Jリーグ前チェアマン・村井満がバドミントン界の組織抜本改革へ。「天日干し」の組織運営で「全員参加型の経営に」
元職員の横領や補助金の不正申請など不祥事が続いた日本バドミントン協会は、6月18日、新会長にJリーグ前チェアマン・村井満氏が就任。今年1月の副会長就任から5カ月間の大改革を経て、外部理事や女性理事を積極的に登用した新体制が発足した。村井新会長が時間をかけて各地域の評議員に説いた今回の問題の本質、そして、Jリーグ前チェアマン時代から組織運営の理念としてきた「天日干し」の考え方とは?
(文・写真=藤江直人)
「最高の、最強のメンバーではないか、と感じています」
弁護士をはじめ公認会計士、SDGsやIT、企業経営や人材開発、スポーツマーケティングのエキスパートに加えて元オリンピアンもいる。日本バドミントン協会の新理事に多彩な顔ぶれが名を連ねた。
同協会の理事はこれまで各都道府県協会の関係者で構成されてきた。これが一変されただけでなく、実は理事の数を定める定款も、事前に「15人から20人」が「7人から10人」へと変更されていた。
6月18日に東京都内で行われた評議員会で承認されて発足した、新たな理事会の人数は上限の10人。このうち会長と副会長を除く8人を、冒頭で記したようにさまざまな専門的バックグラウンドを持つ外部の非常勤理事が、さらに8人のうち5人を女性理事が占めていた。
スポーツ庁のスポーツ団体ガバナンスコードは、国内競技連盟(NF)に対する数値目標として、外部理事が占める割合を25%以上、女性理事では40%以上とそれぞれ定めている。日本バドミントン協会の新たな理事会は外部理事で80%、女性理事では50%と目標を大きく上回ったわけだ。
同日付で日本バドミントン協会の新会長に就任したJリーグ前チェアマンの村井満氏は、NFでは前例のない構成になった理事会メンバーに対して、胸を張りながらこう言及した。
「私の思い至るところでは最高の、最強のメンバーではないか、と感じています」
組織の抜本的改革へ、「門外漢」からの挑戦
村井氏は今年1月、日本バドミントン協会では初めてとなる外部理事として同協会入りし、さらに会長就任予定者として副会長に選出されていた。異例の人事と約5カ月という短期間で行われた大改革の背景をさかのぼっていけば、昨年3月に明るみになった一連の不祥事に行き着く。
まずは選手の賞金や合宿時の負担金など約680万円を、元職員が私的流用していたトラブルが同協会から公表された。横領行為そのものは2018年度に行われ、協会側も事実を把握していた。しかし、東京五輪への影響を考慮して表沙汰にせず、理事らが私費を出し合う形で補填していた。
また、2019年度に日本オリンピック委員会(JOC)に対して申請した国庫補助金のうち、約23万円分が不正申請だったとJOCから指摘された件に関しても公表を控えていた。
スポーツ庁とJOCは、一連のトラブルを不祥事事案として認定。国から支給される強化費の20%削減が決まったなかで、同年11月には当時の関根義雄会長と銭谷欽治専務理事が引責辞任。中村新一理事が暫定的な会長に就き、協会を再建する道を模索してきた。
そのなかで外部から新会長を招へいし、組織全体の抜本的な改革を行うべきだ、という声が上がった。中村前会長は推薦された複数の候補者から、スポーツ団体運営における実績と経験、改革のノウハウなどを持ち合わせる村井氏に一本化。昨年末と今年1月の2度にわたって交渉が行われた。
4期8年にわたって務めたJリーグチェアマンを、昨年3月に退任した直後に新会社を設立。全国のJクラブを支える地方企業などを対象とした投資事業をスタートさせていた63歳の村井氏のなかで、日本のスポーツ界に恩返しがしたい、という思いが時間の経過とともに頭をもたげてきた。
火中の栗を拾う覚悟で日本バドミントン協会入りした際の心境を、村井氏はこう明かしている。
「門外漢である分野でどこまでできるか、という点で多少の逡巡がありました。しかし、日本バドミントン協会が直面した窮状をお聞きするにつれて、これは逃げていけないと感じる自分がいました」
もっとも、村井氏の協会入りが全会一致で承認された1月の臨時評議員会では、元職員の横領行為の隠蔽に関与したとされる理事6人、監事2人に対する解任動議が否決される事態も発生した。組織改革へ向けて前途多難な船出を感じさせる状況に対して、村井氏はこう言及していた。
「解任動議が出されたことと、解任に賛成された評議員の方がいらっしゃる状況は厳粛に受け止めなければいけない。日本バドミントン界のために井戸を掘った方々ですし、過去の功績や努力はもちろんリスペクトします。ただ、自分たちにとって都合のよいことのために、私利私欲のためにやっていたのかどうかはわかりません。よかれと思ったことが、もしかしたら時代の感覚からずれていたのかもしれない。基本的なスタンスは『罪を憎んで人を憎まず』となりますが、一方でボードメンバーとして経営判断を誤るとか、あるいは誤った方向に導いたことは絶対に曖昧にしてはいけない」
業務執行の監督機能を強化「容赦なく私を批判してほしい」
副会長就任後に真っ先に着手したのが、ガバナンス改革の道筋をつける作業だった。具体的には司令塔となる理事会の改革。前スポーツ庁長官の鈴木大地氏を委員長とする役員等候補者委員会のメンバーを選定し、3月の臨時評議員会と理事会では前述したように理事の定数に関する定款を変更した。
村井氏は役員等候補者委員会に名を連ねていない。同委員会が人物ありきではなく、能力や要件ありきで新理事候補の人選を進める一方で、村井氏は次期会長就任予定者として、理事及び監事の選任または解任、定款の変更などを決議する評議員会のメンバーと徹底して議論を重ねてきた。
全国から選出される計55人の評議員と「(地域ごとに)9つのブロックに分けて、それぞれと3回、4回は話し合ってきました」と振り返った村井会長は、さらにこう続けた。
「評議員のみなさまには、私の考え方や思想は十分に説明してきたつもりです。ただ単にAさんやBさんを排除するという話ではなくて、今回の問題の本質は一体どこにあったのか、という点から紐解いて説明してきましたので、ほぼ全会一致で受け入れていただけたんじゃないかと」
役員等候補者委員会が推薦した外部8人、女性5人を含めた10人の新理事候補が、評議員会で承認された。ここで気になるのは、村井会長が評議員に説いた「本質」とは何なのか、となる。
「理事は本来、業務執行を監督するのが役割です。いままでは監督する立場の理事が業務執行も兼任していたがゆえに、不祥事があった場合、処分を軽くする、もしくは事案を隠蔽するのではないかという疑念を社会から持たれていました。一方で業務執行は多岐にわたり、結果的に多くの人員を必要としていました。その意味で今回は理事の人員を半減させた上で、業務執行を行う理事は会長である私と副会長の朝倉(康善)の2人だけとして、理事による監督機能を強化しました」
監督機能を高める上で、組織マネジメント、マーケティング、IT・デジタル、財務会計、法務・リスクマネジメント、サステナビリティといった専門スキルを新たな理事に求めた。村井会長が続ける。
「全員が専門的なフィールドを持つプロフェッショナルですので、それぞれの立場から容赦なく私を批判してほしい、というのが本音です。サッカーのときもそうでしたが、バドミントンでもまったくの門外漢なこの私が容赦なく叩かれることで私自身も学びますし、強くなります。さまざまなアイデアを遠慮なく、自由に言える風通しのいい理事会であってほしいと思うとともに、やはりバドミントンは叩く競技なので叩いてほしい、と。それが天日干しという考え方に最も近いものになります」
不祥事の本質は「善良なる方々が身内で経営していた状況の成れの果て」
ここで言及された「天日干し」とは、Jリーグチェアマン時代から組織運営の理念としてきた「魚と組織は天日にさらすと日持ちがよくなる」を指す。1月に協会入りしてから機会があるたびに、評議員や理事に口を酸っぱくしながら「天日干し」の意義を説いてきたと村井会長は振り返る。
「今回の問題の本質は、極悪非道な人たちが協会内にいたわけではなく、善良なる方々が身内で経営していた状況の成れの果てだと思っています。バドミントンとはいったい誰のものなのか。一部の実力者や権限を持つ人のものではなく、選手たちを含めて、バドミントンを愛するすべての人のものであるわけです。なので、協会のなかで起こる不祥事やさまざまな問題は迅速に、かつすべての人に伝えられるような、透明性の高い組織にしていく覚悟でいます」
前体制で2人、割合にして10%だった女性理事が占める比率に関しては、改革に着手した当初から50%を想定していた。東京証券取引所のプライム市場に上場する企業において、2030年までに女性役員の比率を30%以上とする目標を政府が掲げている件も踏まえながら村井会長が説明する。
「一般論として、日本のスポーツ界、特にNFにおいて外部理事や女性理事の登用は難易度が非常に高いと認識しています。しかし、人口が減少している日本において、これらの問題は完全に不可逆的で戻れないもの。上場企業では女性役員比率を2030年までに30%以上という目標がありますが、これは日を追うごとにリアリティーを増している。ならば議論するよりも早く着手して知見を高めよう、というのがわれわれの出発点でした。日本バドミントン協会の登録会員比率は男性、女性が半々です。バドミントン界の縮図であるわれわれ司令塔も、男女半々であるべきだと当初から想定していました」
一方で懸念点もある。村井会長と朝倉副会長の2人だけで、さまざまな分野にまたがる業務執行をまかなえるのか。実は理事会改革と並行させて、村井会長は協会の運営形態も大きく変えている。
もともと存在した事業、選手強化、総務の3本部に加えて企画本部を新設。さらに各本部の下に事業委員会、選手強化委員会、総務委員会、企画委員会を設置し、全国の9ブロックや各都道府県協会、小学校や中学校、高校、レディースなど8つの連盟から関係者が参画できる形に変えた。
各委員会が本部へ決定事項を諮問する過程で、これまでは届きにくかった選手や地方の声も反映させやすくした。各種大会視察や地方行脚で、閉ざされた協会の体質に対する批判やあきらめの声を何度も聞いた村井会長は「ある意味で、バドミントン界の全員参加型の経営になる」と総括した。
日本バドミントン協会が変われば、日本のスポーツ界も変わっていく
もちろん、理事会改革はプロローグにすぎない。一刻も早く財政基盤を再建させるために、新設した企画本部はスポンサーや放映権の新規獲得を専門的に担う。現場レベルに目を向ければトップ選手の強化だけでなく、未来のバドミントン界につながる普及のレベルも上げていかなければいけない。
特に女子シングルスの世界ランキング1位に立つ山口茜をはじめ、数多くのメダル候補を擁するパリ五輪は来夏に迫っている。サポート体制を含めて、さまざまな要請や要望がダイレクトに理事会に届くようにと、北京、ロンドン両五輪バドミントン代表の池田信太郎氏も新理事に選出された。
「知れば知るほど深みにはまっていくというか、これほどまでにスピード感があり、格闘技と言っていいくらい激しいバドミントンの魅力を、なぜ私はこの年になるまで知らなかったのかという思いです」
瞬く間にバドミントンへ魅せられたと笑った村井会長は、さらにこんな言葉も紡いでいる。
「他の競技団体がこの形を受け入れるかどうかはわかりませんが、問題を多く起こしたバドミントンにとってはこれしかなかったと、スポーツ庁や多くの団体のみなさまには伝えてきました。そのなかで日本バドミントン協会が変われば、日本のスポーツ界も変わっていく。そう信じています」
ガバナンス改革を介して日本バドミントン協会の自立性と透明性を高め、スポーツを通じた社会貢献でも先陣を切るだけでなく、日本のスポーツ競技団体が将来あるべき理想像にもなる。村井会長は2年の任期を全力で突っ走りながら、多岐にわたる改革を急ピッチで進めていく。
<了>
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