漫画人気はマイナー競技の発展には直結しない?「4年に一度の大会頼みは限界」国内スポーツ改革の現在地
「B.革新」と銘打ち、革新を進めるBリーグ。2026年からの秋春制移行を決めたJリーグ。「世界最高峰のリーグ」を目指して再編されたSVリーグ――。国内競技のトップリーグが、変革期を迎えている。その変化の波は、国内のスポーツ文化を発展させる第一歩になるかもしれない。スポーツ界の変革に詳しく、人気アイスホッケー漫画の技術監修も務める若林弘紀氏は、国内プロスポーツとマイナースポーツの現在地をどのように捉えているのだろうか。インタビューを通して、それぞれの競技発展・普及へのヒントを探った。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=若林弘紀)
改革が進む日本プロスポーツ界の現在地
――日本のプロスポーツ界では、革新を進めるBリーグを筆頭に、今季からはバレーボールのSVリーグが再編されてセミプロ化し、Jリーグが過去最多観客数を更新するなど、さまざまな変化が見られます。若林さんはこうした動きをどのように見ていますか?
若林:国内スポーツの改革が進むのは素晴らしいことだと思います。Jリーグの成功が一つの例になったのはいいことだと思うし、バレーボールは人材をうまく活かせずに競技構造を変えるチャンスを逃し、サッカーとバスケに抜かされた時代もありましたが、リーグとしては正しい方向に向かっているのかなと思います。そうやって、「競技構造を変えよう」という試みがいろんなところで起きるようになってきたのはすごくいい傾向だと思いますし、個人的には、それがユーススポーツにも発展してほしいです。
――競技の構造改革は反発する人も多いと思いますが、北米のプロスポーツ界では、どのように改革を進めてきたのでしょうか。
若林:アメリカは、ADM(American Development Model)という、ユースホッケーの改革を成功させました。内容としては、年代や性別に合ったコーチングやトレーニング、さらに試合形式を改め、そのために年代別の指導マニュアルが作成されたのですが、最初は、父母やコーチやクラブなど、さまざまな方面から大反対を受けたんです。8U(8歳以下)で親善試合以外の大会を禁止し、さらにリンクを区切り、年少者に合わせた小さなフィールドでプレーする「クロスアイス」による公式戦の導入をしたことなどへの抵抗が大きかったようです。
そこで、アメリカホッケー協会が「ADMに賛同するクラブには予算をつけてコーチを派遣し、クリニックを開催します」と言って各地でADMモデルクラブを募集し、そこから良い選手が育ち、数年後にアメリカU-18、U-20代表が国際大会で大躍進し始めると、みんな手のひらを返して新モデルを取り入れて、一気に改革が進みました。日本に当てはめて考えれば、スポーツ庁が「全国でリーグ戦化を進めてください」と言えば、上から言われたことを忠実にこなすのが得意な日本ではさらに早いのではないかと思います。改革には実利的な面も必要だと思いますから、ADMのように「モデル事業となった競技には予算を出します」とすれば、さらなる変化を促す起爆剤になるのではないでしょうか。
漫画、ドラマ人気は競技の発展に直結しない?
――若林さんは、漫画家の野田サトル先生のアイスホッケー漫画『ドッグスレッド』や『スピナマラダ!』で技術監修をしているそうですね。具体的にどのような点を監修されているのですか?
若林:ホッケーの場面で起きることが現実から飛躍しすぎないように描写をチェックしたり、時代ごとのルールや防具の変化を踏まえて、整合性についてアドバイスしたりしています。
――サッカーやバスケットボール、バレーボールでも、人気漫画をきっかけに競技を始める子どもたちがいると思いますが、アイスホッケーでもその影響力は感じますか?
若林:データがないのでなんとも言えないのですが、実感としてはまだまだだと思います。例えば『キャプテン翼』は世界中のプロサッカー選手たちに影響を与えて、漫画が競技の人気に貢献した成功例だと思います。ただ、すべてのスポーツが同じように漫画の影響で発展する、という夢のような話はありません。特に、マイナースポーツで漫画やドラマの人気を競技の発展につなげるためには、競技を取り巻く人たちが自分たちで普及できる体制を作っておかなければ難しい。
2004年にフジテレビで放映された「プライド」というアイスホッケーのドラマは、脚本は野島伸司さん、主演はキムタクという、これ以上ないキャスティングで大ヒットしました。
――覚えています! 当時、夢中で見ていました。
若林:その時期、アイスホッケーをやりたいという人が一気に増えて、都市部では体験入部が6カ月待ちという事態になったクラブもあったらしいんです。でも、6カ月待ったら、その人の熱はもう冷めてしまいますよね(苦笑)。しかも、入部してもほとんど試合に出られなくて、やめてしまうケースもあったようです。
――そこまでの変化を予測して準備できていなかったのですね。
若林:はい。そういうクロスメディアへの露出が起爆剤となって「競技を始めたい」という人が増えた時に、その状況を捌ける能力やシステムがなければ意味がないし、その構造を作るのは漫画ではなく、人間です。アイスホッケーでは、ドラマのほかにオリンピックやNHL(ナショナルホッケーリーグ)の日本での公式戦開催など、競技が発展するきっかけが何度かありましたが、結果的にすべて活かせなかった。それはもったいないことですよね。
“イベント頼み”ではなく、育成の目的にかなう大会に
――女子サッカーでは、なでしこジャパンが2011年にワールドカップで優勝した後のフィーバーを継続的な競技人気や競技人口の増加につなげられませんでした。
若林:まさに同じことです。ラグビーもワールドカップが日本で開催されて、代表チームが素晴らしい成績を残して盛り上がり、トップリーグの人気は高まりました。一方で、高校ラグビーの参加校不足がクローズアップされるなど、競技人口という点では課題を残しています。
どの競技にも当てはまる共通の課題は、やはり育成年代の競技構造をしっかりと構築できていないことです。そして、オリンピックやワールドカップなど、「イベント頼み」の競技振興には限界があるということです。国際大会にお金が落とされるから注目は集まりますが、「その後にどういう構造を作るか」という絵までは描けていない。形が作れなければ、せっかく増えた競技人口や人々の期待に応え続けることはできません。
例えばフィンランドは2012年にアイスホッケー世界選手権を主催した際の剰余金で、協会がフルタイムのスキルコーチを雇い、全国のクラブを巡回して子どもからプロまで高度なスキルトレーニングをしただけでなく、各地のコーチにもコーチングのノウハウを伝授して、今ではスキル大国と呼ばれています。これがイベントを機にした構造づくりの成功例です。
――4年に一度の大会にかけるのは、リスクが大きいですよね。それでも、同じことを繰り返してしまうのはなぜなのでしょうか?
若林:いろいろな問題が複雑に絡み合っていると思います。国策の話になりますが、オリンピック等の国際大会につながる強化や施設には予算がつきやすくても、それを支える普及や育成に十分な予算と人材が配分されてこなかったように思えます。特に、一番大事な育成に関しては、親のお金頼りになってしまっていて、スポンサーもつきづらいという事情があるのだと思います。もちろんオリンピック等での活躍とそれに伴う露出がなければ、その競技への大口スポンサーがつかないので、強化が重要であることは間違いないのですが。
「全国大会」という冠がつく場合に大企業がスポンサーにつくことがあり、日本でも小学生で全国大会をやっている競技はいくつかありますが、若年層から資金的な負担が大きい上に勝利至上主義に陥りやすく、世界的な育成の流れには逆行しています。関係者に聞くと、「大企業の名前でやっている以上やめられない」という事情もあるようですが。
――普及や育成の本来の目的にかなうような大会の形式や意義を、スポンサーに理解してもらった上でサポートしてもらうのが理想ですね。
若林:スポンサーへのプレゼンがしっかりしていれば、それはできると思います。育成年代のリーグ戦の価値を理解してもらえるように論理立てて、例えば「地域リーグを作って、それを統括する全国リーグのスポンサーになってください」とお願いしてみるのはどうでしょうか。バスケでは、部活やクラブの垣根を超えたU-18世代の階層別リーグを2022年から全国規模でやっています。日清食品がスポンサーになっていますが、レベル分けされたリーグ戦による育成の価値と、数日で終わってしまう従来の全国大会に比べ、はるかに長期的な露出が見込まれるメリットを伝えることができれば、賛同してくれるスポンサーはいるという好例だと思います。
縮小して成功を収めた北米女子プロホッケー。「自分たちに合ったやり方を」
――女子スポーツは、国や競技によって、プロリーグの成否が大きく分かれている印象です。成功例に共通するセオリーはあるのでしょうか?
若林:私も女子の指導に関わっていますが、女子スポーツは独特な部分があり、一概には言えない部分があります。例えば、アメリカとカナダの女子アイスホッケー(PWHL)では、去年から今年にかけて、やっと選手たちが生活できるだけの給料を稼げるプロリーグができました。それまでは2つのリーグが競合してうまくいかず、片方が破産したりしていたんです。それらのリーグを統括することでプロという形にできたのですが、そのためにリーグが取った方法は、まずリーグを縮小することでした。これに関しては、私自身懐疑的な部分があったのですが、結果的には成功しています。
――どのような部分を整理したのでしょうか?
若林:2リーグ合計11チームから6チームに絞って、そこからリーグ戦を始めたんです。運営形態は「シングルエンティティ」という、MLS(メジャーリーグサッカー)が最初に取ったやり方で、リーグ自体を一つの株式会社にして、その中でクラブに人を分配するシステムです。お客さんからすると「マーケットが狭まった」と思う人もいるかもしれませんが、リーグの戦略によってむしろ「プレミア感が出る」という認識が先行し、観客が1万人以上入るような試合もあります。来季からはさらにフランチャイズを2チーム増やすことを発表していて、着実に拡大しています。その例から言えることは、再構築する時は縮小することも一つの手法だということです。
――興味深い例ですね。再構築する際は、改革に伴う痛みもあったのでしょうか。
若林:チーム数を減らしたわけですから、職を失う人も多く出たと思います。ただ、前のリーグはセミプロで、そこまでお金をもらえていなかったのですが、現行のリーグではタレントを凝縮させた分、そこにお金をかけてレベルが上がり、観客も集まるようになりました。さらに、この手法のいいところは、観客が増えることでスポンサーがつきやすくなることです。それまでは地方で1000人程度しか入らない試合も多かったのですが、1万人入る試合が増えたことで、明らかにスポンサーは増えました。そう考えると、当初は懐疑的だった私も、今ではそのやり方が理にかなっていたんだなと思います。
――NWSL(アメリカ女子プロサッカーリーグ)もアメリカのプロスポーツで初めてドラフト制を廃止し、ヨーロッパと同じシステムに舵を切ることを発表しました。アメリカは女子スポーツも競技の構造改革を大胆にやりますよね。
若林:アメリカのスポーツ界は、変えることが大好きですから。ある意味では実利主義で、儲かることに反対する人はいないと思います。だから積極的に変えるし、ダメならダメで、諦めるのも早い。その意味では、北米にあったやり方でやっているなと思います。
ヨーロッパとアメリカのシステムを単純に比較することが難しいのは、背景に文化的・社会的な構造の違いがあるからです。NWSLはすべて女子単体のチームで構成されていますが、ヨーロッパは男子のクラブが税金対策も含めて女子チームの赤字を補填する形でうまく回しています。また、ヨーロッパは一つのクラブで小学生の子どもからプロまでがピラミッド状でつながっています。
これは他のスポーツにも共通する違いで、日本のサッカー界は学校スポーツを共存させつつ、ヨーロッパ型のクラブモデルで発展し、バスケもそういう流れになっています。ただ、それだけが正解というわけではなく、それぞれのスポーツの特性と実情に合ったやり方を模索していく必要があると思います。
【第1回連載】「甲子園は5大会あっていい」プロホッケーコーチが指摘する育成界の課題。スポーツ文化発展に不可欠な競技構造改革
【第2回連載】スポーツ育成大国に見るスタンダードとゴールデンエイジ。専門家の見解は?「勝敗を気にするのは大人だけ」
<了>
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[PROFILE]
若林弘紀(わかばやし・ひろき)
1972年7月16日生まれ、大阪府出身。筑波大学大学院体育科学研究科修了。World Hockey Lab, LLC代表。アリゾナ・カチーナス・ゴールテンディング(GK)ディレクター。北米のユース、大学チームの他、日光アイスバックスのテクニカルコーチ、香港女子代表、トルコのクラブチームなど、プロからユースまで幅広いカテゴリーで25年以上の指導歴を持つ。2015年にアメリカに移住し、世界最高峰リーグNHL傘下のユースチーム等でコーチやディレクターを務める他、世界各地でアイスホッケーキャンプやクリニック、ビデオ分析をおこなっている。加えて一般企業や医療業界等、他業種のチーム作りやリーダーシップ、メンタルタフネス等のコンサルティングも請け負う。また、競技人口や競技施設を効率的に配置し、最適化された競技環境を構築する『競技構造』という概念を考案、研究している。アイスホッケーのプロコーチとしてUSA Hockeyコーチ・ライセンスの最高位であるLevel 5(マスターコーチ)のに加え、2024年にUSA Hockeyで新設されたゴールテンディングコーチの最高位Gold Levelを取得した最初の10人となった。
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Instagramアカウント https://www.instagram.com/worldhockeylab/
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