ハリー・ケインはイングランド代表史上最高の選手か? バロンドール受賞でも残る「無冠」の壁

Career
2026.10.29

ハリー・ケインが、世界最高の選手に贈られるバロンドールを初めて手にした。2025-26シーズンはバイエルン・ミュンヘンとイングランド代表で計73得点。33歳にしてキャリアの頂点に立ったストライカーには、「イングランド代表史上最高の選手」との評価も聞かれる。一方、ワールドカップや欧州選手権のタイトルには、まだ手が届いていない。記録、万能性、そして長年にわたる貢献。ケインは本当に、イングランドの歴史で最も偉大な選手なのか。

(文=田嶋コウスケ、写真=ロイター/アフロ)

バロンドールが加えた「史上最高」の説得力

10月26日、ロンドンでバロンドールの授賞式が行われた。

例年はフランスのパリで開かれるが、創設70周年を迎えた今回は、初代受賞者スタンリー・マシューズの母国、イギリスへ舞台を移した。会場はロンドン中心部、オックスフォード・サーカス駅近くにあるロンドン・パラディアム。1910年に開場した歴史ある劇場で、ハリー・ケインが世界最高の選手に選ばれた。

「Harry Kane──」。自らの名前を呼ばれると、タキシード姿のケインは思わず両手で顔を覆った。世界最高の選手に贈られるバロンドールを手にし、壇上に立ったイングランド代表主将は、まずこう口にした。「ワオ、ワオ、ワオ……ほとんど言葉が出てきません」。普段は落ち着いた受け答えをする33歳が、感情を抑えきれずにいた。

スピーチでは、家族やチームメート、これまで指導を受けた監督やコーチに、次々と感謝を伝えた。長年、治療を支えてくれる鍼灸師にも言葉を向けた。両親について話すと声が詰まり、妻のケイティーには「僕たち、やったんだ!」と語りかけた。英紙タイムズが「ケインらしく謙虚なスピーチ」と表現した通り、自分を支えた人々と喜びを分かち合おうとしていた。

イングランドの選手としては、2001年のマイケル・オーウェン以来、25年ぶり5人目の受賞となった。スタンリー・マシューズ、ボビー・チャールトン、ケビン・キーガンも名を連ねる歴代受賞者に、ケインが加わった。イングランドでは受賞前から「ケインこそが、イングランド代表史上最高の選手ではないか」という議論が起きていた。今回の栄誉によって、ケインの評価にも一段と重みが増した。

得点力だけではない。ケインが持つ「万能性」

その根拠を考えるうえで、まず振り返りたいのが昨季の活躍だ。

ケインは2025-26シーズン、バイエルン・ミュンヘンで51試合61得点、イングランド代表で14試合12得点を記録した。合わせて65試合73得点。キャリアで最も充実したシーズンを送った。

バイエルンでの61得点は、欧州5大リーグのクラブでプレーする他のどの選手よりも19点多かった。ブンデスリーガでは36得点で、2位以下に17点差をつけて得点王に輝いた。欧州の強豪が争うチャンピオンズリーグ(CL)でも14得点。国内カップの決勝ではシュツットガルト相手に3得点を挙げ、3-0の勝利をもたらした。

その得点力で、バイエルンの国内リーグ、国内カップ戦、スーパーカップの国内3タイトル制覇に貢献した。イングランド代表でもワールドカップで6得点を挙げ、チームは3位に入った。受賞を争ったキリアン・エムバペやラミン・ヤマルを上回る評価を得たのも、これだけの実績を残したからだろう。

この得点数は、ケインが組み立てにも深く関わっていることを考えると、さらに重みを増す。

味方がボールの出しどころを探していると、ケインは中盤まで下がってパスを受ける。相手の守備の位置を確かめ、逆サイドへ大きく展開したり、走り出した味方へDFラインの背後を狙うパスを通したりする。受け手がスピードを落とさず前進できるところへ、ボールを届ける確かな技術がある。

トッテナム時代の2020-21シーズンには、プレミアリーグで23得点、14アシストを記録し、得点王とアシスト王を同時に獲得した。自ら決める力と、味方に決めさせる力。高度な万能性は、当時から数字にも表れていた。

バイエルンでも、二つの能力を生かしている。

10月のCLアーセナル戦では、中盤から前方へ走るアルフォンソ・デイヴィスに絶妙なパスを送り、同点ゴールを演出した。さらに自ら相手のペナルティーエリア内で倒されてPKを獲得し、それを決めた。味方を生かしながら、自分でも得点を奪う──。その両方で、強敵の守備を脅かした。

組み立てに関わったあと、ゴール前へ入っていく動きにも目を向けたい。中盤でパスを出せば、味方の前進に合わせて自分も相手ゴールへ向かい、クロスや折り返しを仕留めるスペースを探す。相手の守備陣は、中盤でパスを出したケインに、今度はゴール前でも対応しなければならない。こうした役割を担い、これほどのゴールを積み重ねるところに、ケインの凄みがある。「イングランド代表史上最高」という評価を考える際にも、彼の幅広い能力は重要になる。

18歳の苦境から世界最高へ。成長を止めなかった男

ただ、現在に至るまでには、出場機会を求め、期限付き移籍を重ねた時期があった。

私が宮市亮の取材でそのプレーを見た2012年2月、ケインは2部のミルウォールで経験を積む18歳だった。

FAカップ5回戦のミルウォール対ボルトン戦。宮市が開始早々に先制ゴールを挙げ、ボルトンが2-0で勝った。当時のケインは有望な若手と見られており、私も注目していた。

試合ではケインにも得点機はあったが、ゴールを奪えず、試合の流れを変えるほどの強い印象は残さなかった。目の前の18歳が、のちに世界最高の選手と認められるとは、私も想像していなかった。

若いころのケインを知るハリー・レドナップも、当時の評価と、その後の成長について話している。トッテナムで監督を務めた恩師は、BBCラジオ5ライブでこう振り返った。

「16歳、17歳の彼を見て、将来スーパースターになるとは思わなかっただろうね。スピードが少し足りないかもしれないと思っていた。だが、毎日、あらゆる面を磨いていた。全員が練習を終えてからも残って練習していた。学びたい、もっと成長したいと思っていたんだ」

その姿は、練習後も毎日トレーニングを続けたフランク・ランパードと重なったという。ランパードも、レドナップがウェストハムで指導した選手だ。ケインにも、練習を重ねて自分にできることを増やそうとする強い意志があった。

それでも、努力がすぐに出場機会や結果につながるとは限らなかった。ミルウォールのあとに移ったノリッジやレスターでは、思うように試合に出られなかった。ケインは後年、19歳のころの不安をこう明かしている。

「ノリッジでも、2部のレスターでさえ試合に出られないのに、どうやってトッテナムに戻ってプレーするんだ?」

その苦境を抜け出し、飛躍したのが2014-15シーズンだった。当時の指揮官は、マウリシオ・ポチェッティーノ。リーグ戦で21得点、公式戦全体で31得点を記録した。以後も得点を積み重ね、トッテナムを離れるまでに435試合で280得点を挙げ、クラブの歴代最多得点者となった。バイエルンへの移籍後も能力を磨き、33歳で初めてバロンドールを手にした。

代表無冠という事実は重い。しかし…

代表での歩みにも、その長年の積み重ねが表れている。2015年のデビューから通算91得点を挙げ、ウェイン・ルーニーの53得点を大きく上回った。出場数も125試合に達し、歴代最多のピーター・シルトンに並んでいる。ワールドカップと欧州選手権を合わせた主要大会でも21得点。大舞台での得点力でも、イングランドの歴史に名を残してきた。

代表でともにプレーするジュード・ベリンガムは、10月の代表戦後に「イングランドでプレーした史上最高の選手」と評した。「素晴らしいお手本であり、人間としても立派。毎日、彼から学んでいる」とも語っている。ゴールを重ねる姿とともに、準備や練習への取り組みを知る同僚の評価である。

もちろん、イングランドの歴史を振り返れば、1966年のワールドカップを制した主将ボビー・ムーアや、同大会で活躍し、バロンドールも受賞したボビー・チャールトンがいる。彼らがイングランドに初めての世界一をもたらした功績は大きい。ケインは欧州選手権で2度の決勝、ワールドカップで2度の準決勝を経験しながら、代表の主要タイトルには届いていない。

「史上最高」を論じる際には、この点も考える必要がある。主要国際大会の決勝や準決勝でゴールを決められずに終わった試合もある。代表無冠という事実も重い。

だが、そこへ勝ち進む過程で挙げた得点や、長年の代表への貢献も評価したい。優勝には、他の選手の働きやチーム全体の戦い方も関わる。さらに、現代サッカーの厳しさやポジションの違う選手を比べる難しさを踏まえても、私はケインを代表史上最高だと考える。

卓越した得点力に加え、攻撃を組み立て、味方の得点も助ける。相手や試合展開に合わせて求められる役割を果たしながら、代表で10年以上にわたって結果を残してきた。幅広い能力と、それを発揮し続けた期間の長さが、その判断の根拠になる。33歳の現在も、チームの中心で得点を重ねていることに大きな価値がある。

「CL制覇」「代表での主要タイトル」を目指して

ケイン自身は、バロンドールの受賞を経ても、さらに成長することを考えている。授賞式後の会見では、今後の目標に「CL制覇」と「イングランド代表での主要タイトル」を挙げた。そして、自分を突き動かしている気持ちを、こう説明した。

「今でも15歳、16歳のころと同じように、自分を証明しなければという気持ちでプレーしています」

世界最高という評価を得た夜にも、若いころから続く姿勢は変わらなかった。家族や友人と祝う予定を明かしたあとには、こんな言葉も残している。

「水曜日にはカップ戦があるので、残念ながら、あまり羽目を外すわけにはいきません(笑み)。明日の早い便でミュンヘンに戻り、午後の練習に備えます」

両手で顔を覆い、感情をあらわにした夜の翌日には、またトレーニングへ向かう。ケインはそうして、次の試合で決めるゴールに備えている。

<了>

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