なぜ「育成の水戸」は確立されたのか? リーグ下位レベルの資金力でも選手が成長し、クラブが発展する理由
J2・水戸ホーリーホックは「育成型クラブ」として成功しつつある。前田大然、小川航基、伊藤涼太郎ら水戸で飛躍のきっかけをつかんだ選手たちが現在は海外クラブでプレーし、2021年には1年間で5人も選手がJ1クラブに移籍している。資金力はリーグ下位レベルである水戸は、いかにして選手から選ばれ、選手を成長させるクラブへと変化を遂げたのか? 本稿では、水戸ホーリーホック取締役GMを務める西村卓朗の著書『世界で最もヒトが育つクラブへ「水戸ホーリーホックの挑戦」』の抜粋を通して、“育成の水戸”の取り組みに迫る――。
(文=西村卓朗、構成=佐藤拓也、写真提供=水戸ホーリーホック)
採用・育成・評価を一気通貫で
強化部にとっての最大の仕事はチーム編成にあります。企業の人事の仕事で例えると、採用、育成、評価に分かれます。
多くのJリーグクラブは採用と育成は分業になっています。スカウトが選手を獲得して、コーチが育てて、強化部長が評価するという役割分担をしているクラブが多いです。ただ、水戸の場合、その3つを一気通貫で行っています。私が採用しますし、育成にも関わりますし、評価して、フィードバックにもつなげます。
その一気通貫はこのクラブの規模だからこそできていると思いますし、それがこのクラブにとってかなり重要だと考えています。大切なのは良い選手を獲得することだけでなく、その選手をしっかり育成して、さらに正しく評価していくことなんです。
選手を獲得する際、『水戸ホーリーホックに合う人材』について、特に最近は意識するようになりました。
水戸はクラブとして一体感や親近感といったものを大切にしています。その中でプロサッカー選手の仕事は主に二つだという話を選手たちにはしています。
一つはオンザピッチの追求。二つ目はオフザピッチの発信。
その二つに対して積極的に行動できる人が『水戸ホーリーホックに合う人材』だと考えています。「追求」は受動的にやらされるものではありません。主体的に、かつ、能動的に自らの殻を破り、高みを目指すことです。そういうことができる人材かどうかということをよく見るようにしています。そして、選手にそれを言い続けます。さらに言うと、そのための機会を与えて、促しますし、その意義を伝えて、実感を持たせていく。そうしたことは選手を獲得する際、必ず会って話をして伝えるようにしています。
最近、大学生や高校生を練習生として多く呼ぶようにしているのはそのためでもあります。どんなに良い選手でも、練習に参加してもらい、水戸の練習環境を見てもらうようにしていますし、監督や私とコミュニケーションを取ってもらうようにしています。
同時に、私たちもじっくり見るようにしています。オンザピッチでウチの選手との相対的な能力を見極めるようにしていますし、ピッチ内外でどんな振る舞いをするのかも見ています。練習に参加してもらった上で、その選手がどんな考えを持っているのか、どんな姿勢でサッカーと向き合っているのか、周りの選手とどんな関わりをするのかを見たうえで獲得を決めるようにしています。
最も『水戸ホーリーホックに合う人材』
過去に水戸に在籍した選手で印象に残っているのは2017年に在籍した前田大然選手(現セルティックFC)ですね。彼はサッカーに対する姿勢がぶれなかった。19歳にして、自分を信じてやり続ける強さを持っていた。動じないし、周りに変に媚びなかった。非常に自分をしっかり持っていた選手でしたし、ピッチ内では圧倒的な違いを見せていました。心身ともに飛び抜けた存在でした。
そして、最も『水戸ホーリーホックに合う人材』の一人として挙げられるのが黒川淳史(現大宮アルディージャ)です。彼は非常に水戸らしい選手でした。
今でも2017年12月30日に浦和美園駅のイオンで話をしたことを覚えています。オファーを出した時は彼のプレー面しか知らなかったのですが、その時に会って話をして、本当に素晴らしいパーソナリティーの持ち主だということが分かりました。若いけれど、謙虚で野心的な選手だと感じました。水戸に加入して、最初のキャンプでの取り組みを見た時点で、彼はこれから間違いなく伸びるだろうなと確信しました。
彼自身も水戸の取り組みに対して非常に興味を持ってくれて、その意義をしっかり感じ取りながら行動してくれました。彼が加入した2018年から選手教育プログラム「Make Value Project」(編注:所属選手を対象にした知識習得・人材育成プログラム)がはじまるのですが、彼は第一期生として受けてくれて、彼の成長ぶりを見て、「こういう取り組みは響く選手にはすごく響くんだ」ということを実感することができました。
私自身、Jリーグの中で、これまでの常識では難しいとされていた取り組みに挑むことには実際不安もありましたし、社内でもまずは競技の結果から追うことが大事では?という雰囲気や指摘もありました。しかしながら、黒川のように前向きに取り組んでくれる選手が居てくれたことと、その年に過去最高順位が出たことなどもあって、この活動は意義があるんだという自信を得ることができたんです。
そして、黒川のような選手を育てていくことがこれからの日本サッカーにとってすごく大事なことだと思うようになりました。翌年に加入してきた森勇人(現カマタマーレ讃岐)と村田航一、中山開帆といった選手もまさに「水戸らしい選手」としてチームの風土を作ってくれています。
資金力はリーグ下位レベル。「育成の水戸」の確立
水戸は事業収入がリーグで18位。資金力はリーグ下位レベルです。とはいえ、2018年から事業収入が1.5倍に増えており、2022年度の事業収入は10億円に届きそうなところまできましたが、数年前までは本当に経営的に苦しい状況が続きました。
特に2018年にアツマーレ(編注:水戸ホーリーホックの練習場と町の施設が一体となった複合施設)が完成するまではチーム編成で苦労しました。2018年まで期限付きで選手を獲得する際もほとんどのケースで年俸の一部を相手クラブに負担してもらっていました。支度金すら満足に出すことができませんでした。交渉しているクラブに対して、我々から条件を提示した時、鼻で笑われたこともありました。そんな中でなんとかやり繰りをしていました。本当に苦しかったですね。
選手獲得の流れが大きく変わったと感じたのは2019年。
それまでは自分が現役時代にお世話になったクラブや人などのネットワークを使って選手を獲得していましたが、当時の水戸に移籍することは怖かったと思います。当時はまだ選手を育てるための組織がちょうどでき始めていた時期でしたし、選手の中で水戸に移籍することは都落ちのイメージが強かった。みんな、リスクを背負って来てくれていたと思います。当時水戸に加入してくれた選手たちには本当に感謝しています。
ただ、2019年に最終節までJ1昇格争いを繰り広げたことによって、チームのイメージが激変しました。高校時代から将来を嘱望されながらも、プロに入ってから活躍できていなかった小川航基選手(現オランダ1部・NEC)が夏に加入してから得点を量産する活躍を見せたことも大きかったですし、他の若い選手たちも大きく成長してくれました。
だからこそ、「水戸は選手を育ててくれる」という印象を他のチームの選手やサッカー関係者が持ってくれるようになりました。交渉をしていても、相手の反応が変わったことを感じました。
そして、なんといっても、アツマーレの存在は大きかったです。2017年まではホーリーピッチという河川敷のグラウンドで練習していたのですが、土が硬く、芝の質も悪く、環境としてお世辞にも良いとは言えませんでした。クラブハウスもなかったので、「その環境では水戸には選手を預けることはできない」と言われることもありました。
「都落ち」と考える選手はほとんどいなくなった
2018年にアツマーレという素晴らしい施設ができたことによって、水戸の評価は変わりました。やはり、選手にとって大切なのは日々の練習の環境ですから、良いグラウンドと良いクラブハウスがあるチームでプレーしたいと考えます。そういう点でアツマーレができたことは水戸ホーリーホックにとっての大きなターニングポイントとなりました。
ただ、アツマーレを作る計画は僕が水戸に来る前からあったので、クラブの努力の賜物なんです。クラブとしてもリスクをかけて投資して練習場を整備しました。それは相当大変な決断だったと思います。そうしたクラブの環境が変わったのとチームとして結果がではじめた時が合致したのが2019年でした。
そして、クラブとして経営的に上向いたことも関係しています。前述のような、相手クラブに年俸の一部を負担してもらうことは少なくなりましたし、支度金もある程度は準備できるようになりました。まだまだリーグ下位レベルではありますが、選手人件費も徐々に上がり、選手平均年俸も徐々に増やすことができています。
過去最高順位を記録した長谷部茂利元監督は2019年で退任することとなりましたが、2020年に秋葉忠宏監督が来てくれたことも大きかったです。それまで年代別日本代表のコーチを務めていたこともあり、「育てながら勝つ」ことを体現してくれました。積極的に若手を起用しつつ、勝負にも固執する戦いを繰り広げてくれました。水戸の現状において、ふさわしい監督だったと思っています。
そして、毎年のようにJ1に選手を送り出すようになり、2021年には1年間で5人もJ1に移籍することとなりました。チームとして痛かったですけど、それでも、上のカテゴリーに選手を輩出できるクラブというイメージを多くの人が持ってくれるようになりました。選手を育成するための取り組みの成果が出たと思っていますし、「育成の水戸」が確立したと思っています。もう水戸に移籍することを「都落ち」と考える選手はほとんどいなくなったのではないでしょうか。
もちろん、リーグ全体で見た時、まだまだ苦しい状況であることに変わりませんが、着実にクラブも、チームも、発展していると感じることができています。
(本記事は竹書房刊の書籍『世界で最もヒトが育つクラブへ「水戸ホーリーホックの挑戦」』より一部転載)
<了>
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[PROFILE]
西村卓朗(にしむら・たくろう)
1977年生まれ、東京都新宿区出身。株式会社フットボールクラブ 水戸ホーリーホック取締役GM。新宿区にあるスポーツクラブシクスで10歳からサッカーを始める。三菱養和SCから1年の浪人生活を経て国士舘大学進学、2001年浦和レッズに加入。その後、2004年大宮アルディージャへ移籍し、2008年シーズン終了後、アメリカのポートランド・ティンバーズに加入。翌年、帰国し湘南ベルマーレフットサルクラブでフットサル選手としてプレー。2010年、再び渡米、クリスタルパレス・ボルチモアへ移籍。2011年コンサドーレ札幌に加入するが、1年限りで退団、11年に渡るプロ生活にピリオドを打つ。その後、2012年に浦和レッズのハートフルクラブ普及コーチに就任。2013〜2015 VOND市原(関東サッカーリーグ)のGM兼監督を務める。2016年より水戸ホーリーホックの強化部長となり、2019年9月からGMに就任、様々な取り組みや事業を手掛けている。2014〜2020年の8年間、J リーグの新人研修の講師を務め、約1000人のJリーガーと関わった。
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