ゴールドマン・サックス内定辞退からカブスへ。常松広太郎が語る「決断を正解にする」覚悟

Career
2026.11.04

「自分の決断を正解にすることが大事だと思っています」。シカゴ・カブスとのマイナー契約を選んだ常松広太郎は、ゴールドマン・サックスの内定辞退をこう振り返る。恩師や家族、仲間たちは、その挑戦をどう受け止めたのか。異例の決断に込めた思いと、世界中から才能が集まるマイナーリーグで実感した日米の野球文化の違いや、厳しい競争環境について語ってもらった。

(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=松岡健三郎)

ドラフト指名漏れを経て届いた、カブスからの正式オファー

――大学4年時、NPBドラフトでは指名されませんでした。率直に、どのような気持ちでしたか?

常松:あまり落ち込まなかったです。これで金融機関で働くことが決まったな、という感覚でした。「なるようにしかならない」と思っていましたし、結果的に自分で選択する必要がなく、ドラフト会議に進路を決めてもらえたので、自分としてはラクでした。野球は、一番評価してくださる人や組織のもとでやりたいと思っていましたから。

――その後、カブスから正式なオファーを受けることになります。もともと接触はあったのでしょうか?

常松:はい。突然オファーが届いたというより、もともとコンタクトはありました。正式なお話をいただいたのはドラフト後で、早慶戦に向けて練習している時期だったので、まずはそこに集中していました。堀井(哲也)監督にも相談したんですけど、「周りに誰もそんなことをやっているやつはいないし、お前なら面白くなりそうだから行けよ」という感じで言われて(笑)。僕自身は金融業界への進路を考えていたので、悩みましたね。

――幼い頃から憧れていたメジャーリーグの球団から、正式にオファーを受けたことをどう感じましたか?

常松:自分を評価してもらえたことは素直にうれしかったです。それも、子どもの頃にアメリカで暮らしていて、ずっと見る側だったメジャーリーグの球団からのオファーですから。うれしさはありましたけど、どこか現実味がないような、不思議な感覚でした。

「ロマンが好き」堀井監督の後押しと、球団が見た可能性

――堀井哲也監督の言葉は、決断を後押しするものになりましたか?

常松:大きかったです。堀井監督は野球の指導者として、あらゆる面でずば抜けた方だと思います。特に勝利への執念はすさまじく、あそこまで自分の指導を確立された方はなかなかいない。その姿勢は野球以外の人生でも参考になっていますし、本当に多くの影響を受けています。

 監督は一見すごく真面目で、堅物なイメージがあるかもしれませんが、実はロマンみたいなものがめちゃめちゃ好きなんです。僕の挑戦も、成功する確率で言えばすごく低いと思います。だけど、「もしかしたらこいつがやるんじゃないか」というチャレンジが大好きな方なので、強く背中を押してくれましたし、僕も勇気が出ました。

――カブスからは、打球速度や長打力を評価されたと報じられています。実際には、どのようなところを見られていたのでしょうか?

常松:もちろん、打球速度や長打力という部分もあったと思います。ただ、それ以上に、今の課題にどう取り組んでいるのかを細かく聞かれました。監督も交えて面談をして、チームでどういうことをやっていて、個人としてどこに取り組んでいるのかといった話をしました。技術や能力だけでなく、課題にどうアプローチしているかという部分も見られていたと思います。幼少期はアメリカに住んでいたので、英語が使えることもプラスだったかもしれません。

――英語力については、帰国後も維持できる環境があったのでしょうか?

常松:それは中高で慶應義塾湘南藤沢を選んだ理由の一つでもあります。帰国生のクラスがあって、毎日英語の授業があったんです。自分で何か特別な努力をしたというより、そうした環境にいられたことが良かったと思います。

「人と比較できない人生」。両親と妻が見守る挑戦

――安定したキャリアを選ぶ道もあった中で、挑戦する価値をどのように考えていましたか?

常松:ゴールドマン・サックスに入って、その先のキャリアを歩むことも、もちろん幸せだと思うんです。でも、幸せってすごく相対的なものだと思っていて、人間はどうしても周りの人と比較してしまうじゃないですか。

 その環境に入れば、それが自分のスタンダードになって、また「もっと、もっと」という気持ちになるのは変わらないのかなと。だから、どうやって人と比較できない人生を歩むかが、幸せにつながるんじゃないかと思うんです。そういう人生を歩んでいれば、他の人がどう思おうと関係なく、自分の選択に納得できるんじゃないかなと思います。

――ご両親は、カブスへの挑戦をどのように受け止めていましたか?

常松:両親も驚いていました。母親は「どっちでも、元気にやっていればいいんじゃないか」というスタンスで、父親は「ゴールドマン・サックスに入って、タワマンに住んで、いい車に乗るのも悪くないと思うけどな」と、遠い目をしながら言っていました(笑)。

 ただ、父親が会社で大きな案件に関わって頑張ってきた話は、子どもの頃から聞いていました。どれだけ成果を残しても、新聞に出るのは会社の名前だったりするんですよね。自分の名前で何かを成し遂げる意義について、父親から話をされたこともあって、決断する時にその話を思い出しました。

――最近ご結婚されましたが、奥様はアメリカでの挑戦をどのように支えてくれていますか?

常松:結構淡々としていて、「頑張ればいいんじゃない?」と、僕の好きなようにやらせてくれます。成功しても失敗しても、それだけが大事なのではなく、人生にはもっといろいろな豊かさがあるという考え方を持っている人なんです。

 すごく冷静で、物事を客観的に見られる人なので、「それは良くないんじゃない?」とか「こうしたほうがいいんじゃない?」ということも率直に言ってくれます。僕は家では野球や仕事以外の話もしたいタイプなので、そういうところも合っていると思います。一番近くにそういう存在がいてくれるのは、本当にありがたいですね。ちょっとのろけになってしまいますけど(笑)。

内定先と友人たちの後押し。「決断を正解にする」覚悟

――ゴールドマン・サックスの内定を辞退する際には、会社側とも直接話をされたのですか?

常松:そうですね。僕のために採用枠を取っていただいていて、配属先のデスクなども決まっていたので、カブスに行くことを決断する前に、まずは会社の方々に相談することが大事だと思いました。すぐに連絡して、会社に伺って皆さんにお話ししました。

――その時点で、カブスへの挑戦はほぼ決めていたのですか?

常松:会社の方々と話す中で、何か言われたら考えが変わる可能性もあったと思いますが、挑戦する方向に気持ちは傾いていました。もともとすごくいい関係ができていたので、「行くんでしょう」「頑張るしかないね」という感じで背中を押していただきました。内定を辞退したことには申し訳ない気持ちもありますが、挑戦を大切にする企業風土もあって、応援していただけたことに本当に感謝しています。

――カブス入りを伝えた時、友人たちの反応はいかがでしたか?

常松:友達のチャットに送ったんですけど、冗談だと思われて(笑)。「いや、ガチだよ」と伝えたら、みんなびっくりしていました。友達は、いい意味でも悪い意味でも僕に対して無責任なんですよ(笑)。金融機関で働いている友達がいるより、カブスで挑戦している友達がいたほうが面白いじゃん、という感じでした。

――実際にプロ野球の世界に飛び込んだ今、当時の決断をどのように振り返っていますか?

常松:本当に人生の中でも大きな転機だったんだろうなと思います。ただ、どちらの道が正解だったかを考えるよりも、自分の決断を正解にすることが大事だと思っています。そのために毎日試されている感覚がありますし、自分の選択に責任を持って生きていかなければいけないと思っています。

世界中の才能が集まるマイナーリーグ。技術とデータで挑む競争

――実際にアメリカへ渡り、マイナーリーグでプレーしてみて、想像と最も違っていたことは何でしたか?

常松:まず、スペイン語を話す選手がすごく多いことですね。ロッカールームでもスペイン語ばかり聞こえてきて、ラテン系の文化は日本の硬い雰囲気とは違って新鮮でした。

 野球では、とんでもないポテンシャルを持った選手がたくさんいることにも驚きました。日本では、スキルよりもフィジカルが強いことで使ってもらえるタイプの選手だったんですけど、アメリカではそれだけでは目立てない。技術を向上させて、どう差別化するかを考えなければいけませんでした。

――特に驚いたのは、どのようなプレーでしたか?

常松:最初はバッティング練習を見て本当にびっくりしました。みんな、めちゃめちゃ飛ばすし、打ち損じも少ないです。日本でもすごい選手はいますけど、打ち損じは比較的多い印象があります。WBCやメジャーリーグでも、初球の真っすぐをきっちり捉えられる選手がすごく多いので、僕もそうなりたいなと。そういう環境で練習していると、自然とうまくなる部分もあると思います。

――カブスの育成組織では、対戦相手のデータをどのように活用しているのですか?

常松:データの質はかなり違うと感じます。僕がプレーしているカテゴリーでも、相手ピッチャーのデータをたくさん出してくれますし、投手と野手の情報に加えて、ピッチャーの癖みたいなところまで共有されています。毎週、そういう情報をもとに準備できるのはすごいなと感じますね。

※連載最終回は11月6日(金)公開予定

<了>

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