
ベスト8敗退も、未来へ希望をつないだなでしこジャパン。ワールドカップでチームが加速した「3つの変化」
FIFA女子ワールドカップで、なでしこジャパンは前回大会を上回るベスト8の成績で大会を終えた。準々決勝で世界ランク3位のスウェーデンに敗れたが、グループステージでは同6位のスペインに4-0で快勝するなど、5試合で14得点、失点はわずか「3」。相手によって戦い方を変える柔軟な対応で得点を量産し、たしかなインパクトを与えた。今大会5試合の激闘を振り返るとともに、チームの勢いを加速させた3つの変化に迫る。
(文=松原渓、写真=ロイター/アフロ)
世界から高評価を得たなでしこジャパン
7月20日から8月20日にかけて、オーストラリアとニュージーランドの共催で行われたFIFA女子ワールドカップ。
大会前は放映権の高騰により、日本国内で中継されるかどうかも危うい状況だったが、開幕1週間前にNHKで中継が決定。なでしこジャパンはベスト8で大会を去ることとなったが、格上のスペインを4-0で下すなど快進撃を続け、世界のサッカーファンの注目を集めた。
グループステージ初戦はザンビアと対戦。相手のシュートをゼロに抑え、MF宮澤ひなたの先制ゴールを皮切りに5ゴールを決めて快勝した。続くコスタリカ戦は、MF猶本光のゴールで先制し、19歳のMF藤野あおばが日本人のワールドカップ最年少ゴールを記録。2−0で勝利した。第3戦のスペイン戦では、連動した粘り強い守備から鋭いカウンターを繰り出し、シュート8本で4ゴールと決定力を発揮。世界に衝撃を与える快勝劇となった。
3試合で11ゴール、クリーンシートの完璧な内容でノックアウトステージに進んだ日本は、続くラウンド16でノルウェーを3-1で撃破。
だが、その戦いは5試合目で幕を閉じることになった。立ちはだかったのはFIFAランク3位の強豪・スウェーデン。平均身長170cm超の高さと、強烈なパスを正確にコントロールする技術があり、組織としての完成度も高かった。特に日本を苦しめたのは、スウェーデンの「ボールを奪い切る力」だ。
すべてを出し尽くした日本の選手たちは終了の笛と共にピッチに座り込み、涙を隠そうとはしなかった。「このチームで頂点を目指したかった」。その思いは、直後の取材エリアでもひしひしと伝わってきた。
池田太監督は試合後、「プレスの強度や奪い切る力は、チームとしても個人としても上げていかなければいけない」と、力の差があったことを認めた。
一方で、ポゼッションとカウンターを効果的に使い分け、5試合で14ゴールを奪った日本のサッカーは、来年のパリ五輪や、その先へと希望をつないだ。
今大会を現地取材し、1試合ごとに自信を深めながら成長の階段を上っていくチームは見ていて楽しかった。そして、その勢いを加速させたのは3つの変化だったように思う。
スペイン戦の4ゴールが大きな自信に
海外メディアの評価を一変させたスペイン戦の勝利は、日本の勢いを加速させた。その戦いぶりはカタールワールドカップでスペインを2-1で破った森保ジャパンと重なった。
日本は5バックで、スペインの武器であるサイドアタックを無効化。もともと4バックだった日本が3(5)バックで戦うようになったのは昨年10月からで、準備期間はわずか9カ月と短かったが、それを感じさせない完成度の高さを見せた。
3バックの利点について池田監督は、「守備面では相手のクロスに対して最終ラインを5枚にしてゴール前の人数を増やせる。攻撃ではウイングバックの適性がある選手がいて、幅を使える。また、(新しいシステムにチャレンジすることで)変化への応用力をつけることも狙いでした」と、後にその狙いを明かしている。
他にも、複数のポジションでプレーできる選手が多いことや、WEリーグで3バックを使うチームが増えたこと、昨夏のU-20女子ワールドカップでの成功(準優勝)も含めて、3バックが成功する条件はそろっていた。
しかし、当初は課題も噴出。4バックに比べて攻撃時にポジションを柔軟に変えられることは一つの利点だったが、格上との対戦ではボールを持てず、自陣に押し込まれた。ハイプレスも空回りし、昨年末のイングランド戦(0-4)とスペイン戦(0-1)では2連敗を喫した。
だがそこで諦めることなく、攻守の軸となるメンバーを固定しながら細部を詰めていった。強豪国相手には守備のスタート位置を低くするなど戦い方のバリエーションを増やし、ボールの奪い方や状況に応じたポジショニングなど、コミュニケーションと修正を繰り返した。そして、その積み重ねが今大会のスペイン戦で結実した。
「Team Cam」(JFAの公式YouTube「JFATV」内のコンテンツ)で、スペイン戦後にMF長谷川唯が語った言葉は印象的だった。
「今まではカウンターの場面を作れず、成功体験がほとんどない状態だったんですけど、スペイン戦ではカウンターからほとんどの点が取れた。今までにない形がきれいに決まったことが、ここまで負けていない要因だと思います」
パフォーマンス分析サービス「ワイスカウト」によると、スペイン戦で、日本の守備におけるチャレンジ回数は425回に上った。最多はMF猶本光の13回。相手にボールを持たれる時間が長くても、個々がハードワークをいとわず、粘り強くプレッシャーをかけ続けたからこそ、得点シーンは比較的高い位置でボールを奪うことができていた。
その成功体験がチームに与えた自信は大きく、準々決勝進出への大きな燃料となった。
フィールドプレーヤー全員が出場。「誰が出ても戦える」チームに
今大会の5試合で、日本は20人のフィールドプレーヤー全員がピッチに立った。
キャプテンのDF熊谷紗希が常々、「出てきた選手によってやれることが変わる。それがこのチームの強さ」と話していたように、選手によって変化するコンビネーションは、初めて日本の試合を見た現地のファンも魅了した。
グループステージで、ボランチの組み合わせが同じになることは一度もなく、3バックの右は3試合でDF石川璃音、DF三宅史織、DF高橋はなの3人が起用された。
また、スウェーデン戦では、2点を追う終盤から途中出場したMF清家貴子がチャンスを創出。同じく途中出場のMF林穂之香がゴールを決めて1点差に追い上げると、4万人超が入ったスタジアムが日本コール一色に変わった。その声援に押され、ラスト10分間は完全に日本の流れとなった。相手とのパワーバランスを考慮した先発メンバーの変更や池田監督の交代采配に対して、選手が迷いなくプレーしていたのは印象的だった。
「選手が思い切ってプレーできるように、どんなことを心がけていますか?」
ベスト8進出を決めたノルウェー戦後、池田監督は会見場で記者の質問にこう答えている。
「選手のポジティブな部分をしっかりジャッジして評価して褒めてあげること。チームコンセプトとずれた時にはコミュニケーションを取って、お互いの考えを話し合えること。そういうコミュニケーションの積み上げが、選手が自信を持ってプレーできている理由だと思います」
今大会は海外組が過去最多の9人。代表活動で全員が集まれる期間は限られていた。その中で、強豪国と戦える柔軟性や対応力を獲得できたのは、毎回の活動で凝縮された時間を過ごし、選手とスタッフが信頼関係を築いてきたからだろう。
ゴールを決めた選手が毎回、ベンチメンバーの下に向かって走り、全員で喜び合う様子はチームの一体感を印象付けた。GK平尾知佳とGK田中桃子の2人は出場はできなかったが、ノルウェー戦の前に、チームのためにモチベーションビデオを制作。トレーニングパートナーとして帯同したDF古賀塔子が、「負けたら終わりの戦いが始まる中で、みんなとまだ戦いたいという気持ちがこもった動画で、感動しました」と明かしたように、ベンチも含めて全員が同じ熱量で戦っていた。
「みんながついてきてくれているし、自分が目指した言い合えるチームになれている。本当に誇りに思っています」
2011年のワールドカップ優勝を知る唯一の存在だった熊谷の言葉は、大会中のチームの成長を裏付けた。
連戦のコンディショニングを支えた24人のスタッフワーク
コンディションの良さやケガ人の少なさも、他国に比べて際立っていた点だ。それは、オフザピッチの環境の変化によるところが大きい。
FIFAによって待遇が改善がされ、移動はチャーター機やビジネスクラスになり、ホテルは全員が一人部屋を選べるようになった。ベースキャンプ地に、緑豊かで活気があふれるクライストチャーチという街を選び、適度に息抜きできていたことも、選手たちがサッカーに集中できた一つの要因だった。
加えて、今大会で日本は選手とほぼ同数の24人に上るスタッフがチームをサポート。前回大会までは、選手23人に加えて、スタッフは最大12人までしか登録できなかった。だが、今大会から男子と同じ50人までの帯同が可能になったのだ。
攻撃とセットプレーを担当した宮本ともみヘッドコーチ、分析と守備を担当した寺口謙介コーチ、GKチームの一体感を支えた西入俊浩コーチ、選手の食事や体づくりまでアドバイスをした大塚慶輔フィジカルコーチ。年代別代表から長く池田監督をサポートしてきたその4人を筆頭に、ドクターやメディカルスタッフなど、各分野のスペシャリストが良好なスタッフワークで選手をフォローした。そして、男子日本代表をサポートしてきた西芳照シェフが、おいしい日本食で選手たちの心身のコンディションを支えた。
「チームマネジメントについては、森保(一)監督と話して、どういういうタイミングで何をしていたかも聞きました」と、池田監督は振り返っている。
練習の強度も、個々の出場時間に合わせてコントロールされていた。
「国内合宿ではかなり(強度を)上げましたが、現地入りしてからはそこまで上げず、試合に出ない時や出場時間が少ない時はコンディションが落ちるのが怖かったのですが、『上げてほしい』と思う日にはガツンと強度を上げてくれて。(それぞれに)ちょうどいいメニューを作ってくれていると感じます」
3試合に途中出場し、左サイドで存在感を示した清家はそう話していた。
監督、スタッフが一人一人の選手の変化を見逃さず、毎試合、緻密な準備を重ねた。そのサポートに選手たちが応え、日本はベスト8まで駆け上がった。
次なるなでしこジャパンの再スタートの場は、2カ月後に迫ったパリ五輪のアジア2次予選。今大会で大躍進を遂げたオーストラリアや、リベンジを狙う中国、韓国など、ライバルが鎬をけずる厳しい戦いが待っている。
それに先立って、8月末にはWEリーグのカップ戦が幕を開ける。今大会で5ゴールを挙げたマイナビ仙台レディースの宮澤をはじめ、代表選手たちの競演にも注目したい。
<了>
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