
なぜリバプールは“クロップ後”でも優勝できたのか? スロット体制で手にした「誰も予想しなかった」最上の結末
リバプールが栄冠を勝ち取った2024-25シーズンのイングランド・プレミアリーグ。開幕前の大方の予想では優勝候補はマンチェスター・シティかアーセナルかで二分されていた。「リバプールは優勝は無理だろう」──誰もがそう思っていた。だが、アルネ・スロット新監督の下、リバプールは歴史を塗り替えた。ユルゲン・クロップから受け継いだ遺産を土台に、さらに進化を遂げた新生レッズが、王者に返り咲くまでの軌跡をひも解く。
(文=田嶋コウスケ、写真=ロイター/アフロ)
BBC解説者30人の誰もリバプール優勝を予想していなかった
プレミアリーグのリバプールが、クラブ史上通算20度目の国内リーグ優勝を決めた。
その瞬間は、4月27日に行われたプレミアリーグ第34節のトッテナム戦で訪れた。4試合を残しての優勝決定であり、余裕をもってゴールへとたどり着いたのである。
快挙に至るまでの過程を振り返ると、昨年11月2日の第10節から首位の座を譲ることなく独走した。優勝を決めた34節終了時では、2位アーセナルとの差を15ポイントに。現時点の得点数「83」はリーグトップ、失点数「37」もリーグ2位の数字で、攻守両面で圧倒する内容だった。
しかし開幕前の下馬評は決して高くなかった。優勝決定後、英BBC放送はこう伝えた。
「シーズン開幕前、BBCの解説者30人にプレミアリーグの優勝予想を尋ねたところ、リバプールの優勝を挙げた者は一人もいなかった。最大の理由は、ユルゲン・クロップ監督の退任だった。
昨シーズン限りでクラブを去ったドイツ人指揮官の決断は衝撃的であり、多くの人は、クロップが抜けた後のリバプールはしばし苦しむだろうと予想していた。というのも、過去の例がそうした予測を裏づけていたからだ。
例えば、アレックス・ファーガソンが退任した後のマンチェスター・ユナイテッドは、いまだに苦戦が続いている。また、アーセン・ヴェンゲルが去った後のアーセナルも、しばらくの間、軌道に乗ることができなかった。偉大な指揮官が去ったクラブが、すぐに立ち直るのは難しい――それが、歴史が教えてくれることだった。
しかし、スロット監督のもとで始まった新体制は、こうした見方を覆した。クロップは退任前、こう語っていた。
『リバプールは、優れた指揮官の手に渡る。リバプールの将来を心配している人がいるかもしれないが、私はそう思っていない』。結果として、クロップの言葉は現実となった。リバプールは、クロップ体制からさらに前へと進んだのだ」
“スロット・ボール”と“クロップ・ボール”の融合
たしかに、スロット監督の手腕は称賛に値する。
開幕前のプレシーズン期間、オランダ人指揮官は、チームとしてボールポゼッションの構築に多くの時間を割いていた。「パスで相手を倒せ──」。トレーニング場では、スロットの叫び声が響いていたという。
しかしシーズンが進むにつれ、クロップ体制のストロングポイントだった縦に速い攻撃のエッセンスも柔軟に取り入れた。英紙『タイムズ』によると、ビルドアップからの攻撃は「リーグ3位」の効率性を記録したのに対し、縦に速い攻撃でも「リーグ2位」を維持したという。同紙は「今季のリバプールは、“スロット・ボール”と“クロップ・ボール”の融合が顕著だった」と記した。
英衛星放送『スカイスポーツ』も、似た見解を示した。
同局は「クロップ監督が標榜した“ヘビーメタル・フットボール”に、スロット監督はボールポゼッションを重視したスローなプレーを加えて微調整をした。スロットは既存のスタイルを大きく変えることなく、機能していた戦術に小さな調整を加えることで進化を促した」と評価した。
結果として、他者を寄せつけることなくリーグ優勝。地元紙『リバプール・エコー』も「就任1年目での優勝は、間違いなく大きな功績だ。誰も優勝できるとは予想していなかった」とし、スロット監督の手腕を称賛した。
モハメド・サラー好調の理由
選手部門で最大の貢献を果たしたのは、やはりモハメド・サラーである。
36節終了時点で「28ゴール、18アシスト」という圧巻の数字を記録。いずれもリーグトップの数字で、ゴールとアシストを合わせた「ゴール関与数46」は、プレミア史上最多記録を更新中だ。英フットボール記者協会が選ぶ年間最優秀選手にも選ばれ、まさに充実のシーズンを過ごした。
では昨シーズンは「18ゴール、10アシスト」に終わったエジプト代表FWが復活した理由はどこにあるのか。サラーは次のように明かす。
「スロット監督の戦術が、今季の好調につながったと思う。数字を見ればわかるはずさ。今は以前ほどあまり守備をしなくていい。監督には『守備で休ませてくれるなら、攻撃で貢献する』と伝えた。監督は、選手の意見にしっかり耳を傾けてくれるんだ」
英『スカイスポーツ』によると、サラーと同じポジションであるウインガーのコディ・ガクポとルイス・ディアスは、サラーより1試合平均でそれぞれ1キロと1.5キロも長く走っているという。過去3シーズンと比べても、今季のサラーはカバー範囲が小さくなり、プレスを仕掛る回数も減った。同局は「サラーの才能を最大限に引き出すようデザインされている」とし、こうした要因が32歳FWの好調につながったと分析した。
「十分な補強をしなかった」との懸念を払拭した存在
もう一人忘れてはならないのは、ライアン・フラーフェンベルフである。リバプールOBで元イングランド代表MFのダニー・マーフィーは、今季のキーマンに22歳のオランダ代表MFを挙げている。マーフィーは次のように分析する。
「フラーフェンベルフを新しいポジションで起用した効果は非常に大きかった。彼はクロップ前政権で攻撃的MFを務めていたが、スロット監督の下で守備的MFとしてプレーした。この配置転換は“見事な一手”だった。
イングランドではほとんど知られていなかったが、スロット監督は、彼がアヤックスで守備的MFとしてプレーしたこともあると知っていた。プレミアでこの役割を果たすのは簡単ではなかったが、彼は見事に適応した。
パスセンスやボールを前に運ぶ能力、中盤の低い位置からチームを前に推し進める力など、いずれも素晴らしかった。スロットは彼のポテンシャルを見抜き、常に先発で起用することで自信を与えた。フラーフェンベルフは『自分がスタメンかどうか』と悩む必要がなくなり、ピッチ上で力を発揮できるようになった。
特に印象的だったのが、マンチェスター・ユナイテッド戦でのパフォーマンス。インターセプト能力、的確なパス選択、そして前線に飛び出すアグレッシブさ。もともと攻撃的な位置でプレーしてきた背景もあり、バイタルエリアへの侵入には長けていた。
夏の移籍市場が閉じた後、『リバプールは十分な補強をしなかった』といった声も聞かれたが、フラーフェンベルフはその懸念を払拭するだけの存在感を放った。結果として、彼の貢献は本当に素晴らしかった」
スロット監督が出した“解”。遠藤が見つけた役割
このリーグ制覇は、ピッチ上の11人だけでなく、フロント陣も含めた「クラブ全体の勝利」でもあった。CEOのマイケル・エドワーズやスポーツ・ディレクターのリチャード・ヒューズら幹部陣も、影の立役者である。
象徴的なのが、守備的MFのポジションにまつわる一連の決断だ。
スロット監督はボール保持に優れた中盤の補強を望み、夏にはレアル・ソシエダのMFマルティン・スビメンディの獲得をクラブに要請。リバプールは、契約解除金6000万ユーロを支払う用意があったが、スビメンディ本人がソシエダ残留を選択し、交渉は実らなかった。
その後、パリ・サンジェルマンに所属していたウルグアイ代表MFマヌエル・ウガルテ(現マンチェスター・ユナイテッド)に関する売り込みも届いたが、クラブ首脳陣は「ボール奪取に長けるが、チームが目指すプレースタイルに合わない」と判断し、興味を示さなかった。
そうした中、スロット監督が出した“解”が、グラーフェンベルフのセントラルMF起用だったのだ。
22歳のオランダ代表MFは試合を重ねるごとに存在感を増し、やがてチームの中心へと成長していった。
一方、日本代表MFの遠藤航は、途中出場でリードを守り切る「クローザー」として自身の役割を全うした。先発の機会は限られたが、特にシーズン終盤の疲労が溜まる時期において、彼の堅実な守備力と冷静な判断力は貴重だった。
スロットの任命は“最高の選択”?
今季のリバプールは、クロップ時代の“遺産”に頼るだけでなく、それをベースに新たな時代を切り拓いた。
スロット体制の下で築かれた明確な戦術ビジョンと、柔軟かつ戦略的なクラブ首脳陣の意思決定。それらが結実し、プレミアリーグという最高のタイトルをつかみ取ったのである。スポーツサイトの『ジ・アスレティック』は次のように総括している。
「リバプールは、ビル・シャンクリー以来最大の変革をもたらしたユルゲン・クロップと別れを告げた。迎えた今季、多くの評論家は“トップ4に入れば成功”と考えていたが、スロットはその期待をはるかに超えて、プレミアリーグを制した。やはり、スロットの任命は“最高の選択”だった。新しいサイクルの初年度に、最大の栄誉を手にしたのだから。彼の手腕には、最大級の評価を与えたい」
<了>
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