仲川輝人はいかに覚醒したのか? 日本代表の起爆剤へ、マリノスで爆発させた才能の歩み
2019シーズンのJリーグに旋風を巻き起こした横浜F・マリノスの原動力として、ピッチの上を縦横無尽に駆け回った男が、ついに日本代表に招集された。ほんの2年前までJ1出場数はわずか6、ゴールはゼロ。自分の居場所を見つけられなかった仲川輝人は、いかにしてこの舞台にまで上り詰めたのだろうか――。
(文=藤江直人)
J2クラブへ2度の期限付き移籍から、J1得点王争い、そして日本代表
待ち焦がれていた吉報が届いた。しかも、望外のサプライズを伴って。日本サッカー協会から12月4日に発表された、EAFF E-1サッカー選手権2019に臨む日本代表メンバー22人のなかに、15年ぶりとなるJ1制覇へ王手をかけている横浜F・マリノスの一番星、仲川輝人の名前が刻まれていた。
しかも、同時に発表された背番号は「10」を託されている。専修大学からマリノスに加入して5年目。その間にJ2クラブへの期限付き移籍を2度経験している27歳の苦労人へ、東京・文京区のJFAハウスでメンバーの発表会見に臨んだ森保一監督は、大きな期待とともに賛辞を贈っている。
「仲川に関しては得点という結果、所属チームにおける存在感という部分でも日本代表にふさわしい活躍をしている。一度代表の活動を経験してもらいながらコンセプトを理解してもらうことで、これから先の日本代表の戦力になりうる可能性をもっている。所属チームで活躍した先には代表でのプレーがあることを、誇りをもって戦える場があることを知ってもらえれば、と思っています」
右ウイングを主戦場としながら、最終節を残すだけとなった明治安田生命J1リーグで15ゴールをマーク。チームメイトのMFマルコス・ジュニオールと並んでトップに立ち、9を数えるアシスト数でもベガルタ仙台のDF永戸勝也にわずか1ポイント差の2位につけている。
まさに八面六臂の大活躍を演じ、マリノスをけん引している仲川が、昨シーズンの開幕時点でJ1リーグ戦の出場がわずか6試合、先発はゼロ、出場時間が120分を超えた程度だったと言われても、にわかには信じ難い。当然ながらゴール数もゼロだったが、仲川は心のなかでこう念じ続けていた。
「1点を取れば、必ずゴールする感覚を取り戻すことができる」
ポステコグルー監督との運命的な出会い
関東大学リーグ1部では56年ぶりの快挙となった4連覇を、2011年から達成した専修大学体育会サッカー部の攻撃陣をけん引。3年次だった2013年には得点王に輝き、ユニバーシアード日本代表にも名前を連ねた仲川には、4年次になると「大学ナンバーワン」の評価が与えられるようになった。
しかし、好事魔多し。マリノスとの交渉が大詰めを迎えていた、2014年10月19日に悪夢に見舞われる。駒澤大学との関東大学リーグ1部第18節。リードを奪って迎えた試合終盤に、自軍のゴール前へ戻った刹那に突っ込んできた相手選手と激突。右ひざに激痛が走った。
診断の結果は右ひざの前十字じん帯および内側側副じん帯を断裂し、さらには半月板も損傷する重傷だった。それでも9日後には卒業後のマリノス加入が発表されたが、覚悟していた通りにルーキーイヤーの大半はリハビリに費やされ、リーグ戦の出場は2試合、わずか26分間に終わった。
なかなか感覚が戻ってこなかったのか。2年目の2016シーズンも4試合の出場に甘んじたまま、9月にはJ2のFC町田ゼルビアへ育成型期限付き移籍する道を選んだ。大卒選手が即戦力を期待されるなかで、まさに背水の陣を敷いて臨んだ武者修行で、12試合に出場して3ゴールをあげた。
しかし、2017シーズンに復帰したマリノスで結果を残すどころか、リーグ戦の出場機会すら得られない。7月にアビスパ福岡へ期限付き移籍し、戻れるかどうかもわからない不安も抱えながら、リーグ戦で18試合、J1昇格プレーオフでは準決勝と決勝に出場して試合に必要な勘や体力を回復させた。
そして、マリノスへの再復帰を果たした昨シーズンに、運命的な出会いが待っていた。フランス人のエリク・モンバエルツ監督に代わって就任した、オーストラリア国籍を持つアンジェ・ポステコグルー新監督が掲げた新たな、そして斬新な戦い方のなかに仲川の居場所があった。
「このサッカーを貫き通してきたからこそ、ボスのスタイルを表現しようと努力を積み重ねてきたからこそ、いまの順位や個人的な成績につながっている。すごく感謝しています」
目標に掲げた公約「ゴールとアシストで背番号を超える」
畏敬の念を込められ、選手たちから「ボス」と呼ばれる指揮官の要求は、戸惑いと表裏一体の驚きをまずチームへ与えた。最終ラインを時にはハーフウェイライン付近に設定。ゴールキーパーにはペナルティーエリアから飛び出し、広大なスペースのケアとビルドアップへ積極的に関わる役割も求めた。
同時にサイドバックにはマイボール時にタッチライン際を離れ、中盤へシフトして数的優位を作る「偽サイドバック」を演じる動きを求めた。名将ジョゼップ・グアルディオラがバイエルン・ミュンヘン時代に確立させ、マンチェスター・シティでも取り入れた新たな戦術だった。
中盤へ侵入してきたサイドバックをケアするために、相手のサイドハーフも中へ絞ってくる。必然的に守備の意識が薄まり、スペースも生じる左右のタッチライン際に、縦へのスピードに長けたドリブラーを配置。相手の最終ラインを左右に広げさせたうえで、多彩な攻撃を仕掛けていく。
キーマンとなる左右のドリブラーの一人として、身長161cm体重57kgの小柄な身体に群を抜く縦へのスピードと、変幻自在なドリブルのテクニックを搭載させた仲川はうってつけの存在だった。迎えた5月2日。ホームの日産スタジアムにジュビロ磐田を迎えた74分に、求めてきた瞬間が訪れる。
「J1での初ゴールはPKのこぼれ球でしたけど、あれを皮切りにどんどんゴールを奪えるようになりました。あの1点で自信がついたことが、一番大きな要因だと思っています」
3点のビハインドを背負った状況で獲得したPK。FWウーゴ・ヴィエイラの一撃がジュビロの守護神、クシシュトフ・カミンスキーの完璧なセーブで弾き返された直後だった。こぼれ球に誰よりも早く反応した仲川が右足で押し込み、通算10試合、288分目にして待望のJ1初ゴールをもぎ取った。
しかも、映像を巻き戻していくと、54分から投入されていた仲川がトップスピードに乗って、右角あたりからペナルティーエリア内へ侵入。DFギレルメのファウルを誘発した場面に行き着く。自らのストロングポイントをフル稼働させて、サッカー人生のターニングポイントを手繰り寄せたわけだ。
昨シーズンは最終的に9つのゴールを積み重ねた。新たな戦術に習熟していく過程で失点がかさみ、最終節までJ1残留争いを強いられたマリノスのなかで奮闘した一人となった仲川は、ルーキーイヤーから背負ってきた「19番」を「23番」へ変えて今シーズンを迎えた。
しかも、ゴール数とアシスト数を足した数字で背番号を超える――という公約を、敵地・等々力陸上競技場に乗り込んだ11月30日の第33節川崎フロンターレ戦で実現させた。開始8分で先制点をあげ、69分にはFWエリキのゴールをアシスト。4対1で快勝した直後に、照れくさそうに数字を振り返っている。
「最初に自分が言っていたのは23ゴールだったので、かなり足りないとは思いますけど……チームを助けて勝利に導くという意味で、自分が結果を出せば勝てる、というのはすごく大事なこと。あと1節ですけど、もっともっと上の数字を目指していきたい」
自信を確信に変えたきっかけ
2年目を迎えたポステコグルー監督は、前線の選手たちにより高いプレーを2つ要求している。一つは攻守の素早い切り替えだ。相手ボールになるや3トップとトップ下の4人が激しいプレスをかけ、ボールホルダーから自由と余裕を奪うことで、失点につながるパスを封じ込める。
もう一つは前半開始から15分間は全員が高いインテンシティーを保ち、前線からハイプレスをかけ続け、強引に相手を自分たちの土俵に引きずり込むこと。そして、仲川をして「その15分間で点を取れれば、いいリズムで試合ができる」と言わしめる理想が、ここにきて具現化されている。
引き分けを挟んで、3連勝と6連勝をマークしてきた第24節以降のマリノスは一気に首位へ浮上し、ついに優勝へ王手をかけた。直近の3試合を見れば北海道コンサドーレ札幌戦は2分にエリキが、松本山雅FC戦では同じく2分に仲川が電光石火の先制点を叩き込んでいる。
迎えたフロンターレ戦も、前述したように仲川が8分に先制点をマーク。夏場に名古屋グランパスから期限付き移籍で加入した左利きのドリブラー、ブラジル人のマテウスが左サイドを縦へぶち抜き、送ったグラウンダーのクロスを逆サイドへ詰めてきた仲川が押し込んだ。
直前にフロンターレのDF車屋紳太郎の足をかすめ、コースが変わったボールを「お腹のあたりで押し込みました」と苦笑いした仲川は、高校生年代までプレーした古巣から奪ったゴールに対して、感慨深そうな表情を浮かべながらこんな言葉を紡いでいる。
「マテ(マテウス)が一人で突破してくれたなかで、逆サイドの自分があそこにいるのはチームの決まり事というか、いなきゃいけないので。たまたまボールが体に当たって点を取れましたけど、あの場所にいることの大切さを含めて、チームとしてやってきたことが報われていると思っています」
クロスが上がったときには必ず逆サイドの選手が詰める。キックオフ直後からエンジンを全開にできる準備を整えておく。最後の最後まで、攻守両面で絶対に手を抜かない。これらを実践できなければ、ベンチには代わりの選手たちがスタンバイしていることも、いい意味でのプレッシャーになっている。
「昨シーズンは苦しい時期もあって、ボスのサッカーをなかなか表現できなかった。それでも相手を徹底して圧倒して、なおかつ勝利するボスのサッカーを全員が信じて、実践できていることがいま現在の強さの要因だと思う。昨シーズンから少しずつ積み上げてきた自信がやっと大きくなり始めてきたなかで、今シーズンの開幕戦に勝てたことも大きかった。内容に結果も伴ってきたことで、選手一人ひとりの自信と成長にもつながってきていると思う」
自信を確信に変えるきっかけとなった、ガンバ大阪のホームに乗り込んだ2月23日の開幕戦。開始1分で先制された直後にチームのシーズン第1号ゴールとなる同点弾を叩き込み、MF三好康児(現ロイヤル・アントワープFC)、FWエジガル・ジュニオの連続ゴールを呼び込んだのは仲川だった。
5月3日のサンフレッチェ広島戦の34分に決めた先制点は、元号が令和に変わってからのJ1第1号ゴールにもなった。何度も逆境に直面しながら自身の身体に宿る可能性を信じ、積み重ねてきた努力を鮮やかに花開かせている苦労人に聞いてみた。ここまで来たら得点王も狙いたいのか、と。
「個人のタイトルよりも、いまはチームの勝利が、チームとしてのタイトルが欲しい」
2位のFC東京をホームの日産スタジアムに迎える、まるで用意されたかのような7日の最終節。勝ち点で3ポイント差をつけて首位に立っているマリノスは、得失点差でもFC東京を大きく引き離し、たとえ3点差で負けたとしても15年ぶりの美酒に酔うことができる。
もっとも、前売り段階でチケットが完売し、6万人を超える大観衆が見守るなかで、至福の瞬間を共有できるエンディングは勝利しかない。ならば、染みついてきた戦い方で開始早々に先制したとき、マリノスは守りに入るのだろうか。再び仲川に聞いてみると、予想した通りの言葉が返ってきた。
「監督がそういうのを嫌うので。攻め倒していくスタイルが、僕たちの思考にもなっている。攻めて、攻めまくって点を取って勝つ。そして、日産でファンやサポーターと喜び合いたい。それだけです」
自らを大きく羽ばたかせてくれた、恩師でもあるポステコグルー監督が掲げる超攻撃的スタイルの一翼を無欲で、心の底からサッカーを楽しみながら担う。シーズンを締めくくる90分間の先にはJ1制覇、得点王、アシスト王に加えてもう一つの喜びが待っているかもしれない。
一夜開けた8日に都内で開催されるJリーグアウォーズ。最優秀選手賞(MVP)にふさわしい軌跡を残している仲川が受賞すれば、とびっきりの吉報は海を越えて、10日に開幕するE-1選手権へ向けて開催都市の韓国・釜山へ入ったばかりの、日本代表の「10番」のもとへと届けられる。
<了>
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