髙橋大輔が語る引退・復帰後も「昔からずっと変わっていない」一番大切にしていることとは?
2018年7月に現役復帰を果たした髙橋大輔。来季からはアイスダンスに挑戦するという発表も大きな話題を呼んでいるが、この決断にはフィギュアスケーターとしてだけでなく、表現者・髙橋大輔の思いがあった。アイスダンス転向発表前のイベントで語った、自身のキャリア、そしてフィギュアスケートの未来とは?
(インタビュー・文=大塚一樹[『REAL SPORTS』編集部]、写真=PUMA JAPAN)
髙橋大輔の考える「競技」と「ショー」の違い
昨シーズンの現役復帰から2回目のシーズンを控えた髙橋大輔は、自身をサポートするスポーツメーカー、PUMAの秋冬コレクションの発表会『AW19 PUMA OPEN HOUSE』の会場にいた。イベントとして行われたトークショーのほかに、髙橋選手にお時間をいただけた。この約1カ月後、2020シーズンからのアイスダンス転向を発表することになる髙橋大輔の貴重な肉声をお届けしよう。
「僕の中では違いというのはあまりないですけど、引退するまでは『競技が一番』で、より高いところを目指してやってきたというのはありますね」
2014年のソチオリンピックを終え、28歳で競技から離れた髙橋大輔は、引退後もアイスショーなどで私たちに氷上のパフォーマンスを見せてくれていた。2017年に初開催された『氷艶』では歌舞伎とのコラボレーションで大きな話題を呼び、ダンスショー『LOVE ON THE FLOOR』では、氷の上ではなく、舞台上で見事なステップを披露した。アイススケートだけではない「表現者」としてのキャリアを歩んできた髙橋にとって、最初の引退は「競技」と「ショー」の違いと共通点を見つめ直すきっかけになったようだ。
「でも、今はもう、どの競技でもショーでも、どんな場所でやるかに“違い”はないですね。試合は自分の限界へ挑戦する、アイスショーはよりエンターテインメントという大きな違いはありますが、パフォーマンスをするのは同じだと思うようになりました」
採点競技であるフィギュアスケートは、技術と表現、芸術が密接に関連している競技だ。髙橋自身、「表現」の重要性についてはこれまで何度も語ってきている。競技復帰後、アイスショーでの経験を経て取り組みへの変化はあったのだろうか?
「僕自身がどちらかというと舞台だったり、ダンスだったりが好きで、心にグッとくるようなパフォーマンスをされている方を見て、すごいなぁと思っていたタイプなので、自分がスケートをする上でも表現というのは昔から一番大切にしている部分です。そこはずっと変わっていないかなぁ」
「タイムで競うわけじゃないから、常に可能性がある。だから離れにくい」
「競技は自分の限界に挑戦するもの」という髙橋だが、コンペティティブなフィギュアスケートではジャッジが存在し、表現も点数化される。冬季オリンピックのスノーボード、夏季オリンピックの新種目、スケートボードなど、採点競技でありながら選手自ら自分の表現を大切にすると公言する競技もあるが、その点、髙橋は自身の表現が数値化されることについてはどう考えているのだろう。
「表現って点数つけづらいと思うんです。最終的には好みになってくる部分もあると思うので……。でも、ジャッジする人の方が大変ですよね。僕たちはとりあえずやればいいんですけど、ジャッジする方々は評価しなければいけないわけですから。逆の立場で僕がジャッジしろと言われても絶対できないですから。ただ、そこをやらなければいけないわけだからジャッジの方々は本当に大変なんだろうなと」
表現を採点される窮屈さのようなものはないのだろうか? ジャッジの大変さに目が行くところはいかにも髙橋らしいが、表現が評価されるところにフィギュアスケートならではの魅力があるという。
「評価する方もされる方も大変なんですけど、ただやはりその分、表現が要素にあるスポーツは、はっきりとダメだってならないじゃないですか? 陸上競技みたいにタイムで競うわけじゃないから、常に可能性がある。だから離れにくいんじゃないですかね?(笑)」
記録とは違う戦いがあるからこそのフィギュアスケートの魅力。引退後、表現者としての道を先鋭化させていた髙橋がリンクに戻ってきた理由の一端がここにある。
「自分の評価と周りの評価も合わないこともすごくあるんですよ。そのときうまくいっていなくても、可能性はある。フィギュアスケートのように表現をするスポーツって、だから一回ハマったら離れられないのかなと思っています」
髙橋が見つめるフィギュア新時代 「いい時代に生まれたなと思います」
フィギュアスケート界では、競技、大会から退き、プロになることを「引退」と表現する。オリンピックを頂点とする考え方が主流だが、かつてのアメリカではオリンピックのメダルを手土産にアイスショーで活躍し、プロスケーターとしてのキャリアを歩むという道があった。フィギュアスケートが浸透し、メダリストを多く抱える日本でも、アイスショーが興行として成功を収めるケースも出始めている。32歳、二度目の競技人生を送る髙橋は、フィギュアスケートの未来、その可能性をどう考えているのか?
「世界で見ても、日本は今一番アイスショーが行われている国だと思います。自分たちの演技をパフォーマンスとして披露するアイスショーが増えるのはありがたいことですけど、ただ演技するだけじゃなくて、ストーリー仕立てになっているものとか、表現の仕方の部分はもっとどんどんできるんじゃないかなと思っているんです。バレエやミュージカルのようにストーリー仕立てのものがあれば、観に来る人もフィギュアスケートをもっと身近に感じてもらえるんじゃないかと思います。陸ではありえないスケートのスピード感もあるので、違う印象が見せられると思うんです。そういうのは昔からやりたいなと思っていて、これからどんどんやっていけたらもっと可能性が広がるんじゃないかなと思います」
ストーリー性のあるアイスショー。それはすでに髙橋が歌舞伎とのコラボレーションに挑んだ『氷艶』などでチャレンジしている領域だ。
「競技でトップになった、お客様に来ていただくための目玉になるような存在は必要だと思うんですけど、競技で成功していなくてもすごくいいものを持っているスケーターはたくさんいるんですね。ジャンプが得意じゃないからフィギュアスケートを諦めた、でも表現することには長けている。そんな人が、スケートがすごく好きで、プロでお金を稼いで生活ができるプロのスケートの世界が広がっていってくれるといいなとは思うんですよね。ミュージカルとかダンスショーにはそれがあるわけなので」
たしかに、オリンピックを頂点とするコンペティティブなスケートを愛してきた日本には、髙橋のいう表現するスケートを受け入れる素地ができあがってきているように見える。ジャンプの価値を十分認識した上で、「跳んだ、降りた」だけに終始しない目の肥えたファンがフィギュアスケートの未来を支える可能性は十分にある。
「僕が小さい頃は『男の子なのにフィギュアスケート?』みたいな感じがありましたけど、今は『へぇフィギュアスケートやってるんだ』くらいに身近に感じて下さる方が増えているなと実感しています。ただ、スケートを観に足を運ぶ人と、そうではない人の間には、まだまだ大きな差があって、もうちょっといろいろな人にとって身近なものになってくれれば嬉しいなとは思います。まぁ欲を言えば、どんどんどんどん出てくるんでね(笑)。ただ、これだけフィギュアスケートを楽しみにして観てくださる人が増えたっていうのは、やっていてよかったなと思いますし、いい時代に生まれたなと思います」
競技復帰、アイスダンス転向、まだまだ続く髙橋大輔の表現の旅
この日行われたイベントでは、同じくPUMAがサポートするフェンシング女子フルーレ日本代表の久良知美帆選手と、レーシングドライバーの小山美姫選手を交えてのトークショーも行われた。このトークショーの中で、シートを確保しなければいけないというレーシングスポーツならではの事情で一時レースから離れたという小山、大学卒業を機に就職か競技続行かを悩んだという久良知と、「競技を離れたからこそ強まった競技への愛」を語った髙橋だが、フィギュアスケーターとしてのキャリアについてはどんな展望を持っているのだろう?
「テクニカルな、高い技術だけを求められる場所しかなければ早く引退するしかありませんけど、表現は何歳になってもできると思うんです。 僕自身は、やはり生で、人前で自分の表現することが好きだなとすごく思っているので、本当に60歳、70歳……、歳をとっても役者さんはその深みが出てきたりますよね? フィギュアスケートも、まあそこまでは無理かもしれませんけど、いろんな人が、自分のスペシャリティを活かしてできることがある、そういうスペシャリティが必要という風になっていけば、自分もまだまだ活躍できるところがある。フィギュアスケートがそういう方向に向かっていけばいいなとは思っています」
表現を大切にしてきた髙橋だからこその言葉。最後に、新たなフィギュアの可能性を広げるような舞台を自ら整える、活躍の場をつくる“野望”について聞いてみた。
「簡単なことじゃないし、お金もかかりますからね。ただ、言い続けていれば、面白いと思ってくれる方が増えてくると思いますし、僕自身も本当にいろんなことをやりたいという気持ちが年齢を重ねるごとにどんどん強くなっているので、これからもフィギュアスケートを続けていきたいなとは思っています」
今季は11月には西日本フィギュアスケート選手権2019、12月には全日本選手権を控えている髙橋大輔、2020年からはアイスダンスに新たな活躍の場を移すが、2019年1月にオファーを受け、7月にはパートナーとなる村元哉中ともに滑るトライアウトを行っていたというから、このインタビューの時点でアイスダンス転向は決まっていた可能性が高い。
シングルの競技からは今季限りという形になったが、髙橋大輔の表現はアイスダンス転向後も、競技引退後、たとえ60歳、70歳になっても尽きることはない。ファンは髙橋のキャリアとともにフィギュアスケートの楽しさを広げていくことになるはずだ。
<了>
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