「目指すゴールのない者に進む道はない」大津・平岡総監督の信念が生んだ「師弟対決」のドラマ
12月30日に開幕する第98回全国高校サッカー選手権大会。すでに組み合わせ抽選も終わり、各都道府県の決勝もあと数試合を残すのみとなった。
11月16日に行われた熊本県大会決勝は、大津高校と熊本国府高校が顔を合わせ、名将として名高い平岡和徳総監督と、その教え子である佐藤光治監督の師弟対決として注目を集めた。
大津高校のグラウンドで蒔かれた種が県全体に広がり、県全体のサッカーのレベルを押し上げる。理想的な高校サッカーの現場の在り方がそこにはあった。
(文・写真=井芹貴志)
「自分たちの手で歴史を変えるんだ!」
11月16日に行われた第98回全国高校サッカー選手権大会の熊本県大会決勝は、連覇を狙った大津高校と6年ぶりの出場を目指す熊本国府高校が対戦。
開始早々の4分、ゴール前の混戦からキャプテンのMF髙原大騎が思い切って狙った右足のミドルシュートが決まり、熊本国府が先制。その後は大津が猛攻をしかけ、前後半を通じて実に22本ものシュートを放ったが、熊本国府GK浅田隼佑の好反応やDF陣の体を張ったカバーリングに阻まれ、さらにはクロスバーやポストにも嫌われて同点ならず。粘り強い守備で大津の攻撃をはね返した熊本国府が、大会5試合を通じて無失点で乗り切り、県代表の座を掴んだ。
熊本国府を率いるのは、就任11年目の佐藤光治監督。冬の選手権出場は、学校としては3回目、佐藤監督のもとでは2回目である。髙原や久野海静といった選手たちの兄が在籍していた3年前のチームが決勝でルーテル学院に敗れていたこともあって、試合前に選手たちにかけた「自分たちの手で歴史を変えるんだ!」との言葉には、佐藤監督自身の強い想いもこもっていたように感じられた。
「早い時間に先制して、ゲームプランどころではないくらい攻められる展開になりましたが、スペースを与えずに大津さんの良さを消しながら、やるべきことに集中してくれた。ただ、もっと攻撃にスパイスを加えなければ全国では勝ち上がれませんから、これから攻撃をレベルアップしていきたいと思います」と話し、12月1日に決まる新潟県代表との初戦(1月2日、ニッパツ三ツ沢球技場)が決まった全国大会での上位進出を見据える。
小さな魚たちが協力し、大きく強い魚に立ち向かう
「うちのチームには、日本代表になるような選手はいない」と言うが、そうした個の集団がいかに力のあるチームと伍し、倒すか。そのことを模索し続けた結果、一つの言葉で表現されるようになった熊本国府のチームスタイルがある。
スイミーフットボール――。
小さな魚たちが協力し、整った集団を構成することで、大きく強い魚に立ち向かう。小学校国語の教科書で多くの人が読んだ記憶を持つであろう、あの『スイミー』だ。
「一人一人の能力は高くなくても、それぞれがつながってチームで助け合うことで大きなものと勝負できる。そのことをわかりやすく伝えるために、3年くらい前から言い始めました」とのこと。
それを体現するために、170人の部員たちにはサッカーを離れた場面での日常の生活態度、ルールや決まりを守ることの大切さ、そして自分で判断することの重要性を説いている。
2016年4月に起きた熊本地震では、同校サッカー部の生徒たちがグラウンドに椅子を並べてSOSを発信し、寄せられた支援物資を自転車で近隣の避難所に配ったことが注目されたが、それも自主的な判断と行動力ゆえ。
「サッカーはあまり教えていないというか。1から10まで教えるのではなく、1教えたことを生徒たちが自分で考えて、2にも3にもなるような指導を心がけています」と佐藤監督が話す通り、大津の猛攻を耐え凌いだ熊本県決勝での戦いぶりもまた、そうした指導で培われた献身性やチームワーク、組織力によるものであった。
師弟対決は「指導者冥利に尽きる」機会
実は佐藤監督は、大津高校のOBである。高校を卒業した1996年にアビスパ福岡に加入し、引退後に教員免許を取得して教職に就いた。つまり決勝戦は、大津の平岡和徳総監督との師弟対決でもあった。
「個人的には、師弟対決ということはあまり意識していません」と佐藤監督は言う。一方、大津の平岡総監督にとって、師弟対決は「指導者冥利に尽きる」機会。平岡総監督自身、17年前の第81回大会3回戦で、恩師である古沼貞雄監督率いる母校の帝京と対戦した。各県の代表校同士の対戦となるインターハイや高校選手権では、そうした師弟対決は稀なことだが、近年の熊本県大会では、平岡総監督と教え子の師弟対決で代表の座を争うことが珍しくなくなっている。
「挑む側としては、“指導者として成長していることを認めてもらうチャンス”という気持ちもある」と、平岡総監督は自らの経験を振り返り、試合そのものやベンチでの振る舞いを通して、「対戦するたびに指導者としての成長を感じますし、教え子のチームと熊本県の決勝戦を戦えるのは贅沢なこと」と、表情を緩める。
実際、今大会で大津が対戦したチームを見ると、4回戦の専修大学玉名、準々決勝の鎮西、準決勝のルーテル学院、そして決勝の熊本国府と、相手チームの監督はすべて、大津OBだった。
大津はこれまで、巻誠一郎、谷口彰悟、車屋紳太郎、植田直通といった日本代表をはじめ、多くのJリーガーを輩出してきたことで知られるが、同校出身の指導者の数もそれに劣らない。熊本県内の高校では15〜16チームでOBが監督を務めており、コーチも含めればその数は30人前後にのぼる。さらには大学や中学校、3種、4種のクラブチーム、またJクラブのアカデミーやトップチームのGKコーチまで含めると、相当数のOBが指導者となっている。
「指導する上で生徒たちに話しているのは、『目指すゴールのない者に、進む道はない』ということ。私が帝京高校で古沼先生と出会って指導者を目指したように、大津高校に生徒として1000日間(3年間)在籍したり、コーチとして数年間携わったりした経験を通して、コミュニケーションスキルを磨くことや、主体性、誠実さといった、相手をリスペクトすることにつながるものを学び、サッカーを通して子どもたちの未来を変える作業に関わりたいと思ってくれているのであれば、それは非常にうれしいことです」と、平岡総監督は言う。
サッカーを通して、あきらめない才能を磨く人づくり
指導スタンスのベースにある「プレーヤーズファースト」と「オープンマインド」を具体化したものの一つが、指導者となったOBたちを集め、3年に1回程度のペースで開いているカンファレンス(勉強会)だ。その内容は、戦術のトレンドや新たな指導法を学ぶというより、「不易(変わらない)のものを共有して、変えるべきところは変えていく」ための確認が柱。平岡総監督にとっても、「自分の中をクリアにして考え方をリセットする」機会にもなっているという。
「それぞれが指導しているチームの環境も違いますから、カンファレンスで得たものを自分の指導現場に持ち帰るだけではなくて、個性に合わせて表現し、目の前の子どもたちに提供してほしいと思っています。それが自分フィルターを通すということだし、指導者としての力にもなっていく。見たこと、聞いたことをただ伝えるのではなく、考えることを習慣化して、自分のフィルターを通して行動する。それが大切なのは、選手も指導者も同じです」
大津OBの指導者が率いるチームも、特徴やチームカラーはさまざま。佐藤監督率いる熊本国府のチームカラーや伝統も、佐藤監督が教員として、また指導者として重ねてきたキャリアの中で得たさまざまなものを、自分フィルターを通して生徒たちに伝え続けることで醸成されてきたものだと言える。
「サッカー選手を育てるのではなく、サッカーを通して、あきらめない才能を磨く人づくりに取り組んでほしいと思います。そういう思いを持った指導者が増えて、さらに広がっていけば、熊本県のサッカーはもっと良くなっていくし、戦うレベルや指導者のレベル、そして熊本県全体の競技レベルを上げることにつながると思うんです」と平岡総監督。
大津高校のグラウンドで蒔かれた種は、時間をかけて少しずつ県全体に広がり、それぞれの場所に合った新たな実をつけ、そこでまた次の世代の種が蒔かれていく。6年ぶりの選手権出場となる熊本国府も、佐藤監督ならではの指導と育成の成果を、全国の舞台で示してくれることだろう。
<了>
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