スポーツは「目で観る」→「耳で聴く」時代? Apple、Spotifyが挑む新メディア戦略
スポーツとファンをつなぐメディアといえば、中継を行うテレビやOTTなどの映像配信、雑誌や新聞、Webなどの活字媒体など、主に「目で観る」メディアがある。目を使わずに「耳」で楽しむものとして、ラジオをたしなむ人も多いだろう。
実は今、音声メディアがスポーツ界に新風を巻き起こしている。世界中にユーザーを持つ音楽配信サービスのSpotifyやApple Musicがスポーツ界に本格的に進出を始めているのだ。「耳で聴く」スポーツの楽しみ方、その新しいメディア戦略とは――?
(文=川内イオ、写真=Getty Images)
総ユーザー数2億7100万人のSpotifyがスポーツ事業に注力
スポーツを「音声で聴く」といえば、ラジオというイメージが強い。しかし最近は、いくつかのメディアがスポーツ業界と手を組んで、新しい「聴く楽しみ」を提案している。
その筆頭は、スウェーデン発の音楽ストリーミングサービス「Spotify(スポティファイ)」だ。総ユーザー数2億7100万人、有料ユーザー数1億2400万人に達し、4億7400万ユーロ(約573億円)の収益をあげている同社は、スポーツに関係する配信に力を入れている。
昨年8月には、スポーツメーカーのプーマとコラボレーション。新作スパイクコレクション「アンセムパック」の発売に合わせて、プーマのアンバサダーを務めるアントワーヌ・グリーズマン、ルイス・スアレス(以上、FCバルセロナ)、セルヒオ・アグエロ(マンチェスター・シティ)、マリオ・バロテッリ(ブレシア)など13選手のプレイリストがスポティファイに公開された。
プレイリストには、それぞれの曲を選んだ理由や「最高のパフォーマンスを発揮できるフロー状態に入るために音楽がどう役立っているのか」「どんなものがプレーヤーにインスピレーションを与えるのか」「試合前にテンションを高める音楽トラックについて」などについて語る選手のコメントも含まれている。
1億DLのメディア買収でポッドキャスト番組制作に注力
このキャンペーンの翌月、同社はFacebookでスポーツメディアのパートナーシップ部門を率いたエイミー・ハドソン氏を雇い入れた。そして今年2月にはスポーツ番組を中心に30を超えるポッドキャスト番組を持つメディア「The Ringer」を買収した。
買収金額は明らかになっていないが、「The Ringer」は1億ダウンロードを記録している人気のポッドキャストメディアで、アメリカの一部メディアは1億ドル前後と予想している。スポティファイの最高コンテンツ責任者、ドーン・オストロフ氏は、この買収について「(同社の)グローバルスポーツ戦略を推進する」という認識を示している。
買収のポイントになっているのは、「The Ringer」の創業者、ビル・シモンズ氏だ。同氏はスポーツコラムニスト、ポッドキャスターで、2015年までスポーツ専門チャンネルのESPNに在籍しており、その時から数々の人気シリーズを生み出してきた。
同氏は「The Ringer」で自分の名前を冠したポッドキャストも配信しており、アメリカの経済誌『フォーブス』は、その番組だけで昨年、700万ドルを稼いだと推定している。
スポティファイは、「The Ringer」の買収によって、優れたコンテンツメーカーである同氏と手を組むことになる。今後、ビル・シモンズ氏、Facebook出身のエイミー・ハドソン氏と共に、オリジナルコンテンツの制作に注力していくことになるだろう。
アメリカの経済メディア『ブルームバーグ』は今年1月、スポティファイがスポーツに関するオリジナルのポッドキャスト番組を開発していると報じている。記事によると、そのうちの一つは、その日一日のスポーツニュースを伝える10分ほどの番組になるようだ。ほかにも、人気チームに焦点を当てた番組などを準備していると報じられている。
「現代のスポーツドキュメンタリーの金字塔」
契約世帯数8600万件(2018年末時点)を誇る老舗のスポーツ専門チャンネルESPNが展開するポッドキャストも人気だ。同社は35以上のオリジナルポッドキャスト番組に加えて、テレビとラジオ番組のポッドバージョンを提供しており、2019年10月から3カ月連続でダウンロード数が4000万件に達した(総ダウンロード数は不明)。
ESPNが2009年から配信している人気シリーズ「30 For 30」はニュース形式ではなく、スポーツ界の事件や話題を深堀りするドキュメンタリー。アメリカのメディア『ニューヨーク・タイムズ』のオンライン版の記事「スポーツファンのためのポッドキャスト7番組」(昨年10月配信)のなかで「現代のスポーツドキュメンタリーの金字塔」と記されている。
2018年には「30 For 30」で、ホットヨガの第一人者にしてカリスマ的人物として知られるビクラム・チョードリーに関する5部構成のシリーズを放送して、大きな話題を呼んだ。ESPNは、今年2月にも週に1回更新されるF1のオリジナルポッドキャスト番組をスタートさせており、今後もオリジナル番組に力を入れていくと予想される。
サブスクリプション(定額課金)ベースの新興メディア『The Athletic』は、なんと152のポッドキャスト番組を有している。こちらは主にサッカー、バスケットボール、野球、ホッケーの各プロクラブに焦点を絞って放送しているほか、プロアスリートが引退した後の精神的および肉体的葛藤をテーマにしたオリジナル番組「The Next Chapter With Prim Siripipat」なども配信している。
事業は好調で、これまでに1億4000万ドルの資金を調達しており、今年から来年にかけて、さらに50の新番組を立ち上げるとしている。実現すれば、合計番組が200を超えるスポーツポッドキャストメディアになる。
NBAと提携するアップルミュージックの狙い
6000万人以上の有料ユーザーを抱えるApple Music(アップルミュージック)は今年1月、NBAとのパートナーシップ契約を発表した。この契約によって、アップルはNBAに対して特別にキュレーションされたアップルミュージックのプレイリスト「Base:Line」を提供し、NBAはウェブサイト、ソーシャルメディアチャンネルなどで配信されるNBAのハイライトで「Base:Line」に収録されている楽曲を使用する。
40曲収録されている「Base:Line」のリストは、独立系音楽レーベルUnitedMastersがプロデュースする新進気鋭のアーティストをフィーチャーしており、毎週更新される。
アップルは、今回のNBAとのパートナーシップによって、NBAのファンのなかから新しい有料会員の獲得を目指す狙いがある。NBA側にとっても、アーティストのコアなファンがNBAのハイライトを見ることで、若年層のファンの開拓につながるメリットがある。
ここに挙げただけでも、スポーツに関する話題を「聴く」市場が大きく拡大していることがわかるだろう。各メディアがしのぎを削るなかで、どんなユニークな番組が登場するのか、目、ではなく、耳が離せない。
<了>
なぜ「ピンク厚底シューズ」は好記録を連発するのか? 走りの専門家が解説するメカニズム
新国立は「時代遅れ」になる? カギとなる「街と一体化」は欧州最新スタジアムでも
高校野球・公立が強豪私学に勝つ方法。米子東・紙本庸由の「監督は経営者」なる仕組み作り
なぜ早明戦は5万人を超えたのか?世界の名将ロビー・ディーンズが語る「日本ラグビーの進化」
FacebookからTikTokまで! 最新デジタル戦略で描く、NFL「3兆円」時代へのシナリオ
Amazon、Twitter、Facebook…巨大IT企業が次々とスポーツ界に参入する理由とは?
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「個を育てる」をどう実現するのか? イブラヒモビッチを育てたマルメの現場に見る育成の本質
2026.11.02Training -
「プロなんて全然考えてなかった」常松広太郎はなぜ慶應からカブスへ? 異色の挑戦を生んだ原点
2026.11.02Career -
「カットマンは5番手に置け」橋本帆乃香が中国撃破で示した、卓球の定石
2026.11.02Opinion -
ハリー・ケインはイングランド代表史上最高の選手か? バロンドール受賞でも残る「無冠」の壁
2026.10.29Career -
引退を告げた妻の涙に秘められたもの。川崎F・小林悠を支えた家族の絆と最後の戦い
2026.10.26Career -
小杉啓太がフランクフルトで抱く危機感。昨季は公式戦出場ゼロ、今季は定位置確保も「改善が必要」
2026.10.26Career -
なぜマンチェスター・シティ「2季の2部生活」が浮上したのか? 英国で広がる厳罰論の背景
2026.10.23Opinion -
批判と低迷から始まったエディー体制の現在地。ラグビーW杯まで1年、日本代表に起きている変化
2026.10.23Opinion -
「小学生の全国大会が一つしかない」Fリーグ引退・森岡薫、GM転身で目指すフットサル界の改革
2026.10.22Career -
世界3位ドイツ戦で見えた、なでしこジャパンの変化。新体制で増えた選択肢と残された課題
2026.10.14Opinion -
世界1位・松島輝空も安全圏ではない。卓球で相次ぐ大番狂わせ、101位が中国女王を破った背景
2026.10.13Opinion -
「自信を失った経験がない」瀬古歩夢、4戦連続先発で示した成長。森保ジャパンで高まる存在感
2026.10.09Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
メッシも快適にプレー? 空調完備「アトランタ・スタジアム」。世界が注目する“官民共同”の運営モデルとは
2026.07.16Technology -
新スタジアムは「県が建てるか、民間か」の二択ではない。岡山が示す“共創型まちづくり”の現在地
2026.05.28Technology -
女性アスリートの「見えにくい情報」をどう扱うべきか。 月経をめぐる理解と支援の現在地
2026.05.18Technology -
ケガ予防はデータでどこまで可能になるのか? ONE TAP SPORTSが可視化した「休ませる判断」の根拠
2026.05.15Technology -
データはスポーツ現場の判断をどう変えたのか。71競技・1700以上のチームに広がる“共通言語”
2026.05.14Technology -
スタジアムは「建てるか否か」ではない。岡山で始動した「地域の未来設計」という新しい議論
2026.04.30Technology -
野球界の腰を支える革新的技術がサッカーの常識を変える。インナー型サポーターで「適度な圧迫」の新発想
2026.03.02Technology -
“完成させない”MLSスタジアムが見せる、日本が学ぶべき新たな視点。「都市装置」としての最前線
2025.10.15Technology -
港に浮かぶアリーナが創造する未来都市。ジーライオンアリーナ神戸が描く「まちづくり」の新潮流
2025.08.04Technology -
福岡ソフトバンクホークスがNPB初の挑戦。ジュニアチームのデータ計測から見えた日本野球発展のさらなる可能性
2025.07.09Technology -
いわきFCの新スタジアムは「ラボ」? スポーツで地域の価値創造を促す新たな仕組み
2025.04.03Technology -
なぜザルツブルクから特別な若手選手が世界へ羽ばたくのか? ハーランドとのプレー比較が可能な育成環境とは
2024.11.26Technology
