中日・福谷の「当たり前の問い」に即答できない球団代表。ビジョンなき球団はやがて滅びる
新型コロナウイルス感染拡大による試合減、無観客試合や入場制限による収入減で、プロ野球の各球団は大きな痛手を負った。11月26日から始まった2020シーズンの契約更改交渉は、球団も選手も、これまで経験したことのないものになると当初から予想されていた。そんな中、中日ドラゴンズの加藤宏幸球団代表が、福谷浩司投手が来季以降のチームの方向性を問われた際の回答に注目が集まっている。プロ野球選手会が「十分な事前説明を」と抗議文を送る事態に発展した中日の契約更改が象徴する「ビジョンなき球団経営の危機」とは?
(文=広尾晃、写真=Getty Images)
大荒れの契約更改 中日・福谷の率直な疑問
予想されていたことではあるが、今年の契約更改は大荒れの様相だ。そもそも前年の2割以下しかお客が入らず、各球団は軒並み数十億円の赤字である。そんな中で選手の契約更改が順調に進むわけがない。
とりわけ厳しい査定をして保留者を続出させているのが中日ドラゴンズだ。
今年、沢村賞に輝いた大野雄大に次ぐ8勝を挙げた福谷浩司は、増額提示を拒否するとともに加藤球団代表に、
「来年以降に向けて、チームがどうしたいのか」
と尋ねたという。
これに対する答えは、
「オーナーが代わって『ビジョンを明確にしなさい』という指摘はわれわれ球団に対してすでに言われていた。契約更改が終われば、そこは取り組まないといけない。今までそういう方針が球団としてなかったというのは事実なので、明文化するという作業はやりたい」
というものだった。
契約更改というシビアな場所で球団のビジョンを問うた福谷も相当なものだが「今のところビジョンはない、これから考える」という球団代表は衝撃的だ。
今更ながら、プロ野球という商売が「昭和元禄」のものなのだということを思い知らされた。
この報道の後、日本プロ野球選手会は、「加藤球団代表による査定方法の説明が二転三転しているなど不十分な点がある」として、抗議文を送った。これに対し、加藤代表は「球団の事情を理解してもらうように努力は惜しまない。(選手との間に)溝があってはいけない。溝を埋めるように、真摯(しんし)に努力して、理解してもらうようにしないといけない」と語ったという。
福谷は査定に不満があって「物申した」わけではない
話がねじれていっているように思う。
福谷は、自分への年俸提示に不満があったから「チームがどうしたいのか」と聞いたわけではない。新型コロナ禍の厳しい状況の中で、中日ドラゴンズはどんなビジョンを描いているのか?この危難をどう乗り切って未来を開拓しようとしているのか? を尋ねたわけだ。
筆者は一昨年、筑波大学で行われた「日本野球科学研究会第6回大会」の会場で福谷の姿を見かけた。この大会は、全国の野球指導者や学者、研究者、大学院生などが集まって技術論やコーチング論、教育論、さらには野球の未来について意見交換をする集まりだ。
桑田真澄氏や大島公一氏、現ロッテの吉井理人コーチなどOB、指導者の姿を見かけることはあるが、現役選手が出席することはほとんどない。
「慶應出の福谷は“意識高い系”なんだ」と思ったものだ。
そんな福谷である。多少年俸に不満があっても、球団が明確なビジョンを示しさえすれば、それを理解し、協力は惜しまなかっただろう。しかし球団側が具体的なビジョンを提示できなかったことにショックを受けたのだと思う。「真摯に努力して理解してもらう」とかそういう次元の問題ではないはずだ。
現代の企業ではあり得ないプロ野球団の体質
経営者は売り上げや利益など、会社の経営に責任を負う「重役」ではあるが、第一義的には、会社を存続、発展させるために未来を予測し、リスクを回避して「次なる方針」を策定するために存在している。
船でいえば甲板よりも高い位置にあるブリッジから海図や雲行きを見て、岩礁や嵐を回避し、安全な航路を選択させる任を負っている。「ビジョン」とはまさに「見通し」「展望」であり、上に立つものが示すべき一番重要な指針だ。
「そんなのうちだって、毎年、経営計画会議で決めてるよ。スローガンとか、売り上げ目標とか利益目標とか」というかもしれないが、ビジョンはその船の乗組員全員が共有しなければ意味がない。
球団でいえば、経営者、従業員はもちろんのこと、個人事業主として契約している選手、取引先、スポンサー、さらにはファンに至るまで。利害を共有する「ステークホルダー」全員に提示すべき、会社からの「約束」なのだ。
福谷が驚いたのは、未曽有の危難によって、大揺れに揺れている「中日ドラゴンズ」という船が、この先どこへ進もうとしているのかが、はっきりしないということだったと思う。
現代の企業は、資金を集めるときも、新規ビジネスを展開するときも、今のように危難を克服するときも、まずステークホルダーに向けて「われわれはこうする」という考え方を表明して、賛同、協力を得るのだ。
しかし、中日ドラゴンズをはじめ、プロ野球には「昭和の体質」をそのまま持った球団の意識は内向きで、明確なビジョンを示さないままに「なんとなく」「前年の延長」で球団運営を続けてきたのだ。毎年チームのスローガンは発表してきたが、それはシュプレヒコールの言葉選びであり、具体的な実体を伴うものではなかった。
ポストコロナの世界ではビジョンなき球団は滅びる
「スポーツチームなんてどこも同じだろ?」というかもしれないが、そうではない。
Jリーグクラブの公式サイトを見ると「理念」「ビジョン」を掲げているクラブが多い。多くのチームは「企業理念」のもとにビジョンを掲げて、選手やチームだけでなく、スポンサーやサポーターとともに目指すべき「未来」を明確にしている。
そもそもJリーグ自身が「100年構想」を掲げ、リーグの将来像を明示し、毎年、ビジョンと中期計画を発表するなど、明確なビジョンのもとに、リーグを運営しているのだ。
Jリーグは、川淵三郎初代チェアマン以来、機構やクラブのトップ、経営陣にビジネスマンの経験を豊富に有する人を配することが多い。彼らはビジネスの作法として「コンセプト、ビジョンの策定→具体的な計画立案」という流れで仕事をすることが多いのだ。
実はNPBでも明確なビジョンを打ち出している球団がいくつかある。
福岡ソフトバンクホークスは、「ボールパーク構想」の先駆者として知られるが、2018年4月に「FUKUOKA超・ボールパーク宣言」を発表、次世代型複合エンターテインメント空間の創出を宣言した。
北海道日本ハムファイターズは、2023年に北海道北広島市に開業する新球場を核とした「北海道ボールパーク構想」を発表している。
Jリーグのように「地域との共生」をミッションとしていないので、事業計画的な色合いが強いが、それでもステークホルダーに対するプレゼンテーションは明確だ。
こうした理念、ビジョンを掲げた球団経営は、パ・リーグの球団の方が多い。セでは横浜DeNAベイスターズが「コミュニティボールパーク」化構想を打ち出した。しかし、他球団は、施設の拡充こそすれ、そのハードを核としてどんな事業やファンサービスを打ち出すかを明確に表明することはなかった。
ビジョンのあるパ・リーグとビジョンなきセ・リーグ。この差異は、日本シリーズや交流戦でセ・リーグが負け続けていることは無関係ではないだろう。
今は平時ではなく、未曽有のパンデミックの最中だ。プロ野球が今後、これまでと同じように人気スポーツとして存続していけるかどうかは、予断を許さない。そしてプロ野球の存亡は、社会人、大学、高校以下のアマチュア野球の将来とも密接にかかわってくる。トップリーグが衰退すれば、裾野も無事ではいられないのである。
で、あるならば各球団、そしてNPBは、新型コロナ禍という危難をどのように克服していくのか、その先にどんなビジネス、野球文化を構築していくのかを真剣に考えるべきだ。かかる火の粉を振り払うだけではなく、有識者や専門家などの意見も取り入れつつ、ポストコロナへ向けてビジョンを策定し、そしてそれをファンやパートナー企業などに広く発表すべきである。
そのビジョンは、個々の球団やリーグだけのものではなく、12球団、NPBが共有すべきものであり、大きなビジョンのもとに、個々の球団が絵を描くようなものであるべきだ。
「そのうち何とかなるだろう」というビジョンなき球団経営がまかり通ったのは、「コロナ以前」の話ということになるだろう。
ポストコロナの時代を生き抜くのは、経営者自らが責任を明確にして、はっきりビジョンを打ち出す球団だけだろう。
<了>
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