急成長遂げた東京国際大学サッカー部 前田秀樹監督がこだわった「観客席」と「教える側の情熱」

Education
2023.11.10

伊東純也、守田英正、三笘薫、上田綺世……。FIFAワールドカップ・カタール2022で躍動した日本代表メンバーのうち9人が大学サッカー経験者だったことは、選手育成という観点で大きな注目を集めた。大学サッカーを経由して欧州でプレーする選手も増えており、大学は日本サッカーのレベル向上に欠かせない存在となりつつある。そこで本稿では、関東大学1部リーグ所属・東京国際大学サッカー部を15年間指導する前田秀樹監督の著書『東京国際大学式 「勝利」と「幸福」を求めるチーム強化論』の抜粋を通して、大学サッカーの組織づくりについてリアルな現場の声をお届けする。初回となる今回は前田監督がこだわったゼロからの環境整備についてひも解く。

(文=前田秀樹、構成=佐藤拓也、写真提供=東京国際大学サッカー部)

前田秀樹のもとに届いた3つのオファー

2004年から水戸ホーリーホックの監督を務めていましたが、5年目の2008年シーズンが終わった時点で契約満了を告げられました。1年ぐらい、ゆっくりと指導の勉強でもしようかなと考えていたところ、ある大学から連絡がありました。その大学は出身者しか監督にしてこなかったんですけど、はじめて外部の人間を監督にしたいという打診を受けました。自分にとってのチャレンジにもなると思ったので、その大学からのオファーを受けようと考えていました。

そんなある日、食事をしていた時、ある後輩から電話が入ったんです。「会ってほしい人がいる」とのことでした。後輩の会社の会長と東京国際大学の倉田信靖理事長がつながっていて、倉田理事長がサッカー部を強化したいという考えがあって、その会長に相談があったそうです。そこで私を推薦してくれたそうです。ちょうど、水戸を離れるタイミングだったということで、白羽の矢が立ったそうです。ただ、他の大学から先に話をいただいていたので、断ろうと思ったんですけど、どうしてもということで、会うことにしたんです。

サッカー部を作って強化したいという話をされた後、『ぜひ監督をやってもらいたい』とお願いされたんです。理事長は忙しい方で、会ってから10分しか経ってないのに「決めました!」って言うんです(笑)。まだ私は決めていないのに(笑)。「今はサッカー部の施設は何もないけど、これから作っていく。希望を聞くから何でも言ってほしい」と言ってくれました。その言葉にすごく興味を持ったのですが、その前に他の大学から声をかけていただいていたので、どうしようかと悩みました。 先にお話をいただいた大学は伝統のある大学で、それはそれでやりがいがあると思ったんですけど、東京国際大学は真っ白な状態でこれから作り上げることができる。すべて自分で作れるということに魅力を感じたんです。悩みに悩んだ末、先にお話をいただいていた大学に断りを入れて、東京国際大学のサッカー部の監督に就任することを決めました。また、その後、Jリーグを目指すチームからもオファーを受けましたが、その決断を変えることはありませんでした。

「サッカー場だけではなく、指揮室と観客席を作ってほしい」

理事長はサッカー部を強くして、日本サッカーのために貢献したいという強い思いを私に話してくれました。そのためにチームを強くしてもらいたいというお願いをされたんです。人工芝のグラウンドを作ることは決まっていたのですが、そこで私がお願いしたのはサッカー場だけを作るのではなく、指揮室と観客席を作ってほしいということでした。

というのは、日本のスポーツ施設の多くはプレーすることしか考えらえずに作られてきたんです。ヨーロッパは観に来る人のことも考えて作られています。また、チーム作りをするためには全体を見渡す場所が必要です。そのために指揮室は必要なんです。そのお願いしたら、すぐに対応してくれました。でも、最初に見せていただいた計画では観客席とは名ばかりの椅子を並べただけの観客席でした。私が言っているのはそういう意味ではありません。ちゃんと見学者も居心地よく試合を見られる環境を作ることが大事だと訴えたところ、すぐに計画を作り直してくれて、しっかりとした観客席を作ってくれました。

日本代表の一員としてドイツに行った際、スポーツシューレの環境を見た時の感動は忘れません。日本にもああいう施設が必要だと思っていました。楽しむというのは、プレーヤーだけでなく、観る方も楽しんでもらいたいんです。そういう施設を作りたかったんです。それでお願いして、すべてのグラウンドに観客席も作ってもらいました。

また、シャワーの施設もお願いしました。スポーツは汗をかくので、練習後や試合後は汗臭くなります。やっぱり、そのまま帰るのは嫌なんです。練習後はシャワーを浴びて帰りたい。ドイツではどこのグラウンドにもシャワーはついていましたし、シャワーを浴びて帰るのは当たり前でした。なので、どのグラウンドにもシャワー施設を作ることをお願いしました。

就任当時は土のグラウンド一面しかありませんでしたが、就任1年目の春に第1グラウンドが完成して、部員が100人ぐらいになったタイミングで第2グラウンドができたのです。そして、就任5年目で、第3グラウンドが完成しました。第3グラウンドは当初多目的グラウンドとして作る予定で、体育の授業も行うグラウンドを想定していたそうです。ところが、2010年に女子サッカー部が発足したこともあり、第3グラウンドもサッカー部として利用することを認めてもらうこととなりました。

日本にもスポーツシューレを! カギを握っているのは…

今年で就任15年目、今では人工芝のグラウンド3面とフットサルコート2面、そして、トレーニングジムや更衣室が備わっているクラブハウスという環境が整えられています。これだけの施設を作る大学はなかなかないでしょう。あと、こだわりは施設を常にきれいな状態にしておくこと。そのために専門の業者にお願いして、清掃をしてもらっています。クラブハウス内のシャワールームやトイレはもちろんのこと、敷地内の芝生や木々の手入れも行き届いています。景観をすごく大事にしているんです。それは理事長のこだわりですね。

今までのスポーツ施設はスポーツをすることだけしか考えられていないところがほとんどでした。グラウンドはあっても更衣室もシャワーもない施設がほとんどではないでしょうか。施設が整っていなければ、気持ちよくスポーツすることはできません。更衣室がないグラウンドで、女子はどこで着替えるのでしょうか? 男子でも、女子でも、気持ちよく使えるスポーツ施設でなくてはダメなんです。そういう意味で東京国際大学はその環境が整っています。サッカーだけでなく、野球も駅伝もゴルフも素晴らしい環境が整っています。それはすごいことだと思いますし、そういうところから日本スポーツ界を変えていきたいと思っています。 この環境は本当のスポーツシューレだと思います。最初にJリーグ初代チェアマンの川淵三郎さんがJリーグを立ち上げた時、日本にもスポーツシューレを作ろうという発想がありました。私もそれを理想としていて、Jリーグクラブがこういう施設を作るべきだと思っていました。でも、実際に作るとなると大きなお金が必要ですし、土地も必要となります。既存の施設で作ることを考えると、学校の施設を活かすことが最も現実的なような気がします。小学校も中学校も校庭や体育館がありながらも有効に使っていない学校が少なくありません。そういった施設を有効に活用していくことが今後の日本スポーツのカギを握っているような気がしています。

大事なのは教える側の情熱。練習初日に集まった部員は8人!?

今では部員は350人以上となり、トップチームは関東大学1部リーグに所属していますが、2008年1月に行った練習初日のことは忘れることができません。寒空のもと、集まった部員は8人しかいませんでした。軽くランニングをさせたら、周回遅れの選手が出てしまって愕然としました。部員も全員で10数人しかおらず、数人休んでしまうと、試合ができない状況でした。

でも、すごく楽しく練習することができました。ランニングで周回遅れになってしまう選手もいましたけど、だからといって、それは悪いことではありません。大事なことは選手のレベルに合わせたトレーニングをすることなんです。そのためのいろんな引き出しを持っておくことが指導者には必要なんです。どんなレベルの選手でも共感を持ってもらわないと、選手たちは一生懸命練習をしてくれるようにはなりません。サッカーがうまくても、うまくなくても、サッカーを楽しいと思ってもらうことが大切ですし、みんなを成長させることが指導者の使命です。だからこそ、1年目は特に選手に合わせたトレーニングを意識しました。時には厳しいトレーニングもしましたが、それでも選手たちは前向きにトレーニングしてくれていたと思います。私の誕生日にはビールかけをして祝ってくれたように、慕ってくれていたとは思います。どんなチームにも大切なのは『和』なんです。それを作り上げていくことを意識しました。

前年までプロの監督をしていただけに、その落差に戸惑いはなかったか?と聞かれることがよくあったのですが、その時にはいつも「なかった」と答えています。実際、まったくありませんでした。かつてサッカースクールで全国を回った時、野球のスパイクで練習に来る子もいましたし、全然気になりませんでした。大事なのは教える側の情熱なんです。すぐに子どもを変えることはできません。時間はかかるんです。1人1人をしっかり見てあげて、ちょっとした成長も見逃さないことが大事なんです。

全員ピッチで号泣。選手が急激に成長する時とは?

そして、選手が急激に成長する時があります。それは環境が変わる時です。東京国際大学で言うと、それはグラウンドが完成した時でした。それまで土のグラウンドでしかサッカーをやったことのない選手たちにとって、きれいな人工芝のグラウンドができたことは大きなモチベーションになったと思います。その刺激はかなり大きかったでしょう。それと、私が来て、本格的な指導を行ったこと。それまでは部員で練習メニューを決めていたそうです。私が来て、一緒にサッカーをすることによって、サッカーの本質を理解していきました。だからこそ、成功した時にはすごく喜んでくれるようになりました。4月になって、少しレベルの高い新入生が入ってきて、チーム全体のレベルが上がった。そこからさらに真剣さが増しました。

就任1年目、東京国際大学は埼玉県大学リーグ2部の所属していました。1年での1部昇格を目指してチーム一丸となって戦っていました。そして、昇格をかけた最終戦、当時GKが1人しかいなかったんですけど、その選手がケガのため欠場したんです。仕方なく、フィールドプレーヤーをGKとして出場させたのですが、GKとDFの連係ミスから失点をして負けてしまったんです。試合後、選手たちは全員ピッチで号泣していました。あの涙を見て、私はこのチームが強くなると確信しました。今まで本気でサッカーをしたことがなかった選手たちが本気で戦ったゆえの悔しさを味わった。大学生になってあれだけ泣くことは滅多にないでしょう。人生において貴重な経験をしたと思います。

悔し涙を流すぐらい本気でサッカーと向き合ったという時点で、彼らにとっての成功なんです。いい経験をしたと思いますよ。部員が約300人に増えた今もそれをそれぞれのカテゴリーで体現しています。能力の差はあるけど、それぞれのカテゴリーで必死になってサッカーをして、勝ってうれしい思いをしてもらいたいし、負けて悔しい思いをしてもらいたい。それはすごく大事なことです。もちろん、トップチームはありますし、レベルに合わせてチームのカテゴリーを決めていますが、トップチーム以外のチームが2軍や3軍という位置づけはありません。全員がレギュラーなんです。13チームすべてにプロのコーチが指導をしています。学生だけでやらせているわけではない。そこはすごいことだと思います。そういう環境を作ってくださった、理事長の理解に感謝したいと思っています。

(本記事は竹書房刊の書籍『東京国際大学式 「勝利」と「幸福」を求めるチーム強化論』より一部転載)

<了>

アメリカの大学へ「サッカー留学」急増の理由とは? 文武両道を極める、学生アスリートの新たな選択肢

「全54のJクラブの中でもトップクラスの設備」J2水戸の廃校を活用した複合施設アツマーレが生み出す相乗効果

東京都心におけるサッカー専用スタジアムの可能性。専門家が“街なかスタ”に不可欠と語る「3つの間」とは

東大出身者で初のJリーガー・久木田紳吾 究極の「文武両道」の中で養った“聞く力”とは?

なぜ高校出身選手はJユース出身選手より伸びるのか? 暁星・林監督が指摘する問題点

[PROFILE]
前田秀樹(まえだ・ひでき)
1954年生まれ、京都府出身。東京国際大学サッカー部監督。小学校からサッカーを始め、京都商業高校(現在の京都先端科学大学附属高校)で国体京都府代表に選出された。その後、法政大学に進学し、関東大学リーグ、大学選手権の優勝を経験。その活躍から大学在学中に日本代表に抜擢される。卒業後に名門・古河電工に入社し中心選手として活躍。1981年、82年にはJFLベストイレブンを受賞。日本リーグ209試合出場35得点、日本代表国際Aマッチ65試合出場11ゴールを記録。1980年代前半の日本代表で主将を務め、W杯予選や五輪予選など数多くの国際マッチに出場。引退後は、ジェフユナイテッド市原、川崎フロンターレの育成を指導しながらサッカー解説者としても活躍。2003年より5年間は、J2水戸ホーリーホックの監督を務めた。2008年より東京国際大学サッカー部監督を務める。

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事