「教えられてできたことは身に付かない」西武・沢村賞右腕の石井丈裕が見出した指導理念
今季、1990~92年以来28年ぶりとなる3連覇に挑む埼玉西武ライオンズの黄金期を支えた石井丈裕は、こう話す。「教えられてできたことは身に付かない」と。沢村賞や最高勝率の個人タイトルを受賞するなどプロの世界で輝かしい実績を持つ右腕は今、2012年に開校したライオンズアカデミーで子どもたちの指導に当たっている。自らが学生時代に味わった苦難をどう乗り越えてきたか、その経験があるからこそ、伝えられることがある。
子どもたちの「考える力」を養うために――。その指導理念を聞いた。
(インタビュー・文=氏原英明、撮影=高須力、写真提供=埼玉西武ライオンズ)
大人が教えすぎることで、子どもの成長を邪魔している
ライオンズアカデミーを指揮して足掛け8年になる石井丈裕コーチは、同部門の鍵を握る人物だ。
選手・指導者としての実績もさることながら、その経験則から、今の子どもたちに合った指導のあり方を模索し、日々実践している。
アカデミーの指導を始めた当初は、選手上がりのコーチの誰もが口にする考えを持っていた。だが、ある時から考えを変えたと語る。
「ある程度、プロで実績を残させていただいたので、その技術を子どもたちに教えたいという気持ちで最初は始めたんですけど、ただ、そういう思いが強すぎても、子どもたちはただ聞いているだけになってしまう。今は、そういうのから変わってきて、考えさせる指導を心がけています」
これは昨今の社会の縮図といえるかもしれない。大人が自分の言うことを忠実に聞かせることで、子どもの成長を促しているように感じているが、実は成長を邪魔している、ということが往々にしてある。過保護・過干渉になりすぎ、子どもたちの創造力を奪い、考えることをさせなくさせてしまっている。
プロ野球の取材などをしていても時折感じるが、ある若手の選手が少しブレイクした時に、自分の手応えを説明できない選手がいる。そういう選手のブレイクは長続きしないのだが、彼らのタイプに共通しているのは「コーチに言われたことをやる」体現者であって、真の力を身につけられていないということである。
実は石井コーチは、プロの指導をしながらも、その傾向を強く感じていたと言う。
「プロの選手を教えていた時に、彼らはその場ではコーチに言われたことをやるんです。でも、言われたことをやるのは大切ですけど、ある程度までいったら、自分で考えないとレベルが上がっていかない。それがいまひとつ殻を破ることができない要素の一つであると思う。教えられてできたものは、すぐにできるから自分では何も考えないのですが、いろいろ考えてできるようになったものは本当にうれしい。その気持ちをわかってもらいたい。自分がそうだったから余計にそう思います。自分なりに噛み砕いて考えたものは忘れられないですから、だから、アカデミーの指導ではその方針をとっています」
プロの選手でも考えることができなくなるのは、指導者からの助言を忠実に守ることを“よし”とする中で育ってきたからだろう。その癖がつかないように、小学生の時から「考える力」を養おうとすることは、ライオンズアカデミーの生徒たちの将来を考える意味でも、非常に大事なことといえる。
高校時代は2番手だった石井は、いかに成長を果たしたのか
もっとも、石井コーチがそうした指導法に行き着いた背景には自身の野球人生がそうだったからである。早稲田実時代は、“高校野球のアイドル”として騒がれた荒木大輔(現・日本ハム2軍監督)の2番手として苦しい日々を過ごした。
大学・社会人と経ていく中で、自身の持ち味を作り出しプロまで上り詰めた。そんな成長過程があったから考えてやることの重要性を感じていることに他ならない。
石井コーチの根底には「選手自らが考えること」は外せない。
「僕は子どもの頃からある程度、体は大きかったんですけど、プロにいくと期待されるような選手ではありませんでした。コントロールが良くなかったんです。それで大学の時に自分にとって何が必要かを考えるようになりました。コントロールだったので、自分の考えとしてコントロールが良くなるものを探したんです」
石井コーチが見いだしたのは、どうすれば一定の動きを身につけるかだった。狙いを定めて投げるために、体のどの部分を意識すれば効果的なのか。そこへの理解を深めることで、自身は変わっていったのだという。
「自分でいろいろ考えてやったことが身につくと一生忘れない」
石井コーチは自身の体験から、指導者になった時に、そのことを思い出した。ただ技術指導をすればいいのではなく、いかにして、選手に考えさせて行動を起こさせるかが、現代の子どもたちを指導していく上で、必要なことと考えている。
「指導者として一番に大事にしているのはまずけがをさせないことです。野球をある程度の期間やっている子は痛い思いをしてもやれますけど、野球を始めたばかりの子が痛さを感じたら敬遠してしまうところがあります。だから、けがには気をつけてやっているつもり。その次に大事なのが自分で考えてやることです。そうなることで、意欲的になりますから」
指導者が気づいたことを全て言うのではなくて、ヒントを与える程度にとどめるというのが石井コーチのやり方だ。
また、そうした指導の働きかけは、前編でも取り上げた子どもたちが野球の楽しさを知る、好きになることへもつながっていく。コーチがあれこれと口にした指導を受けると窮屈な気持ちにもなるが、自分で考えてすることを許容されると、新たな楽しさが生まれ、その効果も色濃く出るのだ。
「野球は地道じゃないですか。何カ月やってちょっとうまくなる程度。練習は個人個人の能力を高めるためにやりますけど、野球はみんなの力を合わせないと勝てない。チームになった時に、自分の役割がわかって、自分がこうしていけば勝てる、もっと良くなるっていうのがわかるようになってくると楽しさが出てくるんじゃないかなと思います」
楽しいと思ったことは続けることができる。その中に、自分で考えて到達できるからこそ、楽しさを与えることにつながっていくと考えているわけである。
ライオンズアカデミーの取り組み、そのゴールの一つは当然、「アカデミーからプロ野球選手を出す」というものだ。
そのプロ野球選手が強い意志のもと、考える力を持っていたなら……。
それこそ、石井コーチが目指した指導法があらためて評価されるに違いない。
<了>
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PROLILE
石井丈裕(いしい・たけひろ)
1964年10月25日生まれ、東京都出身。早稲田実、法政大、社会人野球のプリンスホテルを経て、1988年ドラフト2位指名で西武ライオンズに入団。1990~94年のリーグ5連覇(日本シリーズ3連覇)に貢献するなど球団の黄金期を支えた。1992年には沢村賞、最高勝率の個人タイトルを受賞。日本ハムファイターズ、台湾の台北太陽(コーチ兼任)を経て2001年に現役引退。台北太陽の監督、ロッテ・ジャイアンツ(韓国)の投手コーチを経て。2004年に西武に復帰。1軍・2軍コーチを歴任し、2012年にライオンズアカデミーのコーチに就任。2014年に1軍コーチに復帰後、翌15年から再びライオンズアカデミーに復帰し、子どもたちへの野球普及・振興、地域密着活動に従事している。
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