「日本人選手は上位20校を目指すべき」女子サッカー大学王者が語る“プライベートジェットで移動”するアメリカNCAAの魅力
アメリカは、大学スポーツにおいて世界最大規模の市場を持つ。NCAA(National Collegiate Athletic Association=全米大学体育協会)の最高峰に位置するディビジョン1は、アメリカンフットボールやバスケットボールなどを中心に、プロスポーツ並みの人気で、商業的にも成功を収めている。その潤沢な予算を生かして最新のトレーニング設備を整え、スカラーシップ(奨学金)で一流選手を招聘し、市場を広げている。その制度を利用し、女子サッカーで全米トップクラスの強豪校であるフロリダ州立大学に在学中のMF岩井蘭が、NCAAの魅力や、アメリカでプレーしたい日本人選手たちへのメッセージを発信する。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=岩井蘭)
NCAAの潤沢な予算の背景
――まず、岩井選手はどのような経緯でアメリカへのサッカー留学をしたのか、教えてください。
岩井:高校3年生の7月にフロリダ州立大学の女子サッカー部のサマーキャンプに参加して、その時に大学側からオファーをいただきました。タイミング的にはぎりぎりだったので、代理人やエージェントも通さず入学しました。現在は4年目ですが、奨学金をいただきながらサッカーをしています。
――アメリカの女子プロサッカーリーグは春先から秋にかけて行われますが、大学女子サッカーのシーズンは何月頃ですか?
岩井:レギュラーシーズンは8月から12月です。今はオフシーズンですが、プロのチームや、大学のチームと練習試合をこなしてチームを強化しています。
――アメリカの大学は学費が日本よりもかなり高く、年間500万円かかることもあると聞きますが、実際はどのぐらいですか?
岩井:アメリカの大学の平均的な授業料は日本に比べたら高いですね。州立大学だと平均400万円ぐらいで、私立だと年間700万円ぐらいの大学もあります。
――確認ですが、奨学金は返済は不要ですよね?
岩井:はい、そうです。私の大学の場合は、アメリカやアイルランドやポルトガル、ジャマイカ、カナダ、ナイジェリアなどから代表選手が集まっていて、パフォーマンスが上がれば奨学金の額も上がって、悪ければ下がります。それがモチベーションになる選手もいると思います。
――岩井選手はトップレベルの恵まれた環境でプレーしているんですね。改めて、その大学スポーツの環境の良さの背景を教えてもらえますか?
岩井:NCAA(National Collegiate Athletic Association=「全米大学体育協会」)が運営するリーグで、アメリカンフットボールとバスケットボールを中心に、放映権料やスポンサー収入、チケット収入が収入源になって大きなお金が生まれて、各大学に還元していくシステムがあります。
特に大きいのは放映権料で、収入は各大学を通じて野球、サッカー、陸上競技、水泳、レスリング、バレーボール、ソフトボール、アイスホッケーなどにも還元されています。女子サッカーはアメリカでは女性のメインスポーツの一つになっているので、試合には観客がたくさん入りますし、注目度も高いので予算も上がります。それが、コーチの報酬や選手の奨学金にも反映されている、という仕組みです。
――大学女子サッカーの試合も全米で放映されるのですか?
岩井:はい。ESPN(ESPN社が運営するスポーツ専門チャンネル)で、レギュラーシーズンは毎試合放送されます。有料チャンネルで月額10ドル(約1500円)前後ですが、大学スポーツはほぼ全部の競技を放送しているので加入者数が多く、その放映権料が各大学に分配されています。
――NCAAはディビジョン1から3までありますが、予算はトップレベルのディビジョン1に集中していますね。
岩井:そうです。ディビジョン1だけでも300校近くあるんですが、フロリダ州立大学も含めて、ランキングの上位20以上の大学はプレー環境が整っていて、チームの戦術もしっかりしているので、トップリーグのNWSL(National Women’s Soccer League=アメリカ女子サッカープロリーグ)にドラフトでいく選手も多くいます。
移動にプライベートジェット使用!? バスだと…
――フロリダ州立大の女子サッカーは、どのような環境が整っているんですか?
岩井:ウェイトやケア・リカバリーなどの専用の施設があって、やろうと思えばなんでもできる環境です。また、トレーニングウェアや練習の準備をしてくださる方がいて、ほぼプロと変わらない環境でやらせてもらっているので、プレーに対する責任感も自然と高まります。
――スタッフも充実しているんですね。奨学金もそうですが、監督の報酬や人件費の面でもかなりの予算規模なのでしょうか。
岩井:具体的な年収はわからないですが、大学にはコーチ専用のオフィスがあって、みんな大きな家に住んでいるので、待遇はいいのではないかな、と想像しています(笑)。選手と同じで、そういう恵まれた環境が生む結果に対する責任感が生まれるんだと思います。
――トップクラスの大学だと移動にプライベートジェットを使うこともあると聞いたんですが、本当ですか?
岩井:はい。レギュラーシーズンは1週間に2試合あって、アウェーはかなり遠いところまで行くこともあるので、プライベートジェットを使うこともあります。たとえば、木曜日にアウェーで試合をして、金曜日に次の場所に移動して、日曜日に試合をして帰ってきてから、月曜に学校に行く、というようなスケジュールの場合です。UCLAなどの大きな大学も、割とプライベートジェットを使って移動することの方が多いのではないかと思います。
――スケールが違いますね。とはいえ、日本とは移動距離が比べ物にならないですもんね。
岩井:そうですね。日本の試合は、関東圏ならバスでも数時間で行ける距離だと思いますが、アメリカだと数時間どころでは済まないので、大学生は飛行機移動が当たり前のようになっていますね。
パフォーマンスや睡眠も数値で管理
――練習時間や内容面では日本に比べてどんな違いがありますか?
岩井:日本では「海外の選手はあまり練習しない」とか「練習時間が少ない」と言われることがありますが、私たちの大学は2時間きっちり練習をして、自主練もしています。全員が「WHOOP」という心拍数などが測れる腕時計をつけていて、走行距離や強度、睡眠時間などもシステム上で管理されています。
――睡眠時ということは、練習時間以外でもつけているんですか?
岩井:そうです。365日ずっとつけていて、寝ている時にレム睡眠やノンレム睡眠などの質がわかります。アプリと連携しているので、自分のデータだけでなく、チームメートのデータも見られるんですよ。だから、練習を真面目にやっていない人はすぐにわかります(笑)。
――その結果、試合で走れていなかったら一目瞭然になってしまうわけですね(笑)。
岩井:はい。チームメート同士がお互いに責任感を持つという狙いもあると思いますが、パフォーマンスによって試合の出場機会や奨学金の額が変動するので、そこは自己責任ということになりますね。人を蹴落とすわけではないですが、適度な緊張感を持った中でサッカーをしています。
日本人選手は全米トップ20の強豪大を狙え
――女子サッカーのディビジョン1のカテゴリーに、日本人選手はどのぐらいいますか?
岩井:ディビジョン1のトップレベルで戦っている選手は2、3人ほど知っていますが、大学の数が多くて地区ごとに分かれているので、実際の数は把握できていません。ただ、「サッカー留学したい」という理由だけでランキング100位以下の大学に行ってしまい「サッカーも周りのレベルと合わなかった」という話は耳にすることがよくあるので、大学選びは慎重にしたほうがいいと思います。ただ、日本ではまだその辺りの情報量が少ないと感じています。
――奨学金をもらってサッカーができる、というだけでも魅力的な条件なので、迷わずに決めてしまう部分もあるのかもしれませんね。これから留学を考えている選手にアドバイスはありますか?
岩井:いい環境を求めるなら、やはり上位20校を目指した方がいいと思います。サッカーのレベルが低い大学ほど日本の選手を欲しがる傾向はありますが、日本人選手はポテンシャルの高い選手が多いので上位校を目指せると思いますから。
それと、技術的に4年制大学の上位チームに行ける実力があっても、情報量が少ないがゆえに、エージェント会社を通して2年制大学に行ってしまうケースもあると聞きます。ランキングが100位以下の大学になると環境以前の話になってくるので、自分の立場からもっと情報を発信する必要があると感じていました。
――大学のランキングは、どうしたら調べられますか?
岩井:「NCAA サッカー ランキング」と英語で打ったら出てくるので、参考にしてください。
レベルが合わなければ転校できる
――レベルや環境をしっかり見極めてから入学しないと、その後のキャリアを左右されますね。
岩井:はい。ただ、アメリカの大学女子サッカーは転校できるシステムもあるんですよ。サッカーのレベルの高い大学に転校する人もいますし、出場機会のない選手が少しレベルを下げた大学に転校することができるシステムもあります。
――転校する場合は、学部も移動できるんですか?
岩井:はい、できます。ただ、新しい大学に行った時に同じ学部がなければ、学部を変更する形になりますが、それでもサッカーを優先したければ、転校できます。中には、一度入学してから2回転校する人もいますよ。
――スポーツの実力で大学を選び直せる柔軟さは、アメリカならではですね。
岩井:そうですね。あと、大学では一人4シーズンプレーできるので、ケガなどの諸事情でプレーできない期間があると、「レッドシャツ」と言って、もう1シーズン追加できるんです。私はこの秋に4年生になるのですが、コロナの影響で1シーズン目がカウントされなかったので、あと2年プレーできます。奨学金がもらい続けられるかどうかは自分次第ですし、勉強も1年分多くしなければいけないですが、この環境で自分を必要としてくれるなら、ぜひ続けたいと思っています。
【後編はこちら】なぜアメリカ大学女子サッカーに1万人集まるのか? 全米制覇経験・岩井蘭が指摘する日本の問題点
<了>
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[PROFILE]
岩井蘭(いわい・らん)
2002年3月29日生まれ、東京都出身。JFAアカデミー福島9期生。年代別代表で活躍し、高校3年の夏にNCAAディビジョン1の強豪、フロリダ州立大学のキャンプに参加。その場でオファーを受け、NCAAの奨学金制度を利用してサッカー留学を決断。全米No.1を決める全米大学選手権では、2020年に準優勝、2021年に優勝、2022年にはベスト4に貢献。昨年はU-20代表候補入りを果たした。
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