東京都心におけるサッカー専用スタジアムの可能性。専門家が“街なかスタ”に不可欠と語る「3つの間」とは
東京23区初のサッカー専用スタジアム誕生へ。東京都葛飾区は2月1日、新たなサッカー専用スタジアムの建設に向けて、建設予定地を所有する日本私立学校振興・共済事業団と協定を結んだ。広島や長崎でも“街なかスタジアム”の計画が進んでいるなか、東京都心におけるサッカー専用スタジアムの建設にはどのような可能性と課題があるのだろうか?
(文=上林功、写真=Getty Images)
葛飾区のサッカースタジアムが実現すれば“東京23区初”
先日2月1日、東京・葛飾区は、JR新小岩駅からほど近い私学事業団総合運動場について、将来的に建設を目指すサッカースタジアム用地として土地取得に関する協定を結びました。葛飾区はサッカー漫画の金字塔『キャプテン翼』の原作者である高橋陽一さんの出身地であり、現在は同区にて『キャプテン翼』やサッカーをテーマとした街づくりを進めています。実現すれば東京23区で初めてのJ1基準を満たすサッカースタジアムになるとのことで注目されています。
東京23区でまだJ1基準を満たしたサッカースタジアムが無かったことに驚いた人もいるかもしれません。都内にホームタウンを持つJ1チームとしてFC東京がありますが、ホームスタジアムである味の素スタジアムは東京郊外のベッドタウンとなる調布市にあるスポーツ施設の一部として整備されています。東京の中心市街に近接した専用スタジアムは無いというのが実態です。
サッカースタジアムそのものはサポーターにとっては待望の施設ですが、サッカーに興味の無い人にしてみれば混雑や騒音を持ち込む迷惑な施設に過ぎず、スポーツを盛り上げたいとの純粋な目的で計画されたとしてもなかなか実現しないのが実状です。
街なかスタジアムに求められる「3つの間」
国内ではともに2024年完成予定の最新事例として、“街なか立地”で公園とともに整備されている広島の「HIROSHIMA スタジアムパーク PROJECT」や、ピーススタジアムを中心とする「長崎スタジアムシティプロジェクト」など、住宅などの街区に隣接した街なかサッカースタジアム事例が見られます。こうした事例はどのようにして生まれるのでしょうか。
2015年の日本再興戦略に盛り込まれたスタジアム・アリーナ改革のなかで示された「スマート・べニュー」は、スタジアムの多機能複合化、収益性の改善、官民連携、そして街なか立地が示されました。これまでのスポーツ施設は郊外につくられるケースが多く、国民体育大会などを機会につくられた施設の多くが中心市街地から離れた場所となっています。その理由は単純で、スタジアムは巨大な施設であり、環境影響も大きく、街なかにつくるうえで手に余り、ハードルが高い施設であることは明らかです。
そんななかでも、街なか立地でありながら地域に受け入れられ、愛されているスタジアムの特徴とは何でしょうか?
子どもたちの良質な遊びの環境には「3つの間」が密接に関わっていて、近年の子どもたちを取り巻く環境において、この「3つの間」が課題として挙げられています。この3つの「間」とは「空間」「時間」「仲間」です。よくスポーツの語源は余暇や遊びにあるとされますが、良質なスポーツ体験もまた「3つの間」が課題といえるでしょう。街なかスタジアムの特徴について「3つの間」を通じて考えてみたいと思います。
スタジアムなのか?街なのか? 近さが生み出す「空間」的特徴
街なかスタジアムの「空間」的特徴としては、“近さ”が挙げられます。
スポーツの賑わいを感じさせるような街に根づいたスタジアムは、街との一体感を生み出します。広島新サッカースタジアムでは公園からいつでもアクセスできるパークコンコースをスタジアム内に設け、スタジアム内のコンコースと立体的に組み合わせることで街とスタジアムを近づけています。南へ伸びるブリッジは敷地を飛び出し原爆ドーム前の旧広島市民球場跡地の公園とスタジアムをつなげ、人々の流れをつくります。広島といえば、プロ野球のマツダスタジアムも地域に根づいているスタジアムですが、広島駅から続く「カープロード」と呼ばれるアプローチがそのままスロープ状のプロムナードとしてスタジアムコンコースに接続しています。街と施設をつなぐ工夫が大切なことがよくわかります。
こうした特徴は、長崎のプロジェクトにも見られます。プロジェクトの中心となるピーススタジアムにはホテルやオフィス、アリーナなどの施設が取りつき、周回コンコースによってそれらが結ばれる構成になっています。スタジアムと複合施設がまるで街そのもののような施設群を生み出し、街路とコンコースが連続することで、スタジアムなのか街なのかその境界があいまいになるような計画です。
地域とともに「時間」を重ね、一体となって成長してきた価値
こうした街との連続感は近年のスタジアムに見られる特徴で、従来はスタジアム内外をつなぐ一体感は「時間」が育むものでした。
我々のよく知る古くから愛されているスタジアムの多くは、全体を壁で囲まれ、昨今のスタジアム計画のような空間的連続はないかもしれませんが、それでも長年のファンの愛着、地域の愛着が壁のあるなしに関係なくスタジアム内部と街をつなげ、一体感を生み出してきたといえます。
国内最古となるサッカースタジアムとして、大宮アルディージャのホームスタジアムであるNACK5スタジアム大宮があります。
大宮公園サッカー場として1960年に開場され、1964年東京五輪のサッカー会場の一つとして選ばれて観客席が整備されました。その後も1970年にはじまった全国中学校サッカー大会の主会場として、中学生のサッカー少年たちが目指す聖地となりました。さらには世界大会の舞台としても使用され、アジアユース選手権(1965年、1971年)の会場を経て、1979年のワールドユースではアルゼンチンのレジェンドプレーヤーであるディエゴ・マラドーナが国際デビューを果たすなどサッカーの歴史そのものを刻んできました。まさに「時間」を重ねてつくられてきたスタジアムです。
現在では浦和レッズの準ホームスタジアム(1992年~1995年)を経て大宮アルディージャのメインスタジアム(1996年〜)として使用されています。「時間」を重ねるなかで老朽化の課題も出ており、2004年に行われた国民体育大会後には解体撤去の話も持ち上がりました。こうした危機に対し、地域の署名活動によって存続し、2006年の改修工事による観客席の拡張や、2018年には全国に先んじて全面的にITを取り入れたスマートスタジアムとしてファンのビッグデータ活用を進めるなど、限られた敷地のなかで独自の進化を続けてきました。
NACK5スタジアム大宮だけではなく、地域とともに歩んできたその土地のスポーツコミュニティの核となるような施設が国内外問わず存在します。それらの多くは必ずしも街との空間的な一体感があるわけではありませんが、地域とともに歴史を刻み、一体となって成長してきた街なかスタジアムといえるでしょう。
地域の「仲間」とともに体験をつくりだす共創型スタジアム
街なかスタジアムの「空間」的連続や、地域の歴史に寄り添った「時間」的連続についてここまで書いてきましたが、何より重要なのが最後の「仲間」ではないかと考えます。ファンやサポーターはもちろんですが、地域においてスタジアムとともに空間や時間をともにしてきた人々こそが、街なかスタジアムを成り立たせています。
先日1月29日にFC今治のホームスタジアムである今治里山スタジアムのオープニングセレモニーが行われました。今治里山スタジアムは、一見すると中心市街地から離れた山の上に建てられており、従来型の郊外型スタジアムのようにも見えますが、実態はそうではありません。その構想段階から地域共創によるファンづくり、サポーターづくり、地域支援者の輪を広げる取り組みが行われ、人々が「仲間」となってスタジアムを支えることに結実しています。
FC今治を対象とした地域のスポーツ観戦行動と地域愛着に関する研究のなかで、チームへの関心の増加や観戦経験回数を重ねることによって地域愛着が高まる可能性について触れられています。2019年に行われた「みんなでつくるFC今治観戦体験向上プロジェクト」では、ファンとともに試合前後の過ごし方について検討するなど「仲間」を集めることでそのつながりを広げてきました。個人のみならず、企業版ふるさと納税を通じた全国に向けた企業との連携など、その輪は単なるファンコミュニティの形成に留まらず、スタジアムの運営・経営にも関わっています。
DX(デジタルトランスフォーメーション/デジタル革命)によるスタジアムの拡張も興味深いところです。街の中心となる今治商店街のほど近くに設置されているドンドビジョンと芝っち広場は、通常時には交差点に向けた大型ビジョンが試合時には180度回転し、FC今治の試合の中継などに使用され芝生の広場が即席のライブビューイング会場となっています。今治里山スタジアムは最初からつくりこまないスタジアムとして周囲に今後の拡張余地を残した設計を行っていますが、公園のみならず街全体に体験を拡張するスタジアムとして地域の「仲間」とともに体験をつくりだす共創型スタジアムといえます。
3つの間を東京の「街なかスタジアム」に置き換えると…
改めて東京の街なかスタジアムを考えたとき、どのような課題があるでしょうか。
「空間」的な連続を生み出そうとするうえで、大きな土地の確保の難しさや、多くの人口を抱える都心での生活動線との交錯は課題といえそうです。一方で、発達した交通インフラは郊外の車社会とは異なり、渋滞の懸念や混雑緩和をうまくコントロールできる点に有利なところもありそうです。
歴史を刻む「時間」については、文化の汲み取りが必要になります。人々の移り変わりが激しい都市社会において、多様性が重視されるなかで生まれる共通・共有する文化が存在します。古くからの伝統や風習などももちろんですが、常に刷新される新しさを背景とした若者中心のアーバンカルチャー(都市の文化)に特徴がある点は東京ならではかもしれません。それらをうまく汲み取りながら、スタジアム活用に生かしていく必要があります。
意外と難しいのは「仲間」づくりかもしれません。都心のような大規模な都市社会では生活のなかで出会うほとんどの人が他人であり、たとえ共通のチームを応援するファン同士でも顔見知りとなる人はまれです。地域やスポーツなど価値観の共有だけでなく、ファンそのものが関わって、皆が当事者として参加することのできる共創的な仕組みづくりが必要になります。
葛飾区の新スタジアム構想に期待するのは…
これら東京の街なかスタジアムの可能性を考えたとき、冒頭の葛飾区の新スタジアム構想はどのように見えるでしょうか。
今回、協定を結んだ私学共済グラウンドは陸上競技場、野球場、テニスコート8面、緑地で構成される広い敷地となっており、1万5000人規模のスタジアムをつくったとしてもなお敷地に余裕があります。線路沿いの敷地にはJR新小岩駅から続くプロムナードのスカイデッキたつみで直結しており、周囲の生活道路との交錯なく駅から敷地までアプローチできるようになっていて、混雑緩和や動線整理などの課題はあるものの乗り越えられる端緒は十分にありそうです。
『キャプテン翼』を中心としたまちづくりが行われてきたことは時間を重ねたつながりを生むうえで大きなインパクトとなります。『キャプテン翼』が連載されたのが今から40年以上前となる1981年。漫画のなかでも登場する主人公たちのチームである南葛SCは現在、原作者である高橋陽一さんが代表を務める実在の地域クラブチームとして、Jリーグ入りを目指して関東サッカーリーグ1部で戦っています。スタジアムにはミュージアムなどの併設施設の予定も公表されており、地域で培ってきた文化が結集した拠点として期待が持てます。
やはり課題としては「仲間」、それもファンコミュニティの形成にとどまらない「スタジアムにファンが関われる仕組み」が重要になると考えます。不特定多数の人々が集まるにもかかわらず、自由度の高い施設はそれだけで収集がつかなくなることもあり、スタジアム計画のハードルは数段跳ね上がります。一方で、スタジアムができる前からみんなでつくり上げることで借り物でもお仕着せでもない自分たちのスタジアムをつくることが可能になります。
つながりが希薄になりがちな東京の“街なかスタジアム”だからこそ、「人」のつながりからはじめることに期待したいと思います。
<了>
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[PROFILE]
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチを行う。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。
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