老害“巨人軍爺”が妨げる日本球界の変化。「伝統」の圧力を打破した原采配

Opinion
2020.08.09

8月6日に阪神甲子園球場で行われた阪神−巨人戦での原辰徳監督の采配が大きな話題になっている。8回に一挙7点を挙げられ敗色濃厚となった原監督は、ブルペンに控える4人投手を温存し、野手登録の増田大輝を登板させたのだ。増田の起用は「戦術的」か、それとも相手を侮辱する「禁じ手」なのか? スポーツライターの広尾晃氏は、原采配に異論を唱えた巨人OB、球界の重鎮たちの考えが、日本野球の変化を妨げていると語る。

(文=広尾晃、写真=Getty Images)

投手陣とチームを救った内野手・増田の登板という奇策

8月6日、甲子園の阪神戦での巨人、原辰徳監督の采配が物議をかもしている。

巨人の0-4で迎えた8回裏の阪神の攻撃。5人目の投手としてマウンドに上がった堀岡隼人が阪神打線の集中打を浴び、7点を奪われると、原監督は堀岡を降ろして内野手登録の増田大輝をマウンドに上げた。増田は、近本光司を二ゴロ、江越大賀は歩かせたものの、大山悠輔を右飛に切って取り、無失点で事なきを得た。

選手数の少なかった昭和中期はいざ知らず、1球団70人以上の選手を擁する平成、令和のプロ野球で野手登録の選手が登板するのは極めて珍しい。

徳島県立小松島高校時代は投手だった増田は、近畿大学に進むも中退し、四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスを経て野手として2015年に育成ドラフト1位指名を受け、巨人に入団した。筆者は2014年に当時の徳島、島田直也監督に話を聞いたが「身体は小さいがとにかく足が速い。化ける可能性がある」との評だった。

内外野が守れるうえに足が速く、2017年に支配下登録。2019年に一軍デビューを果たしリーグ6位タイの15盗塁。今季は8月8日時点でリーグ2位の9盗塁をマークするなど足のスペシャリストとして売り出し中。また投手としての資質があるとも評価され、昨オフにコーチから「投げる機会があるかもしれない」と言われていたという。

今季のペナントレースは「6勤1休」がずっと続き、オールスターブレークも交流戦前後の休日もない。過去に例を見ない過酷な日程だ。どのチームの監督も投手陣の負担を軽くしたいという思いがある。また阪神打線に捕まった堀岡隼人を火だるまのまま続投させるのも忍びない。下手をすれば潰してしまう可能性さえある。

増田大輝の緊急登板は、投手陣を助けることにもなり、育成時代の同僚・堀岡のピンチを救ったことにもなる。おそらく投手として甲子園のマウンドに立ったことは、高校時代、甲子園に縁がなかった増田自身もうれしかったはずだ。

原采配に異を唱えた“球界の盟主・巨人軍”のOBたち

原辰徳監督のこの采配は、おおむね好評をもって受け入れられたのだが、ベテランの野球人が異を唱えた。

巨人V9時代のエースで、元巨人軍監督でもある評論家の堀内恒夫氏は自身のブログで「これはやっちゃいけない」と題して

「巨人軍はそんなチームじゃない。しかも今、首位に立ってるじゃないか。強いチームがそんなことやっちゃダメよ。こんなことして相手のチームはどう思うだろうか。馬鹿にされてるとは思わないだろうか。増田がマウンドに立った瞬間俺はテレビを消した。それ以上、観たくなかったからだ」

と厳しく批判した。

また、選手としても一時巨人に在籍し、第二次原監督時代にはヘッドコーチを務めた評論家の伊原春樹氏は、東京スポーツに「考えられない。私がベンチにいたら、原監督とケンカをしてでも絶対にやらせなかった」「巨人でそれをやっちゃあダメ」というコメントを寄せた。

選手数が少なかった1950年代以前には野手がマウンドに立つ例は散見された。

「猛牛」といわれた名二塁手の千葉茂は1試合、「青バット」の強打者大下弘は8試合に登板している。しかし1960年代以降はめったに見られなくなった。投手と野手は練習も別メニューとなり、指導するコーチも別個になった。野手と投手は別の「職種」になり、野手が投球をする機会はほとんどなくなったのだ。

もちろん例外はある。1970年10月14日には南海の名外野手、広瀬叔功が阪急戦で登板。1974年9月29日の南海戦では日本ハムの高橋博士が1試合で全ポジションを守る珍記録を作るために9回に登板。1995年5月9日のオリックス戦では一塁手の西武・デストラーデがマウンドに上がっている。一番最近の例では、2000年6月3日には、オリックスの五十嵐章人が近鉄戦で登板したケースがある。

専業化が進んだ1960年以降の例はすべてパ・リーグであり、セ・リーグでは野手がマウンドに上がる機会はなかった。理由ははっきりしないが、パ・リーグはDH制や前後期制を導入するなど、セよりも新しいことにトライする傾向があることも関係しているのかもしれない。

投手・イチローと松井秀喜の夢の対決を回避した野村監督

堀内氏や伊原氏が異を唱えているのは、野手の球を打つ打者が“なめられた”と感じるからだ。そう思わせるのはプロの打者に失礼だという理屈だ。

また野手をマウンドに上げるのは、なりふり構わぬ采配であり、強豪チーム、とりわけ“球界の盟主”巨人がやることではない、という考え方も根底にある。

「野手が打者に投げるのは失礼」という理屈で思い出すのは、1996年7月21日、オールスターの第2戦、全パの仰木彬監督が9回に松井秀喜の打席でイチローをマウンドに上げたことだ。ファンは固唾を飲んだが、仰木監督と同い年の全セ、野村克也監督は投手の高津臣吾を松井の代打に送った。イチローは高津を遊ゴロに仕留めた。

野村監督は松井に「おまえ、イヤだろう?」と聞いたうえで高津を代打に出したという。野村監督も堀内氏や伊原氏と同じ考え方だったのだ。ただし野村監督は1970年に外野手の広瀬をマウンドに上げた当の監督でもあった。野村監督は「セとパでは格式が違う」と考えていたのだろうか?

しかし恐らく、8月6日に対戦した阪神の選手は、失礼だとは思わなかっただろう。今の選手の多くは、MLBの野球を見慣れている。MLBでは、野手がマウンドに上がることは珍しくないからだ。

いつの世にも変化を嫌い、「古き」を過剰評価する“爺”がいる

MLBの球団別の投手成績表を見ると、多くのチームで最後の方に野手の名前がある。MLBは原則として「引き分けなし」だ。延長戦に入ると決着がつくまで延々と試合をする。投手の頭数が尽きて野手がマウンドに上がることも珍しくない。また大差がついた試合でも、投手を温存するために野手がマウンドに上がることもある。野手の中には投げることが大好きな選手もいて、喜々として投げていることもある。イチローや青木宣親もMLBでは登板しているのだ。

昨今はこうした例が多すぎるとして昨年オフに「野手の登板は延長戦と6点差以上の試合に限る」という規制がかかっている(新型コロナ禍の今季はこの規制なし)。

MLBでは野球はどんどん変化している。ここ数年で見てもチームの主軸を2番に据える「最強2番打者」、一二塁間に4人の野手を並べるようなデータに基づいた「極端なシフト」、救援投手が先発して短いイニングで降りる「オープナー」などなど。ルールに抵触しないなら、何でもやってみようという進取の気性が横溢(おういつ)している。

そういうMLBの野球と比べるとNPBは何と進化しないのだろう、と思ってしまう。走者が出れば次打者は送るもの。最強打者は4番に座るもの。先発投手は9回完投を目指すもの。徐々に変化が見られるようになったとはいえ、昭和の時代からあまり変わらない野球が行われているのだ。

その背景には「野球はかくあるべし」という「日本野球の伝統」が重くのしかかっているのかもしれない。

演劇の世界に「団菊爺(だんぎくじじい)」という言葉がある。明治期の名歌舞伎俳優の九代目市川團十郎とそのライバル五代目尾上菊五郎の舞台に接した劇評家や通人が、昭和の時代になって若い歌舞伎ファンに対し「明治の團十郎、菊五郎はこんなもんじゃあなかった、こんなやり方はしなかった」とことあるごとにお説教を垂れて嫌われた。若い世代は「また団菊爺か」と煙たがったという。

堀内恒夫氏や伊原春樹氏はさしずめ「巨人軍爺」ということになろうか?「昔の巨人軍はこんなことはしなかった」と言い募る御仁である。昔話は野球の楽しみの一つではあるが、「巨人軍爺」の言葉が、現場の野球に影響を与えるのはよろしくないだろう。

原辰徳監督は名門・巨人生え抜きの正統派の指導者だが、昨今は、セ・リーグへのDH制の導入を提唱したり、育成上がりの若い選手を抜擢(ばってき)したり、思い切った手を打っている。「巨人軍爺」のプレッシャーがある中で、最近は魅力的な野球をしていると思う。

他のスポーツ同様、野球は生き物だ。日々変化し、進化している。それに「伝統」という得体のしれないもので圧力をかけるのは、健康的ではないと思う。他球団も含め、どんどん新しい選手起用、戦術にトライしてほしい。

<了>

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