
札幌・菅大輝は『松山光』に育まれた 野々村社長が語る“生え抜き”初選出の意義
何をもって“生え抜き”とするかにはさまざまな見方があるが、地元生まれ、地元育ちの“フランチャイズ・プレーヤー”の活躍は、クラブにとって、サポーターにとって格別だ。コパ・アメリカを戦う日本代表に選出された北海道コンサドーレ札幌の菅大輝は小樽生まれ、札幌の下部組織育ちという生粋の道産子。コパでの試合出場はなかったが、チーム在籍の生え抜きである菅のA代表初選出の意味、意義について札幌の野々村芳和社長に聞いた。
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、写真=Getty Images)
札幌“生え抜き”として初めての日本代表選出
クラブのレジェンド・吉原宏太、鈴木武蔵に続いて日本代表に選出された20歳のMF菅大輝は、クラブ待望の生え抜きのA代表選手だ。
「北海道コンサドーレ札幌として本当にうれしいこと」
2013年に株式会社北海道フットボールクラブ(現・株式会社コンサドーレ)代表取締役社長に就任し、クラブ改革に邁進してきた野々村芳和社長は、菅のA代表選出の価値はクラブにとって特別なものだと語る。
「彼のような選手が下部組織から育ってきて、トップチームで活躍してそのまま日本代表にいける環境ができた。これはトップチームのレベルが上がってきたということでもある。菅のA代表選出はクラブにとっても本当にうれしい出来事」
下部組織育ちの選手がトップ昇格を果たし、移籍することなくそこで活躍する。Jクラブにとって理想的な育成の姿だが、現実はそう簡単ではない。北海道コンサドーレ札幌では、選手育成に特に力を入れてきた経緯がある。その育成プランは徐々に実を結びつつある。
「菅選手に限らず、選手育成はもう10年スパンの仕事です。今回の結果はその一つの成果ですよね」
キャプテン翼との連動企画“松山光プロジェクト”の成果
実際、野々村社長就任後の札幌は、大物選手、外国人選手の獲得よりも、自前の選手育成に重きを置いてきた。その象徴ともいえるのが、2014年に札幌に鳴り物入りで入団した“ヴァーチャル・プレーヤー”松山光とその名を冠した若手発掘プロジェクトだ。
『キャプテン翼』の人気キャラクター、“北海の荒鷲(ワイルドイーグル)”こと松山光が実在のJクラブ、北海道コンサドーレ札幌に“加入”したのが2014年1月のこと。ヴァーチャルとはいえ、北海道出身という設定の松山の加入は、Jの歴史から見れば後発といえる札幌にとってはインパクトのある出来事だった。
「松山光みたいな選手を出したい。そこでいうと、松山君とまではいかなくても、菅選手が一つの成果なんですよね。札幌はなかなか前の方のクリエイティブな選手が出てこない。後ろの方に良い選手が多いけれど、これもまだ代表には届いていない」
札幌が実施する“松山光プロジェクト”は、「松山光入団」の2014年からスタートした。各種特典と引き換えに育成・強化支援金を募るプロジェクトだ。
プロジェクト発足当初は間近に迫った2016年リオデジャネイロオリンピック、2020年の東京オリンピックで活躍する選手の育成を掲げていたが、2020年世代を見据えた選手選考で菅が選ばれたことで、このプロジェクトの一定の成果を得たことになる。
「札幌のトップチーム自体が、Jリーグの中でもっと攻撃的に、クリエイティブにプレーすることで、いまのユース世代、もっと下の世代が『あんなふうになりたい』と思ってくれるようになる。自分たちも菅選手みたいに代表選手になりたい、なれると思えるモデルケースになる。それがやっぱり理想ですよね。菅選手がコパのメンバーに選出されたのを見てそう思った5,6歳の選手がいたとしても、彼らが活躍するにはまだまだ10年以上の月日がかかる。そういう意味では、松山光プロジェクトもそうですけど、育成・強化は継続ですよね」
左サイドを主戦場とする菅は、MF、WB、SBをこなすユーティリティプレーヤー。ジュニア時代から札幌で育った彼は間違いなく松山光プロジェクトの有形無形の恩恵を受けて育った選手だ。その菅が、トップ昇格から時を置かずして札幌には欠かせない貴重な戦力になり、Jでの活躍が認められて東京オリンピックを見据えたメンバー、しかもフル代表に名を連ねた。この事実はJクラブの育成施策、一貫した指導方針の重要性を証明している。
継続だけが未来につながる力になる 札幌の育成を占う大きな一歩
「2014年から毎年。本当に欠かさずやって、松山光レベルに達していないかもしれないけど、菅大輝は生まれてきた。札幌に良い選手が生まれてくる土壌、自前で代表選手を輩出する可能性は上がっているかなと思っています。J1のトップレベルとの比較でいうと、残念ながら資金面でまだ目に見える差がある。うちのようなクラブは下部組織から良い選手が上がってくる循環をつくることも並行してやっていかなければいけないこと」
「菅のフル代表選出はいろんな人を勇気づけた」と語る野々村社長の菅評はどうなのか? そのパーソナリティ、特長について水を向けた。
「本当に小さい頃から見ているけど、けっこう野生児っぽい感じ。小学生の頃から地元の小樽の海に潜って、魚を獲ったり貝を獲ったり。最近の日本の子どもには珍しいんだけど、そういうことを普通にできちゃう。イマドキの子だと思うと希少価値はありますよね。プレーについては野性的な本能でやっている感じはある。そこも良さではあるけど、もう少し判断力、思考力を磨いていったら、すごい選手になれる」
球団社長とはいえ、野々村社長はJの現場を体感しているJリーガー出身の経営者。選手にかける声も重みが違う。
「サッカーの細かいことにはあまり口出ししないけど、『最近お前やれてんの?』みたいなアプローチは割としますね。菅選手の場合は『もっとやれるだろう』というポテンシャルに対するパフォーマンスの期待値のズレみたいなのは結構あったんです。でも、代表に選ばれた次のゲームは、やっぱりちょっと違ったんですよ。外から見ているこちらからすると、思い切ってやれていたかなと。これがいいきっかけになる可能性は大いにあると思っています」
初戦、チリに大敗後は、ウルグアイ、エクアドルと引き分けた日本代表。ベンチから同世代の活躍を見つめた菅は何を感じたのか? 東京2020を目指す自身にとって、そしてなにより育成・強化にクラブの未来の可能性を託す北海道コンサドーレ札幌とって、このコパ・アメリカが新たなスタートになる。
<了>
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「最後の最後で這い上がれるのが自分の強み」鎌田大地が批判、降格危機を乗り越え手にした戴冠
2025.05.19Opinion -
「ヨハン・クライフ賞」候補! なでしこジャパン最年少DF古賀塔子“世界基準”への進化
2025.05.19Career -
ステップアップ移籍が取り沙汰される板倉滉の価値とは? ボルシアMG、日本代表で主力を担い攻守で輝くリーダーの背景
2025.05.17Career -
J1のピッチに響いた兄弟のハイタッチ。東京V・福田湧矢×湘南・翔生、初の直接対決に刻んだ想いと絆
2025.05.16Career -
レスリング鏡優翔が“カワイイ”に込めた想い。我が道を歩む努力と覚悟「私は普通にナルシスト」
2025.05.16Career -
なぜリバプールは“クロップ後”でも優勝できたのか? スロット体制で手にした「誰も予想しなかった」最上の結末
2025.05.14Opinion -
「ケガが何かを教えてくれた」鏡優翔が振り返る、更衣室で涙した3カ月後に手にした栄冠への軌跡
2025.05.14Career -
「家族であり、世界一のライバル」ノルディックコンバインド双子の新星・葛西ツインズの原点
2025.05.08Career -
Fビレッジで実現するスポーツ・地域・スタートアップの「共創エコシステム」。HFX始動、北海道ボールパークの挑戦
2025.05.07Business -
双子で初の表彰台へ。葛西優奈&春香が語る飛躍のシーズン「最後までわからない」ノルディックコンバインドの魅力
2025.05.07Career -
ラグビー日本人選手は海を渡るべきか? “海外組”になって得られる最大のメリットとは
2025.05.07Opinion -
なぜ北九州市は「アーバンスポーツの聖地化」を目指すのか? スケートボードとの共存で切り拓く地域再生プロジェクト
2025.04.30Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
「週4でお酒を飲んでます」ボディメイクのプロ・鳥巣愛佳が明かす“我慢しない”減量メソッド
2025.04.21Training -
減量中も1日2500キロカロリー!? ボディメイクトレーナー・鳥巣愛佳が実践する“食べて痩せる”ダイエット法
2025.04.18Training -
痩せるために有酸素運動は非効率? 元競技エアロビック日本代表・鳥巣愛佳が語る逆転の体づくり
2025.04.16Training -
躍進する東京ヴェルディユース「5年計画」と「プロになる条件」。11年ぶりプレミア復帰の背景
2025.04.04Training -
育成年代で飛び級したら神童というわけではない。ドイツサッカー界の専門家が語る「飛び級のメリットとデメリット」
2025.04.04Training -
専門家が語る「サッカーZ世代の育成方法」。育成の雄フライブルクが実践する若い世代への独自のアプローチ
2025.04.02Training -
海外で活躍する日本代表選手の食事事情。堂安律が専任シェフを雇う理由。長谷部誠が心掛けた「バランス力」とは?
2025.03.31Training -
「ドイツ最高峰の育成クラブ」が評価され続ける3つの理由。フライブルクの時代に即した取り組みの成果
2025.03.28Training -
Jクラブ最注目・筑波大を進化させる中西メソッドとは? 言語化、自動化、再現性…日本サッカーを強くするキーワード
2025.03.03Training -
久保建英の“ドライブ”を進化させた中西哲生のメソッド。FWからGKまで「全選手がうまくなれる」究極の論理の正体
2025.03.03Training -
三笘薫、プレースタイル変化させ手にした2つの武器。「結果を出すことで日本人の価値も上がる」
2025.02.21Training -
錦織圭と国枝慎吾が描くジュニア育成の未来図。日本テニス界のレジェンドが伝授した強さの真髄とは?
2024.12.29Training