
なぜ「にわか」は嫌われるのか? 専門家が分析「熱心なファンがマウントする」3種類の心理
スポーツファンの中には熱心な「ファン」「サポーター」がいる一方で、ライトに応援する者もいたりとさまざまなファンがいる。だがその中で、「にわか」ファンは熱心な「ファン」「サポーター」から嫌われる傾向がある。ファンの消費行動とファンコミュニティの心理からなぜ、「にわか」ファンは嫌われるのかをオタクや若者の消費や実態のないものに対するマーケティングをテーマとした現代消費文化論、マーケティング専門に研究している廣瀨涼氏に解説いただいた。
(文=廣瀨涼、写真=Getty Images)
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ファンコミュニティは仲間でもありライバル
熱心なファンは情報収集や応援で得られる一体感のためにコミュニティに参加する。その過程でコミュニティ自体に愛着が湧くこともある。しかし、「スポーツファンを主張したいにわか」や「他のファンと仲良くなってスポーツファンというアイデンティティを形成したいにわか」とは異なり、熱心なファンにとってコミュニティに帰属すること自体は、本来の目的ではない。彼らの本来の目的は他のファンと群れることではなく、観戦から得られる効用そのものである。そのため、自身の消費機会を他人に譲ることを嫌い、自分が消費(入手)できなかったものを持っている他のファンに対して嫉妬する(見たかった試合のチケットを悠々と目の前で自慢されたら腹が立ちますよね(笑))。彼らは自分の予算の範囲で欲しいと思ったものを確実に手に入れた上で、他のファンと仲良くすることができるのである。
これはスポーツの性質が大きく影響している。スポーツ観戦はサービスと似た次のような性質を持っている。
無形性・・・試合のチケットは有形だが試合自体に形はない
非均一性・・・試合にシナリオはなく、全く同じ内容の試合は存在しない
不可分性・・・選手による試合(供給)とサポーターによる観戦(消費)は同時に行われる
消滅性・・・観戦後は手元に何も残らない
需要変動性…決勝戦やオールスター戦など試合によって需要が変動する
このような性質があるため、同じ試合は二度と存在せず、限られた席数をファン同士で取り合う必要がある。そのため、ファンにとって他のファンは仲間であると同時に自身の購買機会を損失するリスクでもあり、他のファンに対して圧力をかけることもある。「マウント」がいい例だ。マウントとは自身が他人よりも勝っていると「思いたいがために」、自身の方が立場が上であるとアピールすることである。ファン歴の長さや、希少な試合の観戦経験や選手と交流した経験などを自慢してくる行為がこれにあたる。これが激化すると「他者排他」と呼ばれるような、「にわかは来るな」「こんなことも知らないでファンを語るな」といった心無い言動が他のファンに浴びせられることとなる。しかし、熱心なファンにしてみれば人生を懸けてチームを応援しているわけであり、生半可な気持ちでファンをされることが癇に障るということもわからなくもない。
スポーツオタクの消費タイプは3種類
以上を整理するとスポーツオタクの消費は大きく3種類に分類することができる。まず、熱心なファンによる自己満足追求を目的とする消費。次にスポーツファンであることアピールするため他人(コミュニティ)を顧みた承認欲求に基づく消費。最後に自己満足追求のための消費機会を損失しないために、他のファンに対してマウントを取ることを目的とした顕示的消費である。それぞれ異なった目的を持ったファンがコミュニティ内で共存し合っているが故に「スポーツ観戦」における意識の差やサポーターとしてのスタンスが異なる。
確かに熱心なファンの存在はチームにとっての財産であり、彼らがいるからこそ選手にとっても、オーナー企業にとっても競技を続ける原動力になる。しかし、スポーツ市場全体を見た時、そのパイを拡大するためには潜在的な「熱心なファン」を発掘し、彼らに観戦に来てもらう必要がある。そのポテンシャルを持っている者こそ「にわか」と呼ばれる人々なのである。にわかが多ければ多いほどその市場は勢いを得ることができる。ラグビーがいい例だ。ラグビーワールドカップが始まる前、誰が日本代表のスローガンであった「ONE TEAM」が2019年流行語の年間大賞になると予想できただろうか。
‐「ルールを知らなくたって、にわかで、いいじゃないか。」-
2019年9月20日、日本でアジア初となる「ラグビーワールドカップ」が開催された。オリンピックやサッカーのFIFAワールドカップと比較すると国内での知名度がまだまだ低かったラグビーワールドカップだが、その心配はどこ吹く風で、少なくとも首都圏においては、大いに盛り上がりを見せた。試合時のスタジアムはどこもほぼ満員で、テレビ視聴率も急上昇し、日本代表の第4戦スコットランド戦は平均で39.2%、瞬間最高で53.7%に跳ね上がった(いずれも関東地区、ビデオリサーチ調べ)。準々決勝南アフリカ戦は平均で41.6%にまで上昇した。海外チーム同士の対戦となった準決勝もそれぞれ、平均視聴率は概ね20%、決勝戦では20%超えとなり、日本国民がラグビーに対して高い関心を抱いていたことがわかる。
経済効果は4370億円で、前回の2015年イングランド大会の約3220億円を超え、経済的にも大成功を収めた大会であったと言えるだろう。大会のワールドワイドスポンサーであるハイネケンは、本大会におけるキャッチコピーとして「ルールを知らなくたって、にわかで、いいじゃないか。」と掲げていた。わからなくても盛り上がれればその瞬間、盛り上がろうとしない人よりかは楽しい時間を過ごすことができるというメッセージとして読み解くことができるだろう。本大会はそういった誰でも楽しむことができるような大会作りやマスメディアにおける丁寧なルール解説によって、国民のラグビーに対する関心を維持させることができた。
トキ消費と「にわか」が人気の定着に繋がる
「トキ消費」と呼ばれるような「いまだけ、ここだけ」という価値の下、消費が行われるようになった現代消費社会において、「非再現性」「参加」「貢献」という欲求を満たすことを消費者は求めている。SNSの普及により私たちは、非日常をより身近に感じることができるようになった。なぜならSNSを開けば友達が体験した非日常を「シェア」という形で目の当たりにし、非日常は自分から遠いものではないと実感できるようになったからである。このような背景からSNSに流れる疑似体験が手に入りやすくなり、その反動で「いまだけ、ここだけ」という点に人々が価値を見出しているのかもしれない。そのため、誰もが一緒に盛り上がることができるワールドカップやオリンピックといったお祭り事に自分自身が関与することを消費者は求めている。
現代社会は、人と人の繋がりが弱くなり、人々は常に自身の帰属欲求を満たそうとしている。そして今や私たちは、コミュニティに参加しなくても、ここでいうラグビーのような「繋がりうること」によって生まれる共同性によって帰属欲求を充足することが可能となった。スタジアムやパブリックビューイング、スポーツバーでの他のファンとの交流は、「ラグビー」という「繋がりうること」をきっかけとした瞬発的な盛り上がりによって、人々の集団への帰属心を満たす源泉となっている。この瞬発的な盛り上がりは「カーニバル化」と呼ばれ、トキ消費の本質と言えるだろう。
今では国民のお祭り騒ぎとして定着したサッカー日本代表戦も、2002年の日韓ワールドカップで国民がサッカーの「盛り上がり」を生で体験したことがターニングポイントになったと筆者は考える。ラグビーもこのひと月の熱を失わず、日本国民が“にわか”であり続ければきっと定着するだろう。
誰もが初めは「にわか」から始まっている
では、改めて“にわか”とは何者なのか考えてみる。熱心なファンが自らと一線を引くために「熱心ではない」「ファン歴が浅い」「詳しくない」といったレッテルを貼りつけた存在がにわかであると言える。しかし逆を返すと全く無関心な人々よりもそのスポーツに興味がある、今後熱心なファンとしてそのスポーツやチームを支えるポテンシャルを持つ存在であるとも言える。
日本のスポーツ産業は世界市場の成長の流れに反して成長が著しくない。しかし、世界的に見ると成長を続ける市場であるため日本でも拡大が期待され、スポーツ庁は2025年までに日本の市場規模を5.5兆円(2015年当時)から3倍の15兆円へ拡大することを目標に掲げている。2020年には東京オリンピック・パラリンピックも控えている。スポーツがより国民にとって身近な存在となり、スポーツ市場が拡大するという考え方は決して楽観的ではないだろう。その中で熱心なファンに求められるのは「何がきっかけにせよ」、新しく入ってきたファンたちを受け入れることにあると筆者は考える。また、スポーツやチーム側も“にわか”の居心地が悪くない環境を提供する必要がある。
オタクは1日にして成らず。
誰もが初めは“新参者”であり“にわか”であったということを忘れてはいけない。
<了>
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廣瀨涼(ひろせ・りょう)
ニッセイ基礎研究所 研究員
現代消費文化論、マーケティングが専門。主にオタクや若者の消費や快楽、ノスタルジア、恋愛といった実態のないものに対するマーケティングをテーマとして扱っている。本人はディズニーオタク。
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