崖っぷちの中国男子卓球「最後の砦」梁靖崑。“逆転の王”が世界トップで戦い続けられる理由
中国男子卓球に異変が起きている。WTT USスマッシュ2026では中国勢がベスト8を前に姿を消し、日本の松島輝空が優勝。欧州勢も勢いを増し、「中国一強」の時代に終わりが見え始めた。そんな中、ただ一人、世界へ強烈な存在感を示した男がいる。29歳の梁靖崑。中国で“逆転の王”と呼ばれるベテランは、なぜ今なお世界の頂点で戦い続けられるのか。その強さを、世界卓球でのアレクシス・ルブランとの死闘から読み解く。
(文=本島修司、写真=VCG/アフロ)
大きな世代交代の波が起きない中国の男子卓球
世界最強の卓球大国の中国が男子から崩れ始めている気配がある。
先日行われたWTTUSスマッシュ2026では日本の松島輝空が優勝。そして松島以上に存在感を放っていたのはフランスのアレクシス・ルブランだった。中国勢はベスト8を前に全員が姿を消したことも話題となった。
馬龍(マ・ロン)と許昕(シュ・シン)の時代が終わり、新たに絶対的なエースの樊振東(ファン・ジェンドン)が登場。2018年に世界ランキング1位を獲得以降、世界の卓球界をリードし、2024年パリ五輪の男子シングルスで優勝。盤石と思われた中国男子だが、そのエースは今年4月に行われた世界卓球2026ロンドンを個人的な理由により辞退。いまだ復帰のメドが立たない状況だ。
次世代エースとなったのはサウスポーの王楚欽(ワン・チューチン)と林詩棟(リン・シドン)だった。しかし前述したUSスマッシュではそれぞれリン(デンマーク)とアレクシス・ルブラン(フランス)に完敗という結果になった。
ただ、本来であればそろそろ中国から下の世代の男子エース候補が登場してくる頃だ。しかし、19歳の温瑞博(ウェン・ルイボ)などの名前が上がるとはいえ、大きな世代交代の波とまでは言えない様子だ。
このまま日本男子はあっさりと打倒中国の悲願を達成するのか。それともアレクシス・ルブランを筆頭に「中陣でも強い」姿を見せている欧州卓球の時代がやってくるのか。
しかし、事はそう簡単にはいかない。現在の中国男子卓球には「最後の砦」と言える男がいる。中国の国内では、その男を“逆転の王”と名づけた。
29歳“逆転の王”、梁靖崑は何がすごいのか
梁靖崑(リャン・ジンクン)。1996年生まれの28歳。もともとジュニア時代から注目を浴びた選手だった。2013年にはアジアジュニアで優勝を飾ってその名が知れ渡るようになる。2015年には18歳で世界選手権のシングルス代表に選ばれるなど一気に頭角を現した。
2013年頃から「大物食いができる若手の筆頭」という国内での評価も高まる一方で、ウリの一つでもある激しすぎる気性と豪快すぎるプレースタイルが出世を拒むことになる。
爆発力は時に「不発」の試合も多く披露してしまう。すると、たちまち中国の有望な若手たちの中では「伸び悩み」の烙印を押されることになる。成績が安定しなかったのだ。
それから数年、梁靖崑の名前を世界の大舞台の上位争いで聞く機会は減ってしまった。
転機となったのは2018年中国選手権。樊振東と許昕という自国のエース2人を撃破。2019年世界選手権では銅メダルを獲得。ついにその才能が大舞台で開花する。
中国の有望な若手で、こうして「伸び悩み」がクローズアップされながらも「這い上がった選手」というのはかなり珍しい。
卓球大国の中国には有望な若手が無数に存在している。その下からの突き上げを跳ねのけて再浮上できたこと。これが逆に、近年の中国人選手の中でもより一層の存在感を際立たせることになっていく。
ゲームカウント0-2から別人に。“逆転の王”の真骨頂
例えば、4月28日から5月10日にかけて行われた世界卓球2026ロンドン。
近年活躍が目覚ましい欧州勢の筆頭であるアレクシス・ルブランを捻じ伏せた準決勝のフランス戦などは、梁靖崑の良さが凝縮された試合だった。
第1ゲーム。両ハンドの打ち合いの攻防から開始。梁靖崑も得意の激しい展開なのだが、類まれな才能が目覚めつつあるフランスのルブランに中陣で軽やかに対応される。中陣からのバックハンドにまったくミスの出ないルブランが3-11で先取。
第2ゲーム。ルブランのバックハンドが絶妙にミドルを突いてくる。1-6。梁靖崑もそのバックハンドに対し、思い切ってフォアで回り込むなど“一発抜き”を狙うが、逆に空振りなどミスが目立った。1-11とこのゲームも完敗。内容と点数。この状況では、この日の梁靖崑は勝つことは厳しいように見える。
第3ゲーム。5-4となんとかリードして折り返すと、フットワークに「弾み」のようなものが生まれてきた梁靖崑。声も出る。今にも負けそうな試合とは思えない雰囲気が芽生え始める。
ルブランの深いところへ何度も何度もボールを打ち込み9-8とする。もつれこんだこのゲームはデュースへ。
この一進一退の攻防の中、梁靖崑は一本一本を丁寧に打ち、そして一打ごとになぜか笑顔を見せた。ボールを外した時まで笑顔だ。本当の意味で「中国代表として戦うことを楽しんでいる」かのようだ。それもそのはず。彼は誰よりも苦労して這い上がりこの場所にたどり着いたのだから。
12-12からは、ルブランの得意の「間合い」である中陣のバックの打ち合いでも、スピードに完璧に対応して耐え抜く攻防もあった。15-14。梁靖崑がデュースの末に大逆転勝ち。そしてここから“逆転の王”の真骨頂が放たれる。
「ここだけは落とさない」梁靖崑が勝負所で強い理由
第4ゲーム。ルブランに左右に揺さぶられながらも、必死に耐える梁靖崑。一打ごとに出るガッツポーズも、頼もしさを増してきた。ここが勝負所と読み切れている。10-6と大きくリードする。
しかし、ルブランもただでは終わらない。なんといっても近年の強いヨーロッパ男子たちの筆頭格がこのアレクシス・ルブランなのだ。激しい中陣の切り返しのラリーで食い下がりここもデュースに。
梁靖崑は、ルブランを台からさらに下げて、フォアを打ち抜く自分の「豪打」を最も生かしやすい作戦を取る。そのまま勢いに乗り12-10で勝ち切った。ここでもまた絶対取るべきポイントを押さえた試合ぶりで、デュースにもつれこみながらの逆転勝ちだ。
第5ゲーム。今度は逆に、ゆるめのループをルブランのバックに落とす梁靖崑。豪打が持ち味なだけに、ルブランも驚いたような仕草を見せて試合開始。
このあたりようやく追いついた試合であっても「恐いものなし」という雰囲気を感じる。そしてこのボールが最後の最後まで効いた。
中盤では、このボールに回転量を強めて出し7-2。小さなストップも決め細やかに決めると、8-2。
勢いそのままに11-2で勝利。絶叫と、大きな体を弾ませてガッツポーズはまさに頼れる“逆転の王”だ。
序盤の劣勢がまるでうそのような圧勝を決めて、この試合を制してしまった。
そして梁靖崑は、ルブランに自ら握手を求めていった。あの絶叫の姿からは想像できないリスペクト精神まで垣間見られた。
会場のボルテージも最高潮となったこの試合はまさに「逆境の中で捻じ伏せた」という表現が似合う。そして誰もが感じたのは「追い詰められた状況」や「フルゲームになった時」の梁靖崑の強さだ。
「下から這い上がった者」だけが持つハングリーさ
下から這い上がってきた選手は、謙虚でプライドが高くない。それが選手寿命を長くするのではないか。
梁靖崑は現在29歳。世界のトップクラスの卓球選手としてはそろそろベテランの域に入る年齢だ。しかし、中国の男子を引っ張る存在になっているのは、「間違いなく気持ちの強さの持続」にある。
試合の中で「もう今日はダメかもしれない」という場面でこそ強さを増していく。2025年には腰と膝の故障もあった。そのすべてを乗り越えてきた。だからこそ決して諦めることのないハングリーさと強靭なメンタルを身につけた。ルブランとの試合ではそれを如実に体現していた。
張本智和や松島輝空など、日本の男子たちは前陣で速い打点でスピードとパワーを爆発させる中国卓球に真正面からぶつかってきた。似ているスタイルとも言える。
それに対しアレクシス・ルブランを筆頭とした欧州男子は、1990年代に中国を封じ込めていた中陣・後陣でのラリーに持ち込むスタイルを蘇らせた。令和の新しい形として徹底抗戦の構えだ。
そんな世界の動きに対し、中国側の“アンサー”はどうか。
今、中国からは、中国が突き詰めてきた「超」のつくような攻撃卓球を絶対に崩さないという意思を感じる。
一番大事なポイントでパワードライブをうまく爆発させている梁靖崑という存在はその象徴ではないだろうか。
中国陥落を狙う世界の猛者たちに、“這い上がった者”の強みを持つ梁靖崑の獣のような呴哮が鳴り響く———。
世界は中国攻略の方法を見つけ始めた。しかし、中国にはその攻略法に真正面から応えようとしている「最後の砦」がいる。逆境を知り、這い上がってきた梁靖崑の存在は、単なるベテランではない。中国卓球がなお世界の頂点を譲らないという意思、そのものなのである。
<了>
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