
ドイツ6部のアマチュアクラブとミズノがコミットした理由。岡崎慎司との絆が繋いだ新たな歴史への挑戦
創業118年の日本を代表する老舗スポーツブランドであるミズノと、欧州各国を渡り歩いてプレミアリーグでは優勝も経験した岡崎慎司とは深いつながりと絆がある。そのうえで、岡崎が監督を務めるドイツ6部のFCバサラマインツのオリジナルユニフォームをミズノが手掛けることはビジネス的なメリットも大きいという。ミズノヨーロッパのアパレルプロダクト・プランニングマネージャーを務める中田将文が語る、ミズノの新たな挑戦とは?
(文=中野吉之伴、トップ写真提供=FCバサラマインツ、本文写真提供=中田将文)
岡崎慎司の現役引退、監督就任を経て届いた打診
イタリア・セリエAのラツィオ、ドイツ・ブンデスリーガのボーフムとアウクスブルクといった欧州トップサッカーリーグのクラブとのパートナーシップを手にした日本の老舗スポーツメーカーであるミズノ。
欧州サッカービジネスの中に飛び込むことに成功したミズノがいま新しく仕掛けているのが、「チームアパレルビジネス」だという。そのきっかけとなるのが、2023-24シーズン限りで現役プロ選手を引退した元日本代表FW岡崎慎司が監督を務めるFCバサラマインツとのジョイントだ。
ミズノヨーロッパのアパレルプロダクト・プランニングマネージャーを務める中田将文は岡崎と以前から親交があったという。同じ年齢、そして中田も勤務先のドイツでずっとサッカーをしてきて、共通の知り合いもいたという背景もあり打ち解けあっていた。実は岡崎のレスター移籍時にはビザ問題でイングランド入国に時間がかかった際、当時中田がプレーしていたミュンヘンにあるアマチュアサッカークラブのグラウンドを岡崎のトレーニング用に抑えたというやりとりもあったという。
そんな岡崎が現役引退後にバサラマインツで監督に就任し、ちょうどクラブ創立10周年というタイミングもあり、「2024-25シーズンにミズノさんでぜひ新ユニフォームを制作したいです」という打診が舞い込んでくる。ほかならぬ岡崎からの頼みとはいえ、アマチュアクラブ用にオリジナルユニフォームを作成するというのはほかに例のない話ではある。なぜミズノヨーロッパはこの打診を受けたのだろう?
「チームアパレルビジネス」との掛け算
「まずわれわれとしてはビジネス面で考えたときに、岡崎さんのビジョンが本当に将来的にうまく軌道に乗って動き出すのであれば、いろいろと協力させていただけることがあるかもしれないし、ウィンウィンの関係を築ける可能性も大いにあります。それにスポーツで社会貢献するという大義も非常に重要視しています」
加えてミズノヨーロッパが柱として考えている取り組みの一つが「チームアパレル」だ。プロクラブではなく、一般カテゴリーのあらゆる種目の、あらゆるクラブにユニフォームや移動用のスウェットを販売するビジネスが、この10年で実に売り上げが20倍ぐらいになってきているのだという。
「ものすごく成長著しいんですよ。欧州内の工場でオリジナルユニフォームをクイックに作成できる仕組みが整ったり、欧州内に倉庫を持って、そこで在庫している商品をクイックにデリバリーできるようになっています。この両輪が整ってきたので、それに付随してビジネスは少しずつステップアップできています。
ラツィオ、ボーフム、アウクスブルクを初めとするヨーロッパのトップクラブでのブランド露出によるシャワー効果に、ドイツ6部で奮闘するバサラマインツの一般カテゴリーにおけるアプローチによるボトムアップ方向での波及効果が期待できるのではないか、と。
この両輪をいまの整ったわれわれのチームアパレルビジネスに掛け算することで、もっともっと伸ばしていきたいという思いがあります」
エモーションを大きく揺さぶった岡崎慎司の熱い言葉
企業としてロジックの部分でビジネス的なメリットや将来への見通しを精査したうえで、その先に見える景色に可能性を感じたからこそ、ゴーサインが出たというのが背景にある。ただ中田も、そして岡崎から話を直接受けたミズノ本体の執行役員であり、ミズノヨーロッパの社長でもある岡本充博も、込み上げる思いをクールに抑え込もうとするのに必死だったのかもしれない。
「岡崎さんからは今後の壮大なビジョンと具体的な事業計画をプレゼンしていただきました。その時点では『一旦持ち帰らせていただきます』という感じだったんですけども、実は社長の中ではもう気持ちは決まっていたんです。『最高のユニフォームを作って、絶対に岡崎さんにご提供する!』と」
岡崎は2005年から実に20年近くミズノブランドのオフィシャルアンバサダーとして、サッカー用品に関する改良や開発に対するアドバイスのほか、ミズノ商品全般の宣伝・広報活動にも精力的に協力してきている。欧州に戦いの場を移してからも、ピッチ上での戦いぶりだけではなく、さまざまな場面でその価値を向上させ、広めてきた。そのことへの感謝、さらに日本人として厳しい世界の舞台でここまで戦ってきたことへのリスペクトがあるのは間違いない。
だが、岡本や中田のエモーションを大きく揺さぶったのは、いまも忘れられない岡崎からの熱い言葉があったからだ。時は9年前のドイツ・ミュンヘン。当時のミズノヨーロッパのオフィスへ直接あいさつに来た岡崎は、これから始まるプレミアリーグでの戦いを前にこんな言葉を残していたという。
「岡崎さんはあの時、『日本人の誇りを持って、世界の舞台で挑戦しています。一歩ずつこれからも上がっていきます』と話されたんですが、さらに加えて、『きっとミズノさんも同じ思いだと感じています。だからこれからも同じベクトルでサポートお願いします』って、僕らに本当にまっすぐなメッセージをくれました。感動しました。社長はこの9年間ずっとそれを覚えていたんです。もちろん、私もです」
企業として一度は持ち帰り、落ち着いて精査をするのは当然のこと。ビジネスサイドからのロジックの構築は必須。だが、そんな男気に応えたいという純粋な思いがとどまることなくあふれ出たことだろう。
人と人の絆が作り出す無尽蔵の力が新たな歴史を作り出す
ユニフォーム作成が決まったあと、ミズノヨーロッパはユニフォームのリマインダー化に取り組んだ。岡崎がイメージする将来像、ゴールを深いところで理解できるまでコミュニケーションを積み重ねた。
「目指すゴールやミッションを細部までデザインに落とし込むことができれば、選手やクラブ関係者がこのユニフォームを見るたびに『そうだ。自分たちのミッションはこれだったんだ!』と思い出せる機能を持たせられるのではないかと思ったんです」
“世界への道を切り開き、可能性を解き放つ”というクラブのミッションを表現するために、「強さ」と「自由」という2つのコンセプトで今回のデザインに落とし込んだ。そして厳選した3案の中で、バサラの語源がダイヤモンドというところから着想を得たデザインが採用された。
「岡崎さんは『過去の経験だけで話をする人間にはなりたくない』って常々話されています。いつだって『最前線で自分が戦う』というスタイルなんですよね。そんな“最前線で困難に耐えながら前進し続ける強さ”と“既存の枠にとらわれない自由で唯一無二の輝き”というイメージ、さらに“無限の可能性を秘めた原石”というメッセージをダイヤモンドに紐づけてデザインしたユニフォームです。ユニフォームは手段であって目的ではない。『ブランドとしてカッコいいユニフォームを作りました』で終わりにはしたくなかった。いつも寄り添って、クラブがゴールにたどり着くためにずっとサポートし続けるような機能を持たせたかったんです」
岡崎が現役最後の試合となったシントトロイデンでの試合後に「自分の中でいろいろ葛藤がありながら進んで、自分にとっての挑戦を続けてきた。“ザ・日本人のメンタリティ”を常にもって、それがあったからこそやってこれたと思っている。これからもそういうメンタリティは大事にしたいですね」と口にしていたことを思い出す。
「スポーツ、非スポーツを問わず、挑戦する人たちを応援できるように、自分たちも挑戦し続けようというのがミズノのスローガンです。同じベクトルで戦える岡崎さんと一緒に挑戦していきたい。私は、岡崎さんがさまざまなパートナーを巻き込みながら世界挑戦のプラットフォームを作っていると解釈しています。世界で活躍する人材を輩出し続ける仕組みを作っている過程で、その一つがいまバサラマインツさんの監督としての姿なのだと思います」
未知の世界だろうと、前人未到の分野だろうと、どんな難攻不落の困難にもくじけずに、むしろ闘争心を燃やす岡崎の熱さは、世界のフィールドで戦おうとするミズノにとってこれ以上ないパートナーだった。
ビジネスとはロジックだけでも、数字だけでもはない。人と人の絆が作り出す無尽蔵の力が新たな歴史を作り出すこともあるのだ。
【連載前編】なぜミズノは名門ラツィオとのパートナーシップを勝ち得たのか? 欧州で存在感を高める老舗スポーツブランドの価値とは
<了>
なぜNTTデータ関西がスポーツビジネスに参入するのか? 社会課題解決に向けて新規事業「GOATUS」立ち上げに込めた想い
ハラスメントはなぜ起きる? 欧州で「罰ゲーム」はNG? 日本のスポーツ界が抱えるリスク要因とは
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
「同じことを繰り返してる。堂安律とか田中碧とか」岡崎慎司が封印解いて語る“欧州で培った経験”の金言

この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
世界王者スペインに突きつけられた現実。熱狂のアウェーで浮き彫りになったなでしこジャパンの現在地
2025.07.01Opinion -
なぜ札幌大学は“卓球エリートが目指す場所”になったのか? 名門復活に導いた文武両道の「大学卓球の理想形」
2025.07.01Education -
長友佑都はなぜベンチ外でも必要とされるのか? 「ピッチの外には何も落ちていない」森保ジャパン支える38歳の現在地
2025.06.28Career -
“高齢県ワースト5”から未来をつくる。「O-60 モンテディオやまびこ」が仕掛ける高齢者活躍の最前線
2025.06.27Business -
「シャレン!アウォーズ」3年連続受賞。モンテディオ山形が展開する、高齢化社会への新提案
2025.06.25Business -
プロ野球「育成選手制度」課題と可能性。ラグビー協会が「強化方針」示す必要性。理想的な選手育成とは?
2025.06.20Opinion -
スポーツが「課外活動」の日本、「教育の一環」のアメリカ。NCAA名門大学でヘッドマネージャーを務めた日本人の特別な体験
2025.06.19Education -
なぜアメリカでは「稼げるスポーツ人材」が輩出され続けるのか? UCLA発・スポーツで人生を拓く“文武融合”の極意
2025.06.17Education -
「ピークを30歳に」三浦成美が“なでしこ激戦区”で示した強み。アメリカで磨いた武器と現在地
2025.06.16Career -
町野修斗「起用されない時期」経験も、ブンデスリーガ二桁得点。キール分析官が語る“忍者”躍動の裏側
2025.06.16Career -
日本代表からブンデスリーガへ。キール分析官・佐藤孝大が語る欧州サッカーのリアル「すごい選手がゴロゴロといる」
2025.06.16Opinion -
ラグビーにおけるキャプテンの重要な役割。廣瀬俊朗が語る日本代表回顧、2人の名主将が振り返る苦悩と後悔
2025.06.13Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
“高齢県ワースト5”から未来をつくる。「O-60 モンテディオやまびこ」が仕掛ける高齢者活躍の最前線
2025.06.27Business -
「シャレン!アウォーズ」3年連続受賞。モンテディオ山形が展開する、高齢化社会への新提案
2025.06.25Business -
移籍金の一部が大学に?「古橋亨梧の移籍金でも足りない」大学サッカー“連帯貢献金”の現実
2025.06.05Business -
Fビレッジで実現するスポーツ・地域・スタートアップの「共創エコシステム」。HFX始動、北海道ボールパークの挑戦
2025.05.07Business -
“プロスポーツクラブ空白県”から始まるファンの熱量を生かす経営。ヴィアティン三重の挑戦
2025.04.25Business -
なぜ東芝ブレイブルーパス東京は、試合を地方で開催するのか? ラグビー王者が興行権を販売する新たな試み
2025.03.12Business -
SVリーグ女子は「プロ」として成功できるのか? 集客・地域活動のプロが見据える多大なる可能性
2025.03.10Business -
川崎フロンターレの“成功”支えた天野春果と恋塚唯。「企業依存脱却」模索するスポーツ界で背負う新たな役割
2025.03.07Business -
Bリーグは「育成組織」と「ドラフト」を両立できるのか? 年俸1800万の新人誕生。新制度の見通しと矛盾
2025.02.28Business -
オールスター初開催SVリーグが挑んだ、クリエイティブの進化。「日本らしさの先に、“世界最高峰のリーグ”を」
2025.02.21Business -
「アスリートを応援する新たな仕組みをつくる」NTTデータ関西が変える地域とスポーツの未来
2025.02.03Business -
最多観客数更新のJリーグ、欧米女子サッカービジネスに学ぶ集客策。WEリーグが描く青写真とは?
2025.01.28Business