「活躍しても売る」が大前提。ベールスホット大野祐介代表が見た、欧州サッカークラブ運営の最前線
日本企業・金宝堂ホールディングスの経営参画によって再建を進める、ベルギー2部のKベールスホットVA。ベルギーリーグは欧州5大リーグへの登竜門であり、若手選手を育てて次のステージへ送り出すモデルが根づいている。一方で、クラブ経営の現場には、日本とは異なる収益構造やコスト意識の課題もある。大野祐介代表取締役が実際にクラブ運営に入って見えたベルギーサッカーの仕組み、アントワープという街の可能性、そして新シーズンへ向けた課題を語ってもらった。
(インタビュー・構成=松原渓[REALSPORTS編集部]、写真=Belga Image/アフロ)
ベルギーは「育てて売る」が前提
――実際にベルギー2部のKベールスホットVAのクラブ運営に入ってみて、買収前の調査段階で見えていたこととのギャップはありましたか。
大野:実際に運営を始めてわかったのは、ベルギーでは1部も2部も、多くのクラブが経営的には赤字で、それをオーナーが補填して成り立っているということです。人口が約1200万人の国ですから、リーグの経済規模は小さく、日本と比べればかなり限られています。その中でサッカーをビジネスとして回していくには、スポンサーシップやチケットの売り上げが日本より圧倒的に少ない。
日本は経済規模の恩恵があるので、J2、J3でも恵まれている部分があります。それでもベルギーリーグが回っているのは、選手を育成して得られる移籍金収入がある程度しっかりしているからです。その流れは、実際に運営を始めてからかなり徹底されていると感じました。
――選手を育てて価値を高め、他クラブへ送り出すことが、クラブ経営の前提になっているのですね。
大野:そうです。日本のクラブは商業収入の比重が大きいので、契約期間中には交渉はせず戦力として貢献してもらい、仮に翌年フリーで移籍して移籍金が取れなくても、戦力として貢献してくれた価値を重視するクラブも多くあります。
でもベルギーでは、売らないとクラブの存続に関わります。もちろん、選手が活躍して、クラブが契約延長を提示し、合意できる年俸レベルで契約を更新してくれればベストです。ただ、活躍した選手がステップアップを望んだり、より高い年俸を求めたりした時に、クラブが払える水準ではなくなる場合もあります。その場合は、契約が残り1年になるタイミングで、どれだけ活躍していても基本的には売る判断になります。無理に引き止めず、選手を出してクラブの収入にするという議論になる。そこは徹底しています。
アントワープで広げるクラブの価値
――ベールスホットにも、選手を育てて次のステージへ送り出してきた土台がありますか。
大野:はい。選手を売ることには非常に長けていて、そこからの収入は毎年ある程度見込めます。ベールスホットはアントワープという都市を拠点にしています。ベルギーの中では経済的に大きな街で、移民も含めて世界中からいろいろな人が集まる、人種のるつぼのような場所です。さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが暮らしていて、子どもたちがサッカーで将来プロになって稼ぐことを期待する家族もいる。だからこそ、ハングリーなサッカー選手が比較的出てきやすいエリアなんです。
そうして出てきた若い選手をアカデミーから育て、プロにして、移籍させていく。ベールスホットはそれを何年もやって存続してきたクラブなので、そのベースは今後も継続していくと思います。
――育成・売却モデルに加えて、クラブとして伸ばせる余地はどこにあると考えていますか?
大野:マーケティングやスポンサーシップ、スタジアムでお客さんを集めるプロモーション活動、協賛企業との取り組み、家族で楽しめる環境づくりなどを入れていける余地があると感じます。ベールスホットは、よくも悪くも「熱い男たちがサッカーを応援する」色合いが強いクラブです。女性や子どもたちを含めたファミリー層がたくさん足を運んでくれるようなスタジアムにするという部分で、発展の余地があると思います。
ベルギーの育成・売却モデルと、日本的な商業モデルが成長してかみ合えば、よりよいクラブになれると思いますし、1部に昇格した暁には、安定的な経営ができる余地が十分あると思います。
――サポーターは、応援していた選手が活躍し、移籍していくモデルをどのように受け止めているのでしょうか。
大野:日本だと、川崎フロンターレの中村憲剛さんや小林悠選手、今で言えば脇坂泰斗選手のように、一つのクラブに長く在籍する選手もいますよね。ベルギーではそういう選手はあまりいなくて、長くても3、4シーズンです。移籍した後にまた戻ってくる選手はいますし、ベールスホットのユース出身で、別のクラブでプレーした後に戻ってくる選手もいます。そういう循環は自然に受け入れられています。
多国籍な街で広がるクラブの価値
――アントワープという街の魅力についても教えてください。
大野:コンパクトな街ですが、大聖堂や広場など歴史的な建物もあり、カフェやレストランもたくさんあります。特に週末はものすごくにぎわっています。冬は雨が多く、1月、2月は晴れ間も少ないので気持ちが沈みやすいと言われることもありますが、3月、4月になって晴れてくると、みんな街に出て、オープンカフェで食事をしたりお酒を飲んだりしている雰囲気がとてもいいです。食事もおいしいですよ。選手もだいたい街中に住んでいますが、一歩外に出れば、世界遺産のきれいな街並みが広がっています。僕自身、差別のようなものを感じたこともなく、生活しやすい街だと思います。
また、ベルギーにはオランダ語圏、フランス語圏、一部ドイツ語圏があり、公用語が3つあります。アントワープは、オランダ語圏のフランダース地方ですが、年配の方を除けば、ほぼ英語が通じます。僕がいないところではベルギー人同士がオランダ語を話しますが、僕が入るミーティングは全員が英語でやってくれます。外国人枠の制限がないので、チームのメンバーも多国籍です。原口元気選手やポープ・ウィリアム選手など日本人もいますし、アフリカ系の選手も多い。モ・メスディ監督もベルギー人ですが、英語が非常に堪能です。
――生活面でも、英語で対応できるのは大きいですね。
大野:街に出ても、バスの運転手に英語で聞けば答えてくれますし、タクシー、宅配の人、スーパーのレジの人にも英語が通じます。日本人は英語が得意ではないと言っても、オランダ語やフランス語を覚えないと生活できないわけではないので、ハードルは低いと思います。
安定経営へ向けた意識改革
――昨季はプレーオフまで進みましたが、3位で昇格は叶いませんでした。実際にシーズンを戦って見えた、今後の経営課題を教えてください。
大野:入ってみてわかったのは、万年赤字の状況で、いろいろなところにコストがかかっているということです。入ってくるお金でそれをすべてまかなえていない。でも、なかなかコストを絞れないところもあります。だから、コストの見直しと売上を伸ばすことの両方を地道にやっていく必要があります。
ベルギーは、UEFAチャンピオンズリーグに出るような1部のトップクラブ以外は外国資本の親会社が入っているクラブが多く、「困ったら親会社が補填してくれるだろう」という空気が少なからずあります。スタッフはみんなよく働いてくれますし、効率も良く、頑張ってくれています。ただ、経営感覚として少しゆるい部分がある。そこをどうすればクラブとして安定した経営につなげられるかを、まず考えたいです。
――昇格すれば分配金やスポンサー収入は増えますが、それだけに頼るわけにはいかないということですね。
大野:そうです。1部に上がれば放映権料や分配金は増えますし、スポンサー契約も1部と2部で形態が決まっているので収入は増えます。ただ、入ってきたから使ってしまうのでは意味がありません。ベールスホットには金宝堂というオーナー会社がありますが、そこだけに頼らずに回していく意識を浸透させないといけない。どんぶり勘定的なところは直していく必要があると思います。
「14歳で引き抜かれる」ベルギー育成の現実
――アカデミーについては、現在どのような状況ですか?
大野:アントワープはハングリーで才能豊かな選手が出てくる土壌があるとお話ししましたが、その選手たちがベールスホットのアカデミーで育ち、プロ契約してくれないと意味がありません。プロ契約を結ばないと違約金の設定ができず、将来的に移籍金を得ることもできないからです。
今の問題は、ベルギーが小さな国なので、近隣の強いクラブから14歳、15歳の段階で声がかかることです。クラブ・ブルージュのようなトップクラブも車で1時間ほどの範囲にありますし、ロイヤル・アントワープFCも近くにあります。さらに国境を越えるとPSVなどオランダのクラブも対象になります。国際移籍は18歳までできませんが、欧州には国境から50キロ以内であれば越境してプレーできる例外規定があります。だから、ベールスホットの14歳、15歳の選手が引き抜かれてしまうんです。
――引き抜かれないためには、アカデミー自体の魅力を高める必要があるのですね。
大野:その通りです。今、ベールスホットのアカデミーは2部なので、1部に上げないといけない。日本ならユースのリーグ戦で勝てばプレミアリーグやプリンスリーグに昇格していきますが、ベルギーでは試合結果はあまり重視されません。勝つことが優先されると、体格のいい選手を優先して起用するなど、選手の成長を妨げる可能性があるという考え方があるからです。
代わりに、アカデミーにどれだけ投資しているか、設備がどれだけ整っているか、フルタイム契約のスタッフやコーチが何人いるか、どれだけ費用をかけているかがポイント化され、1部と2部が決まります。ベールスホットは、コーチングスタッフもパートタイムで別の仕事をしながら手伝ってくれる人が多く、ボランティアや地域の人に支えられている部分もあります。ありがたい一方で、その体制ではポイントが足りません。日本人選手の獲得も大事ですが、ベルギー人選手を育てるためにも、アカデミーにしっかりお金をかけていきたいです。
【連載前編】なぜ日本企業が欧州クラブ経営に挑むのか? 金宝堂によるベールスホット買収、その舞台裏
<了>
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[PROFILE]
大野祐介(おおの・ゆうすけ)
1973年生まれ、埼玉県出身。KベールスホットVA代表取締役。前 株式会社アスリートプラス代表取締役。慶應義塾大学法学部法律学科卒業(米国メリーランド大学留学)。三菱商事株式会社で欧州サッカーや日本代表戦などのスポーツ放送権ビジネスを担当した後、2004年に日本サッカー協会認定選手エージェントライセンスを取得。株式会社アスリートプラスを設立し、宮本恒靖氏、細貝萌選手、イビツァ・オシム氏、ヴァイッド・ハリルホジッチ氏ら、多くの選手・指導者の代理人を務めてきた。金宝堂ホールディングスによるベールスホットの経営参画に際しては、クラブ買収候補の調査や交渉にも携わり、現在は現地でクラブ運営を統括。日本人選手の欧州挑戦や育成・強化、クラブの持続的な成長を見据えた経営に取り組んでいる。
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