トップ選手でも就職に苦戦する現実――太田宏介が本気で変えるアスリートのセカンドキャリア支援
元日本代表でさえ、就職活動では十数社に応募してほとんど書類選考で落とされる――。プロサッカー選手の引退後には、多くの人が想像しない現実が待っている。元日本代表DF・太田宏介は、自ら人材紹介会社を立ち上げ、引退したJリーガーや女子選手の就職支援に取り組む。「引退後の不安に怯えることなく、競技に安心して100%の熱量で取り組める環境を作りたい」。なぜ彼はアスリートに無料で伴走し続けるのか。その背景には、日本スポーツ界が長年抱える課題があった。
(インタビュー・文=守本和宏、写真=長田洋平/アフロスポーツ)
引退後を心配せず競技できる環境を。太田宏介が目指す“新しい循環”
サッカー選手のセカンドキャリア支援。その必要性は一昔前からよく聞くが、根本的解決に至っていないのだろう。むしろ今、女子含め、より多く耳にする印象さえ、ある。
サッカー日本代表にも名を連ねた左足の名手、FC東京、FC町田ゼルビアなどでプレーした太田宏介は、引退したJリーガー・女子選手の就職支援・マッチングを行う人材紹介事業を手掛けている。
興味深いのは、その手法だ。うまくやればもっと儲かるだろう。だが、そうしないところが、人に尽くす太田宏介らしい。
「転職サイトとか体育会系人材紹介サービスなどは、登録させて企業紹介だけして終わり、といったケースも多い。でも僕は、1人あたり3~4カ月かけて職務経歴書とか履歴書の作成から伴走しています。企業との接点を作ったり、面接練習をやったり。服装からメールの書き方まで、伴走してやってるんですよね」時間をかけて一つずつ丁寧にサポートをする。それは、太田自身の信念によるものだ。
「本気で僕はJリーガーのセカンドキャリアを変えたい想いがあって動いてます。引退後に一般企業への就職を希望する選手が、より良い企業に行って、ビジネスマンとして成功することでサッカー界に還元する。そんな循環を作る、先駆者でありたいと思っています」
実直で熱のこもった言葉には、太田がサッカー界で感じてきた課題意識とジレンマが詰まっていた。
トップ選手でさえ月給25万円。想像以上にシビアな現実
現実は、想像以上にシビアだ。太田がアスリートのキャリア支援を通じて目の当たりにしてきた現実は、決して甘いものではない。
日本代表経験者を含め、トップレベルの舞台で活躍してきた選手であっても、一般企業への就職活動では選考に苦戦するケースがあるという。競技の世界で積み重ねてきた実績が、そのまま一般企業の採用市場で評価されるとは限らないからだ。
「トップレベルでプレーしてきた、とある選手が自ら就活を行ったんです。十数社受けて、書類選考でほとんど落とされ、なかなか内定にたどり着けないことがありました。提示されたのは月給25万円程度。年収にして300万円台前半だったケースもありました」
「サッカー界での実績は、サッカーが好きな経営者には興味を持ってもらえるかもしれません。でも一般社会に出れば『プロになったんですね、すごいですね』で終わってしまうこともある。競技実績だけで、ビジネスパーソンとして評価されるわけではないんです」
プロサッカー選手の引退後の王道は、指導者やクラブスタッフとして残る選択だ。しかし、今は状況も時代も変わった。「指導者やクラブ職員は枠が限られている上、給料も高くはなく、将来的に生き残れる保証がない。そんな不安から、一般企業への就職を希望する選手も増えている」。
その一方で、一般企業への就職には、別の壁も存在する
まず苦しむのは、競技に人生すべてを捧げてきたがゆえの「知識不足」だ。名刺交換の仕方がわからない。ビジネスメールの書き方を知らず、「お世話になっております」ではなく「お疲れ様です」と送ってしまう。オンライン面接にジャージで臨む。それらは“知れば改善できる”ものだが、加えて精神的側面も大きい。
「引退した途端、社会から必要とされていないんじゃないか。『サッカーがなくなったら、自分には何もないんじゃないか』と思ってしまう選手が多くいます」
これまで「プロサッカー選手」という肩書きを背負い、競技を中心に人生を歩んできた。その肩書きを失った瞬間、自分自身の価値まで失ったように感じてしまう。そんな特殊な状況に寄り添いながら、新たなキャリアへの一歩を支えられる存在は、まだ決して多くない。だからこそ今、引退選手から太田への相談が急増しているという。その理由と背景を、彼の言葉に求めた。
「企業との接点がない」。引退選手が就職で苦しむ本当の理由
――太田さんがセカンドキャリア支援を始めた理由を教えてください
太田:僕自身、30代に入ってから少しずつ現役引退後のことを考えるようになったのが始まりです。自分より先に引退した同世代の選手や先輩たちの話を聞く機会も増えて、「引退した後、何をすればいいのか分からない」「次のキャリアをどう作ればいいのか分からない」という悩みを抱えている選手が本当に多いことを知りました。
――太田さんはJリーグ選手OB会の副会長を務めています。そこで引退後を支援するわけではないのですか?
太田:2024年に選手OB会の副会長になったのは、その思いがより強くなった一つのきっかけです。この組織は本来、地域貢献やサッカー教室運営などが主で、キャリア支援を行う場所ではありません。でも、理事に名を連ねる方々の中で僕が年齢的に一番若く、引退を見据えた現役選手やOBから「企業を紹介してほしい」「経営者に会わせてほしい」との切実な相談が届くようになった。でも、当時は相談を聞いても、その先につなげる仕組みがなかったんです。
「何とかしたいのに、何もできない」。その無力感が、自分でキャリア支援に取り組もうと思う原動力になりました。そこから、自分自身のこれまでのつながりや、現役時代から築いてきた経営者の方々とのご縁など、いろいろな縁が少しずつ繋がっていきました。
――年齢が近いから相談しやすいという以外に、太田さんに相談が集まるのはどうしてですか?
太田:大きかったのは、FC町田ゼルビアの親会社であるサイバーエージェントの常務執行役員CHO・曽山哲人さんが責任者を務める、サイバーエージェント公式 経営者コミュニティサロン「CASPA(キャスパ)」の事業メンバーに入れていただいたことですね。
それをきっかけに経営者の方々と会食したり、お話ししたりする機会が増えて、ネットワークが一気に広がりました。CASPAには、スポーツ支援に熱意を持つ企業を含め、約230社が集まっています。そうしたネットワークが広がって、現役選手や引退した選手から「経営者とつないでほしい」など相談を受ける機会も増えていきました。
選手側には「企業と接点を持ちたい」というニーズがある。一方で、企業側にもアスリート人材に関心を持ってくださる方々がいる。その間を、自分自身のつながりを使って結ぶことができるんじゃないかと思ったのです。
――引退後の選手はクラブへの就職が第一候補と考えられますが難しい状況ですか?
太田:現在Jリーグは60クラブありますが、指導者の枠も職員のポストも無限ではありません。運良くクラブに残れても、契約社員という不安定な立場で、給与水準も高いと言えない状況がある。「10年残れる保証はない。首を切られた時に何もないのが怖い」との不安から、一般企業を希望する選手は明らかに増えていますね。
――現役中から危機感を持って準備を進める選手たちも、一定数はいそうです。
太田:現役のうちからビジネススクールに通ったり、パソコン講座を受けたり、宅建や簿記2級の資格を取得したりする選手はいます。彼らは彼らなりに、「即戦力になりたい」と必死に勉強している。ただ、どれだけ個人的に準備しても企業との「接点」がない選手が多い。
どこに相談すればいいのか。自分を必要としてくれる企業はあるのか。どうやって経営者や採用担当者と出会えばいいのか。このマッチングの部分を、OBである自分自身のつながりと、経営者ネットワークを使って解決したいと考えて、去年の8月から本格的に支援に動き出したんです。
自分が無力だなんて「絶対に思わなくていい」。需要はかなりある。
――実際にアスリートが採用市場に出た際に、需要はありますか?
太田:サッカーをやめた途端、自分の無力さに自信をなくす元選手も多いですが、僕は声を大にして言いたいんです。「そんなことは絶対にないぞ」と。プロになるまで努力して、一つの世界で勝負し続けてきた。そこには、簡単には身につかない力があります。
その潜在的なポテンシャルを正しく評価して、期待してくれる企業はたくさんある。それを選手たちに伝えたいです。
――就職した選手は実際に結果を残していますか?
太田:営業職などに進んだ元選手の中には、現場で圧倒的な数字を残している人もいます。アスリートには、目標に向かって努力を続ける力があります。結果が出なかった時に原因を分析して、改善して、また挑戦する。プレッシャーがかかる場面でも逃げずに向き合う。そうした力は、ビジネスの世界でも大きな武器になると思っています。企業からも「太田さんが紹介してくれるアスリートはすごい」との声をもらっています。
――一つの仕事に対して、粘り強く対応できる人材が多そうな気がします。
太田:特に評価されているのは、素直さや前向きに物事へ取り組む姿勢ですね。言われたことをただ行動に移すだけではなく、自分なりに考え、意見や仮説を持った上で提案できる選手も多い。アスリートは、競技生活の中で常に自分の課題と向き合い、考え、改善しながら結果を求め続けてきています。そうした姿勢は、ビジネスの現場でも大きな強みになると思っています。
実際に採用後に活躍している選手もいますし、企業側からの評価を聞いていても、アスリート人材への需要は確実にあると感じています。
――近年、さまざまな変化がある女子サッカー選手の相談も増えていると想像できます。
太田:女子選手の相談はすごく増えていますね。WEリーグの下部にあたるなでしこリーグ(1部・2部の総称)の選手たちの多くは、企業で働きながらサッカーを続けていますが、労働環境は所属チームによって本当にバラバラです。「引退後の仕事は自分で探してね」と突き放されることもある。しかも、女子は男子に比べて引退の年齢が早く、次のキャリアへの接続がさらにシビアです。
――つまり、現役のうちから社会との接点を作ること、機会を持つことが大事だと?
太田:引退直前になって初めてキャリアについて考えるのではなく、現役のうちから社会やビジネスに触れる機会を持つことが大切だと思っています。
ビジネスについて興味関心を持つ。異業種の方と交流する。自分とは違う世界で生きている人たちの価値観を知る。アンテナを張る。そうすることで引退後の準備になるだけでなく、現役時代に知り合った人たちが、自分を応援してくれる「身近な仲間」になることもあります。
引退間近に慌てるのではなく、現役時代から自発的に「自分は社会でどうありたいか」を考えることで、次に人生につながると思っています。ワクワクした気持ちで次にキャリアに進む選手を一人でも多く輩出することが理想です。
“東大に入るよりも難しい世界”を勝ち抜いた人材の価値
「サッカーでプロになるのは、東大に入るよりも難しいと言われています。そこで結果を残すため、一つのことに集中して夢を叶えてきた、彼らの継続力や根性、バイタリティ、目標達成に向けて努力する力は、一般の人とは違う」
「重要なのは、アスリートとして培ってきた力を、社会で通用する言葉に置き換えること。競技実績そのものではなく、その過程で何を経験し、どのような力を身につけてきたのか。それを企業側にも正しく理解してもらう。そして、選手自身にも自分が持つ価値に気づいてもらいたい」
太田は、その橋渡し役を担おうとしている。引退後、自己肯定感を失いがちな選手たちに、太田は熱く伝え続ける。
「現役選手には、引退後の不安に怯えることなく、競技に安心して100%の熱量で取り組める環境を作りたいと思っています。そして企業側には、アスリートを『スポーツしかしてこなかった世間知らず』と見るのではなく、厳しい競争の世界を生き抜いてきた『無限の可能性を秘めた人材』として、期待してほしい」
「僕自身もいろいろな方に助けていただきながら、アスリートが最高のキャリアを築いていける仕組みを、本気で作っていきたいと思います」
長年、日本のスポーツ界で課題として語られてきたアスリートのセカンドキャリア。その問題を解決することは、決して簡単ではない。
しかし、少なからず、彼に相談することで救われるアスリートはたくさんいるだろう。一歩を踏み出そうとするアスリートの隣で、太田宏介はこれからも伴走を続けていく。
<了>
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[PROFILE]
太田宏介(おおた・こうすけ)
1987年7月23日生まれ、東京都出身。元サッカー日本代表。株式会社ととと代表取締役。麻布大学附属渕野辺高校を経て、2006年に横浜FCでプロデビュー。清水エスパルス、FC東京を経て、オランダのSBVフィテッセでプレー。その後はFC東京、名古屋グランパス、パース・グローリーFC(オーストラリア)を経て、FC町田ゼルビアでプレーし、2023年に現役を引退。現在は「株式会社ととと」の代表取締役として、アスリートに特化したキャリア支援事業を手掛けている。
株式会社ととと
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