アカデミー強化のキーマン2人が共有する育成の真髄とは? J1初挑戦のFC町田ゼルビアが招聘した「ラストピース」
J1に初昇格したFC町田ゼルビアのアカデミーが、「全カテゴリーのヘッドコーチ」として、数多くのプロ選手を育てた永田雅人氏を招聘した。育成年代や女子も含めて全カテゴリーを指導してきた同氏の育成の真髄とは? 25年来の指導者仲間であり、永田コーチの招聘に尽力した菅澤大我アカデミーダイレクターの言葉と2人の関係性から、町田の育成の未来を考える。
(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=©FCMZ)
若い選手たちを導く「ラストピース」
今季からJ1に初挑戦するFC町田ゼルビアのアカデミーに、強力な「ラストピース」が加わった。
町田は、2月1日に2024シーズンのアカデミー体制を発表。中島翔哉、畠中槙之輔、安西幸輝、三竿健斗、長谷川唯ら、多くのプロ選手の指導に携わった永田雅人氏が新たにコーチ陣に加わった。任されるのはジュニア、ジュニアユース、ユースの全カテゴリーのヘッドコーチで、小学生から18歳まで伸び盛りの100人以上を指導する。Jクラブでは初の試みだ。
「各カテゴリーの監督と協力しながら選手一人一人と向き合って、限りある時間の中で、(指導の)最大値を目指すつもりです」
トップチームの練習場に隣接するクラブハウスで、町田のジャージに身を包んだ永田コーチはそう意気込みを口にした。永田コーチの招聘にはひとかたならぬ熱意を傾けてきた菅澤大我アカデミーダイレクターは、こう語っている。
「永田コーチは攻守でも教える順番をロジカルに考えて指導ができる職人さんなので、選手一人一人の個人技術やプレーの選択肢を増やしてくれると確信しています。それぞれの学年で『今やらなければいけないこと』があるので、そこにピンポイントで入って力を発揮してほしい。アカデミーには優秀なコーチたちが揃っていますが、届かなかったところを補い、導いてくれる“ラストピース”だと思っています」
永田氏は、東京ヴェルディやジェフユナイテッド千葉のアカデミーなどで20年近く指導を重ね、2018年からは女子サッカー界の強豪・日テレ・ベレーザ(現東京NB)の監督として、2シーズン連続3冠や皇后杯で3年連続優勝するなど黄金時代を築いた。前述したように、教え子には代表や海外で活躍する選手も多い。昨夏のFIFA女子ワールドカップに出場したなでしこジャパンのメンバーは23名中9人が教え子。長谷川に加えて宮澤ひなた、遠藤純、田中美南の4人は、2023年の女子サッカートップ100(イギリスのガーディアン誌が発表)にも選出された。
個々のポテンシャルを最大化して、世界に通用する個人戦術を授ける――永田氏の指導は、選手たちが豊かなキャリアを築くための礎となった。
マンチェスター・シティで司令塔を担う長谷川は、体格差のある相手に勝つためのインテリジェンスや守備の基盤を、2018年からの3シーズンで築いた。
「自分がそれまでやってきたことを永田さんが言語化してくれて、頭が整理されて、さらにプレーの幅が広がりました。(シティは)自分のサッカー観にすごく合っているチームで、教わったことが生きています」と、後に語っている。
「個」のポテンシャルを最大化する指導とは?
男女も含めてすべてのカテゴリーを指導してきた永田氏は、選手と向き合うアプローチについて「どのカテゴリーでも変わりません」と話す。
そのアプローチとは、「選手一人一人が選手としての質を高める」ように導くこと。では「質を高める指導」とは、具体的にはどのようなものだろうか?
女子サッカーの現場で選手たちから聞いた話の中で特に印象的だったのは、選手個々に対して、試合の振り返り映像のほかに、スキルを伝授するための動画を作っていたことだ。南米など、海外の男子サッカーの映像を中心とした素材から、試合の中で有効なスキルを切り取ってまとめたものだ。
たとえばキック、ターン、ヘディング、ドリブル、トラップなどの大枠から、「どの姿勢でボールを受けるか」「味方と連係するか」など、状況別に枝分かれしていく「技術部門」だけで30から40のスキルがあるという。それを、ポジションやプレーエリア、選手の特徴も加味して作成した動画だ。
コロナ禍では永田氏とのそのやり取りが日課となり、選手たちはスキル研究に没頭しながら、グラウンドでプレーできない時間を有効に使っていた。
なでしこジャパンで不動のウィングバックを務める清水梨紗は当時、「監督から毎日送られてくる参考になるプレー映像を見ると、『うわー!』と興奮して、サッカーがしたくなります」と嬉しそうに語っていた。
当時の話によると、映像編集にかける時間は毎日7〜8時間。練習後は新しいスキルに挑戦する選手の自主練に付き合い、最後にグラウンドを後にすることも多かった。文字通り、寝る時間も削って向き合っていた。その情熱が選手に伝わらないはずがない。
試合中のテクニカルエリアに立つ姿には、どこか達観した仙人のようなオーラが漂っていた。
チームを離れても、教え子との関係は変わらない。イギリスで活躍する籾木結花やアメリカでプレーする三浦成美とは、今も映像などを通じたやり取りを続けているという。「サッカーが巧くなりたい」という選手たちの探究心が続く限り、全力で応えていくつもりなのだろう。
そんな人だから、今回、「町田で全カテゴリーでのヘッドコーチ就任に際してどんな目標を描いているか」と訊ねた際も、予想を裏切らない硬派な答えが返ってきた。
「僕は目の前にいる選手の質がいかに高まるか、ということしか喜びにはなりません。一人一人がサッカーを面白くプレーしながら向上していってほしい。それはどこで、誰を見ていても変わらないので、教える場所が変わっても『新たな目標』を持ったことはないです。(菅澤)大我が設計してくれたものを、僕は現場で形にしていく作業員ですから」
「サッカー観が同じ」2人の指導者が生み出す相乗効果
2021年からアカデミーダイレクターを務める菅澤氏も、育成界ではよく知られた存在だ。永田氏とは25年来の指導者仲間で、キャリアにも共通点が多い。
東京Vと千葉、名古屋グランパス、京都サンガF.C.、ロアッソ熊本などのアカデミーで指導し、2018年から3年間、2部のちふれASエルフェン埼玉(現WEリーグ)の監督を務めた。森本貴幸や小林祐希、久保裕也、井出遥也、そして現在なでしこジャパンで10番を背負うMF長野風花ら、多くの教え子をプロの世界に送り出している。
リバプールで2シーズン目を迎えた長野は、菅澤氏の指導を受けた埼玉での2シーズンを自身のターニングポイントに挙げている。
「本当のサッカーを教わりました。守備の立ち位置やボールの止め方など毎日のように映像を見せてもらって、考えてプレーするようになりました。毎日新しいことを学べることがすごく楽しかったです」
菅澤氏も、「男女で指導の方向性や練習は変わらない」という。だが、女子を指導することで変化したこともある。
「言葉の選び方は変わりました。男子だと多少なりともピリッとさせないといけない場面で、同じように接すると距離が空いてしまうことが多く、どちらかというと、選手たちからいじられるぐらいがいいのかなと思うことも。そういう引き出しは増えたと思います」
そうして増やしてきた指導の“引き出し”を共有する菅澤氏と永田氏は、互いを尊敬し合う「親友」であり、菅澤氏は「サッカー観が同じ」と言い切る。家も近所で、グラウンドを離れても日々サッカー談義を重ねてきたという。
「新しい練習を思いついたら、動画を作って『どうだ!』という感じで送り合っています(笑)。指導の表面的なところだけではなく、深いところまで理解し合える数少ない仲間です。自分も元々はそっち(現場)側なので、羨ましいと思うこともありますけどね」
今はアカデミーダイレクターという立場上、監督やコーチと違って選手に言葉が届きにくい。そのことを慮るように、永田氏が言葉を添えた。
「大我とはサッカーを面白いと思うところが似ていて、単純に『ボールを持つためにどうするか』ということだけではなく、『サイドバックがどういうふうに体の向きを作ったら1対2を優勢に持っていけるか』とか、複雑な組み合わせの細かい連係部分の作り方など、同じ目線で見られる部分が多くあります。だからこそ、今回(町田に)呼んでもらったのは、大我が現場でできないところを任せてもらう、ということだと思っています」
強豪ひしめく中で見据える長期ビジョン
2人が「忘れられない試合」と語るのが、両者が一度だけ監督として対戦した、2019年末の皇后杯準決勝だ。
当時、永田氏が率いるベレーザはリーグ4連覇・国内3冠の“無敵艦隊”。一方、菅澤氏が率いていた埼玉は2部で、常勝チームではなかったが、すべての試合で圧倒的なボール保持率を誇り、戦術の引き出しの多さは1部のチームを凌いでいた。
一発勝負では往々にして「個の力で劣るチームが守備を固めてカウンターを狙う」展開になるが、菅澤氏率いる埼玉は真っ向からポゼッション対決を仕掛けた。その日は大雨で寒かったが、相手の変化を柔軟に受け止める両者の多彩な戦略が試合を洗練させ、会場のボルテージは上がり続けた。最後はベレーザが延長戦を制して勝負をつけたが、その試合は黒澤映画のワンシーンのように、筆者の記憶にも焼き付いている。
「すべての選手が『巧く・賢く・タフに』なってもらえるように手助けする」
菅澤氏がアカデミーダイレクター就任当初に掲げたミッションを遂行するための“ラストピース”が揃った今、描く未来図とは? 菅澤氏は言う。
「J1のアカデミーは、関東圏でヴェルディ、FC東京、(横浜F・)マリノス、川崎フロンターレ、湘南ベルマーレと、強豪がひしめいています。複数チームを持っているクラブもあるので、(選手たちの希望進路において)後発である我々の優先度はどうしても低くなってしまうんです。スカウトの整備も進んでいますが、いい選手たちを手元に置いて育てていく、サイクルを作っていくのには時間はかかると思います。それを待つことができずに、新しいマインドに変えたチームが次々に崩壊しているのも現実なので、それをコツコツやっていけるかどうかが大きなポイントだと思っています」
1年や2年で結果が出る世界ではないからこそ、腰を据えて選手たちと向き合う覚悟やビジョンがなければ、クラブも指導者も、真の意味で選手を「育てる」ことなどできない――そんな、強いメッセージが込められているように思えた。
2024年、J1での新たな挑戦とともに、町田のアカデミーも新たな歴史を歩み始める。
<了>
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