東京六大学95年の歴史で初の偉業なるか? 「新しい文武両道」川越東が挑む“覚醒”
「東京六大学野球、全チームでベンチ入りを!」。いまだ一度も達成されていないその偉業に挑み、実現に現実味が出てきた高校がある。附属中学を持たず、野球歴で部員を選ばず、学業も野球もゼロから競わせ、本当の意味での文武両道に取り組んでいる川越東高校野球部だ。いまだ甲子園出場経験のない野球部から、なぜ東京六大学野球に多数人材を輩出できるのだろうか?
(文・写真=中島大輔)
本当の意味で文武両道に取り組んでいる高校
長嶋茂雄さん(元巨人)や山本浩二さん(元広島)、現役では有原航平投手(日本ハム)や野村祐輔投手(広島)らを生んできた東京六大学リーグ。
「川越東(高校)がこの路線を目指してはどうだろうか」
東京大学野球部の浜田一志監督(当時)にそう提案されたことがあると、2017年に川越東に赴任した野中祐之監督は語る。「この路線」とは、東京大学、早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学、立教大学、法政大学の全チームに、同じ高校出身の選手たちが同一シーズンにベンチ入りすること。浜田監督によれば、それは95年の歴史でまだ達成されていない偉業だ。野球だけでも、学業だけでも、全チームでのベンチ入りは目指せない。それをかなえられるのは、本当の意味で文武両道に取り組んでいる高校のみだ。
今年、川越東にとってこの偉業達成は一気に現実味を帯びた。野球部の西山和希(トップ写真中央)が、東京大学理科Ⅱ類に現役合格を果たしたのだ。本人は東大で野球を続けることに興味がある一方、故障した右肩に不安があることと、勉強とのバランスを考え、今後決断するとしている(3月19日時点)。
川越東は甲子園出場歴こそない一方、卒業生が各大学の野球部で活躍中だ。目の前の結果に盲目的に固執しすぎず、高校生たちが将来、大きく飛躍する環境を整えていることが背景として挙げられる。
その象徴が、入学直後の校内テストで428人中312位だった西山だ。3年間で羽ばたいた理由について、野中監督はこう語る。
「312位で入ってきている子で、覚醒したなという感覚がすごくあります。あの子と話していると、『こういう発想をするんだ。面白いな』って思うことがいっぱいありますね。野球もそうですけど、言われたことばかりやっている子は成長しても、覚醒まではしないだろうなって感じます」
川越東があえて附属中を持たない理由
文武両道を生徒たちに実践させる工夫の一つとして、川越東は私学ながらあえて附属中学を持たないという選択をしている。野中監督が説明する。
「校長がよく話すのは、生徒たちに『ヨーイドン』で一斉にスタートさせたいということです。進路実績を伸ばすうえでは、附属中を持ったほうが絶対に有利。だからどこも附属中をつくって取り組んでいますが、逆に川越東では持たないことが特殊性になっていいじゃないかと」
今年卒業した生徒たちに聞くと、「横一線でスタートできること」を入学理由に挙げる者が多くいた。附属中を有し、進学コースを備えた高校の場合、内部生が勉強の進行具合から優位に立ちやすい。一方、川越東には普通コースと理数コースがあるが、志望先による区別で、学力的に大きな差があるわけではない。切磋琢磨しやすい環境が整っている。
「中学では軟式で野球をやっていました。高校では入部できませんか」
野中監督は毎年のようにそう聞かれるという。川越東はプロ球団並みに広い室内練習場と専用グラウンドを所有し、多くの強豪私学のようにボーイズリーグやリトルリーグなど硬式チーム出身者を集めていると思われることがある。しかし全国大会出場者も1回戦負けの中学出身者もみんな受け入れ、ゼロから競わせていく。
「うちは野球も横一線でスタートします。部活も学校の取り組みとまったく同じように始められるので、ものすごく説得力があると思っていますね。進学クラスもスポーツクラスもなく、生徒は『両方やるんだよ』という前提で入学してくる。だから退部者がいないのだと思います」
野球部では自主練習を多くし、自分で課題を探しながら主体性を伸ばしていく。部活に精力的に取り組むと勉強時間を取りにくくなるため、朝のホームルーム前や休み時間、通学時に自習をする者が多い。そうした環境の中で生徒たちは刺激を与え合う一方、学校は休み期間中に講習を実施し、塾に通わなくても受験に対応できるようにしている。
プエルトリコでは主流となりつつある育成術
高校生活の先にある大学進学をより具体的な目標として捉えられるよう、川越東野球部では2年時にキャンパスツアーを実施し、普段も「練習を休んででも大学を見に行きなさい」と奨励している。他校では「なかなかない」という取り組みを始めた理由について、野中監督はこう話す。
「大学を自分で見に行くと、イメージが膨らむと思いました。監督の私が何かを言うだけでは、子どもたちに訴えるのに限界がある。例えば東大の浜田さんを呼んで話してもらい、刺激が入ってきた時に子どもたちがどう感じるか。キャンパスツアーに連れていくのも、刺激がいろんなところから入ってきてくれて、それが子どもたちの覚醒につながってくれればと思っています」
川越東の目指す路線は日本ではまだレアケースだが、近年、ハビエル・バエス(シカゴ・カブス)やフランシスコ・リンドーア(クリーブランド・インディアンス)、カルロス・コレア(ヒューストン・アストロズ)ら好選手を生み出している中南米のアメリカ自治領プエルトリコでは主流となりつつある。メジャーリーガーを目指す高校生たちは、当たり前のように文武両道に取り組んでいるのだ。
例えばアメリカ・MLBから資金援助を受けて運営されるプエルトリコ・ベースボール・アカデミー&ハイスクールとカルロス・ベルトラン・アカデミーでは、アメリカ本土のカレッジ(大学)へキャンパスツアーに出かける。高校生たちにとってカレッジ進学をより具体的な目標とすることと、当地のスカウトに向けてショーケースの試合を行うことが主な目的だ。
野球に特化するプエルトリコの高校が、アメリカのカレッジ進学を第一目標に掲げる理由は大きく3つある。
(1)カレッジからMLBのドラフトに指名されたほうが、高校から直接プロ入りするより契約金が高くなる可能性が高まる
(2)野球でプロになり、成功できる者は限られる。野球でうまくいかなかった場合に備え、勉強しておけば将来の選択肢が増える
(3)勉強も野球も一生懸命取り組めば、努力の方法は応用可能になる
(1)の理由は必ずしも日本では当てはまらないが、(2)と(3)はまるで同じことがいえる。高校生の将来を大切に考え、可能性を広げるという意味で、プエルトリコのアカデミーや川越東は教育機関として責任を持って取り組んでいるわけだ。
「周りにつられて自分を高められる環境」
川越東で文武両道に取り組んだことで、人生の先が開けたと語るのが前エースの宮﨑元気だ。今年静岡大学に合格し、教員免許の取得と同時に社会人野球、そしてプロを目指していく。
「自分が国立(大学)に行くとは思っていなかったです。野球だけにならなくてよかったですね。野球だけなら、行ける大学も限られてきたと思うし」
宮崎とエースの座を争った山田拓朗は、目標の筑波大学進学を決めた。
「周りに勉強を頑張っているヤツがいて、野球もいい環境が揃っています。周りにつられて自分を高められる環境があるのは良かったですね。きついのは男子校なので、女子がいないことだけです(笑)」
川越東のように、高レベルで文武両道を目指す高校は、日本にはまだ多くない。しかし今後、こうした路線を主流にしていきたいと野中監督は考えている。
「子どもの人数が少なくなっているし、今後は両方やる学校が生き残っていく気がすごくします。野球だけ、勉強だけでは覚醒まではしないと思うので、両方やってほしい。甲子園には批判やいろんな声もある中だからこそ、学校が偏ってはいけないと思います」
若くして一つの道に絞り、一意専心する生き方もある。ただし高校をあくまで通過点と位置づければ、先を見据えながら複数の道を真剣に歩むことで、まだ無名の子どもたちにとってのちに大きく羽ばたくきっかけになっていく。
大学進学を視野に真の文武両道に取り組む川越東は、自分たちの行動で新たな価値を築こうと、独自の道を進んでいる。
【前編はこちら】東大現役合格の快挙 高校野球に新たな風を吹き込む、川越東が目指す「新しい文武両道」
<了>
高校野球・公立が強豪私学に勝つ方法。米子東・紙本庸由の「監督は経営者」なる仕組み作り
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