![](https://real-sports.jp/wp/wp-content/uploads/2023/06/fb0556e0b42a11ec98f88fb29e125970.webp)
世界屈指の「選手発掘・育成の専門家」は日本に何をもたらす? リチャード・アレンが明かす日本人のポテンシャル
3月28日、J2・横浜FCから、英国のリチャード・アレンをシニアフットボールエグゼクティブ・テクニカルアドバイザーとして招聘したというリリースがなされた。イングランド・プレミアリーグのトッテナムのアカデミーでハリー・ケインやハリー・ウィンクスらを見出し、イングランドサッカー協会タレントID(才能発掘および育成)の最高責任者を担ってきたリチャード・アレン。彼が構築してきた選手の発掘・育成の仕組みづくりはイングランドサッカーの発展に寄与し、FIFA U-17ワールドカップ優勝にも貢献。世界的にも評価の高い人物だ。リチャード・アレンとは一体どのような人物で、なぜ日本に来ることになったのだろうか。
(文=柴村直弥、写真提供=リチャード・アレン)
近年のイングランドサッカー躍進の“功労者”
イングランドはサッカー発祥の母国ではあるが、1966年に地元で開催されたFIFAワールドカップで優勝して以降、1度もワールドカップを制していない。
そうした中、2014年にタレントID最高責任者としてリチャード・アレンがイングランドサッカー協会へ着任。リチャードは才能発掘及び育成のエキスパートとして、トッテナムで8年間アカデミー採用の最高責任者を務め、ハリー・ケインやハリー・ウィンクスなどを発掘して成長させ、トッテナムをイングランド屈指の育成クラブへと発展させた実績を持つ人物だ。
リチャードがイングランドサッカー協会で最初に敢行したのは、U-15代表チームの創設だった。
U-17ワールドカップの予選に照準を合わせて、2年早くU-15から招集。より早い段階から才能を発掘・育成していく仕組みをつくっていった。同時に、リストアップされた選手たちを少なくとも数年間、長期的にフォローアップして成長を記録していくことも行った。さらに、育成の指針となるパスウェイをつくり、選手それぞれの年齢や身体の発達段階、スキルなどにより、優先順位を項目ごとに整理し、それらを所属クラブで行うべきか、代表チームで行うべきかも選別。加えて、クラブの強化担当者やスカウト、テクニカルダイレクター向けのライセンスコースをレベル1〜5まで創設し、いまではプレミアリーグを始め多くのクラブの強化担当者がこの資格を取得している。
リチャードが創設および整理したこれらの施策によって発掘・育成された最初のメンバーが、ジェイドン・サンチョ 、フィル・フォーデン、カラム・ハドソン・オドイらである。
彼らが出場した2017年のFIFA U-17ワールドカップでは、イングランドは準決勝でブラジルを3-1で撃破、決勝でスペインを5-2で退けて見事初優勝を遂げた。久保建英や菅原由勢、谷晃生などを擁し決勝トーナメント1回戦でイングランドと対戦した日本代表チーム(結果はPK戦の末にイングランドの勝利)の関係者は当時のイングランドU-17代表チームの印象をこのように語っている。
「戦術的に洗練されていた、という印象ではないのですが、選手たち個々の能力が突出していました。まれにみるタレント集団という感じでした。そして、選手たちの『自分たちが絶対に優勝する』というような情熱やプライドがピッチ上にも表れていてとても驚異でした」
同世代のほかの強豪国の選手たちよりもイングランドの選手たちの能力は際立っていた。個々の能力の高さが際立つブラジルにも競り勝ち、チーム戦術という面で本大会で突出していたスペインに対してもそれを凌駕する個々の能力で勝利し、優勝をさらっていったのだ。
昨年開催されたUEFA EURO(欧州選手権)では、サンチョやフォーデンがメンバー入りし、グループリーグを無敗で首位通過。決勝トーナメントでもドイツなどの強豪国を撃破し、決勝ではイタリアとの死闘の末にPKで敗れるも、準優勝というイングランドのEUROでの最高成績を残した。
イングランド代表は、今年行われるカタールワールドカップへの出場も、欧州予選グループ首位ですでに決まっている。リチャードは、ガレス・サウスゲート監督がイングランドU-21代表監督だった際に対戦相手や自チームの分析などの役割を担い、現在もサウスゲート監督をサポートしている。
草の根から代表レベルまで、イングランドサッカー界において、2014年からリチャードが着手してきた育成年代を中心とした施策は功を奏してきているといえるだろう。
選手の成長という観点では、現場で直接指導している指導者にのみスポットが当たりやすいが、実は、実際にその裏側でどのような仕組みを構築しているかも選手の成長に密接に関わってくる部分である。
世界屈指の選手発掘・育成のキーマンが新天地に日本を選んだ理由
では、なぜそのような優れた実績を持つ人物が、日本の横浜の地ヘ来ることになったのか。そこには、昨年12月に横浜FCがグローバルパートナーシップを締結したFrontive Holding Limitedが密接に関わっている。
英国ロンドンを拠点に投資事業および事業経営を国際的に展開し、英国フットボール界とも強いコネクションを持つFrontive社が横浜FCのビジョンに沿った人物であるリチャードの招聘をサポートしたのである。Frontive社は松本健弥・代表取締役会長兼CEOが横浜で少年時代を過ごした縁があり、また、サッカーを通じて高いレベルでグローバルに活躍できる選手を育て、サッカー少年少女たちの未来に貢献したいとの思いが根底にあるという。
そして、リチャード自身、実は以前から日本との関わりがあったことも今回の招聘が実現した要因の一つでもある。
Jリーグが開幕してまもなく、いまから27年ほど前にあたる1995年ごろ、リチャードはクラウン&マナークラブという総合型スポーツクラブでフットボール部門の統括やトップチームの監督などを務めていた。そのときロンドンである日本人音楽家と知り合い、サッカーと音楽で青少年を育成するプロジェクトを立ち上げ、クラウン&マナークラブで日本人留学生を受け入れるプログラムもスタートさせた。以降、多くの日本人留学生に触れ、近年では毎年のように来日して、全国各地で講演や指導などを行っていたのである。
そうした中でリチャードは日本人の印象をこのように語っている。
「とても真面目で信用できる。2017年のU-17ワールドカップで対戦した際もそうでしたが、日本と戦うときはいつも私たちイングランドは苦しめられます。育成年代において才能あふれる選手たちが多くいます。私は彼らのクオリティの高さに感銘を受けました。彼らは世界のトップリーグでプレーしていくだけでなく、日本代表チームがワールドカップなど主要なトーナメントでより高い順位に到達することの力になっていくと確信しています」
今回、シニアダイレクターとしてチェルシーから破格のオファーも受けていたリチャードだが、日本でまったく新しいチャレンジをする道を選んだ背景には、そうした日本人へのリスペクトと日本人選手たちのポテンシャルに大きな可能性を感じているという部分もあったという。
それでは、今後リチャードが日本にもたらしてくれるものとはなんだろう。
UEFA指導者Aライセンスを保持していて、育成年代の現場での選手指導経験も豊富であり、UEFAプロライセンスなどの指導者の育成プログラム作成やインストラクターなども務めていたため指導者を育成することにも長けている。そして、何よりクラブのフィロソフィーに沿って育成年代からのタレント発掘・育成という部分の仕組みを構築してきたスペシャリストである。
「横浜FCの発展に寄与し、より多くの日本人選手たちが世界トップレベルで活躍していくようになっていく一助になれるよう努めていきたい」
そう意気込みを語るリチャードが、横浜FCでどのような成果を出し、日本サッカー界に何をもたらしていくのか、楽しみでならない。
<了>
なぜトッテナムは“太っていた”ハリー・ケイン少年を獲得したのか? 育成年代で重要視すべき資質とは
育成年代の“優れた選手”を見分ける正解は? 育成大国ドイツの評価基準とスカウティング事情
なぜサッカー選手になるため「学校の勉強」が必要? 才能無かった少年が39歳で現役を続けられる理由
リフティングできないと試合に出さないは愚策? 元ドイツ代表指導者が明言する「出場機会の平等」の重要性
なぜ高校出身選手はJユース出身選手より伸びるのか? 暁星・林監督が指摘する問題点
PROFILE
リチャード・アレン
1965年2月14日生まれ、イギリス・ロンドン出身。横浜FCシニアフットボールエグゼクティブ・テクニカルアドバイザー。幼少期からサッカーをプレーしていたが複数回の大きなケガもあり早くから指導者や青少年育成、サッカービジネスなどの道へ。グリニッジ大学教育学部を卒業し、クラウン&マナークラブで統括運営責任者やサッカー指導者として勤務しながらUEFA指導者Aライセンスを取得。その後、トッテナムのアカデミー採用最高責任者としてハリー・ケインやハリー・ウィンクスなど多くのタレントを発掘・育成。クイーンズ・パーク・レンジャーズのアカデミーダイレクターを経て、イングランドサッカー協会のタレントID最高責任者として育成の仕組みを構築し、U-17ワールドカップ優勝の礎を築いた。才能発掘および育成のエキスパートとしてFIFAのエキスパートパネルメンバーにも従事し、レッドブル・ライプツィヒやシアトル・サンダーズのスカウト部門のコンサルタントや、フィンランドサッカー協会などのタレントIDのコンサルタントも務めている。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
指導者の言いなりサッカーに未来はあるのか?「ミスしたから交代」なんて言語道断。育成年代において重要な子供との向き合い方
2024.07.26Training -
松本光平が移籍先にソロモン諸島を選んだ理由「獲物は魚にタコ。野生の鶏とか豚を捕まえて食べていました」
2024.07.22Career -
サッカーを楽しむための公立中という選択肢。部活動はJ下部、街クラブに入れなかった子が行く場所なのか?
2024.07.16Education -
新関脇として大関昇進を目指す、大の里の素顔。初土俵から7場所「最速優勝」果たした愚直な青年の軌跡
2024.07.12Career -
リヴァプール元主将が語る30年ぶりのリーグ制覇。「僕がトロフィーを空高く掲げ、チームが勝利の雄叫びを上げた」
2024.07.12Career -
ドイツ国内における伊藤洋輝の評価とは? 盟主バイエルンでの活躍を疑問視する声が少ない理由
2024.07.11Career -
クロップ率いるリヴァプールがCL決勝で見せた輝き。ジョーダン・ヘンダーソンが語る「あと一歩の男」との訣別
2024.07.10Career -
なぜ森保ジャパンの「攻撃的3バック」は「モダン」なのか? W杯アジア最終予選で問われる6年目の進化と結果
2024.07.10Opinion -
「サッカー続けたいけどチーム選びで悩んでいる子はいませんか?」中体連に参加するクラブチーム・ソルシエロFCの価値ある挑戦
2024.07.09Opinion -
高校年代のラグビー競技人口が20年で半減。「主チーム」と「副チーム」で活動できる新たな制度は起爆剤となれるのか?
2024.07.08Opinion -
ジョーダン・ヘンダーソンが振り返る、リヴァプールがマドリードに敗れた経験の差。「勝つときも負けるときも全員一緒だ」
2024.07.08Opinion -
岩渕真奈と町田瑠唯。女子サッカーと女子バスケのメダリストが語る、競技発展とパリ五輪への思い
2024.07.05Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
サッカーを楽しむための公立中という選択肢。部活動はJ下部、街クラブに入れなかった子が行く場所なのか?
2024.07.16Education -
14歳から本場ヨーロッパを転戦。女性初のフォーミュラカーレーサー、野田Jujuの急成長を支えた家族の絆
2024.04.15Education -
モータースポーツ界の革命児、野田樹潤の才能を伸ばした子育てとは? 「教えたわけではなく“経験”させた」
2024.04.08Education -
スーパーフォーミュラに史上最年少・初の日本人女性レーサーが誕生。野田Jujuが初レースで残したインパクト
2024.04.01Education -
「全力疾走は誰にでもできる」「人前で注意するのは3回目」日本野球界の変革目指す阪長友仁の育成哲学
2024.03.22Education -
レスリング・パリ五輪選手輩出の育英大学はなぜ強い? 「勝手に底上げされて全体が伸びる」集団のつくり方
2024.03.04Education -
読書家ランナー・田中希実の思考力とケニア合宿で見つけた原点。父・健智さんが期待する「想像もつかない結末」
2024.02.08Education -
田中希実がトラック種目の先に見据えるマラソン出場。父と積み上げた逆算の発想「まだマラソンをやるのは早い」
2024.02.01Education -
女子陸上界のエース・田中希実を支えたランナー一家の絆。娘の才能を見守った父と歩んだ独自路線
2024.01.25Education -
神村学園・有村圭一郎監督が気づいた“高校サッカーの勝ち方” 「最初の3年間は『足りない』ばかり言っていた」
2023.12.29Education -
帝京長岡・谷口哲朗総監督が語る“中高一貫指導”誕生秘話。「誰でもやっていることだと思っていました」
2023.12.28Education -
「これはもう“心”以外にない」指導辞退を経て全国制覇。明秀日立・萬場努監督が大切にする「挑戦」するマインド
2023.12.27Education