。あるフランスクラブが同意の上で選手たちの睡眠を調査したところ、飼い犬が吠えて何度も起こされたり、飼い猫が足の上で眠っていて不自然な姿勢になったりし、熟睡できていない例が判明、笑いを誘ったそうだ。動物には大きな癒し効果があり、これだけで非難するのは酷だが、睡眠を妨げる要因はなるべく排除する必要がある。試合後眠れない選手たちの疲労と体内リズムを回復するうえで、睡眠は限りなく重要である。
バルサの練習法に潜む問題
デンベレはやはり、これまでの不摂生のツケを払っているのだろうか。確かに半年や1年では、長い悪習の影響は消えないのかもしれない。だがここへきて、2つの新説が登場している。
1つ目は、「バルサの練習法に問題がある」という説だ。9回目のケガに襲われてからデンベレの研究を進めているドーハのクリニックは、バルサにGPSデータを要求して分析。すると重大な事実が明らかになった。デンベレは、試合中の走行の90%以上がスプリントなのに、練習中はめったに20%を超えないことがわかったのである。
バルサはボール中心のトレーニングをしているうえ、ジェラール・ピケ、セルヒオ・ブスケツ、リオネル・メッシといったベテランの主力に強度を合わせており、「試合中のチャージに耐えられるような強度の高いアエロビキャパシティーが週の間のトレーニングに求められていない」(元モナコのフィジカルトレーナー)というのだ。
アエロビキャパシティーとは、オルガニズムが一定時間に最大限の酸素を消費する能力を指す。つまりデンベレのようなスプリンタータイプに必要な、この面での強化トレーニングができておらず、試合で突然筋肉を酷使する結果、筋肉系のケガを頻発させているというのである。
実際、昨夏バルサに入団したオランダ代表のフレンキー・デ・ヨングは、トレーニングでのチャージがアヤックスのそれと違いすぎることに気づき、すみやかに個人専属フィジカルトレーナーを雇ったという。
「レキップ」紙によると、バルサ自身もデンベレの相次ぐケガに対するクラブ責任を非公式に認めたそうで、キケ・セティエン監督就任以降はトレーニングにより走り込みメニューを入れるようになった。またデンベレの件で密かにドルトムントに助言を仰いだともいわれている。複数の理学療法士も、デンベレの筋肉の特徴は陸上のスプリンターのそれに近く、その特徴に見合ったトレーニングが必要との見方で一致している。
デンベレはビジネスの犠牲者?
だが謎は解け切っていない。2つ目の説も浮上しているからだ。「育成クラブの問題」説である。2015年にデンベレがプロデビューした際、フィリップ・モンタニエ監督(現RCランス監督)の下でアシスタントコーチを務めていたミシェル・トロワン氏は、「デンベレは犠牲者だ」とクラブを批判する。
「当初レンヌでわれわれは、クラブと育成部門から彼をプレーさせろと巨大なプレッシャーを受けた。取り巻きからではなくクラブからだ!」
トロワン氏はこう憤慨し、「彼はまだ骨の発達を終了していなかった。成長を終えていなかったのだ。スピードはあったがアエロビキャパシティーはまだだった。フェノメーヌ(怪物)だったから一刻も早くプレーさせようと慌てたのだ。この過去のツケを彼は払っている。彼はプレーしすぎた。明らかだ」と指摘する。
成長途上の少年を酷使しすぎると弊害を起こすことは、INFクレールフォンテーヌ(フランス国立のサッカー養成所の男子部門)はじめフランス全国の連盟直轄前育成センター(13歳〜15歳の育成機関)では常に強調されてきた。だがクラブでは時にそれが踏みにじられる。もっともレンヌは優秀な育成クラブとして知られ、同氏の指摘が本当にデンベレのケガの原因かどうかは証明できていない。
デンベレの度重なるケガの原因はどこにあるのだろうか。ケガが重なる時は、複数の原因があるもの。これは多くの監督が一致して主張する点だ。メンタル面も密接に関係する。デンベレの度重なるケガも、ここに書いてきたような問題がすべて重なっているせいかもしれない。
本人は今も苦しい療養を続けている。一つだけ結果としてデンベレにとって朗報になったのは、ケガでフイにしたはずのUEFA EURO 2020が、コロナウイルスの影響で来年に延期されたことだろう。頑張ればまだ、輝かしいキャリアを築けるかもしれない。
いつかデンベレの謎は解けるのか――。それは誰にもわからない。だが少なくともアスリートやクラブに、「してはいけないこと」を示唆してくれている。
<了>
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