
下関国際の大阪桐蔭への勝利を、「甲子園の魔物」による「番狂わせ」と呼ぶべきではない理由
第104回全国高校野球選手権・準々決勝、夏の甲子園出場3度目の新興校・下関国際が、3度目の春夏連覇を狙った大阪桐蔭を破り、ベスト4進出を決めた。この結果に対し、各メディアは「波乱」「番狂わせ」と報じ、SNSでも「甲子園には魔物が棲んでいる」といったコメントが数多く見られた。だが果たして、本当にそうなのだろうか? この結果は、「魔物」の存在による「番狂わせ」だったのだろうか――?
(文=花田雪、写真=Getty Images)
日大三、智弁和歌山、横浜も……“波乱の大会”と称される今夏の甲子園
夏の甲子園は8月18日に準々決勝全4試合が行われ、仙台育英(宮城)、近江(滋賀)、下関国際(山口)、聖光学院(福島)がベスト4進出を決めた。
4校全て甲子園優勝経験がなく、宮城、滋賀、福島は県勢としても甲子園優勝未経験。山口勢も夏の甲子園は1958年の柳井を最後に優勝から遠のいており(春のセンバツ優勝も1963年の下関商のみ)、どこが勝っても“歴史に名を残す優勝”になるのは間違いない。
加えて今大会は日大三(西東京)、天理(奈良)、智弁和歌山(和歌山)、横浜(神奈川)といった複数の甲子園優勝経験を誇る“有名校”が2回戦までで姿を消したこともあり、メディアやSNSなどで“波乱の大会”と称されることも多い。
その中でも、特に“波乱”の印象を決定づけたのは、やはり準々決勝・大阪桐蔭(大阪)対下関国際の一戦だろう。
7回裏・大阪桐蔭の攻撃で窮地に陥るも、三重殺のビッグプレー
昨秋の明治神宮大会、今春のセンバツを制し、“高校三冠”を目指した絶対王者・大阪桐蔭。激戦区・大阪を大会通じてわずか1失点で制し、甲子園でも1回戦から旭川大(北北海道)、聖望学園(埼玉)、二松学舎大付(東東京)を撃破。
スコアはもちろん、それ以上に“盤石”を思わせる戦いぶりと圧倒的な選手層で勝ち上がり、誰もが“優勝候補大本命”と信じて疑わなかったはずだ。
そんな絶対王者が、高校三冠を目指す道半ばで敗れ去った――。
試合後にはSNSでも「甲子園には魔物が棲んでいる」といったコメントも多く見られた。
象徴的なシーンが、7回裏・大阪桐蔭の攻撃だ。
無死一・二塁から大阪桐蔭の7番・大前圭右のバントが小フライとなり、下関国際の投手・仲井慎がこれをキャッチすると素早く二塁→一塁へと転送。飛び出した走者は戻れず、104回の歴史を誇る夏の甲子園史上、9例目となるトリプルプレーが完成した。
ベスト4進出を懸けた大一番で、めったに見られないプレーが起きた。
結果として大阪桐蔭はその後、得点を奪えず、逆に下関国際は9回表に4番・賀谷勇斗のタイムリーで逆転に成功。その裏を抑え、初のベスト4進出を決めた。
下関国際にも「甲子園の魔物」は牙をむいていたが……
「甲子園の魔物」――。
使い古された言葉だが、筆者も過去、多くの高校野球監督、選手からその存在を聞いたことがある。
灼熱のグラウンド、普段は経験できないような大観衆、極度のプレッシャー……。その正体は定かではないが、「確かに、甲子園に魔物はいる」と。
その意味で、今回のトリプルプレーに起因する大阪桐蔭の“まさか”の敗戦を「魔物」のせいにすることはたやすいかもしれない。
ただ、果たして本当にそれだけだろうか。
そもそも「魔物」が本当に存在するとして、どちらかだけに肩入れすること自体がおかしな話ではないか。
そう考えて試合を振り返ってみると、「魔物」が牙をむいたのは決して大阪桐蔭だけでないことが分かる。
2対2の同点で迎えた5回裏、2死一・二塁の場面では大阪桐蔭の5番・海老根優大が打ち上げた打球を下関国際の賀谷がまさかの落球。大阪桐蔭に勝ち越し点を許している。
トリプルプレーの場面もそうだ。無死一・二塁となったのはその直前、無死一塁で下関国際の投手・仲井がバント処理をミスしたからだ。
魔物は、大阪桐蔭だけでなく、下関国際にも牙をむいていた。
そもそも、この試合自体が終始、大阪桐蔭ペースで進んでいた。
1回裏に大阪桐蔭が2点を先制。下関国際が粘りを見せて同点に追いつくも、その都度、大阪桐蔭が突き放す。逆転した9回表まで、下関国際はただの一度もリードを奪えていなかった。
両者に牙をむいた甲子園の魔物――。
それに最後まで屈しなかったのが、下関国際だった。
9回に逆転打を放ったのは5回裏に失策を犯し、“魔物”のえじきになりかけた賀谷だった。
野球は、陸上競技や競泳のようにタイムや飛距離を競う「競技」ではない。塁上の走者を進めて相手よりも多くの得点を奪う「ゲーム」だ。
スタメン全打者のスイングスピードや、ベンチ入りする投手の平均球速で勝敗を競ったら、今大会は大阪桐蔭がナンバーワンかもしれない。
ただ、準々決勝で行われたこの試合、下関国際は5点を奪い、大阪桐蔭相手に失点を4にとどめた。
その事実が、下関国際が大阪桐蔭より“強かった”ことを証明している。
ベスト4の顔ぶれはいずれも“優勝”にふさわしい実力を持っている
ベスト4の顔ぶれを見ても、それは明らかだ。
チームカラーも戦い方も違うが、地方大会から甲子園の準々決勝まで、全ての試合で相手より“多く”の得点を奪い、勝利してきた。
初のベスト4進出を決めた聖光学院は、1回戦で日大三、2回戦で横浜と、前述の「優勝経験校」を破る戦いを見せて今大会の“波乱”を演出しているが、その勝利は決してフロックではない。2019年まで夏の福島大会を13連覇。甲子園では長いことベスト8の壁を破れずにいたが、今春は東北大会でも優勝を飾るなど、万全の戦力で甲子園に乗り込んできた。
仙台育英も甲子園優勝こそないが全国的な強豪として名をはせ、今大会は初戦から5人の投手を起用するなど、最速140キロオーバーの投手をそろえた圧倒的な選手層を誇る。
近江も、昨夏から甲子園3季連続ベスト4と、滋賀県内はもちろん全国でもその実力をいかんなく発揮している。
圧倒的大本命の大阪桐蔭は確かに敗れた。
ただ、ここまで残った4校は全て“優勝”にふさわしい実力を持っている。
甲子園に、魔物は存在する――。夏の甲子園も残り3試合。いつ、どこで、誰に牙をむくかは分らない。
ただ、魔物に屈せず、相手校より多くの得点を奪ったチームが、この夏の頂点に立つ。その事実は変わらない。
“波乱の大会”などでは、決してない。どのチームが勝っても、“勝者”にふさわしい。
<了>
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