
苦しい状況だからこそ周りのサポートを 札幌・野々村社長が目指す”Withコロナ”時代のクラブ作り
新型コロナウイルス感染拡大が続く中、過密日程の2020明治安田生命J1リーグは、全日程の半分以上を消化している。秋口となり、例年ならば各クラブは来シーズンに向けた準備を少しずつ始める頃ではあるが、新型コロナウイルスの影響により異例続きとなった今シーズン、クラブは現在どのような状況なのだろうか? 8年前、経営難が続いていた北海道コンサドーレ札幌の代表取締役社長に就任し、さまざまな施策に取り組み続けてクラブを支えてきた野々村芳和氏に、今のJリーグの状況をどのように見ているのか話を聞いた。
(インタビュー=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、写真=花井智子)
リーグの方針で今後のクラブ経営方針も変わる
――新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、Jリーグクラブとして、今、何が一番大変ですか?
野々村:一番はやっぱりクラブ経営ですね。クラブがなくなる、縮小することも考えられるくらいの状況だから、やっぱり大変です。(新型コロナウイルスの状況が)このままだと、来年も、昨年までのようにはお客さんを入れられないと思うので、そのあたりの見極めも必要かと。
他の一般企業は融資などを受けた場合、10年や15年で返済を行う間に経営を立て直すことが多いと思いますが、Jリーグの場合はクラブライセンス制度の一つにある財務基準として債務超過は認められていません。来年以降は新型コロナウイルスの影響によって経営の仕方が変わらざるを得ないクラブも出てくると思います。
――このままだと、来シーズン、多くのクラブに影響が出そうですね。
野々村:新型コロナウイルスの影響によって、来シーズン、多くのクラブが債務超過になる可能性があると思います。これまで通りのクラブライセンス制度の場合、債務超過になるとクラブライセンスが不交付になってしまう。この状況だとリーグとして成り立たないので、例えば来年は猶予し、再来年からは本来の基準に戻します、となった場合、来年の資金の使い方が変わってくるクラブもあるだろうなと。債務超過を解消するために売上利益を残すか、それとも増資をするかなど、各クラブの経営スタンスで変わってくると思うので、この件については、早く方向性が決まるといいと思います。
――新型コロナウイルスによって、クラブとしての価値を維持することが難しかったり、場合によってはスポンサー企業側がスポンサードをする余裕がないということになる可能性もありますよね。
野々村:もちろん、そこの見通しは、それぞれクラブで違うかと思いますが、元に戻るには、相当な時間がかかるはず。それこそ、5年、10年のスパンで考えていかないと。実際、多くのスポンサーが、来年も同じようなサポートをし続けられるかの保証はないと思います。
――親会社があるかないかによっても、影響の大きさには違いが出てきますよね。
野々村:そうですね。例えば大企業が親会社のクラブだと、クラブの経営が困難となった場合でも、親会社が資金を出すという選択ができますが、中小企業が親会社の場合は、追加資金を出すというのはかなり難しいと思います。だからこそ、リーグがライセンス制度の猶予期間などを明確に示してくれるとクラブとしても打ち手が決められると思っています。
この状況下だからこそパートナーをサポートする
――野々村さんが北海道コンサドーレ札幌の社長に就任してから、クラブが苦しい状況の中、コンサドーレで北海道を盛り上げる構想、企画などを実現し、危機を乗り越えてきていることは、外から見ていてもすごいと感じています。
野々村:確かに、就任した8年前と比較すれば、今はかなり良くなったと思っています。ただ、やっぱり例えば昨年だと、あと少しでYBCルヴァンカップ優勝できたのにとか(※1)、一昨年、あと勝ち点1があればACL(AFCチャンピオンズリーグ)に行けたのにとか(※2)、そういった悔しい思いが続いているので、もう少し上に、もう少し前にいきたいと思ってやっています。
ただ、新型コロナウイルスの感染拡大が続いているので、この現状下でどうしようかというのはありますね。もちろん上に行きたいという気持ちは持ち続けていますが。
(※1 2019JリーグYBCルヴァンカップ決勝 コンサドーレ札幌対川崎フロンターレ 3-3のまま決着がつかず、PK戦の末に札幌を下した川崎Fが初優勝)
(※2 2018年明治安田生命J1リーグ札幌は4位のためACL出場権を獲得できず)
――新型コロナウイルスの状況は今まで乗り越えてきた困難とは種類が違うと。
野々村:ここまではある程度イメージできていた成長曲線が、今回は全く想像していなかった理由で途絶える可能性が出てきているので、これまでとは全然違いますね。
――新型コロナウイルスの影響で、Jリーグそのものの価値、存在も厳しくなってくる可能性もありますか?
野々村:根拠はないけれども、そもそも、「サッカーがこの世の中で価値のないものだ」というふうになることは一切思ってないので、それについては絶対に大丈夫かと。
――北海道でのコンサドーレの露出に関してはどうですか?
野々村:毎試合ホームゲームは、地上波で中継をできる限り行っているので、露出が下がったとはそこまで感じていません。
――コロナ禍になった際にコンサドーレがJリーグクラブの中でも、クラウドファンディングを早い段階で行ったことが印象的でしたが、最終的にいくら集まりましたか?
野々村:約5600万円ぐらいです。あのクラウドファンディングはクラブというよりはパートナー企業を応援するために立ち上げたクラウドファンディングです。クラブとしても大変な状況ですが、こういった時にどれだけ周りをサポートできるかを見せたくて、早い段階から行いました。
――リターンそのものが、パートナー企業の宣伝や収益になることを、クラブ、選手が行ったということが特徴的だと思いました。
野々村:クラブも本当に困ったら、純粋にお金をお願いします、というお願いを行う時も来るかもしれないですが、その前に、いつも助けてもらっているところに対して、行えることを行わないと本末転倒だなと。
――コンサドーレのファン・サポーターも、ホーム最終戦に、パートナー企業に対する感謝の気持ちを込めた横断幕をゴール裏で掲げた時がありました。ああいう風景は、コンサドーレが誇れる素晴らしい文化だと思います。
野々村:たぶん、これまでにも経営困難を経験しているからかと。8年前に就任した時に、クラブがどう強くなるかというところで、選手が頑張って試合に勝ったり、ファン・サポーターが必死に応援を行うだけではクラブが上に行けないという問題がありました。その時に、パートナー企業がどれほど大事かということを理解してくれた人が多いんじゃないかと思います。
チーム規模に合わせた運営でもうまく行えば“上”を目指せる
――本来であれば、今シーズンはどういう目標を掲げたシーズンでしたか?
野々村:クラブのサイズを毎年伸ばしていくということは変わりなかったです。チームの順位、目標については、私はあえて言わないようにしていますが、言うとしたら、売上や人件費、強化費などとのバランスで言うでしょうね。Jリーグにおける営業収益の順位、その順位を下回らないことが最低限の目標だと思っています。
――たとえ、その順位が下から数えたほうが早い順位だとしてもそれはそれでいいと。
野々村:そうですね。例えば、営業収益がJ1クラブで15位だとしたら、それ以上の順位ならばJ1残留になりますよね。14位、もしくは10位になれれば、チームがそれだけ頑張ってくれたということだなと私自身は思っています。ただ、あまりそれを強調しすぎると夢もないので、難しいところですが。
――そうですね。
野々村:昨年、チーム人件費はJ1の中で13番目でしたが、私が大きな声で(リーグ戦の年間順位)何位を目指すとは言ったことがないですし、言わないですね。
――目標順位を言わない理由は何ですか?
野々村:チーム人件費が上がったほうが、勝つ可能性は高いこと、お金と順位の関係があることは世界中のサッカーリーグを見てもわかることですよね。ただ、その関係性がわかってからサッカーを見始めてる人もいますが、その関係性がわからない人もまだ日本にはたくさんいます。その中で、例えば、昨年人件費13番目のコンサドーレが、「今年の目標はタイトルです」と言ったとすると、よくわからなくなってしまうんじゃないかと。
あとは、経営者として、人件費13番目のクラブがなぜ優勝すると言えるのかと。そこが一番大きな声で言えない理由ですね。ただ、13番目の人件費かもしれませんが、その中でもうまくいけばトップ3に入れる可能性はあると思いながらクラブ作りをしているつもりです。
――サッカーはそういう可能性もあるスポーツだ、ということですね。
野々村:そうですね。常に上に行ける可能性は高くないかもしれないですが、やり方をうまくやれれば可能かと。それを昨年、一昨年である程度示してきているので、逆に、「タイトルを獲る」とはここでは、コンサドーレの社長としては言わない。獲ってほしいとは、個人的にはもちろん思っていますが。
クラブを良くすることは自分一人ではできない
――元プロサッカー選手の社長というのは、日本ではとても珍しいですが、メリット、デメリットはありますか?
野々村:デメリットは特にないですね。特にないというより、小さいことはいっぱいありますが、大きなデメリットはないと思っています。あと、プロサッカー選手だったので、今まで会社に所属したことがありませんでしたから、会社にどういった人たちがいて、どういうバランスで成り立っているのを知らなかったわけです。そこまでたいしたことではないとは思っていますが、もしかしたらそれがデメリットかもしれないですね。
あとは、取引先にも選手だった時はCtoB、CtoCで行っていたので、会社員や企業に属したことがなかったぶん、取引先には取引先の論理があることの感覚が少しなくて、難しいことがあるかもしれないと思うぐらいですかね。
――社長に就任してから、マネジメント論や組織論などを勉強しましたか?
野々村:何かの参考書などを見て、勉強した通りに行うことがあまり好きじゃないので、特にはしてないです。このクラブをどうしたいかと考えた時に、クラブ経営の中で頑張ってほしい人たちにどうやって頑張ってもらえるようにするかとかは考えています。あとはタイミングやいろいろな運が良かったなと思います。周りにも恵まれたし。結局、自分だけじゃできないですし、仲間を増やしていかないと大きくならない。それはずっと思っています。たぶん、サッカーをやってる時にも感じていた感覚ではありますね。
例えば、相手チームのあのFWがいれば、自分たちのチームが勝てる、ということ考えたとして、そのFWをどうやったらクラブに連れてこられるのか考えるのと同じように、今、クラブのパートナーにどういうところがパートナーになってもらえれば、クラブが大きくなるのか。そのパートナーにどういうアプローチをすればいいのか。たぶん普通に考えれば思いつくようなことを、1個1個行っていくことに対して、受け入れてくれるパートナーが多かったので運が良かったかと。
――コンサドーレもこの8年間で、北海道を代表する企業との関係が劇的に増えましたよね。
野々村:上手くやれてないところもまだたくさんあるかと思いますが、パートナー数は増えています。コロナ禍の中でも、新しいパートナーになってくれたところが20社ぐらいありますしね。とにかく、今は、クラブの営業スタッフが本当に頑張ってくれています。
――この状況下で20社ぐらい新しくパートナーを増やしているのはすごいことですね。では、新型コロナウイルスが収束後、コンサドーレをどういう存在にしたいですか?
野々村:現状では、やっぱりまだ、13番目のクラブなんですよ。それをトップ10とかトップ5とかに入るようなクラブにするための図体にしないといけないとは思っています。だから、どこかで何かを変えないといけないと。
それは、「脱皮しない蛇は滅びる」みたいなことと同じで、このサイズでいいと思うなら、私はこれでいいと思うし、もしかしたら役員とか取締役、株主とかも含めて、みんなで決めようというタイミングが来るかもしれない。もちろん北海道はベースですけど、脱皮するためにはもう少し広いスタンスで考えることも必要かもしれないかと思います。
――例えばアジアの中の北海道コンサドーレ札幌、のような?
野々村:そうですね。そうなっていくために、今のままでいいのかということを問うていくイメージです。でもそれは、コンサドーレにそれなりの価値がなければ、次のステージを一緒にやりたいと思う仲間は増えない。そういったことをずっと行ってきていますが、それが今、新型コロナウイルスの影響で少し止まっているのかなと。収束したら、もしかすると大きな変化や、いろいろな変化が必要かもしれないですけど、もっと上にというところを目指したいです。
<了>
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PROFILE
野々村芳和(ののむら・よしかづ)
1972年生まれ、静岡県出身。清水東高校、慶応大学を経て、1995年にジェフユナイテッド市原(現ジェフユナイテッド千葉)に加入、ミッドフィールダーとして活躍。2000年にJ2コンサドーレ札幌(現北海道コンサドーレ札幌)に移籍、1年でJ1昇格に貢献し2001年に引退。引退後はサッカー解説者、コンサドーレ札幌のチームアドバイザー、株式会社クラッキ代表取締役社長としてスクール事業を展開。2013年にコンサドーレ札幌の代表取締役社長に就任。
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