目のストレッチで体が柔らかくなる? 運動神経と学習能力も向上する「メンタルビジョントレーニング」とは
動体視力や判断力を左右する「目」は鍛えられるのか? 臨床心理士として心のケアを行なってきた松島雅美氏は、アメリカ発祥のビジョントレーニングをもとに、目を鍛えることで脳を活性化し、メンタル機能や集中力を高める「メンタルビジョントレーニング」を構築した。物を見る以外にも体や心、アスリートのパフォーマンスだけでなく、学習能力にも影響を与えるという目のさまざまな機能とそのパフォーマンスアップ方法について聞いた。
(インタビュー・構成=浜田加奈子[REAL SPORTS編集部]、撮影=鈴木達也、資料提供=Je respire株式会社)
スポーツは心と体のケアについてポジティブに受け入れられる
――松島さんが独自に開発を行った「メンタルビジョントレーニング」はどのような背景で開発されたトレーニングでしょうか?
松島:元々は臨床心理士として医療機関や学校、被災地などで心のケアをする仕事をしていました。その中でも発達障害の子どもたちの心のケアを行っている中で日常生活で苦労していることが多いことを知り、その子どもたちに対して何かトレーニングできることはないかいろいろと調べているうちにビジョントレーニングを見つけました。
ビジョントレーニングはアメリカ発祥のもので、目のさまざまな機能を鍛えることによって脳の活性化や集中力、理解力などの能力を高めていくトレーニングです。日本でビジョントレーニングを広めている方の講座を受け、子どもたちにビジョントレーニングを試してもらったところ、効果がすごくありました。ただ、日本では欧米のように目の働き、機能を調べて鍛えていく文化がまだまだ広まっていないため、いろんな効果があることが知られてないと思います。
――目を鍛えることイコール視力をよくするというイメージのほうがまだ強いのですよね。
松島:そうですね。あとはさまざまな効果があることが知られていないのはメンタルも同じで日本では病んだらケアするものというイメージが根強く、捉え方がすごくネガティブだと思うんですよね。
――メンタルについてネガティブな問題として取り上げられたり、あまり人に話さない、触れないようにしますよね。
松島:本当は病む前に、病まないようにケアするというのが理想ですけど、それを文化にするには教育の中でメンタルのメカニズムについて教えないと難しいですよね。
体のメカニズムについてはさまざまなところから情報として入ってきます。例えば胃が痛いと思ったときは可能性として、食べすぎやストレスかな、と考えたうえで対処するじゃないですか。でもメンタルのメカニズムは知らないので選択肢も浮かばないし、対処も浮かばないので、メンタルが弱いと思われたら恥ずかしいなどと思い、結局ケアしない。そして、症状が重くなってから病院行くんですよね。その繰り返しをずっと見ていて、これは文化を変えないといけないと思い起業し、メンタルケアの敷居が下がるような、またメンタルのメカニズムが伝わるようなコンテンツを作ってきました。
――そのコンテンツの一つがメンタルビジョントレーニングということですか?
松島:そうですね。ビジネスマン向け認定資格講座(心理学プランナー)、体のケアする人向け認定資格講座(体も見ながら心のケアも行えるようなプログラム)を作成してきたのですが、そういったコンテンツの一つにビジョントレーニングを入れました。ただ、ビジョントレーニングだけだとイメージとしてあまり伝わらないので、このトレーニングでメンタルも機能も改善される、変わっていくという説明とメンタルケアの方法も加えて、プログラムとして作ったのがメンタルビジョントレーニングです。
そしてこのメンタルビジョントレーニングを広めるためには目に見える数字で効果を示したほうがわかりやすいと思ったので、数字を見ながらトレーニングをしたり、結果が数字で出ることが多いアスリートに対してまず、メンタルビジョントレーニングを知ってもらうことにしました。
――アスリートは練習時、試合など大会時などいろいろなタイミングでトレーニングの効果を見ることができるので変化がわかりやすいですね。
松島:あとアスリートだとメンタルトレーニングもポジティブに捉えてもらえますし、「見る力」の必要性から目のトレーニングも抵抗なく受け入れてくれますね。
目は物を見る以外にもさまざまな機能が備わっている
――ほとんどの人は目の働きは「見ること」が一番先に思い浮かべると思いますが、他にどのような働きがありますか?
松島:メンタルビジョントレーニングの説明を行う際に「社会生活編」、「スポーツ編」とした以下の当てはまる項目をチェックしてもらうリストを見てもらうことにしています。このチェックリストに記載しているものは全部目の働きに関係しています。そして苦手にしているけど克服できないと思われがちなことも、目のトレーニングを行うことで改善する可能性もあります。
■チェックリスト■
【社会生活編】
・肩こりや頭痛がある
・片づけが苦手
・ミスが多い
・優先順位をつけたり、計画的に行動することが苦手
・仕事の処理が遅い
・集中が続かない
・ストレス対処が苦手
・空気を読むのが苦手
・乗り物酔いをする
【スポーツ編】
・ボールや人の動きを予測しにくい
・状況が予想と違うと動揺しやすい
・判断が遅れる
・広い範囲を見れていない
・集中が持続しにくい
・ミスが多い
・スランプになるとなかなか抜け出せない
・パフォーマンスが気分に左右される
――視力だけが目の働きじゃないんですね。
松島:視力がいいことはもちろん大事ですが、ある程度広い範囲が見えていたり、ピントがすぐ合ったり、距離感がわからないと、正しく見えたことにはならないです。例えば、この2枚の画像には何が書いてあるかわかりますか?
――カタカナで「コエ」、「コヨミ」ですか?
松島:そうです。この画像を見てもすぐに判断できる人と、意味があるかどうかわからないままの人というのは、情報を取り入れるか流してしまうか、大きな差が出てきます。わかれば次の行動に移れますが、わからなければこの情報は無意味になります。だから視力がいいだけじゃ駄目で、目に映った物が頭で理解されて初めて見えたことになります。そして、見えたことに対して頭ですばやく判断して、的確に反応する。この流れをスムーズにするのがメンタルビジョントレーニングになります。
――確かに、人は目で見て行動に移したりしますね。
松島:目は脳の一部なので、目だけで機能することはなく、目から入った物を脳に届けて初めて機能します。なので、五感から情報を入れますが、8割以上目に頼っています。さらに、脳のパワーの半分は目からの情報処理に使われているので、目からの情報処理がうまくない人は脳が疲れやすく、疲労感を感じやすいことがあります。それをトレーニングすることによって情報処理、情報の整理がうまくできるようになります。
そして目をしっかり動かすことによって前頭前野が活性化します。これが人間の最高司令塔と言われていて、人間らしさを司るところで、感情のコントロール、状況判断、自分で考える、決めるなどを行う役割があります。なので、前頭前野が弱っている人はメンタル面にも変化があり、体にもその変化が出てきます。
視覚と運動能力、学習能力は連動している
――実際にアスリートにメンタルビジョントレーニングを行ってみてどのような変化、効果がありましたか?
松島:効果検証のために、Jリーグチームのジュニアユース選手に21日間、毎日行ってもらったところ、反応スピードや正確性が上がっただけではなく、目が疲れにくくなったり、周りが広く見えるようになった、柔軟性が上がったなどの効果がトレーニング前と後で有意差がでました。
――柔軟性も上がるのはなぜですか?
松島:柔軟性は筋肉の柔らかさではなく、いかに左右対称かなんですよ。そして、体のバランス感覚の85%は目でつくられているので目をうまく使えばバランスがよくなります。なので、柔軟性だけでなく、このトレーニングを1回試しに行うだけでも柔軟性をはじめ読むスピードなども上がりますが、継続して行わないとすぐに元に戻るので、目の使い方をトレーニングで鍛え「習慣を変える」ことで継続された能力になります。
運動能力と運動神経という言葉があり、運動能力は体格など遺伝的な部分が多いですが、運動神経は鍛えられると言われています。これが判断力や反応スピードなどというところになり、視覚と連動しています。スポーツは動きながら見る力と判断力を必要とするので本当は体の使い方、スキルを教えるトレーナーが目の使い方も教えられることが理想的だと思います。実際にドイツではビジョントレーニングの専門家がスポーツチームに所属しトレーニングを行ったりしています。専門家がトレーニングを行ったことによって競技中のパフォーマンスが上がったということが医学誌でも発表されたりしています。
――メンタルビジョントレーニングを行うことで視力が良くなるんですか?
松島:視力が良くなることと視野が広くなる、前頭前野が発達するメカニズムは別だと思っています。メンタルビジョントレーニングでは、基本的には視力が上がるといったことは言わないです。ただ、ピントが合いやすくなるので、前よりは良く見える感じにはなりますね。
――視力が悪い人でも視野が広かったり、動体視力などが優れている人がいるのはそういったことなんですね。ただ、現代社会ではパソコンやスマートフォンなどを使用することが増えているので目を動かすことが減っていそうですよね。
松島:そうですね。平面を見るデジタルの文化で近視の人がすごく増えていますし、小さい子どももスマートフォンでずっと動画などを見ていることが多くなっているのは問題だと思っています。先ほども言ったように目は脳の一部なので、目を働かせないと脳も働かないことになります。電子機器からの情報はたくさんありますが、平面を見る目の動きでは脳は活性化しないので、神経系が育つ10歳ぐらいまでは特に外で遊んだりして電子機器を使わず、しっかり立体の中で目を働かす遊びを行うことがとても大事になります。なので、子どもの頃の目の使い方は大事なので、子どもを育てる親や教育現場などが目の使い方について知っていて、子どもと遊ぶ時や体育の授業のウォーミングアップ、読書前などにビジョントレーニングを1分~5分程度、取り入れてほしいと思いますね。
目の使い方は人それぞれに癖がある
――自分自身では目を動かして見ている、両目でちゃんと見ていると思っていても実際はそうじゃないこともあるということですね。
松島:そうですね。生活の中で目の使い方を意識することはあまりないため、自分の使いやすいように目を使っているので、人によってそれぞれ目の使い方に癖があるんですよね。でも、目をちゃんと動かしているか、目の使い方に癖があるか、人よりうまく見えていないかどうかなど人と比べられないものなで、自覚がしづらく、目を鍛えようとはなりにくいんです。
例えば、10代の頃からプレーしているアスリートで自身の体に対してのケアなどに意識が高い選手でも目についてはだんだん見えづらくなったことに気が付き始めてから目のトレーニングを行うパターンが多いですね。なので過去の自分との比較で気付く前にメンタルビジョントレーニングを行い、自身の目の使い方や癖、能力などをチェックすることが大事だと思います。メンタルビジョントレーニングは自分以外の人のチェックした数字などのデータがあってそのデータと比較ができるので、見えづらくなる前から目の使い方、見え方など知ることができるので。
――視力検査と同じようにチェックしてわかるのはいいですね。
松島:野球を行っている高校生たちにメンタルビジョントレーニングを行った時、それぞれの目の使い方、癖によってパフォーマンスに差がある事がわかり、目の使い方が関係していることに気付くんですよね。自分が苦手にしていることが目を鍛えることでうまくなるかもしれない、伸びる可能性があると。中には野球だけでなく普段も周りに目を配れるようになることで生活面も変えられると気付く選手もいました。その時のメンタルビジョントレーニングの体験講義は2時間ほどでしたが、たった2時間でも気付きがあり未来のイメージに希望や変化が出ることがうれしく思います。
――目の使い方についても自分自身でできること、できないことに気付く、わかることが大切なんですね。
松島:それが大事ですね。人が緊張したり不安になるのは「わからない時」なんです。なぜこの状況になったのかわからない、想定外のことが起きてどうして良いかわからないことなどがあると人は緊張し不快になります。この不快を減らすためには新しい情報を取り入れるか、情報処理を工夫する必要があります。ただその時点で視野が狭いと入ってくる情報が少ないので思い込みが強くなったり、相談することを恥ずかしいと捉え、そこでつまずく人もいます。こうなると不快を放置することになるので、脳が誤作動を起こし始めたりします。その影響で自分が望まない状態(例えば腹痛が起きたり体が動かなくなったりやる気が落ちるなど)になります。なので、メンタルの部分でも視野を広げることはとても重要なんです。
何か不快になったときには、何か「わからない」状態があると気付き、“何”がわかればもう少し楽になるかを発想することで、不快から快につなげていくこと。メンタルの考え方として伝えていることですけど、気持ちの持ちようだけで不快は減らない。メンタルの強化には、モニタリング力をつけ、わからないことを解消するために何かしら少しずつでも、次の一歩を決めて進むという習慣をつけること。次の一歩が決まってから気合いを入れることが大切です。
目の使い方を一度覚えれば元に戻ることはない
――メンタルビジョントレーニングの講義で気付きがある選手からその後、相談があったりしますか?
松島:あります。例えばメンタルビジョントレーニングを行って自身がうまく使えていない部分がわかった選手に対して意識をするポイントや方法を伝えたりしてトレーニングを行います。そういったトレーニングをただこなすだけでなく、実際に自身のパフォーマンスに生かすイメージにつなげることができる選手はどんどん変化が出ると感じています。
また、大人数にメンタルビジョントレーニングの講義を行った時に、「楽しかった」で終わる選手がほとんどですが、講義のあとに「どうやったらこれを始められますか?」「自分には何が必要か知りたい」など聞きに来る選手はわからない部分をわかりたい、できるにしたい気持ちに伴って行動を起こせる人なので、その後の成長に差がでますね。
――メンタルビジョントレーニングはどのようなトレーニングを行いますか?
松島:メンタルビジョントレーニングの考え方として目の使い方やメンタルコントロールの習慣を変えること。今まで何となく使ってきた目の習慣を変えて、本番のときには無意識にその目の使い方ができる状態にすることを目指しています。なので、本番のときだけ意識をするものではなく、日常での習慣から変えるため、毎日行うメニューを組みトレーニングを行ってもらいます。
――そのメニューはトレーニングを行う人それぞれにあったメニューになると。
松島:そうですね。例えば、3カ月のプログラムの場合は、まず目とメンタルのチェックをして1カ月分のメニューを組み、トレーニングの内容を伝え、行ってもらいます。その間に1週間に1回ぐらいの聞き取りを行い、1カ月に1回は必ず直接会うようにしています。聞き取りや直接会った時にトレーニング状況と変化を確認し、トレーニング内容をレベルアップさせていく形になります。
――もしも3カ月のプログラムで無意識にできるようになったら終了ですか?
松島:目的と到達度、満足度によって判断します。
――プログラム修了後、また目の使い方がプログラム実施前に戻ることはあるんですか?
松島:基本的には自分にとっていい目の使い方を一度覚えれば、トレーニング前の状態に戻ることはないと言われています。自転車に乗るのを覚えた感覚と同じですね。3カ月プログラムというのは一つの例なので、3カ月では目の使い方など自分の中で定着していないと感じる人には半年、1年と選手によってそれぞれですね。ずっとパフォーマンスアップし続ける必要のあるプロアスリートは何年も継続されています。
――一度使い方を覚えれば元に戻ることがないんですね。目の機能についてはまだまだ知られていないことが多いですね。
松島:そうですね。なのでもっと多くの人に目の機能やメンタル機能について正しく知ってもらいたいと思っています。そのきっかけになるようにメンタルビジョントレーニングのトレーナーを増やして、日本中どこでも子どもたちが住んでいる場所でメンタルビジョントレーニングが受けられるようにトレーナー育成にも力を入れていきたいです。
<了>
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PROFILE
松島雅美(まつしま・まさみ)
広島県出身。臨床心理士。公認心理師。国際メンタルビジョントレーニング 協会代表理事、Je respire株式会社 代表取締役。京都女子大学大学院修了。大学院在学中から、阪神淡路大震災時に開設された「兵庫県精神保健協会こころケアセンター」にて被災者のPTSD・トラウマケアに携わる。その後、精神神経科クリニックで、うつ、摂食障害、パニック障害などのケア、教育機関においては子どもの発達、子育て、教育スタッフへの支援を行う。日本における「心を扱うこと」への誤解を解き、心理学データを科学的かつ実践的に活用できる仕組み「方法や結果の見える心理学」プログラムを開発・提供。
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