なぜ札幌・荒野拓馬は「嫌われても気にしない」のか? フードロス問題に向き合う行動力の原点
2017年のJ1昇格以降、2018年より指揮を執るミハイロ・ペトロヴィッチ監督のもと“エレベータークラブ”といわれていた面影はもはやなく、さらなる高みを目指す北海道コンサドーレ札幌。地元に愛されながら飛躍してきたこのクラブに欠かせないのが、札幌で生まれ育ち、下部組織からコンサドーレひと筋でプレーしてきた荒野拓馬の存在である。ピッチ内で“チームの勝利のために”アグレッシブに戦う彼は、コロナ禍を機にフードロス問題を救う活動をするなど、ピッチ外でも“誰かのために”行動することをいとわない。そんな熱く真っすぐな彼の知られざる素顔、人間性に迫った。
(インタビュー・構成=阿保幸菜[REAL SPORTS編集部]、トップ写真=Getty Images)
タトゥーで飢餓問題を訴えたイブラヒモビッチの姿に…
――荒野選手はコロナ禍の2020年からフードロス問題に関する活動を始められていますが、もともとそういった社会問題に対する関心は高かったのですか?
荒野:当初はフードロスに対してあまり知識がなかったし、理解がなかったんですよ。でも、実際にコロナになってから飲食店が厳しい状況になりフードロスの話を聞くことがけっこう多く、興味を持つようになりました。僕は人の話を聞くのが好きなので、飲食店や生産者の方たちに関わるようになり話を聞くにつれて、深掘りすればするほどさまざまな問題があることを知って。
それから、僕はズラタン・イブラヒモビッチ選手がめちゃめちゃ好きで。彼がパリ・サンジェルマンにいたときに、試合でゴールを決めたあとにユニフォームを脱いで、上半身全体に入れたタトゥーで飢餓問題について訴えたことがありました。それがすごく印象に残っていて。あれだけみんなから悪童といわれているのに、社会で困っている人たちに対して積極的に働きかける姿を見て、僕自身も何かできたらと思っていたんです。そういった中で、「飢餓問題があるのに、なぜフードロスが出るんだろう?」ということに疑問を感じるようになって。そういったことが結びついて、自ら活動を行うようになりました。
――社会問題に対する活動にはもともと興味はあったんですか?
荒野:自分で立ち上げてやるというのはなかなかきっかけがなかったですが、今後年齢を重ねていくにつれてサッカー以外にも何かやっていかなきゃいけないなという使命感は持ち始めていました。でも、僕はどちらかというと、試合を見ているサポーターからは嫌われるタイプの選手で(苦笑)。そこはフラットに見ているのでピッチの中では悪童といわれても、ピッチ外ではしっかりと自分の考えを持って人としてかっこいい生き方をしていきたいなという思いがあります。
――最初にどんな活動を始めたのですか?
荒野:フードロスの活動を始める前に、コロナ禍で困っている人たちに対して何かできないかなと考えていたときに鈴木武蔵選手を代表として社会貢献活動を行うHokkaido Dreamという団体を2019年12月に立ち上げまして。(※任意団体を設立。2020年6月よりNPO法人化)
武蔵が、ひとり親家庭の親子へ向けたサッカー教室を行うなど、苦しい境遇にいる子どもたちを支援しようというのをきっかけに立ち上げて、児童⽀援のほか⼥性⽀援、差別問題などさまざまな活動を行っています。武蔵は当時、同じ北海道コンサドーレ札幌でプレーしていたので札幌を拠点に活動していくとなったときに、彼が他のチームに移籍しても、札幌出身でずっとコンサドーレでプレーしている僕がいればこの活動を長く続けていけるというのでぜひ理事になってほしいと誘われて。それをきっかけに始めました。他にも菅野孝憲選手や菅大輝選手など、コンサドーレの選手も何人か協力してくれています。
その中でそれぞれにいろいろな活動を行っているのですが、僕はRescue Heroというプロジェクトを2020年4月に立ち上げました。コロナの影響で生産者さんが育てた食材が廃棄処分されてしまう問題に対して、フードロスで失う商品を捨てるぐらいならもっと安くみんなのところに届けようという活動を行いました。
――Rescue Heroを立ち上げたきっかけというのは?
荒野: 2020年のちょうど27歳の誕生日に、自分の代理人が提案してくれたのがきっかけです。いろいろ話していくうちに、自分の誕生日にこういった話が進むということは自分がやるべきことなんだなという、プレゼント的な意味を感じましたね。
PKの邪魔をした金子翔太選手との、思わぬ縁
――Rescure Heroは2021年6月にクローズされたとのことですが、北海道以外にも東北、関東、中部、九州、沖縄と各エリアのJリーガーたちが協力してくれていたんですよね。
荒野:そうですね。自分の代理人のつながりだったり、一緒にプレーした選手や、試合で顔見知りになった選手たちが協力してくれたりしました。今は一旦クローズしていますが、「また困ったことがあったらみんなでやりましょう」みたいな感じでつながっています。他の選手が何かやるとなったときにも協力し合えるし。いいことはみんなでやったほうがいいと思うんです。
おもしろい縁でいうと、メンバーの一人に清水エスパルスの金子翔太選手がいるんですけど、もともと知り合いだったわけではなく金子選手がPKを蹴るとき(2020年8月8日 J1第9節)に僕が話しかけてちょっかいを出していたのがきっかけなんです(笑)。
そのシーンに対してサポーターから「またいらんことして」とTwitterでもめっちゃ叩かれたんですけど、それに対して金子選手から「何を言われたの?」みたいな感じでDMが来て。「どんな話をしていたかツイートしていいですか? 悪いように言わないので言わせてほしい」と言われたので、「別に悪いように言ってもいいぞ」と言っていたんですけど、実際にPKのときにどんなことを言ったのかをポジティブに発信してくれて(※編集部注:当時の金子選手のツイートはこちら)。そのやり取りの中でRescue Heroの活動に共感してくれて、手伝ってくれることになったんです。
――まさにノーサイド精神ですね。
荒野:そうですね。こういった輪を広げていって、サッカー界だけでなく他のスポーツの選手も巻き込んでいきたいなというのを将来的には考えていたんですけど、少しずつコロナによる影響も落ち着いてきて、自分たちの活動も赤字になってきてしまって。現実的に、自分たちへの負担が大きくなってきてしまうと長く続けていくことが難しいと思うんです。ただ、これまでの活動で何人かの人を助けることができたのは、大きな意味があったと感じてます。
――Rescure Heroの活動では、周りの反響はいかがでしたか?
荒野:チームメートもSNSで拡散してくれたり、商品を購入してくれたり。北海道の長沼町にある仲野農園さんのアップルパイとリンゴジュースを最初に出したんですけど、いろんな選手が買ってくれて、「これおいしい」「また買うよ」と言ってくれたのがすごくありがたかったです。キム・ミンテ選手(2017年~2021年までコンサドーレに在籍)は2、3回買ってくれましたね。
――生産者さんはどうやって集めたのですか?
荒野:SNSなどで発信して問い合わせを待つと同時に、知り合いに「こういう農家の知り合いいない?」とか「フードロスに困っている人はいない?」と聞いたり、飲食店の方々にも何か困っていることはないか聞いていきました。その中で人のつながりを介してようやく最初のアップルパイを販売している方にたどり着きました。
またそれもすごい縁で。仲野農園さんの農園の隣で農園で採れた食材を使った洋食が食べられる「ファームレストランハーベスト」というレストランもやっているんですけど、紹介をされる前に、そこが好きで本当にたまたま1、2カ月に1回くらい行っていたんですよ。そういうつながりもあって、「ぜひ協力させてください!」といってサポートさせていただくことになったんです。今でも仲野農園さんとは仲良くさせてもらっています。
――すごいご縁ですね。
荒野:人のつながりというのは、おもしろいですよね。
団結力とファミリー感がある「北海道は特別な場所」
――今はどんな活動をしているのですか?
荒野:「フードロスミュージアム」というフードロス減少のためにさまざまな取り組みを行っているプロジェクトのお手伝いをさせていただいています。次回は7月2日~10日まで横浜の「アソビル」でイベントを行うんですけど、イベントの告知やクラウドファンディングの拡散などに協力させてもらっています。
Rescue Heroを立ち上げた頃に、フードロスミュージアムの座長などをしている木村健太郎さんが、北海道で廃棄食材を集めて作ったお弁当を必要な人たちに届けるという活動をしているのを知って。彼とは9年前くらいから、共通の知り合いだった都倉(賢)選手の紹介で仲良くさせてもらっているんですが、“食べるのに困っている人を助ける”という『ONE PIECE』のキャラクター・サンジのようなことをしているんです。僕は『ONE PIECE』がめちゃくちゃ大好きなので「うわ、かっけえ」と思い、自分も何か手伝いたいと思うようになりました。Rescue Heroで協力してくれていた農家さんを紹介したりしたことを機に、健太郎さんのやっている活動にも携わるようになりました。
――スポーツクラブや選手の存在意義の一つとして地域との結びつきがあると思いますが、北海道という地域は日本の中でも地元愛が強い場所だといわれます。荒野選手は北海道で生まれ育って、コンサドーレひと筋でプレーし続けている選手として感じることはありますか?
荒野:やっぱり僕も北海道って特別だと思っています。みんな地元愛が強いと思いますし、コンサドーレに移籍してきた選手もその家族もみんな北海道を好きになってくれますね。家族ぐるみで仲良くさせていただいている河合竜二さんも、もともと東京出身で現役時代は浦和レッズや横浜F・マリノスでもプレーされていましたが、コンサドーレに移籍してきて本当によかったということを話してくれました。
――河合さんは引退後もクラブのCRC(コンサドーレ・リレーションズチーム・キャプテン)として活動されていたり、今年から一般社団法⼈コンサドーレ北海道スポーツクラブのスポーツダイレクター(SD)として、「北海道リラ・コンサドーレ」「バドミントンチーム」「カーリングチーム」の統括を行い、”北海道とともに世界へ”というクラブスローガンの実現に向けた活動を担っていらっしゃいますよね。
荒野:そうですね。僕は北海道出身でずっと北海道に住んでいるのであんまり実感はなかったんですけど、竜二さんはもちろん、移籍してきたり他のチームへ移籍した選手たちの話を聞くと、団結力があるというかファミリー感が強いのは北海道ならではだと感じます。
「何事にも全力。人のために頑張れる人」河合竜二さんから受けた影響
――ピッチ外の活動をやってよかったなと感じることは?
荒野:いろいろな人に協力してもらいながら行動していく中でさまざまな気づきがあったり、考え方も成長したと思います。いろんな見方をする人もいると思いますけど、自分がいいと思ったことをしていく中で誰かに喜んでもらえた時に、それを自分自身も幸せに感じられるのがうれしくて。そういうことに気づかせてもらえたので、活動を始めてよかったです。
今後もフードロスに関わっていくにあたっての課題としては、僕自身もっともっと勉強しないといけないと思っています。僕ってすごく緩くて。試合開始時間が分からないとか(苦笑)。
――(笑)。
荒野:あとは、自分がどこまで力を注いでやっていけるのか。歳を重ねるごとにやり方をしっかり考えながら、今以上に行動できるようにやっていきたいなと思います。
――アスリートに限らず、なかなかいろんな世界を知る機会がないという人や、何を学んでいったらいいのか分からないという人も多いと思います。そういう方に向けてアドバイスするとしたらどんなことを伝えたいですか?
荒野:僕もどちらかというと、サッカー関係以外の人と関わる機会は多くはないので、もっともっといろんな世界の人たちと関わる機会を増やしていかないといけないなと思っています。自分もそうだったんですけど、特に若い選手はオフでもチームメートとばかりいがちなので。いろんな人に会って、いろんな人を見て、いろんな話を聞くのも、自分のために必要なことなのかなと。
僕は若い頃から竜二さんにいろんなところに連れていってもらって、いろんな人を紹介してもらって、いろんな話を聞いてきたので、そういった付き合いから学ぶことも大事だなと思います。サッカー選手という短いキャリアの中でできることって、やっぱり選手のうちにいろいろな人と関わること。今後引退した後でも、そういった人間関係を大切にしていってお互いに協力し合える輪を広げられたらいいなと思っています。
――河合さんからもいろいろな影響を受けてきたんですね。親しくなったきっかけは何だったんですか?
荒野:もともと怖いなという印象はあったんですけど(笑)、僕が二十歳の時、スポンサーパーティーの時に「竜二さん、飲みに連れていってくださいよ」と話しかけたら「じゃあこの後行こうぜ」と誘っていただいたのがきっかけでした。2日連続で誘ってくれて。15個上の先輩を相手に負けじと飲んで二日酔いで頭痛くても2日目も行って。たぶん、それがかわいがってもらうようになった始まりだったと思います。泣かされたこともありますけど、竜二さんが僕のことを心から思って言ってくれたことなので、厳しいことにも負けないで食らいついてサッカーをやってきたからこそ、今の自分がつくられているかなと思っています。竜二さんはやっぱり、自分の人生の中で感銘を受けた人の一人です。
竜二さんはサッカーに対しても真面目で、オフの時には一緒に楽しく飲んで、何ごとにも全力という姿を見てきました。人のためにも頑張れる人なので、やっぱり彼の周りにはいろいろな人が集まります。ザ・漢という感じの人なので、僕も竜二さんのような男にモテる男になりたいです。
自分のプレーがチームの勝利につながれば、嫌われても気にしない
――フードロスの活動以外に、髪を伸ばしてヘアドネーションもされていましたよね。
荒野:それもタイミングで。ずっと短髪でぴっちりジェルで固めたヘアスタイルだったんですけど、コロナになってから外出ができなくなり髪が切れなくなったので、髪がちょっと伸びたんですよ。その時にイブラヒモビッチみたいなポニーテールにしたり、ロナウジーニョみたいにした時期もありました。ロナウジーニョも好きなので(笑)。
シーズンが終わったら切ろうと思っていたんですけど、シーズンが終わる直前の2020年11月末に全治6、8カ月の大ケガをしてしまったんです。リハビリが終わって復帰したら切ろうと思っていたんですけど、リハビリ中にヘアドネーションのことをたまたま知って。せっかくここまで伸ばしたし、だったらさらに伸ばそうと思い、大ケガを乗り越えた証にヘアドネーションというのをかたちにすることができてうれしかったですね。32cmぐらい切って10本くらいの毛束になりました。
――すばらしい行動力ですね。「アスリートは競技に集中しろ」という価値観もまだまだある中で人の目を気にしてしまったり、一人ではなかなか行動に移せないという人も多いと思います。先ほど自身のことを「悪童と思われている」とおっしゃっていましたが、いい意味で周りの目を恐れず目的に向かって突き進める姿勢というのが、ピッチ外の活動でも生きているのでしょうか。
荒野:まずサッカーのプレーに関しては嫌われようと思ってやっているわけではないです。ただ、やっぱりチームで勝つために自分ができることを常に考えているので、相手がされて嫌なことは何かなと考えたり、気持ちが前面に出てたまにいらないことをしてしまうこともあるんですけど……。冷静になってもっともっと直さないといけない部分もあるとは思うんですけど、それも自分の良さかなと。自分のプレーが結果的にチームの勝利につながれば、他のサポーターから嫌われても別に気にしないですし。味方がやられている時は味方の間に入って守ってあげるとか、そういった役割を果たしていきたいと思っています。実際にピッチ外の活動についても「そんなことやるより練習しろ」というような声もありましたけど、やっぱり協力してくれるファン・サポーターが多かったです。
それから、なかなか一人では行動に移せないという気持ちも分かります。自分自身も誰かがきっかけをつくってくれたからこそ始めることができたので。他にも同じような思いの選手が全国にいたので、最初は北海道から始まった活動も全国に展開して、一時の苦しい時期をみんなで救う活動をかたちにできたというのはすごくよかったです。
ただ、僕が思うにJリーガーになれるような人は普通の人間ではないなと思っているので、やっぱり周りの人たちに支えられてきているぶん、ファン・サポーターもそうですし、お返ししたい、誰かを助けたいという気持ちを強く持っていると思います。だから、周りから「あいつ偽善者だ」という声が聞こえたとしても、自分がいいと思ったからやったので気にしません。一人でやれといわれてもなかなか続かないですし、競技をやりながらやるというのもなかなか難しい部分があると思うので、今後も自分ができる限り、自分がいいと感じことはやっていきたいなと思っています。
<了>
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PROFILE
荒野拓馬(あらの・たくま)
1993年生まれ、北海道札幌市出身。北海道コンサドーレ札幌所属。コンサドーレ札幌U-15、U-18を経て、2010年に2種登録選手として当時クラブ最年少出場記録となる17歳でリーグ戦デビュー。2012年よりトップチームへ昇格。2014年にアジア競技大会U-21日本代表に選出される。2020年にはシーズン終盤の大ケガにより離脱したものの、それまでの活躍とファン投票で最多票を獲得したことから札幌ドームMVP賞サッカー部門を受賞。本職のボランチのみならず、サイドやシャドー、ときには最前線で起用されるなどポリバレントなプレーヤーとして、コンサドーレに欠かせない存在として活躍している。
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