
「サッカーで地方創生」の先駆けに!「岡田メソッド」だけに非ず、今治東躍進の本当の意義
熱戦の続く、第98回全国高校サッカー選手権。大きな注目を集めたのは、念願の初出場、初勝利を果たした今治東中等教育校だ。その背景に、悲願のJ3昇格を果たしたFC今治で元サッカー日本代表監督の岡田武史氏が体系化した「岡田メソッド」があることはすでに多くのメディアで伝えられている通りだ。
だが、それだけではない。今治東の躍進の本当の意義は決して、「岡田メソッド」の効果を示すものではない。未来に見据えるは、日本の社会課題である地方創生、そして人づくりにも通じるものだった――。
(文=藤江直人)
今治市に根付き始めた。サッカーの土壌と新たな潮流
日本代表における出場試合数を歴代2位タイの122に到達させた長友佑都(ガラタサライ)や、FIFAワールドカップに2度出場し、いま現在は解説者として活躍する福西崇史さんらを輩出した、四国は愛媛県で紡がれてきたサッカーの歴史に、令和の時代を迎えて新たな潮流が生まれた。
首都圏で開催されている第98回全国高校サッカー選手権大会。県庁所在地の松山市に次ぐ、15万9290人(2019年4月時点)の人口を数える今治市の高校として初めて出場した中高一貫の今治東中等教育校が、初戦だった2日の山形中央(山形)との2回戦で堂々の初勝利をあげたからだ。
「いやいや、スタンドからプレッシャーを感じていました。でも、本当にありがたいことですよね」
2年生エース、髙瀨太聖が前後半に1点ずつあげたリードを守り切った試合後の取材エリア。愛媛県内の公立校、南宇和を1度、松山工業を2度全国選手権の舞台に導き、2012年から今治東を指導してきた52歳の谷謙吾監督が、大勢の応援団が陣取ったバックスタンドを思い出しながら苦笑する。
今治東のチームカラー、ピンクで染まった味の素フィールド西が丘のバックスタンドには、元日本代表監督の岡田武史氏が訪れていた。ピンク色の法被をまとい、今治名物のタオルを手にしながら応援していた63歳の岡田氏と、今治東との接点をさかのぼっていくと2014年11月に行き着く。
早稲田大学時代の先輩が運営していた、四国リーグ(実質5部)を戦うFC今治の株式を51%取得。輝かしい実績を残してきた指導者から株式会社今治.夢スポーツの代表取締役会長へ、つまりは経営者へと転身した最大のきっかけは、日本サッカー界を根底から変えたい、という熱い思いだった。
岡田氏は昨年末に、約300ページからなる著書『岡田メソッド』(英治出版)を発表している。その「まえがき」部分には岡田氏に新たな、なおかつ周囲を驚かせる挑戦を決意させた名門FCバルセロナのメソッド部長、ジョアン・ビラ氏から掛けられた言葉が綴られている。
「スペインには、プレーモデルという、サッカーの型のようなものがある。その型を、選手が16歳になるまでに身につけさせる。その後は、選手を自由にさせるんだ。日本には、型がないのか?」
まずは自由にサッカーを楽しませて高校生年代からチーム戦術を教えていく、従来の指導方針とは180度異なるアプローチを取るにはどうすればいいのか。クラブに雇われる指導者よりもクラブを経営する側の方が、既存のJクラブではない方がいいのではないかと岡田氏は判断した。
「なので、初めて今治に来たときには、本当にサッカーのことだけしか考えていなかったんですけど」
FC今治の下部組織を舞台にスペイン流の指導を展開し、同時に象徴となるトップチームが戦うカテゴリーをも上げていく。中長期的な視野に立ったチャレンジをスタートさせるべく、今治市へと足を運んだ岡田氏を驚かせ、抱いていた概念を根底から覆させたのが市街地の町並みだった。
「岡田メソッド」はサッカーのためだけではない。町が元気になるために
「町の中心地に土地はあっても、商店街には誰も歩いていないというか。このままならたとえチームが強くなっても、応援しに来てくれるお客さんがいなくなるというか。少子高齢化の限界都市のようになっていたので、何とか町と一緒に元気になる方法がないだろうか、と思ってきたなかで地域や地方の創生も始めよう、と。今治の未来に必要なものを提供しなければいけない、と考えたんです」
冒頭で記したように、今治市の人口は県内で2番目に多い。しかし、2000年の18万627人から2万以上も減少しているうえ、今後の予測では2045年には10万525人という数字が弾き出されていた。少子化に加えて、15歳から64歳までの生産労働人口も半減するとも指摘されていた。
ならば、FC今治の経営者として具体的に何をすればいいのか。まずはサッカーを介して町を活性化させ、市民を元気にするという願いを込めて、後に「岡田メソッド」として体系化され、かつてはビラ氏が言及したプレーモデルを今治市のサッカー界全体で共有したい、という青写真を描いた。
「少年団から中学校、高校と要望されるところへウチからコーチを派遣して、一緒に今治モデルを指導しながら、ピラミッドをつくろうということでやってきた。そして、KPI(重要業績評価指標)の一つとして、全国大会に今治の高校が出場することを僕たちが勝手に決めていました」
直近となる2001年大会を含めて、インターハイに3度出場した実績を持つ今治東も、原則として週一度のFC今治による巡回指導を受けてきた。果たして、2017年の選手権県予選、昨夏のインターハイ県予選と2度決勝に進んだ今治東は、文字通り3度目の正直で今大会の出場権をもぎ取った。
「谷先生の力でつくってこられたチームなので。僕たちがやっているみたいに勘違いされると、谷先生にちょっと申し訳ないんですけど」
主語は「岡田メソッド」でも、ましてや「今治モデル」でもなく、あくまでも育成年代の指導に情熱をささげてきた谷監督であることを強調しながら、岡田氏は今治東の躍進に相好を崩す。
「ただ、これも一つの成果だと、僕たちも勝手に思っているところです。FC今治のユースが強くなったといっても全国から人が今治に来るのではなく、例えばガンバ大阪やサンフレッチェ広島のユースへ行ってしまうけれども、全国選手権で今治の高校が強くなったら、今治の高校へ行こうか、と考える子どもたちが集まってくる可能性がある。すごくインパクトがあることだと思っています」
大学を卒業したらFC今治でプロに。循環し始めた人づくり
メソッドを体系化するうえで、岡田氏は剣道や茶道などの修業でよく使われる「守破離」という概念をサッカーに持ち込んだ。師匠や流派の技や教えを確実に身につける「守」から、他の流派にも触れて心技を発展させる「破」を経て、独自の新しいものを生み出していく「離」へと移っていく。
3段階のステージのなかで巡回指導を介して、今治の少年団や中学校、高校の育成年代へ広められたのはプレーモデルにあたる「守」となる。感謝の思いを込めながら、谷監督が現状を説明する。
「岡田さんには自分のチームのように思っていただいていますし、それに応えるために頑張ろうというスタンスも私たちにはできています。メソッドをすべて、というにはまだまだで、僕も岡田さんの著書を読まなければいけないんですけど、だいたいの流れは岡田さんに具体的なアドバイスをいただいているなかで学習しています。この年齢になって新たなサッカーに取り組めている自分が非常に新鮮で、本当にありがたい環境をつくっていただいています」
巡回指導の中核を成しているのは、攻撃ならさまざまなパターンにわたるサポート、守備ならば1対1の対応などとなる。いずれも「育成年代では基本的で、特に必要なこと」と谷監督が続ける。
「そうした基礎や基本をこの年代で身につけていくことが、サッカー選手としても人としても彼らの将来につながっていく。そうして育った子どもたちが、FC今治で再び活躍する光景を思い描きながら育成しています。ただ、まだまだ『守』の部分がそんな簡単な年数では、ね。彼らが大学に行った後くらいからそれらをうまく使って、自主的に自分なりのものをつくっていくことじゃないかな、と。でも、ちょっとずつ大人になっている感はあるので、うれしいことだと思っています」
FC今治と地域の育成年代との二人三脚は、メソッドの共有だけにとどまらない。例えば今治東のキャプテン、センターバックの大谷一真(3年)は夏休みなどにFC今治のトップチームの練習に参加。間近で見た日本代表経験者、DF駒野友一やMF橋本英郎の真摯な姿勢をチームに還元した。
選手権初出場をかけた県予選決勝は、インターハイ県予選決勝で苦杯をなめさせられた松山市内の私立校、新田と再び顔を合わせた。リベンジを果たし、今治市全体の悲願を成就させるための力になりたいと、練習試合で仮想・新田を演じてくれたのはFC今治ユースの高校生たちだった。
そして、新田を1-0で撃破し、歓喜の雄叫びをあげてから8日後の昨年11月10日。ホームのありがとうサービス.夢スタジアムで勝利したFC今治がJFLの4位以内を確定させ、来シーズンからのJ3昇格を決めた。サッカーを介して沸き立つ、生まれ育ってきた町の変化に大谷は心を震わせる。
「今治全体で強くなっていこう、という目標があるので。選手権出場を決めてから僕たちは地域の大勢の方々から祝福の言葉をいただきましたし、FC今治がJ3昇格を決めた瞬間も本当にうれしかった。何よりも将来はFC今治に帰ってきてプロになりたい、という目標がみんなにできたと思う。地元に支えてもらってきた一人として、自分も今治へ帰ってこられるように頑張りたい」
卒業後は関西国際大学でサッカーを続ける大谷は、伝授された「守」を「破」から「離」へと進化させたいと笑顔を輝かせる。大学を卒業した子どもたちが故郷へ戻ってくる流れが生まれれば、生産労働人口の減少も食い止められるかもしれない。夢が膨らむからこそ、大谷はこんな言葉を残した。
「今回の選手権での1勝は今治東だけじゃなくて、今治市全体が待ち望んでいたものだと思う」
初戦突破から一夜明けた3日に、今治東は県予選から無失点での快勝を続ける優勝候補の一角、静岡学園(静岡)に0-2で屈した。初挑戦の軌跡は3回戦で幕を閉じたが、今治東にとって、そして今治地域全体にとってのチャレンジは、あくまでも小休止したにすぎない。
共有したメソッドを押しつけるのではなく、指導者の取捨選択で役立ててほしい。ピラミッドの礎になれば、という夢を描く岡田氏はJ3のさらに先を見据え、J2の基準に合った1万人規模の、なおかつ商業施設を併設した町のシンボルになる新スタジアムの建設へすでに着手している。
今治東の選手権初出場・初勝利。3度目の挑戦で成就させたFC今治のJクラブへの仲間入り。メソッドを言語化した著書の発表。そして、新スタジアム構想が加速された令和元年度を、岡田氏は「重く、大きな石がようやく動き始めた最初の年なのかな」と位置づけている。
「いままで止まっていた石を動かすまでが本当に大変で、ここからは何とか動いていくんじゃないか。非常に楽観的ですけど、そのように思っています」
サッカーを変えたい思いが、日本社会全体の課題でもある、地方創生や少子高齢化対策と融合。いつしか一大プロジェクトへと変貌を遂げている現在地を楽しむかのように、トレードマークの眼鏡の奥で瞳を輝かせながら、岡田氏は大きな石が転がっていく先々で起こる化学反応を心待ちにしている。
<了>
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