
箱根駅伝、國學院大は歴史を変えるか? 前田監督が語る「往路優勝・総合3位」の戦略
2020年1月2日、令和初の箱根駅伝が始まる。これまでに数々のドラマを生み出してきた日本の正月の風物詩に、新たな旋風を巻き起こそうとしているチームがある。國學院大学だ。前回大会で同校史上最高成績の往路3位、総合7位、今年の出雲駅伝では初優勝を成し遂げるなど、着実にその力をつけてきている。就任11年目を迎え、「歴史を変える挑戦」を掲げる前田康弘監督は、今のチームをどのように見ているのだろうか。「往路優勝、総合3位」に向けた戦略を聞いた。
(インタビュー・構成=花田雪、撮影=軍記ひろし)
前回箱根で史上最高成績、出雲駅伝で初優勝! 旋風巻き起こす國學院大
2020年1月2、3日に行われる第96回箱根駅伝。前回大会は5連覇を狙った青山学院大が総合2位に終わり、東海大が初優勝を飾った。往路、復路、総合とそれぞれ違う3校が優勝を飾るなど、群雄割拠の様相を呈した箱根駅伝だったが、今年も混戦が予想されている。
連覇を目指す東海大を筆頭に、地力のある青山学院大、東洋大、駒澤大が「4強」と呼ばれていたが、駅伝シーズンの到来とともに4強に食い込む「5強」めとして名乗りを挙げたのが國學院大だ。
前回の箱根では往路3位、総合7位と同大学史上最高成績をあげ、今年は「大学三大駅伝」の一つでもある出雲駅伝で初優勝。「往路優勝、総合3位」を目標に掲げ、箱根路に旋風を起こそうとしている。
チームを率いるのは前田康弘監督。自身も駒澤大学で主将として箱根を制し、卒業後は社会人の名門・富士通で競技を続けた経験を持つ。41歳とまだ若いが、同校の監督を務めて今年で11年目。着実に力をつけてきた大学駅伝界の新興勢力が、満を持して箱根に挑む。
「前回大会の総合7位という結果を受けてからの1年間、ここまでは順調にきていると思います。トラックシーズンでは選手個人がしっかりと結果を出して、出雲駅伝では優勝という形で実力を証明できた。全日本大学駅伝では優勝を意識しすぎて7位という結果に終わってしまいましたが、チームとして良い部分、悪い部分の両方が出たことで、箱根には良い状態で臨むことができると思っています」
最終区間での劇的な逆転で初優勝を飾った出雲駅伝。その後行われた全日本大学駅伝では、前日にエントリーを変更するという「奇襲」に出たが、結果としてこれが裏目に出てしまった。
「他大学さんのエントリーを見て急遽変更を決断したのですが、こちらが奇襲をかけたというより逆に奇襲を受けるような形になってしまいました。もちろん選手たちには『直前の変更もあるよ』とは伝えていましたが、それまで準備もしていましたし、突然の変更で精神的な揺れが出てしまったのも事実。能力というよりメンタルの問題なので、そこは我々指導者がしっかりと選手の特性を見極めなければいけなかったな、と反省しています」
三大駅伝の総決算となる箱根駅伝を前に、天国と地獄、両方を味わったともいえる。ただ、その経験は確実に箱根に生きる。
「私たち指導者も選手も、『箱根』のことだけを考えたら結果としてよかったのかなと割り切れています。全日本でも良い結果が出ていたら、もしかしたらどこか気持ちに緩みが生まれてしまったかもしれない。もちろん、そんなことで気が緩むような選手たちではありませんが、こればかりは分からないじゃないですか。その意味では全日本で負けたことでより一層気持ちが締まった。『そう簡単じゃないぞ』とチーム全員があらためて感じることができました」
(写真提供=國學院大學)
目標の「往路優勝、総合3位」へ、その戦略は?
チームの目標でもある「往路優勝、総合3位」は前回大会、主将の土方英和がレース直後のあいさつで言い切った言葉だ。
「『今年の目標は選手たちが自分で決めた』と言われますが、少しだけ事実と違う部分もあります。私自身、土方には往路優勝、総合3位という数字は事前に伝えていました。『俺は、そのくらいやれると思う』と。ただ、まさかレース直後に皆さんの前で言うとは思いませんでしたね(笑)。正直、周囲の人もメディアも『え?』と思ったはずです。ただ、あれから1年がたって、その目標が今は現実的なものになってきているのも確かです」
5月の関東インカレ(2部)では浦野雄平が5000m、10000mでともに日本人トップ。ハーフマラソンでは土方英和が優勝と、結果を残した。
「エース二人はもちろん、それ以外の選手も着実に力をつけています。大学トップの選手がチームの中にいることで、いろいろな刺激を受けているはずですし、自分たちでもやれるという自信にもつながる。チーム内に良い循環が生まれています」
前回、往路3位を記録したメンバー5人全員がチームに残っているというのも大きい。
「経験がある選手が全員残っているのはチームにとって大きなアドバンテージになると思います。前回の上位2校(東洋大、東海大)からはメンバーも抜けています。もちろん、ロボットではないので前回の5人をそのまま往路に起用したとしても、同じ走り、同じ結果が出るわけではない。それでも、選手個々がこの1年でしっかりと結果を出して力をつけた。前回3位のメンバーが力を上積みしたことで『往路優勝』という目標を、自信をもって口に出すことができるようになりました」
往路優勝、最大のカギはどこか――。そんな質問を前田監督にぶつけると、間髪入れずにこんな回答が返ってきた。
「5区ですね。うちには前回区間賞、区間新記録を出した浦野がいます。山登りの5区は往路の最終区間。他校とのタイム差がもっとも開く区間でもあります。そこに浦野がいるのは、他校からすればプレッシャーになるはず。4区までである程度差をつけなければいけないという気にさせられるし、そうなるとレースのプランも大きく変わってきます。うちとしてはそこをうまく突きたいですね。箱根のエントリーは当日まで変更可能ですが、5区の浦野については早い段階からメディアも含めて公表しています。箱根は情報戦でもあるので、そのあたりの戦略も大切になってきます」
5区を走ることが濃厚な浦野雄平は、大学トップクラスのランナーであると同時に、前回大会で5区を制した山のスペシャリストでもある。箱根駅伝では何年かに一度「山の神」と呼ばれる選手が生まれるが、浦野はその称号に最も近い選手の一人だ。
「ただ、そこはあまり意識しないようにと考えています。浦野自身、大学卒業後は平地で世界に出ていきたいという目標を持っている。だから本人とも『山の神にはならなくていいよな』と話しています。とはいえ、走る以上は今後誰にも抜かれないようなタイムを出したいねと。今回は事前にしっかりと準備もしているし、9月から『山仕様』に仕上げているので、タイム的にも間違いなく昨年を上回ってくるとは思います。ただ、それもコンディション次第。例えば強い向かい風が吹いたら記録なんてまず狙えない。天候面もそうです。記録を狙うのは、あくまでも条件が整った場合。むしろ重要なのは他選手とのタイム差だったり、順位だったり、そういう部分だと思っています」
前田監督が往路優勝の最大のカギとして挙げる、5区の浦野雄平(写真=KyodoNews)
「2カ年計画」のピークで臨む箱根、結果はいかに?
今年の國學院大には、間違いなく往路優勝を狙えるメンバーが揃っている。実力のある浦野を5区に配置できるのも、各大学のエースが集う2区や5区への「繋ぎ」となる4区まで、高いレベルで実力が拮抗した選手が揃っているからこそ。とはいえ、まだまだ「総合優勝」を目標に掲げるほどの選手層はない、というのが前田監督の自己分析だ。
「近年の箱根駅伝はこれまで『復路のエース区間』と言われていた9区ではなく、7~8区にエースを配置するのがトレンドとなっています。山下りの6区は特殊区間をうまく繋いで、そこから7~8区で一気に勝負を決める。9~10区はピクニックランという言葉があるほど、とにかくしっかりと走ってくれればそれでいい。先手必勝じゃないですけど、勝負の仕掛けどころが年々早まっている印象が強いですね。今回も、特に優勝を狙ってくるような大学は間違いなく7~8区に力のある選手を起用してくるはずです。その意味ではうちも、前回と比べれば間違いなく力のある選手が揃ってきた。理想は往路で優勝して、6区でしっかりとリードを保ち、7~8区でも他校としっかりと勝負できるような布陣を考えています。今回は5強といわれていますが、そのうち2校には勝ちたいなと。ただ、それでもやはり全体の層を見るとまだまだ『総合優勝』を口に出せるほどの厚みはない。それは、これから数年間の課題でもあります」
目標は、高すぎても低すぎてもいけない。その意味で今回の「往路優勝、総合3位」という目標設定は國學院大の実力を端的に表しているといえる。
「大学駅伝を勝ち切るためには、数年単位での計画が必要です。今年のチームは昨年からの2年計画でピークを持ってきた。三大駅伝といいますが、その中でもやはり箱根の存在感は規格外です。出雲、全日本の結果が、箱根次第で吹っ飛んでしまう。出雲駅伝の優勝は大学としては快挙ですが、だからこそ箱根でもしっかりと爪痕を残したい。令和初の出雲で優勝して、令和初の箱根で往路優勝。それを成し遂げることができれば、今年だけでなく國學院大學陸上競技部の未来にも、大きな影響があるはずです」
この数年間でめきめきと力をつけてきた國學院大。前田監督が「2年計画」で強化を続けたその結果が2日間にわたる箱根駅伝で結実する。「爪痕を残したい」と語る指揮官の思いは、箱根路に届くのか――。
運命の号砲は、2020年1月2日、東京・大手町で鳴らされる。
<了>
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PROLILE
前田康弘(まえだ・やすひろ)
1978年2月17日生まれ。市立船橋高校卒業後、駒澤大学陸上競技部に所属。1998、99年度全日本大学駅伝で2連覇、2000年度箱根駅伝で主将として総合優勝を果たす。卒業後、富士通へ入社。2007年國學院大學陸上競技部コーチに就任、2009年より監督に昇格。2018年度箱根駅伝で同大学史上最高成績の総合7位(往路3位)、2019年度出雲駅伝では同校史上初となる優勝を成し遂げた。
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