異色のランナー小林香菜が直談判で掴んだ未来。実業団で進化遂げ、目指すロス五輪の舞台
陸上長距離選手・小林香菜は体育会出身の陸上選手ではなく、マラソンサークル出身。走ることは“趣味”の延長線上にあり、実績も乏しかった大学4年の春。それでも小林は実業団入りを目指し、全国のチームに直接連絡を取り、直談判で実業団入りを目指した。そして掴んだ大塚製薬女子陸上競技部でのチャンスが、世界陸上7位という快挙へとつながっていた。異色のキャリアを歩んできた小林に、自身の道のりとこれからの夢、その先に見据えるランナーとしての未来図を語ってもらった。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=森田直樹/アフロスポーツ)
「どうせダメだろう」から始まった挑戦
――大学ではもともと官僚志望で行政の道を目指されていましたが、最終的に実業団への進路を選ばれたんですよね。実業団入りはご自身で直談判されたと伺いました。
小林:10社は超えていましたね。12、13社だったと思います。大きな決断だったので、「もう後戻りはできない」という気持ちでした。
――それにしても、直談判でそれだけの企業にアタックされたのはすごい行動力ですね。反応はどうでしたか?
小林:体育会系出身ではなく、ランニングサークル出身という経歴から、厳しい反応があることは予想していました。実際、「今はサークルの環境だから楽しくできているんだと思います」とか、「走ることが仕事になるとこれまでとは違うよ」といった言葉は多かったです。そう言われることは想定していたので、結果に過度な期待はしていませんでした。「どうせダメだろうな」と思いながらも、落ち込むよりは前に進むしかない、という気持ちで動いていました。
――そんな中で、大塚製薬との出会いはどのような経緯だったのでしょうか。
小林:他のチームの方とお話した際に、「自分のチームでは取れないけど、他のチームを紹介します」と言ってくださった方がいて、その方を通じて大塚製薬を紹介してもらいました。別の方からも連絡先を教えていただき、直接連絡することができました。
この世界は狭いので、数社に訪問した時点で私のことが大塚製薬のスタッフにも少し知られていたようで、河野匡監督も「自分でアピールして実業団入りを目指している選手がいるらしい」と聞いていたそうです。最初に電話をした時、私が群馬県出身だったこともあって、「関東のチームの方がいいんじゃない?」(編集部注:大塚製薬陸上競技部の拠点は徳島県鳴門市)とアドバイスをいただきました。最初は「採用する」という話ではなく、相談に乗ってくださるような雰囲気でしたが、「参考までにうちのチームも見に来る?」と誘っていただいたんです。
実際に行ってみて、河野監督の人柄に惹かれましたし、大塚製薬はマラソンで世界に出ている選手を多く輩出しているチームだったので、「なんとしてもこの環境でマラソンを続けたい」と思い、「ここでやらせてもらえませんか」とお願いしました。
――内定を得た時の気持ちはいかがでしたか?
小林:4年生で、周囲に比べて時期も遅く、就職先が決まっていない状況だったので、「諦めずにチャレンジしてよかった!」という思いでいっぱいでした。
実業団で広がった走りの幅と深み
――大学時代にサークルでマラソンを続けてきた環境から、実業団に入って大きく環境が変わったと思います。どのような違いや変化を感じましたか?
小林:自分はスピードがないので、最初にスピード練習をした時は、「こんなに速く走るんですか?」と驚きました。そういうポイント練習も慣れていなかったので、最初はまったくついていけませんでしたが、「最後までできなくてもいいから、とにかくやってみよう」という気持ちでがむしゃらに取り組んでいたら、少しずつチームの中でもついていけるようになり、走れるようになっていきました。
――回復やケガの予防など、環境が変わって成長したと感じる部分はありますか?
小林:経口補水液の「OS-1(オーエスワン)」は自社製品ですし、そうしたサポートは本当に手厚くてありがたいです。私は食べるのが好きなので、日々の食事をしっかり取って、栄養を意識しながら回復につなげています。
――大会前に必ず食べる“勝負飯”はありますか?
小林:大会前はカーボローディング(※)をしているので、前日のお昼はみんなで鰻を食べに行きます。鰻はご飯が進みますし、夜は糖質の高いパスタを食べることが多いです。
(※試合や大会の数日前から炭水化物を多く摂取し、エネルギー源となるグリコーゲンを蓄える食事法)
――甘いものを食べる“チートデー”も作っているのですか?
小林:もちろんです(笑)。ただ、太りやすい体質なので、どら焼きなどの和菓子を選ぶようにしています。
勝負強さを支える「練習を信じる」力
――世界陸上では「練習を信じて走ることができた」と振り返っていましたが、その“信じる力”はどんな時に支えになりましたか?
小林:試合前は自信を持てないことが多いので、信じるとしたら自分がしてきた練習の質や量しかありません。「自信を持つために練習を頑張ろう」という気持ちで取り組んでいますし、「これができたら大会の本番で自信が持てる」と思うと、つらい練習も頑張れます。
――これまで影響を受けたり、現在目標としているランナーはいますか?
小林:特定の選手だけを追いかけてきたわけではありませんが、日頃からマラソンを見るのが好きで、大学のサークル時代によく見ていた松田瑞生さんや日本記録保持者の前田穂南さんは本当にかっこいいと思います。そういう選手たちと今は一緒に走ったり、お話できたりするのがうれしいですし、結果を残すことで立場の変化を感じるたびに、もっと頑張ろうという気持ちになります。
クイーンズ駅伝からロサンゼルスへ
――世界陸上は厳しい暑さの中でのレースでした。11月に仙台で行われるクイーンズ駅伝に向けて意識していることはありますか?
小林:長距離は暑いより寒い方が走りやすいので、特別な対策はしていません。ただ、走りやすいコンディションだからこそスピードが求められると思うので、その点を強化していきたいです。
――直近の目標と、その先の大きな目標について教えていただけますか?
小林:クイーンズ駅伝の先のレースについてはまだ監督と相談中ですが、大きな目標としては2028年のロサンゼルス五輪で走りたいと思っています。世界陸上の結果でMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)の出場権を獲得できたので、これから2年間、海外レースなどにも挑戦して経験を積みながら準備をしていきたいです。
――サークル出身という異色のキャリアは多くのランナーやアスリートに勇気を与えると思います。最後に、次世代ランナーや子どもたちへのメッセージをお願いします。
小林:私が日々頑張れているのは、自分で決めた道だからこそです。夢に向かう中で進路に迷うことや、大きな決断を迫られる場面もあると思いますが、さまざまな意見にしっかりと耳を傾けつつ、最後は「自分で決める」ことを大切にしてほしいです。
市民ランナーの方々のように「走ることを楽しむ」気持ちを持って、結果にとらわれすぎずに走ることも大切だと思います。「笑顔で走るとタイムが出る」と言われるように、楽しんで続けてほしいですね。私自身、楽しく走り続けたいと思っています。
――5年後、10年後はどんなランナーでありたいと考えていますか?
小林:世界陸上の合宿ではプレッシャーや責任感も大きく、孤独を感じてつらい場面も多くありました。そうした環境で「いつまで走り続けられるかな」と不安がよぎることもあったので、今はまだ10年後のことまでは想像できませんが、いつまでも応援してもらえるランナーでいたいですね。
引退後もトレイルランなどに挑戦して、大学時代に完走した100キロマラソンをもう一度走ってみたい気持ちもあります。そのためにも、走ることを嫌いにならず、健康な体で走り続けていたいです。
【連載前編】マラソンサークル出身ランナーの快挙。小林香菜が掴んだ「世界陸上7位」と“走る楽しさ”
【連載中編】官僚志望から実業団ランナーへ。世界陸上7位・小林香菜が「走る道」を選んだ理由
<了>
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[PROFILE]
小林香菜(こばやし・かな)
2001年4月4日生まれ、群馬県出身。陸上長距離選手。大塚製薬陸上競技部所属。中学時代は水泳部から陸上部に転部し、3年時に女子3000メートルでジュニア五輪出場。早稲田大学本庄高等学院を経て、早稲田大学法学部に進学。大学では体育会陸上部ではなく、ランニングサークル「早稲田ホノルルマラソン完走会」と登山サークル「山小屋研究会」に所属し、日常的に走ることを楽しみながら競技力を磨いた。マラソン初挑戦となった2021年の富士山マラソンで3時間29分12秒。そこから着実に成長を重ね、2025年1月の大阪国際女子マラソンで自己ベストの2時間21分19秒を記録して日本人トップの2位となった。9月の世界陸上東京大会では女子マラソンで2時間28分50秒をマークし7位入賞。日本勢としては2019年ドーハ大会以来3大会ぶりの入賞を果たした。10月19日のプリンセス駅伝ではチームの5区(10.4キロメートル)を担当し、区間2位の34分28秒を記録。6人抜きでチームのクイーンズ駅伝出場権獲得に大きく貢献した。11月23日に開催される女子駅伝日本一決定戦「クイーンズ駅伝」に出場予定。
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