フィギュア界の深刻な問題に「我々の使命」…日本最古のアイスショー主催者が明かす矜持
華やかに彩られたリンクで、氷上のアーティストが奏でる極上の空間。競技会とはまた異なる魅力を放つアイスショーには、見る者の心をつかんで離さない輝きがある。日本に数あるアイスショーの中でも、プリンスアイスワールドは唯一無二のエンターテインメント性で魅せる。だがしかし、日本最古の歴史を持つこのショーの存在意義はそれだけではない。フィギュアスケート界の未来へと真摯(しんし)に向き合う矜持(きょうじ)を聞いた――。
(文=沢田聡子、写真提供=プリンスアイスワールド)
日本最古のアイスショー・プリンスアイスワールドが創る極上の空間
「このような状況の中でアイスショーを開いていただけることを、すごくありがたく思っています。このような場を設けていただき、本当にありがとうございます。そして、せっかくコロナ禍でも見に来てくれるお客さんのためにも、僕ならではの演技、来シーズンに向けてのプログラムに真剣に向き合っている姿をお見せできたらなと思っています」
プリンスアイスワールド2021-2022横浜公演(5月1~5日、KOSÉ新横浜スケートセンター)に出演した宇野昌磨は、メディアに公開されたリハーサル後、本公演への思いを語っている。2020年の公演はコロナ禍のため中止となり、2年ぶりの開催となったプリンスアイスワールドは、ゲストスケーター、そしてプリンスアイスワールドチームの熱意がみなぎる公演となった。
本公演「『Brand New Story II』~Moving On !~」は、演技を披露できない時期を乗り越えたチームメンバー25人の、それでも進み続けようという意志を感じさせるオープニングで開幕。ゲストスケーターの演技が続き、昨年末の全日本選手権で7位に入り新人賞に選出された三浦佳生が来季のフリー『ポエタ』を披露、友野一希はスーツ姿のビジネスマンを演じて持ち前のショーマンシップを発揮した。
続くチームメンバーのパートでは、女性メンバーが妖艶(ようえん)に演じる『bad guy』、男性メンバーがフラッグを使い力強く滑る『Same Ol’』などダンサブルなナンバーで雰囲気を盛り上げていく。
再びゲストスケーターのパートとなり、本田望結が新しいエキシビションナンバーを演じた。続いて、世界選手権で銀メダルを獲得した鍵山優真が登場。シニアデビューシーズンで鮮烈な印象を残したショート『Vocussion』には、既に貫禄すら漂う。リハーサルではジャンプは跳ばなかったが、本番では4回転やトリプルアクセルといった大技もきっちりと組み込み、試合さながらの本気の構成で魅せていた。
続くナンバーは、田中刑事の『Je te veux』。現在は國學院大學助教であり、研究者としてフィギュアスケートに携わる元フィギュアスケーター・町田樹さんが立ち上げた「継承プロジェクト」から生まれたプログラムだ。フィギュアスケートプログラムの著作権について研究してきた町田さんは、自らが振り付けたプログラムの上演権許諾制度を開始しており、この『Je te veux』が第1弾となる。2014年のプリンスアイスワールドで町田さんが自作自演した『Je te veux』を受け継ぐのにふさわしいスケーターとして選ばれた田中が、パリを舞台にした悲恋の物語の主人公を演じる。田中は現役スケーターの中ではベテランでもあり、成熟した滑りで深みのあるプログラムを見せた。
前半を締めくくる「Japanesque II」では、着物を身に着けたチームメンバーがさまざまな小道具を使い、絢爛(けんらん)豪華な和の世界を展開する。
宇野、鍵山、樋口…北京五輪シーズンへ懸ける想いを垣間見る
後半に入り、チームメンバーが氷上で音を立ててステップを踏み、最後には現役の男子スケーターも参加する『アイスタップ』が披露される。続いて本田真凜が、コケティッシュな『I’m An Albatraoz』を滑った。
次に登場した樋口新葉が滑った新しいフリー『ライオンキング』は、既に滑り込まれている印象があり、北京五輪シーズンに懸ける強い思いを感じさせた。樋口は「(アイスショーの)小さいリンクの中でも存分に表現ができるように、試合で完璧にできるように、このオフシーズンの中でもまとまった演技ができるといいなと思っています」と語っている。
続いて、チームメンバーに本田望結が加わり、リングに座って宙に浮いていくエアリアルを披露、踊るチームメンバーと共に製氷車も登場するパートが展開。その後は本田武史が現役時代(2002-03シーズン)のフリー『リバーダンス』を滑り、荒川静香が美しく伸びやかなスケーティングで柔らかい空気をつくり出す。
そしてゲストスケーターのトリで登場した宇野は、オリンピックシーズンとなる来季のフリー『ボレロ』を滑った。コーチであるステファン・ランビエールの振り付けによるもので、重厚で一蹴りが伸びる宇野のスケーティングが映える選曲だといえる。フィニッシュに向かって加速していく振り付けは体力を要すると思われ、リハーサルでは高難度ジャンプはトリプルアクセルにとどめていたが、本番では4回転も跳んでみせた。
公演の最後にチームメンバーが披露する群舞は、鍛錬が感じられるシンクロナイズドスケーティングだった。重厚な曲に乗り、一糸乱れぬ緻密なフォーメーションが展開されていく。フィナーレではゲストスケーターも加わり、ショーの幕は華やかに下ろされた。
フロアダンスの要素を取り入れたグループナンバーは他に類を見ないショーに
1978年に日本初のアイスショー(当時の名称は『VIVA! ICE WORLD』)としてスタートしたプリンスアイスワールドは、今年43年目を迎える。プリンスホテルの社員として6年前に担当に就任、今回の公演からは事業移管により主催者となったブルーミューズに出向してプリンスアイスワールドに携わり続ける岩崎伸一さんにお話を伺った。
フィギュアスケート人気が高い日本では数多くのアイスショーが開催されているが、岩崎さんはプリンスアイスワールドをエンターテインメントのショーとして魅力あるものにしていきたいと考えている。
「チームメンバー25人のほとんどが(現役時代は)ゲストスケーターに比べると知名度が低かったのですが、一人一人がファンをつくって、それで興行が成立するようにしたい。『うちのショーをエンターテインメントとして見に来てくれるお客さんを拡大していこう』ということは、常々チームのメンバーにも話しているんですね。やはりどうしてもゲストに頼ってしまうところはあるのですが、将来的にはそこを目指していきたい。特に日本の場合は、フィギュアスケートというと競技の場がほとんどだと思うんです。そういった意味で、ショーのファンをもっと増やしていきたい」
岩崎さんが重視するのは、プリンスアイスワールドの特徴であるグループナンバーだ。25人のチームメンバーはそれぞれ一芸に秀でており、それをブラッシュアップした上での表現に可能性を感じている。
「(『THE CONVOY SHOW』主宰の)今村ねずみさんが(プリンスアイスワールドの)構成・演出を手掛けられた時(2014~18年)から、フロアダンスの要素を強く取り入れています。それまでは、本当にスケーティングがメインでした。フロアダンスの要素を融合させることによってさらにエンターテインメント性が上がったのかなとも思いますし、メンバーのキャリアアップにもつながっているのではないかと」
通常のスケートの振り付けだけでなく、プロのダンサーの振り付けも
今村ねずみさんの演出になってから、チームメンバーはスケートの振り付けだけではなくプロのダンサーの振り付けにも取り組むようになった。それまで曲で覚えていた振り付けをカウントで覚えなければならない苦労もあったというが、それが見事に結実したのが2018年の40周年公演「ROAD OF THE ICE」だろう。「ROAD OF THE ICE」は、「滑り」だけではなく「踊り」の部分でも完成されたショーだった。エンターテイナーとしてのチームメンバーの能力こそがプリンスアイスワールドの魅力の源であり、さらに磨きがかかっている。
ただ、床で振り付けたフロアダンスを氷に下ろす作業は、床の振付家にはできないという。
「フロアだったら一歩二歩しか進めないところが、(氷上では)一蹴りで5~6m進んでしまう。そこが陸の舞台との違いで、難しいとは思います。ただそれが、競技会ではないところでのスケートの違った見せ方になるのかなと」
その部分を担っているのが、スケーティングディレクターの佐藤紀子さんだ。アイスダンスの選手として1984年サラエボ五輪に出場した佐藤さんは、現役を引退した当初は出演者として、その後は振り付けも担当するスタッフとしてプリンスアイスワールドを支え続けている。
フィギュア界にとって深刻な問題…プリンスアイスワールドはその解決に寄与できるか
主催者として岩崎さんたちが考えている公演趣旨は、エンターテインメントの造成と競技の普及であり、その両立を目指している。
「うちのショーを見ることによって、フィギュアスケートを見る人・やる人の両方が、どんどん増えていったらいいなと」
プリンスアイスワールドには、各地方のアマチュアが出演するキッズスケーターのコーナーがある(今季はコロナ禍の影響で設けられず)。そのキッズスケーターが成長し、全日本選手権に出場したり、プリンスアイスワールドチームのメンバーになったりしているという。
また、特に首都圏では貴重であるリンクの保持も念頭に置いている。
「今民間のリンクがどんどん閉鎖されている中で、リンクを守ることはわれわれの使命だと思っています。毎年このアイスショーで行っている横浜公演(KOSÉ新横浜スケートセンター)・東京公演(ダイドードリンコアイスアリーナ)、首都圏2カ所の興行をフックにして、リンクの価値も併せて皆さんに理解してもらうようにしていきたい」
町田樹さんは著書『アーティスティックスポーツ研究序説』(白水社刊)の中で、「スケートリンクはいわば、フィギュアスケートをめぐるあらゆる事業を展開する上で最低限必要となるインフラ」「フィギュアスケート産業が抱える問題の中でも特に深刻なことは、施設(スケートリンク)が減少し続けていること」と指摘している。そして、安定したスケートリンク経営のビジネスモデルとして、選手育成事業などから収入を得ているKOSÉ新横浜スケートセンターを挙げている。そしてKOSÉ新横浜スケートセンターのもう一つの収入源は、そこを拠点とするアイスショーカンパニー・プリンスアイスワールドなのだ。
新たな試みとして始まった、町田樹さんの継承プロジェクトの持つ味わい
今季の公演では、新しい試みとして町田樹さんの継承プロジェクトの第1弾となる田中刑事の「Je te veux」がお披露目された。このプロジェクトがなければ町田さんの引退とともに消滅する運命だった名プログラムは、田中によって新たな味わいを持つ作品として再演されている。
「この継承プロジェクトに関しては、(コロナ禍で)中止になってしまいましたが昨年から計画されていて、一年越しの披露でした。町田樹さん自身がショーに数多く出ていて、“町田劇場”を魅せることで貢献してくれていたんですね。ショースケーターは引退しましたが、相思相愛の関係は今でも継続しています。今回も、お客さまにかなり高い評価をもらっているようです。町田くん本人にも、今後もこういった企画を続けていきたいという話はしています」
「(テレビ放送での町田さんの)解説を聞いても、非常に勉強されています。プリンスアイスワールドのことをよくご存じですし、われわれの興行の成功を心から考えてくれている。今回は前夜祭なども快く引き受けてくれて、アイスショーを盛り上げてくれました。彼のそういう人間性はわれわれスタッフやチームメンバーは皆信頼しているところですし、この関係はずっと続けていきたい」
大切にしてきたスケーターとファンとの距離感は唯一無二の魅力
昨年5月に予定されていた公演はコロナ禍により中止になり、昨年8月・今年1月と2度開催を試みたがかなわず、今回は2年ぶりのショーとなった。「(観客は)50%動員で、コロナの対策費もかなりかかりますし、実際収支を見ると厳しい状況でした」と岩崎さんは吐露する。いつもはリンクのスナックコーナーで行う群舞の床での稽古も、クラスターのリスクを避けるため、換気ができる広い場所である新横浜プリンスホテルの宴会場を借りたという。
「PCR検査も定期的に行って、一人も陽性者が出なかった。そこを一番気にしながら、興行の準備をしていましたね」
また、観客が公演終了後にリンクサイドから出演者に直接花束やプレゼントを手渡し、言葉も掛けられる「ふれあいタイム」は、スケーターとのコミュニケーションの場としてプリンスアイスワールドの売りとなってきた。しかし感染防止のため今回は行えず、代わりに「フォトタイム」を設けることで、観客と出演者の距離の近さという特長を保っている。さまざまな制約があったとはいえ、2年ぶりの公演は、観客・出演者の両方にとりプリンスアイスワールドの価値をあらためて確認した時間となったのではないだろうか。
「ファンの声を拝見しても好意的なご意見が大半で、私もうれしく思いましたし、メンバーも満足できる公演だったのかなとは思っています。ただ、横浜公演は5月で終わり、次の大分公演は8月に行いますが、その他がまだ決まっていない状況なんですね。今の状況はなかなか難しいのですが、せっかくショーをつくって一定の評価をいただいたので、できればいろいろな会場で多くの人に見ていただく機会をつくりたい。そこは、今試行錯誤している状況です」
また今回は準備が整わず断念したというオンライン配信も、来年の課題だという。
日本で最も長い歴史を持つアイスショーとして、再来年には45周年を迎えるプリンスアイスワールド。コロナ禍という未曽有の危機を乗り越え、常に進化する唯一無二のアイスショーであり続ける。
<了>
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