
優勝候補・昌平、須藤直輝が「最後だから魅せろ」の檄に奮起。初戦敗退脱出も涙の理由は…
全国高校サッカー選手権大会が開幕。プロ内定者4人を擁し、優勝候補の一角に挙げられる昌平(埼玉)はなかなか持ち味が出せない苦難の船出となった――。
(文=松尾祐希)
同点直後に涙を流した須藤直輝
12月31日、第99回全国高校サッカー選手権大会の1回戦が行われた。今年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で全チーム揃っての開会式と開幕戦は中止。観客も関係者以外は入場できない異例の状況下での実施となった。
春先はトレーニングができず、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)も中止。リーグ戦も規模を縮小しての開催になるなど、今までに味わったことのない一年になった。その中で迎える選手権は日本一を目指せる唯一の場で、例年以上に特別な大会である。それは優勝候補として挑んだ昌平(埼玉)も例外ではなく、キャプテンの須藤直輝はこの大舞台に想いを馳せてきた。
未曾有の危機と向き合った中で迎える大会への想い。仲間への感謝。選手権特有の緊張感。初戦ならではの難しさ。プロ内定者4人を擁するチームとしての期待感。優勝候補としてのプレッシャーも含め、さまざまな想いが渦巻く。だからこそ、最後に誰も予想がつかないようなドラマが生まれたのかもしれない。
0−2から土壇場で2点を決め、PK戦(8−7)での勝利。同点直後に涙を流した須藤は何を考え、ピッチに立っていたのか。来季から鹿島アントラーズでプレーする10番の想いに迫る。
個で崩せず、相手の素早い寄せに苦戦
迎えた初戦。昌平は高川学園(山口)の堅守に苦しんだ。相手は県予選で4バックを用いていたが、昌平の攻撃的なスタイルを封じるために3−4−2−1を採用。守備時は両ウイングバックを自陣に下げ、5バック+2ボランチの体制でブロックを敷いてきた。
昌平は開始7分にミスも重なってフリーキックから失点。となれば、相手のゲームプランは守備に比重を置きながらカウンターを狙う形になる。
そうした相手とは県大会で何度も戦っているとはいえ、全国大会に出てくるチームともなれば簡単には崩せない。この状況に須藤はもどかしさを感じていた。
「1点を取られた後に戦略的に引いてきたので、自分たちがやりたいプレーが発揮できない。だから、柴(圭汰、福島ユナイテッドFC入団内定)が前半に打ったようなミドルシュートを増やそうと話し、自分たちで改善しながら探り探りやっていた」
より状況は難しくなり、守備ブロックでのパス回しが増える。本来のボランチではなく左サイドハーフで先発した小川優介(鹿島入団内定)なども個で崩せず、相手の素早い寄せに苦戦。小見洋太(アルビレックス新潟入団内定)も最終ラインが深い影響で背後を取れなかった。
方策が見当たらないのであれば、須藤が独力で守備網を破るしかない。しかし、この日の10番は精彩を欠いた。マンツーマン気味の相手DFに手を焼き、横に逃げるドリブルに終始。エースの仕事はできず、1点ビハインドで前半を折り返した。
「最後だから魅せろ」。脳裏に浮かんだ縦への突破
後半に入っても状況は変わらない。焦りの色も見え、前半以上に単調な攻撃に終始してしまう。すると、後半29分に一瞬の隙を突かれ、カウンターから追加点を奪われてしまった。
残された時間は10分ほど。厳しい状況に置かれた一方で、「前に行くしかない」と割り切れる展開でもあった。その状況が功を奏する。相手が受け身となり、捨て身の攻撃で見違えるような仕掛けを見せた。しかし、無情にも時間は過ぎていく。ゴールはこじ開けられず、誰もが敗戦を覚悟した。
その中で迎えた後半40分。沈黙していた須藤がこの試合初めてドリブルで守備網を破り、ゴール前に入っていく。
「どこで仕掛けるかを探り探りやっていて、ちょうど前を向いた時に道が見えた。ただ、シュートコースは閉じてくる」
冷静に局面を読む。右サイドを駆け上がってきた1年生の篠田翼にラストパスを送り、得点をお膳立てした。
だが、まだ同点ではない。すぐさまキックオフを促すと、再びゴールを目指した。
そして、ラストプレー。最終盤にトップ下から左サイドハーフにポジションを移していた須藤は、直前に藤島崇之監督から言葉を掛けられる。
「最後だから魅せろ」
檄(げき)を飛ばされると、脳裏に浮かんだのは縦への突破だった。
「縦への突破が自分の課題。監督からも『縦突破できないのか』って何回も言われていた。魅せてやろう」
左サイドでボールを受けると、一気に加速して中央にカットイン。強引に突破を図ると、ペナルティエリア手前でファールをもらう。
「ラストプレー」と御厨貴文主審から伝えられた最後のフリーキック。
篠田兄弟の活躍。「気がついたら泣いていた」
「今まで練習してきたことを披露しよう。速いボールを入れれば、篠田大輝が決めてくれる」
渾身の力で須藤が放ったキックは狙い通りにGK前に走り込んだ篠田大輝へ。頭で合わせると、ボールはゴールへと吸い込まれた。
その瞬間、須藤の身体は自然と仲間の元へ向かっていた。
「決まった瞬間は頭が真っ白。(自然と)スタンドのほうに走っていて、気がついたら泣いていた」
同点ゴール直後に見せた涙。「俺らの選手権は終わりだと思っていた。諦めてはいなかったけど、心の奥底にあったのは事実。それが晴れたので安心して泣いてしまった」。
サッカー部168人の想い――。苦しい時もうれしい時もいつもそばにいてくれた。仲間からLINEが届いた試合前にも思わず流した涙。誰よりも強い気持ちで戦っていたからこそ、再び涙腺が緩んだ。
苦しみながらPK戦の末に掴んだ勝利。昨年の選手権・準々決勝で青森山田に敗れてから日本一だけを見据え、仲間とともに歩んできた。今でも3失点を喫した前半の映像は見られていないのは、あの悔しさは覚えているからだ。
「本当に緊張感を持って、この経験というかうまくいかないところを修正していかないといけない。まだまだ自分たちは良い試合ができるし、改善点しかないと思う。みんなでしっかり話し、2回戦に備えていきたい」
苦しんだ分だけ強くなれる。優勝を目指す大会No.1ドリブラーにとって、今大会の初陣は仲間への想いを再確認できた特別な一戦だった。
<了>
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