「20時でスマホを切る」原田衛の“休む力”。「ラグビーができる期間は限られている」日本代表の現在地

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2026.09.11

いまより強くなるために、ひたすら自分を追い込む。そんなストイックなイメージのある原田衛には、もう一つのこだわりがある。自分の力を最大限に引き出すための「休み方」だ。桐蔭学園中学・高校、慶應義塾大学を経て、東芝ブレイブルーパス東京で頭角を現した27歳。2024年に日本代表デビューを果たし、今年はニュージーランドのモアナ・パシフィカでスーパーラグビーにも挑戦した。歩みを止めないフッカーが、日々の中で大切にしているものとは。

(文=向風見也、写真=西村尚己/アフロスポーツ)

「ラグビーができる期間は限られている」原田衛の“追い込む力”

普段からクラブハウスでトレーニングをしていて、休みの日にも足を運んでストレッチをしている。

原田衛は27歳のプロラグビー選手。鍛錬に余念がない。

本人によれば、クラブハウスは「家(の一部)なので」。東京都府中市内にある自宅は「寝室」で、近くにある所属先の東芝ブレイブルーパス東京の拠点は「リビング」あたりか。

周辺の選手、関係者の声によると、時間管理は細かい。全体練習のほかに個別でのトレーニング、ケア、時期によっては英語学習の予定をびっしりと組む。

「ラグビーができる期間は限られていると思ったら、いまの時間を大切にしたい。そう考えたら、練習したほうがいいのかな……というのはあります」

慶應大学でのラストシーズンを終えた2022年、あまりオフを取らずにブレイブルーパスへ合流した。他の同期入部組が帰省してつかの間のオフを楽しんでいる時、もういまのステージに視線を向けたのだ。

それだけではない。さっそく体力測定で好記録をマークし、1年も経たぬうちにフッカーのレギュラーとなった。

早々と確固たる地位を築いても、向上心は変わらなかった。長いレギュラーシーズンに組まれた休息週には、同期でプロップの木村星南らを誘って自主トレーニングを行い、自らを追い込んできた。我が道を突き進んでいるようで、周りを巻き込む求心力もにじませた。

加盟するジャパンラグビーリーグワンで2連覇を果たす上昇気流のさなか、初めて日本代表に選出された。2024年発足のエディー・ジョーンズ ヘッドコーチ体制下でデビューして以来、主力として起用されてきた。目下、2027年のワールドカップオーストラリア大会行きを目指す。

「食わないと負ける」スーパーラグビー参戦で得たもの

昨季はブレイブルーパスを離れ、ニュージーランドのモアナ・パシフィカへ入っていた。国際リーグのスーパーラグビーに参戦したのだ。

もともと頑丈だった身体は、高強度の試合や練習、自ら近所のジムと契約してのウェイトセッションを重ねたことで、公式記録の「身長175センチ、体重101キロ」より「2キロ」増。衝突の強さに反映された。

「最初は(試合の)メンバーにも入れなくて苦労したんですけど、どうにかして出ようと思ってまずウェイトをちゃんとやる……みたいな。コミュニケーションが取れないぶん、行動やいいプレーを積み重ねた」

ちなみに現地では朝は鶏そぼろご飯、夜は蒸した鶏むね肉と相場が決まっていた。近所のスーパーでは「鶏むね肉ばっかり買うやつ」と覚えられていたようだ。

「食わないと負けるなと思って無我夢中で食っていました。それでも足りなかったですけど。周りはひと回り大きいんで」

6月からのブレイブルーパスに復帰、それに先立っての代表活動を見据え、ニュージーランドの地でつかんだ自信を言葉にした。

「(出国前まで)日本でやってきて満足していた部分が無意識的にあったのかな。スーパーラグビーのチームに行って、そう感じました。(現地では)コンタクトの激しさが全然、違った。スーパーラグビーでは皆が死に物狂いでタックルしていました。そこは、(自身も)見せたいなと」

頑張りの質を上げるための“休む力”

後悔しないためのおこないとしてのハードワークにより進歩し、出世を果たしてきた原田には、頑張りの質を上げるために意識することがある。

休み方だ。

まず、20時にはスマートフォンのアプリが落ちるよう設定する。眠りの質を変えるためであり、21時以降に首尾よく就寝するためだ。

夜のデジタルデトックス。始めたのはブレイブルーパス入りして間もなくのことだという。

「光を遮断して、睡眠に備えています。ぼーっとYouTubeやSNSを見る時間は減って、読書だったり(別な趣味にウェイトを置く)」

日本代表の合宿で夜間に練習があった折は、自らの状況をユーモラスに伝えたものだ。

「最近は夜8時に練習が終わるので、(自身の早寝に)無理がある。まぁ、できる限りやっていますけど」

「僕は夜飯、食べなかったです。食べたら寝られなくなるかなと思って。次の日が朝7時から(活動開始)なので」

仲間と2人で一つの部屋を使う遠征先には、強固な耳栓、アイマスクのほか、ホテルのベッドシーツの上に敷くブランケットを持参する。

宿の床に布を敷くのは、学生時代からの習慣だ。荷物を増やしてでも快適さを求め、回復力を高める。

「僕、ベッドにはあまりこだわっていないんですけど、(白いシーツの)つるつるな肌触りがあんまり好きじゃなくて。何か、足がそわそわする感じで。カーペットみたいなのが、いいんですよね。だから、自分で選んで持ってきています」

関東に単身赴任していた父との共同生活

自分を律するきっかけは少年時代にあった。受験志向が強く、地元の兵庫県で関西の私立中学を受験。不合格となるも、神奈川の桐蔭学園中学に受かって越境入学した。待っていたのは、関東に単身赴任していた父との共同生活だ。

帰宅後は食事、睡眠、勉強のみという厳格な文武両道生活を課せられた。内部進学した桐蔭学園高校のラグビー部の主将として全国4強入りの折も、他の実力者が利用するスポーツ推薦を使わずに大学を探した。

1月まで部活を引退しなかったこともあり、3月に入った高校日本代表の3年生選手で唯一の進路未定者だった。

慶大の9月入試で周りより約半年遅れて大学生になった頃には、ラグビーで身を立てる覚悟と、それを全うするためのマインドセットを固めていた。

「(自宅学習は)強制的にではありましたけど、僕にとっては重要な(中学の)3年間だったなと。何かを続けてやるというのは、経験のなかで培われた」

中学の3年間で身につけた習慣が、その後のラグビー生活に活きている。

「たまたまです」原田が見据える日本代表の復調

定まった心意気で努力する。その延長線上で、原田は休み方を極めるに至った。

ビジネスシーンで「成果を出すために戦略的に休む」といった考え方が少しずつ浸透し始め、関連書籍が流行するよりもずっと前から、かつ、自身が社会に出るよりも少し前から、である。

9月5日、新潟・デンカビッグスワンスタジアム。日本代表の2番をつけ、世界ランクで下回るカナダ代表を57―12で撃破。自身はスクラムを首尾よく押し、2トライを奪い、コンタクトも鋭かった。

チーム全体として日本代表はやや低調気味とあり、「焦ることはなかったですけど、歯がゆい感じはありました」と振り返った。裏を返せば、周りの皆がうまくいかない日でも原田はよく戦えると証明できた。

その理由を問われた本人は……。

「……いや、わかんないです。たまたま」

日々に一定のメリハリをつけて一貫性を保てていることは大きいだろう。しかし、それは本人にとってあまりに当たり前で強調するほどのことではないのかもしれない。

9月12日、日本代表はパシフィック・ネーションズカップ2026準決勝でアメリカ代表と対戦する。

<了>

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