全米オープンで元王者とバーチャルレッスン? 最新AR活用から見るスポーツの近未来
今や世界のスポーツ界の発展にとって切り離すことができなくなった、テクノロジー。強化、分析、マーケティング、ファンエンゲージメント、スタジアムエクスペリエンス、エンターテインメント……。その可能性はあらゆる分野に及ぶ。
日本のスポーツ界はこの分野において世界に大きく後れを取っているといわれるなか、世界の「スポーツ×テクノロジー」の最新トレンドはどのようになっているのだろうか?
日本でも「ポケモンGO」などで知られるARの最新活用術からスポーツの近未来を見てみたい。
(文=川内イオ、写真=Getty Images)
世界的なビッグイベントでARを活用した過去大会を再現
「AR」(Augmented Reality)と聞いて思い浮かべるのは、どんな機能やサービスだろうか? わかりやすいのは、スマホ用ゲーム「ポケモンGO」をはじめとするゲームの世界かもしれない。スマホをかざしながら外を歩き回ると、あらかじめ設定された場所でゲームの世界のキャラクターやアイテムが画面に現れる機能で、「拡張現実」と訳される。今年リリースされる世界的人気のゲーム「マインクラフト」の新作も、ARが使われているそうだ。
スポーツ界でも、さまざまな形でARが利用され始めている。例えば、今年6月にアメリカで開催された全米オープンゴルフでは、全米ゴルフ協会が現在と過去のショットを3Dで視覚化した「U.S. Open Augmented Reality(AR)Experience」を展開した。
専用のスマホアプリを起動し、会場のペブルビーチに表示された「AR Image」、もしくは専用サイトの「AR Image」をスキャンすると、会場の6、7、18番ホールの頭上の映像が表示される。アプリ上でプレーヤーを選択すれば、そのホールでのショットをチェックすることができる機能だ。さらに、過去5回の全米オープンゴルフのチャンピオンが打った歴史的なショットを再現できる機能もあった。
自転車レースの最高峰、ツール・ド・フランスでは、今年の100周年を記念して、コースの一部になっているフランス南西部の町ポーにあるツール・ド・フランスの屋外博物館にARを導入。設置された黄色いポールの画面を専用アプリでスキャンすると、過去のツール・ド・フランスを追体験できるというサービスだ。
FCバルセロナ、NFL、NBAではファンサービスに導入
クラブレベルでも、ARを活用するところが増えてきている。
NFLのサンフランシスコ・フォーティナイナーズは、先駆的なクラブだ。2016年、チーム創設70周年記念として、試合の日にスタジアムで配る限定2000セットのトレーディングカードにAR機能を搭載。公式アプリを通して各カードをスキャンすると、過去5回のスーパーボウルでの勝利の瞬間が劇的に再現されるという内容だ。セットには9枚のカードが入っていて、すべて異なるシーンが再生されるようになっている。
翌年には、グッズショップで購入できるドリンクカップにもAR機能をつけた。同じように、公式アプリを通してカップをスキャンすると、過去の名シーンが再生される。
スペインのFCバルセロナは、2018年10月、ホームスタジアム・カンプノウのツアーやミュージアム見学に訪れたファン向けに、ARサービスをスタートさせた。
スタジアムツアーに参加したファンが、普段、記者会見が行われるプレスルームで選手が座る椅子に腰かけ、何かを話す。それを、バルセロナのスポンサーを務める楽天のメッセージアプリViber(バイバー)に備わるARカメラで撮影。すると、スター選手が会見をしているときと同じような雰囲気の中で自分が話をしているように見えるというサービスだ。もちろん、その映像をスマホに保存することもできる。
NBAのロサンゼルス・クリッパーズは、アプリを使用することなく、試合の日にテレビの前のファンを楽しませるためのコンテンツ「ARマネーボールチャレンジ」を用意した。試合当日、スマホで公式ウェブサイトの特設ページにアクセスすると、スマホのカメラにクリッパーズのアリーナのバスケットゴールとボールが表れる。
スマホの画面をスワイプしてなるべく多くシュートを決めるというゲームで、タイムリミットは24秒。毎月1回、世界中のトップスコアラーからランダムに選ばれたファンにクリッパーズの観戦チケットやリゾート宿泊券などの賞品が贈られる。
全米オープンテニスでは元女子王者とバーチャルレッスン
ARの技術はどんどん進化していて、スマホも必要なくなった。8月19日から9月8日までアメリカで開催されている全米オープンテニスの会場では、スポンサーのメルセデス・ベンツがユニークな体験型の展示をした。2017年の全米女子オープンチャンピオン、スローン・スティーブンスからARでテニスレッスンを受けることができるというものだ。
スティーブンスのARバージョンを作成するために、メルセデスは緑色のスクリーンの前でスティーブンスの動きをキャプチャし、その映像をARに変換したものを使用している。
この体験をしたい人は、手渡されたテニスラケットを持って特設のテニスコートに立つ。そこで「ヘイ、メルセデス、スローンのようにプレーできるよう教えてください」と声をかけると、ARシステムが起動。特殊なカメラによって、ネット越しにある壁面にリアリティのあるスティーブンスが現れ、レッスンがスタートするという流れだ。
もちろん実際にスティーブンスとやり取りするわけではなく、録画されたレッスン映像が流れるのだが、壁面にはスティーブンスとともに自分の姿も映し出されていて、彼女の声に合わせて動くと、本当に個人レッスンを受けているように見える仕掛けになっている。スマホの画面を巨大化させて壁面サイズにして、ポケモンのキャラが自分と等身大に見えるようなイメージだ。メルセデスはこのレッスン映像を体験者にプレゼントし、SNSで拡散してもらうことを狙いにしている。
メルセデスは今年9月のNFLの開幕に合わせて、アトランタ・ファルコンズのスター選手、マット・ライアンでも同様のAR体験を制作。ファルコンズのホーム、メルセデス・ベンツ・スタジアムで展示を予定している。
ここまでは、「ファンの体験」に焦点を当てたが、一般のプレーヤーが使えるサービスも出ている。アメリカ発のゴルフアプリ「Hole19」が搭載するAR機能は、プレー中、グリーンが見えないところからショットするときに起動する。アプリ上に表示されているホールマップをタップすると、現在地からグリーンまでの距離、方向などが表示されるのだ。この機能さえあれば、感覚だけでやみくもに打つ必要がなくなるという機能である。
ここに記したスポーツ界のARの活用例は、ごく一部にすぎない。ニュージーランドのテレビ局が、今年のラグビーワールドカップに合わせてARを導入するというニュースもあった。ファンサービス、あるいはプレーヤーのサポート機能として、ARは今後もどんどんスポーツ界に浸透するだろう。
<了>
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