マイナー競技が苦境から脱却する方法とは? ソフトテニス王者・船水雄太、先陣を切って遂げる変革
この1年、日本のスポーツは世界の舞台で躍動した。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝、大谷翔平2度目の満票MVP、バスケットボール48年ぶりの自力五輪出場――。他にも多くの日本人アスリートの活躍が世間の耳目を集めた。だがその一方で、どんなに結果を残しても日の目を見ない競技もある。ソフトテニスもその一つだ。世界一に輝きながらもほとんど注目されなかったという経験をした船水雄太は、この現状を脱するために先陣を切って活動を続けている――。
(取材・文・トップ写真撮影=野口学、本文写真提供=(C)AAS Management Inc.)
ソフトテニスでどれだけ活躍しても注目してもらえない。そんな現状を変えるには
「ソフトテニスで食べていける人ってすごく少ない。だから競技を続けてもあんまり意味ないよね、ってなってしまっていると感じます」
そう話すのは、ソフトテニス界で知らない者はいないトッププレーヤー、船水雄太だ。国内では所属するNTT西日本で日本リーグ10連覇を達成し、国際大会でも日本代表として2015年世界選手権で金メダルを獲得するなど、確固たる実績と名声を築き上げてきた。
日本のソフトテニス界の未来は、決して明るいとはいえないのが実情だ。語弊を恐れずいえば、マイナースポーツ。中学生の競技人口は非常に多いにもかかわらず、その年代以降は大幅に減ってしまう。どれだけ活躍しようともなかなか注目してもらえない現実は、船水も幾度となく経験したことがあるという。
大学生の時に世界選手権で優勝したものの、ほとんどメディアに取り上げられなかった。世界大会で優勝した他競技の同級生は大きく取り上げられていたにもかかわらずだ。それでも自分がソフトテニス界の顔になるぐらいもっともっと活躍してタイトルを取れば、景色は変わるはずだと信じた。だが、何も変わらなかった。
ソフトテニスをやる子どもたちが、ソフトテニスで夢を描くことができない――。
危機感を抱いた船水は、2020年3月、当時ソフトテニス界では珍しかったプロ選手への転向を決断した。硬式テニスでいえば大坂なおみや錦織圭のような、子どもたちが目指す競技の“顔”のような存在が必要だと考えてのことだった。 またプロ転向を機に、ソフトテニスをやる子どもたちの道しるべとなるような活動をするため、カンボジアチーム代表ヘッドコーチを務める荻原雅斗氏と共同出資でAAS Managementを設立した。
ソフトテニス界で“初”の賞金大会を開催。変化の波を生み出す
プロ転向のタイミングとコロナ禍が重なったことは、普通ならば不運だといえるだろう。約2年間、国内外で多くの大会が中止となり、選手として活動する場は大幅に制限された。だが船水はこれを機に、ソフトテニス界の未来に向けて大きな一歩を踏み出すことができた。
その一つが、大会の創設だ。
2020年12月、男子ダブルスのトップ8組によるトーナメント戦「JAPAN GP 2020」を開催した。選手にとってはコロナ禍で失われた実践の場が、ファンにとっても選手たちの真剣なプレーを見る機会が与えられることになった。当日のライブ配信は実に10万人近い視聴数となり、ソフトテニスを愛する人たちにとって待ち望んだ一日となった。
だがそれだけでは、失われたものを取り戻しただけにすぎない。船水はさらに、ソフトテニス界が前進するきっかけをつくろうとした。それが“初の賞金大会“としての開催だ。
船水がプロ転向を志した理由の一つである「ソフトテニスを夢の描ける競技に」するためには、“選手の活動環境の向上”は大きな命題だといえるだろう。これまでソフトテニスの大会には賞金が無いことが当たり前だった。稼ぐことができなければ、競技を続けていくことは難しい。目指す子どもも増えない。ソフトテニスの普及・発展を考えれば、“稼げる競技”になることが必須だ。優勝賞金200万円はまだまだ心もとない金額かもしれない。だがソフトテニス界の常識を変える大きな一歩となった。
「当初はいろんな選手たちの声を形にしながら一回きりのつもりで開催したんですけど、その後、第2回、第3回と、しかもソフトテニス界で一番大きな賞金大会を開催する側に回ることになるというのは正直想像していませんでしたね」 2022年の第2回大会は予選を全国4ブロックで実施、年齢制限無しで子どもでも参加できるようにした。さらに翌年の第3回大会は女子ダブルスの大会で、女子初の賞金大会として開催。さらなる変化の波を広げていった。
太田氏にアドバイスをもらい演出面も強化。「見るスポーツ」としても価値向上を
さらに船水は、観戦者にとっても価値のある大会にするための取り組みも始めている。
「ソフトテニスはまだまだ『見るスポーツ』として確立されていないので、太田雄貴さんをはじめスポーツ業界で活躍するさまざまな方々から演出面などのアドバイスをもらってつくり込んでいこうとしています」
太田氏といえば、日本フェンシング初の五輪メダリストであり、2017年から4年間日本フェンシング協会の会長を務め、数々の改革を実行したことでも知られる。中でも全日本フェンシング選手権は、それまで300人ほどだった観客数を10倍以上に引き上げ、3万円という高額チケットも完売した。映像装置やLED照明による華々しい演出、人気ゲームアプリ『ドラゴンクエストウォーク』とのコラボ、フェンシングを普段見ない人にもその面白さや迫力が伝わりやすいよう剣先の動きをビジュアル化する装置を設置する(その後、東京五輪でも採用)など、エンターテインメントとしての価値を高めた結果だった。
船水も昨年の大会では、試合を行う1面だけをライトアップして非日常感を演出し、スポーツDJを導入して大会を盛り上げた。さらにはソフトテニス界初のVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)によるチャレンジ制度も新しい試みとして取り入れた。
ソフトテニス界になかった要素を、先陣を切って一つ一つつくり出す
船水が取り組んだのは、賞金大会の創設だけではない。
例えば、全国各地で子ども向けのソフトテニスのイベントを多数開催してきた。「これまでソフトテニスのイベントでレッスンしてお金を取ることって、ほとんどなかったんです。でも僕がプロとしてしっかり対価をいただくようにしてからは、その風潮が変わってきたように感じますね」。他にも、オンラインスクールや企業とのアライアンスも会社の事業の一つとして行っている。
大会の賞金、レッスンやイベントによる収入、企業からのスポンサー収入、これらは全て、プロとして食べていくために必要な要素だ。これまでのソフトテニス界に無かったこれらの要素を、船水はつくり上げようとしているのだ。 「今はまだそのモデルを見せている最中です。でも僕がやり始めたことで、追随してやってくれる人が出てきているので、そういう意味では良い影響を出せたのかなと、ソフトテニス界に貢献できたのかなと思います」
新競技ピックルボール挑戦で、ソフトテニスの魅力と価値を高める
2024年、船水は新たな挑戦を発表した。3年連続「アメリカで最も急成長しているスポーツ」に選出され、競技人口が爆発的に増えているピックルボールのプロリーグ、「メジャーリーグピックルボール(MLP)」のプロ選手を目指し、1月から渡米している。
ソフトテニスで生きていく姿を見せ、その道をつくってきた。その取り組みは当然これからも続けていく。同時に、ソフトテニスの“外側”にいる人にもその魅力を届けていく。ピックルボール挑戦には、その目的もある。
船水がピックルボールで日本人初のプロ選手となれば、その偉業とともに、船水がソフトテニスのプロ選手であること、そしてソフトテニスの技術がピックルボールに有用であることが伝えられるだろう。
また、ピックルボールはラケットスポーツの敷居を下げる役割を担えることから、ピックルボールが日本で広まれば、ソフトテニスを始める人が増えることも期待できる。
船水の新たな挑戦には、ソフトテニス界の未来を思う気持ちがあるのだ。
プロとは何か――? スポーツを取材する筆者は、この命題をよく考える。
辞書を調べれば「あるものごとを生計の手段として行う人」「自分の職業であるとの強い自覚を持って、それに打ち込む人」とある。プロスポーツの世界では「プロは結果が全て」とよくいわれたりする。
だが、この人を見ていると、それが答えではないように思えてくる。先人が整えてくれた道の上を歩んでいるわけでもなければ、競技の結果を自分がやるべき全てだとも考えていない。
常に挑戦を続け、後進のために道を切り開き、自らが道しるべとなる――。
それこそが、真のプロフェッショナルなのではないか。そんなことを思わせてくれる。
【連載前編】大坂なおみも投資する全米熱狂「ピックルボール」の全貌。ソフトテニス王者・船水雄太、日本人初挑戦の意義
【連載中編】なぜリスク覚悟で「2競技世界一」を目指すのか? ソフトテニス王者・船水雄太、ピックルボールとの“二刀流”挑戦の道程
<了>
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[PROFILE]
船水雄太(ふねみず・ゆうた)
1993年10月7日生まれ、青森県出身。東北高校時代、インターハイ団体個人優勝2冠。早稲田大学時代、インカレで団体戦・ダブルス・シングルス全タイトルを獲得。NTT西日本時代、全日本社会人選手権大会優勝、国体優勝、日本リーグ10連覇。日本代表として世界選手権優勝など国際大会でも活躍。2020年4月にプロ転向。同時にAAS Management 合同会社を設立し、「ソフトテニスで人生を豊かにする」を行動理念としてソフトテニスの普及・発展に寄与する。2024年からソフトテニスとピックルボールの“二刀流”選手として、米国メジャーリーグピックルボール(MLP)入りを目指して渡米。
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