「サッカーって何ゲーム?」代表輩出GKコーチが語る、指導者・保護者が知るべき“GK育成7つの流儀”
日本サッカー界においてマイノリティーな存在であるGKの理解者はまだまだ少ない現状がある。そんななか「日本のGKへのイメージをポジティブなものにして、GKを目指す子どもたちを増やすことがわれわれの使命」と語るのは、サンフレッチェ広島やロアッソ熊本などでGKコーチを歴任してシュミット・ダニエルや大迫敬介など日本代表GKを輩出し、育成年代の指導実績も豊富な澤村公康氏だ。これまでさまざまなカテゴリーで培ってきた経験を生かして、サッカー指導者たちが悩みと解決策をシェアするプラットフォーム「Footballcoach」も立ち上げた彼に、指導者や保護者が陥りがちなGKへのアプローチについて話を聞いた。
(インタビュー・構成=多久島皓太[Footballcoachメディア編集長]、写真提供=澤村公康)
日常生活から意識するように指導する「コミュニケーション」
――澤村さんが育成年代のGKを指導する上で重要視されていることはなんですか?
澤村:まず初めにサッカーって何ゲームだと思いますか? ゴールゲーム、パスゲーム、チームゲーム、そしてコミュニケーションゲームと言われたりもします。得点を数多く決めて、失点を減らすことで勝てるスポーツですよね。ですから、ピッチ上のいろんなところでコミュニケーションが重要になってきます。自陣のゴール前では、特にGKとDFが密にコミュニケーションを取らないと連携ミスで失点してしまったり、コーナーキックで得点されたりすることがあります。したがって、GKにとって試合中のコミュニケーションは最も重要な仕事だと思います。
――GKとフィールドプレーヤーの試合中のコミュニケーションにおいて、陥りがちなことや指導する上で気をつけていることはありますか?
澤村:GKがプレーする時のキーパーコールも、「キーパー!」と言って飛び出す選手もいれば、自分の名前を叫んで飛び出す選手もいます。キーパーコールも重要な声かけの一つですよね。今はGKにもビルドアップへの参加が求められているので、バックパスを受ける際に「右に出せ」「左に出せ」といった細かい声も重要になってきています。成功すれば流れを引き寄せ、連携ミスになると失点につながることも少なくありません。こういった声を僕は指導現場で特に注意して指導しています。
コミュニケーションは和訳すると「会話」。字のごとく“会って話をする”という意味です。「自分さえよければ」のコミュニケーションはうまくいきません。なので、例えばキーパーコールであれば、相手を萎縮させるためであったり、味方選手に相手をプロテクトしてほしいという意図が素早く伝わるように発さないといけません。はっきりと、大きな声で、タイミングよく言葉を発する。このような声かけは普段の日常生活から意識するように指導しています。
また指導者や保護者の方々が陥りがちな間違った声かけとして、ボールが味方DF陣の裏に抜けた時、あとは任せたぞ!という意味合いも込めて「キーパー!」とピッチ外から叫んでいる姿をよく目にします。ですが本来、試合中に「キーパー!」という声かけをしていいのは試合に出場しているGK本人だけです。周囲からの不必要なキーパーコールは、GKが飛び出すタイミングを誤ることにつながりますし、何より“自ら考えて判断する”ことができないGKとなってしまいかねません。
「なんで取れないんだよ」という声が起こす弊害
―― 一つのミスが命取りになるのがGKというポジションです。現場の指導者や保護者のネガティブな声かけで萎縮してしまうGKが多い点についてはどのように考えていますか?
澤村:そもそも声というものには、ものすごいエネルギーがあると思っています。もちろん、ポジティブ・ネガティブ両方の意味で。声次第でやる気になったり、ミスから立ち直れることも多いですが、その反対に、人からの言葉でショックを受けたり、プレーが負の連鎖に陥ってしまうことも少なくないですよね。GKというポジションは、失点した時に「なんで取れないんだよ」という声であったり、「なんで今飛び出さなかったんだよ」と起きてしまったことばかりを言われてしまうことの多いポジションだと認識しています。
――指導者はどのような点に気をつけてGKに声かけをするべきですか?
澤村:指導者にはGKの判断や決断をリスペクトしてほしいと思います。過去の傷口に塩を塗るようなコミュニケーションではなく、次のプレーに勇気を持てるようなコミュニケーションを心がけるべきです。僕もこの歳になってようやくこういった指導ができるようになりました。
大津高校でGKコーチをしていたころに、県予選で何度も練習したシチュエーションから失点してしまったことがありました。僕も若かったので、ベンチから飛び出して「なんで取れねえんだよ」と叫んだんです。その時、平岡和徳先生(現総監督)から「あれは澤村の指導が悪い」と言われました。次のシーンでPKを止めたGKを見て自分のことのように喜んでいると「あれは選手が良かった」と言うんです。この言葉の意味が今になってようやくわかりましたね。常に選手ファーストで物事を捉えるのが指導者として良い指導者なんだなと感じました。
GKは試合でほとんど体力を使わないという安易な考え
――GKはフィールドプレーヤーほど試合で体力を使わないというイメージから、練習試合などで出場試合数が多くなってしまいがちです。
澤村:育成年代でもトッププロでもそうですが、久しぶりに起用されたGKや緊急出場のGKがゴールキックやジャンプした時に足をつるシーンを見たことがある人もいるのではないでしょうか。GKはそれだけ強いプレッシャーの中でプレーしていて心身にストレスがかかるポジションなのです。もちろん、GKにとって試合はトレーニング時よりは運動量は比較的少ないというのは理解しています。しかし、心身に対する疲労の蓄積は単純な運動量だけでは測れません。GKは練習試合で何試合でも起用できるという安易な結論は考え直してほしいですね。
僕もこれまでロアッソ熊本とサンフレッチェ広島でトップカテゴリーの指導を経験してきましたが、久しぶりにピッチに立つGKたちのゲーム後の疲労は想像以上で、なかには体重が2kg減る選手もいました。そんなに動いていないと思いがちですが、それだけ常に頭を働かせ、プレッシャーを抱えながらプレーするポジションなので試合における疲労は大きいのです。
――この問題に対する解決策はありますか?
澤村:育成年代のGKの少ないチームの場合、フィールドプレーヤーがGKとして試合出場経験を積んでおいて損はないと思います。フィールドプレーヤーが身をもってGKの難しさを体験することはチームにとってプラスに働くはずですし、もしかするとその経験を通じてGKの魅力に目覚める選手が出てくるかもしれません。今シーズンのJリーグでも正GKと交代で入ったセカンドGKがどちらも負傷してしまい、フィールドプレーヤーがGKを務める試合がありました。このような場面も考えられるので、チーム内でのしっかりとした準備が必要です。以前訪れた海外の育成年代のチームでは、子どもたちが代わる代わる交代でGKを経験するシーンが非常に印象的でした。
2番手、3番手の選手たちに対するアプローチ
――カテゴリーやレベルにかかわらず、2、3番手のGKの出場時間はかなり限られてしまう印象があります。
澤村:ご存知の方も多いと思いますが、(FIFA)ワールドカップシーズンになると3番手GKの移籍の話題が多くなってきます。当然、正GKや2番手GKよりは出場チャンスが少なくなるため、ワールドカップ出場を視野に安定して出場機会を得られるチームへの移籍を模索するわけです。一方で、チーム内において3番手GKの存在がかなり重要な役割を与えるケースも少なくありません。過去の例だと、2010年ワールドカップ南アフリカ大会時に川口能活さんはチームキャプテンという重責を担い、自身の準備もしながら、GKグループやチームにポジティブなエネルギーをもたらしていました。2番手のGKは日々のトレーニングで正GKと激しいレギュラー争いを行いながら、常に出れる準備をして、気持ちをうまくコントロールすることが重要になってきます。チームにおいて、2番手、3番手のGKは大切にしていかなければならない存在です。
――2番手、3番手の選手たちに対して澤村さんはどのようなアドバイスをされるのですか?
澤村:これはプロだけでなく育成年代においてもいえることですが、自分が2番手、3番手でチョイスされるということは相応の理由があってのことだと思います。なので、自分自身を自己分析する能力は必要です。そこで「やってらんねえよ」という思いを持つのか、「自分の何が足りないんだろう」としっかり自分のウイークポイントに向き合うのか。ここが、息の長い選手とそうでない選手の差だと感じます。自分自身を理解していれば、移籍先を探すのか留まってチャンスを探すのかの決断に意図が生まれます。
――実際に出場機会を求めて移籍を考えている育成年代の選手たちに対してはどのようなアプローチが必要でしょうか?
澤村:何より選手自身の充実感を重要視してあげたいですね。主語が自分ではなく、所属チームやチームメート、保護者の意向など他のものになってしまうと目指すべきゴールが見えなくなってしまいます。指導者の方も保護者の方も選手自身の成長を一番に考えて見守ってあげてください。
緊急出場時に優位性を持ってピッチに入るために
――育成年代では、控えGKが試合中にベンチ横でフィールドの選手と同じアップをしている場面をよく目にします。
澤村:出場前に、ガンガン運動量を上げるほうがいいというわけでもありません。というのも、GKは唯一ピッチ上で治療が受けられるんです。なので先発GKがケガをした場合、先発GKがピッチで治療を受けている間に控えGKは体とメンタリティーの準備ができます。常にフィールドの選手と同じタイミングでアップすべきか否かは各チームスタッフの判断にもよるので一概に良し悪しはいえませんが、海外のチームでは控えGKがずっとベンチに座って戦況を見つめているシーンも多く見かけます。
結局は、試合で良い立ち振る舞いができるような準備をしておくことが大事なので、その選手の個性に合わせた準備方法でいいと思います。ただ、体を温めることも大事ですが、試合の状況理解も大事です。試合展開を追って仲間やスタッフとコミュニケーションを取りながら戦術的な話をしておくだけで、緊急出場した時に優位性を持ってピッチに入ることができます。またGKが交代で入る場合、セットプレーから始まる場面が多いので、いきなりアクションを起こさないといけません。そのためにも控えGKは事前に試合に出た時のことをシミュレーションしておくことは大切です。
GKが試合中にぶつかる“5つのもの”とは?
――育成年代ではGKコーチがいないチームが多く、GKの個別の練習が行いにくい現状があります。澤村さんが考えるGKコーチの重要性とは?
澤村:GKが試合中にぶつかるものは5つあるといわれています。ボール、グラウンド、相手、仲間、ゴールポストです。当然のことですが、GKが試合中に大きなケガを負ったり、最悪の場合、命を落とすケースもなきにしもあらずです。今はキーパーチャージというものがルールブックから消されていますし、安全にゴールを守り自分の体を守ることがGKの役目です。そういった身を守る術を伝えることがGKコーチの必須の役割だと思います。
また、GKの技術を教え、トレーニングメニューや選手の成長のプランニングを考えるのがGKコーチの主な仕事ですが、例えば監督が悪気なくGKを叱責した場面で、GKのメンタルを整えてあげる役割を担うのもGKコーチの仕事です。いつもGKと一緒にトレーニングしているGKコーチが、選手がいいプレーをした時に直接褒める時もあれば、監督から選手に伝えてもらうように監督に協力を仰ぐ時もあります。監督から言われることで「ちゃんと見てくれているんだ」と選手も感じるはずです。メンタル面の維持が非常に重要なGKというポジションにおいて、監督と選手の間に入るGKコーチの存在がますます重要な役割になってきている気がします。
――専門のGKコーチがいない育成年代のチームはどのような取り組みを行うべきでしょうか?
澤村:指導者がGKの体を守る方法や基本となる技術、例えば開始姿勢の取り方やポジショニングのアドバイス、キャッチングの指導などを少しずつでも勉強してそれをチーム内で発信していくことで、GKにもチームにも必ず良い影響が出ると思います。
「今の日本代表のGK知ってるよね?」と聞いてみると…
――固い土のグラウンド環境が多いことなどもあり、日本では幼少期からGKをやりたがる選手が少ないのが現状です。
澤村:これにはいろいろな問題があると思います。以前、海外に行った際に、競い合って楽しそうにGKをやっている子どもたちに「なぜみんなGKをしているの?」と尋ねると、「シュート止めたらカッコいいでしょ」「俺が活躍すれば勝ちに近づくじゃん」というふうに言うんですよ。その時にハッとしたのは、みんな失敗した時のことは考えずに、成功した時のことだけを考えてやっているということ。逆に、日本に戻ってきて「なんでGKやらないの?」と聞いてみると、「ミスしたら怒られるでしょ」「失点したら負けちゃうじゃん」と自分がミスした時のことを考えているんですよ。これは、ゴール前に立つ以前の問題だなと思います。
――GKを目指す子どもたちを増やすためにはどのような働きかけが必要ですか?
澤村:なんで日本ではGKにネガティブな考えを抱く選手が多いのかなと考えた時に、これは大人の接し方によるものだと気づきました。相手のシュートを正面で押さえた時に、海外の指導者は「ポジショニングが素晴らしい!」とGKを褒めちぎるんです。日本でもGKが正面で確実にボールを止めた時に「ナイスポジション!」と一言GKを褒めるだけで子どもたちのやる気をもっと引き出せると思うんです。
この前、島根県でFootballcoach主催のクリニックに行った時に、GKの子どもたちが少なかったので「今の日本代表のGK知ってるよね?」と聞いてみると、「本田圭佑!」「長友!」という言葉が飛び交ったんです(苦笑)。「日本のGKへのイメージをポジティブなものにして、GKを目指す子どもたちを増やす」ため、もっともっと普及活動を頑張らなければいけないなと改めて考えさせられましたね。
――子どもたちがGKに憧れを抱くような文化ができれば理想ですね。
澤村:世界の全スポーツにおいて、GKが先にピッチに出てきてアップをするのはサッカーだけだと思います。いい意味でリードオフマン、切り込み隊長的なポジションであることを発信し続けたいなと思います。保護者の方も、我が子が点を取られたらどうしようではなく、お子さんがシュートを止めた時のことをイメージして見守ってあげてほしいです。日本が早くGKに対して肯定的になるような国になるといいなと思います。根深い問題だと思いますが、今はSNSなどでもさまざまな現役GKやGKコーチがポジティブな働きかけをされているのでいい方向に向かっていると思います。GKへのポジティブなイメージをつくっていきたいですね。
――最後に、Footballcoach立ち上げに際しての思いや背景などをお聞かせください。
澤村:大津高校時代の平岡先生から受けた影響がかなり大きいです。全国的な強豪校だったので、試合会場などで平岡先生を通じてさまざまなフィールドで活躍されている方との人脈を持たせていただき、多角的な視点からサッカーを考えることが多かったことが今の自分の糧となりました。現在も心理カウンセラーの方やメディカルのスペシャリストの方などサッカー界以外の方にもご協力いただいています。そういったさまざまなフィールドで活躍される方が集うプラットフォームをつくりたくてこの活動を始めました。「人生我以外皆師」と言う言葉を胸に自分以外の人は皆自分の先生だと思いながら日々を過ごしていますので、年代やキャリア問わずいろんな方とディスカッションを続けていけたらなと思います。ダメ出しをする場ではなく、物事の突破口を助け合いながらそれぞれが見出せるような場にしたいなと思います。
<了>
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PROFILE
澤村公康(さわむら・きみやす)
1971年12月19日生まれ、東京都出身。ゴーリースキーム代表。「Footballcoach」主宰。三菱養和サッカークラブ、仙台大学などでプレー。大津高校、浦和レッズアカデミー、JFAナショナルトレセンコーチ、川崎フロンターレアカデミー、浜松開誠館中高等学校、ロアッソ熊本、サンフレッチェ広島などジュニア年代からトップカテゴリーまでのGKコーチを歴任。これまでシュミット・ダニエルや大迫敬介など日本代表GK、JクラブのGK、アカデミーGKコーチなどを多く輩出している。
■「Footballcoach」とは?
「『今、勝てる選手』より『勝ち方を考え続ける選手』を育てたい」。このような思いを持つ豪華コーチ陣&専門家が集い、サッカー指導者たちが悩みと解決策をシェアするプラットフォーム。自ら立ち上げにも関わった澤村公康氏による特別企画もスタートした。
Footballcoach HP
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