「僕らだけで決断していいことじゃない」現役大学生で日本代表、伊藤龍之介が向き合う“二つのチーム”
ラグビー日本代表の10番を背負い、8試合連続で先発した伊藤龍之介。明治大学4年生のスタンドオフは、世界の強豪との戦いを重ねる一方で、大学では日本一を目指す最後のシーズンを迎えている。現役大学生だからこそ直面する、“二つのチーム”との向き合い方。その決断は、本人だけに委ねられているわけではない。
(文=向風見也、写真=志賀由佳/アフロ、つのだよしお/アフロ)
現役大学生で日本代表10番まで駆け上がった伊藤龍之介
18歳で入寮した頃には想像もつかなかった。
「大学にいたらできないような経験をさせてもらえています」
2023年に世田谷区八幡山の明治大学ラグビー部の門を叩いた伊藤龍之介は、大学を卒業するより先に日本代表になった。
3年生で7季ぶり14度目の大学日本一に輝くと、最終シーズン突入に前後して23歳以下日本代表、JAPAN XV(代表予備軍)といった各カテゴリーを通過。7月4日には東京・秩父宮ラグビー場において、新設ネーションズチャンピオンシップ(NC)の初戦で正司令塔として正代表の初陣を飾った。
以後は9月19日のパシフィック・ネーションズカップ(PNC)決勝まで、8試合連続でスターターとして10番を背負った。渦中、欧州6強のイタリア代表、アイルランド代表、フランス代表、さらにはワールドカップ優勝経験国のオーストラリア代表とぶつかった。
PNCのファイナルでは爆発力のあるフィジー代表に20―15と僅差で勝利。会場の秩父宮がもともと悪天候に見舞われていたこともありミスがかさむなか、フォワード陣の優勢を白星につなげた。時折、鋭いカウンターを繰り出すなど、堂々とタクトを振るった。本人はこう振り返る。
「うーん。内心は、そんなに落ち着いてはいなかったかなと」
この日で8キャップ(代表戦出場数)目を獲得。多彩な特徴の対戦相手を知り、全体を統率することと持ち味のランを活かすことのバランスの妙を学んだ。走るプレーメーカーに必要な項目を、高次で確認している。
フィールド外でも学ぶ。ワールドカップ4度出場のリーチ マイケル、最近までフランスの名門のトゥールーズにいた齋藤直人といった、この国を代表する一流と寝食をともにし、日本代表になるとはどういうことかを実感した。
「自分自身への、プレーへの準備のレベルが本当に高い。常に自分に(矢印を向ける)。他責にしないところも、プロでした。結局、自分自身でしか(状況は)変えられない部分がたくさんある。僕も、そうするようになりました」
「自信を持ってプレーしている」大学生抜擢の象徴に
伊藤が大学1年生だった2023年、日本代表の課題は選手層の目減りと主軸の高齢化だった。
業界の潜在的なニーズに応えたのは、現ヘッドコーチ(HC)のエディー・ジョーンズである。他の候補者の実績もあり賛否が渦巻くなか2024年に約9年ぶりに日本代表HCに再び就任すると、下部組織を整備した。すべての部門で自身の唱える『超速ラグビー』というコンセプトを涵養(かんよう)しながら、正代表の陣容にも若者をそろえた。
抜擢組には大学生も含まれた。ジェイミー・ジョセフ前ヘッドコーチ時代に「アマチュアだから」と招集されづらかった頃とは扱いが変わった。
光ったのは早稲田大学4年の矢崎由高。現体制初年度に2年生にして最後尾のフルバックとしてデビューすると、持ち前のスピードと運動量を活かして計11キャップを獲得した。
今年は左プロップで、関西学院大学4年の大塚壮二郎も大舞台に出た。最前列で組み合うスクラムでも、列強を向こうに踏ん張る。
そして、目下その潮流の象徴となりつつあるのが伊藤だった。
近年のレギュラー格だった李承信がケガの治療で戦列を離れるなか、その位置へ落ち着いた風情で立つ。8月下旬に約10カ月ぶりに代表参加のスクラムハーフ・藤原忍は、学生選手の動じないさまに感銘を受ける。
「やっぱり大学生ですし、遠慮しがちなのかな……と思っていたのですが、僕が合流してからよくしゃべりかけてくれますし、ラグビーでもリードしている。やっぱり、グラウンドに立ったらそんなの関係ない。自信を持ってプレーしてくれています」

日本代表と明大。二つのシーズンが重なる苦悩
ワールドカップ・オーストラリア大会を約1年後に控え、新たな戦力が生まれた日本代表は、10月24日にフィジー代表と再戦。11月には欧州シリーズに挑む。
伊藤にとっては場数を踏む絶好機になりそうだが、この先の代表活動に挑むには検討すべき課題がある。在籍する明大のシーズンがすでに始まっていることだ。
所属先のレギュラーシーズンと代表活動期間が重なるトップ選手には、どちらのチームでプレーするかで議論が生じる。PNCに出たフィジー代表が欧州クラブ組を欠いていたのはそのためで、日本代表でも昨秋選出の矢崎は11月中旬に早大に復帰している。
一人の選手が二つのチームで動く場合、その選手を在籍させている側の意向は無視できない。それは各国のプロチームも、スポーツ推薦で選手を集め、かつそれぞれに単位を取得させなくてはならない大学も同じだ。
日本代表のナショナルチームディレクターで、伊藤と同じ明大OBでもある永友洋司はこう言葉を選ぶ。
「大学の監督には(当該の学生は)必要な選手であると要望を伝えていますが、どういう参加の仕方になるかは微妙なところです。卒業できないというのは(避けるべき)」
「僕らだけで決断していいことじゃない」
各種の取材を総合すると、伊藤は10月24日のフィジー代表戦までは桜のエンブレムを左胸につけられそうだ。以後は大学選手権2連覇を目指す明大にコミットするかもしれないのだが、諸事の話し合いが始まる前にはこう述べていた。
「監督や同期と話しながら考え中という感じです」
確かにそうだ。大人同士の話し合いを尊重するのは前提として、「同期」とも向き合う。これまで約3年半過ごしてきた仲間は自分にどうしてほしいのか。他方、自分は約3年半過ごしてきた仲間とどう付き合いたいのか。
きわめて個人的なこのすり合わせについて、明大の主将でフランカーの大川虎拓郎は誠実に応じる。
「彼に僕たちの優勝したい気持ちも伝えないといけないですし、僕たちも彼の気持ちを聞かないといけない。龍之介が後悔しないような選択を後押し……という言葉で合っているのかはわからないですけど、とにかく、彼が決断しやすいようフォローするのが4年生の役割なんじゃないかなと」
大川らは長野の菅平高原での合宿中、代表がブレイク中だった「龍之介」と話すことができた。その時期に秋以降のスケジュールについて語ったのは一部のリーダーのみだったが、「4年生は皆、同じ気持ちかなと。(全員には)聞いていないですが、すぐに(意思が)まとまるかな」と続ける。少なくとも、愛する「同期」が世界に羽ばたくことを止めようとはしない。
「彼自身がつかみ取った日本代表(の座)。彼が日本代表に必要なこともわかっています。僕らだけで決断していいことじゃない」
同調する一人は海老澤琥珀。伊藤よりも前に代表に加わったことのあるウイングは、伊藤の抜擢をわが身に置き換えながら言い切る。
「彼の意見を尊重するのが、皆の意見。皆が応援してくれたほうが気持ちいいですし、そのほうが彼もやりやすいと思います」
同期からの有形無形のエール。「この先どうなるかは…」
大川、海老澤とともに伊藤の帰りを待つナンバーエイトの藤井達哉副将は「明治は層が厚い」と言い切る。自軍が全国の俊英を集めている事実を踏まえ、どんなメンバー構成でも戦える組織としての図太さを強調する。
さらには「龍之介はどこにいってもコミットできる」と、伊藤への信頼感も口にする。「同期」が誇るエースであれば、短い時間でも明大の選手と強固なコンビネーションを築けるはずだと頷く。
さらには……。
「ジャパンは自分たちの目標でもある。そこへ行っているやつに戻ってこいというのは、ちょっと、言えないですね」
伊藤は複数いる「同期」のうち、船頭役の大川と会話をしてから晩夏の代表活動へ臨んだ。伊藤は「行きたいと思うところまでは行っていいと思うし、この先どうなるかわからないからしっかりコミュニケーションを取ってやっていこうという話はしました」と振り返り、それ以外の「同期」の有形無形のエールを想像する。
「うれしいです。応援されているぶん力を発揮して、戻ってからは明治の力になれるように……」
繰り返せば、伊藤は晩秋にはいったん八幡山の住処に帰還するのかもしれない。
大川は「いつも横でふざけていたやつが、急にどっか行っちゃったなぁ……と。(距離が)近いからこそ、すごく(自分たちと)差を感じました」と、藤井は「龍之介が戻ってきた時に『何やってん?』って言われないようにしたいです」と話し、それぞれ微笑んでいた。
<了>
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