「『好きを仕事に』が一番つらかった」。16歳でプロ・前田尚輝の葛藤と、太田宏介が語る「マインドリセット」
「好きなことを仕事にすればいい」。そんな言葉が、時にアスリートを苦しめる。16歳で湘南ベルマーレのトップチームに2種登録され、海外でもプレーした前田尚輝は、現役引退後、「自分に何ができるのか」「何が好きなのか」すら分からなくなった。現在はVALANCE株式会社で、AIを武器に新たなキャリアを築いている前田に突きつけられた、アスリートの転職のリアル、競技人生の先で必要となる「マインドリセット」とは? アスリートのセカンドキャリア支援に取り組む株式会社とととの代表取締役・太田宏介、自らもサッカー選手としてクリアソン新宿でプレーし、前田に多くの気づきを与えたVALANCE株式会社の創業者で取締役COOの山口公大、前田尚輝の3人が語った。
(インタビュー・文=守本和宏、撮影=大木雄介)※写真向かって左から、山口公大氏、前田尚輝氏、太田宏介氏
アスリートの転職成功の鍵を握る「マインドリセット」
「好きなことを仕事にすればいい」。誰にとっても、職業選択の際に当てはまる言葉だ。しかし、人生を捧げてきた競技から引退したアスリートにとって、その言葉は時に呪縛となるのかもしれない。
指導者は思いつくが、それ以外の選択肢はあるのか。これまで培った努力や人間性を生かせる職業とは何か。30歳前後で未経験の新人として社会に出て、周りに追いつけるのか――不安はつきない。
16歳で湘南ベルマーレのトップチームに2種登録され、福島ユナイテッドFC、いわきFCを経て、フィンランド、カンボジア、オーストラリアを渡り歩き、29歳で現役を退いた前田尚輝も、そんな不安に苛まれた一人だ。
「引退後、周りから『興味があることをやればいい』と言われました。でも、『自分に何ができるのか』『何が好きか』さえ分からない。そのシンプルな質問が一番きつかった」
そう振り返る前田は現在、同じくサッカー選手としてクリアソン新宿でプレーした山口公大が創業したVALANCE株式会社で、AIを駆使した事業開発・営業に従事している。
今回、アスリートのセカンドキャリア支援に真摯に取り組む元日本代表の太田宏介氏に、VALANCEの前田尚輝氏、山口公大氏の鼎談を実施。アスリートの転職におけるリアルと、成功の鍵を握る「マインドリセット」について語ってもらった。

「何ができるのか、何が好きなのかも分からない」
――前田さんは13年間の競技生活を経て、30歳でVALANCE株式会社に入社されました。セカンドキャリアへの移行は、どのように進めましたか?
前田:4歳でサッカーを始めて25年間プレーし、海外チャレンジもして、選手としては一通りやりきった感覚がありました。セカンドキャリア構築は難しいと聞いていたので、できるだけ早く次の世界に進みたい気持ちはあったんです。でも、サッカーしかやってこなかったので、最初は社会の仕組みが本当に何も分かりませんでした。
知人のハウスクリーニングで働かせてもらったり、フットサルでの出会いから国会議員の方と知り合い、議員秘書も4カ月務めさせてもらいました。その議員の方から「焦って就職しないほうがいいよ、まずはいろいろ見てから何をするかを決めな」と言っていただき、秘書としてさまざまな業界を知る貴重な時間をいただきました。秘書の仕事は楽しかったですし、貴重な時間や経験だったのですが、並行して就活をしながら本当にやりたいことを模索する日々の中で、将来に対する不安やモヤモヤはありました。そんな折に、紹介してもらったのが、VALANCEの山口さんでした。
――引退直後の不安について具体的にどんなギャップを感じましたか?
前田:スポーツ庁の方々など、セカンドキャリアを支援する方と話す機会もありました。真剣には取り組んでくださっているのですが、当事者の感情や実体験とのギャップを感じることも多かったです。「好きなことをやればいい」「チャレンジしたほうがいいよ」とアドバイスいただくのですが、未知の仕事で何に情熱を傾けられるのか、分からない。その質問はシンプルだからこそ難しい。その立場にならないとわからないな、というのは一番感じたことです。

運命を変えた「AI武装したビジネスパーソン」のビジュアル
――山口さんは初めて前田さんと会った際にどのような印象を持ちましたか?
山口:最初に会った時の前田は、本当に悩んでいましたね。自分のパワーをどこに注げばいいのか見失っている状態でした。僕がアスリートの面接をする時は、過去の競技への向き合い方など深く聞き出すのですが、彼にも「今の考えのままどこかに就職しても、すぐ辞めると思うよ」と伝えたんです。すると別の会社に一度入社したものの、3週間後に「やっぱり間違っていました」ともう一度僕のところに来てくれました。
その時に提示したのが、「AI武装したビジネスパーソン」のビジュアルでした。今、AIは急速に発達していますが、使い切っているビジネスパーソンはまだ少ない。未知の領域だからこそ、アスリート特有の集中力やガッツで個人の能力をAI領域で一足飛びに伸ばして、チームプレイヤーとしての情熱を組織に注げば一気に追い抜ける。「AIを武器に戦おう」と話したら刺さったようで、提示した3週間の課題プログラムをきっちりやり遂げてくれたんです。
太田:山口さんが渡したプログラムへのコミット力や、興味を持った対象へ突き詰めていく集中力は、元アスリートならではの強みですね。僕自身も若い頃からセカンドキャリアに関心を持ち、異業種の人たちと会話してきましたが、具体的に働くイメージを持つのが難しかった。だからこそ、受け入れ側が求職者の潜在的なニーズを引き出し、適切な選択肢を提示できるかが重要になると思っています。
ただ、一般的な人材エージェントは限られた回数の面談でマッチングさせようとするケースもある。一方で僕らの場合は、キャリアアドバイザーと僕で3カ月半ほどかけて10回、20回と対話を重ねる。時間をかけて解像度を上げていくことが、ミスマッチや早期退職のリスクを減らすうえでも大切だと考えています。そこに対する課題感は、山口さんたちとも強く共感する部分ですね。

「サッカーもビジネスも同じ」アスリートの武器は“エンジン”
――前田さんは実際に入社して、AIを活用しながらどんな仕事に取り組んでいますか?
前田:まずはAIを学ばなければいけないので、ずっと勉強し続けています(笑)。でも、ゼロから知識を吸収してAIを触っていく過程が、本当に楽しいです。前職では不完全燃焼感が拭えなかったのですが、今は毎日成長を感じています。現在は上司の商談に同行しながら営業スキルを学び、企業の収益構造などを必死にキャッチアップしている段階です。
山口:僕は「スポーツと会社は本質的に何も変わらない」と思っています。サッカーも、まず個人の技術がないと試合に出られない。しかしうまいだけでもダメで、チームメイトや監督の戦術や意向に自分をフィットさせる必要がある。相手が強くなれば戦術を変える、そしてトップを取りに行く――これはビジネスのマーケット動向とまったく同じです。
技術は後から身につけられますが、個人の「エンジン(情熱)」をゼロから作ることは、かなり難しいと思っていて。その点で言えばアスリートは、一度火がつけば自発的に情報を集めて行動できる馬力を持っている。だからこそ採用では、「自分のエンジンをどこに転化できるか」というフィッティングを重視しています。
太田:プロ選手が社会人として、ビジネスパーソンとして、成功できるかどうかは、「サッカー時代のプライドを引きずらないか」が大きいですね。僕も引退した選手に必ず、「過去のキャリアとプライドはすべて捨てろ」と伝えています。元ガンバ大阪で現在ビジネスで大成功されている嵜本晋輔さん(バリュエンスホールディングス株式会社 代表取締役)からも、そう助言を受けました。謙虚さと素直さを持ち、プライドの意味を切り替えて「マインドリセット」できる選手が、次のキャリアでも活躍しているケースが多いと感じています。

アスリートを“育てる”会社をどう選ぶか
――アスリート雇用における課題やメリット、今後の展望についてどう捉えていますか?
前田:29歳で引退して社会に出るのは、大卒の新卒社員と比べてもスタートラインで大きな遅れをとることになる。その遅れを取り戻すには、何よりも「スピード感をもって成長できる環境」に身を置くのが大事だと思います。
僕が前職を辞めた理由もそこにあった。ひたすら電話をかけ続ける業務で、先輩に聞くと「これを3年続けている」と言われた。ここでは自分が成長する未来を描けないと感じたんです。スタートアップであるVALANCEのように、風通しがよく、周囲から多角的な知見を吸収できる環境を選べたことが、自分にとっては転機になった。だから、自分の中では“成長するための環境選び”に、サッカーを辞めて7カ月ぐらいかかったと受け止めています。
山口:会社の求めていることや上司の意図を察知し、自ら成果を出すためにアクションを起こせる人。そうした自律性のある人材は、サッカーでも会社でも強い。プロとして厳しい世界を生き抜いてきた選手は、思考を重ねてきた過去がある。その経験があるからこそ、適切なマインドセットさえできればビジネスでも圧倒的な成果を出せると信じています。それはアスリートだった経験を持つ社会人の、強みだと思っています。
太田:アスリートのセカンドキャリアに関わる人間として、こういった流れがあるのは、とてもうれしいですね。僕の紹介先でも多くの企業さんが、アスリートのマインドやポテンシャルに期待してくれている。
育っていく過程を理解して、元アスリートと会社が、お互い考えていくことがすごく重要だと思います。近年、ビジネス界で成果を出す元選手の事例が増えてきたことは本当に素晴らしい傾向だと感じますし、今後もリアルな事例を発信し続けていきたいです。

「競技を離れても消えないもの」評価され続ける本質的な価値
結局、社会でもスポーツでも「好きなことを続ける」のは容易でない。身体的なパフォーマンスが問われるスポーツではなおさらだ。
ただ、それを「継続して問題解決を行い、結果を出してきた経験値」と考えれば、社会でも企業でも、求められる人材になれる。大切なのは、身を置く環境の見極めと、過去のプライドを脱ぎ捨てて素直に学ぶ「マインドリセット」の覚悟だ。
自発的に動き、変わり続けられる人間性――それこそが、ピッチ上でもビジネスの現場でも、変わらず評価され続ける本質的な価値と言えるだろう。
【第1回連載】トップ選手でも就職に苦戦する現実――太田宏介が本気で変えるアスリートのセカンドキャリア支援
<了>
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[PROFILE]
太田宏介(おおた・こうすけ)
1987年7月23日生まれ、東京都出身。元サッカー日本代表。株式会社ととと代表取締役。麻布大学附属渕野辺高校を経て、2006年に横浜FCでプロデビュー。清水エスパルス、FC東京を経て、オランダのSBVフィテッセでプレー。その後はFC東京、名古屋グランパス、パース・グローリーFC(オーストラリア)を経て、FC町田ゼルビアでプレーし、2023年に現役を引退。現在は「株式会社ととと」の代表取締役として、アスリートに特化したキャリア支援事業を手掛けている。
株式会社ととと

[PROFILE]
山口公大(やまぐち・こうた)
1988年1月17日生まれ、神奈川県出身。株式会社VALANCE創業者・取締役COO。慶應義塾大学を卒業後、株式会社DeNAに新卒入社。以降、複数の企業の立ち上げ・事業成長を主導。これまでに9回の起業を経験した連続起業家。サッカー選手としてクリアソン新宿でプレーした経験を持ち、VALANCE代表取締役CEOの渡邉俊とは大学のサークルで共にプレーした。2025年に渡邉とVALANCE株式会社を共同創業し、現在は組織・事業基盤の構築を担っている。

[PROFILE]
前田尚輝(まえだ・なおき)
1996年6月11日生まれ、神奈川県出身。元サッカー選手。VALANCE株式会社営業部。湘南ベルマーレのアカデミー出身で、2012年に16歳でトップチームに2種登録。2015年にトップチームへ昇格後、福島ユナイテッドFC、いわきFCでプレー。その後、フィンランド、カンボジア、オーストラリアのクラブでもプレーし、2024年に現役を引退。現在はVALANCE株式会社に所属し、AIを活用した事業開発・営業に携わっている。

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